新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 息子と引き換えに(さらにさらに続き)
「ですが、既に我らリュシマケイアを掌握し、ヘレスポントスもほぼ全軍渡し終えている状況。まさに、馬銜ばかりか騎手までも受け容れてしまった後で、対等な講和など望むべくもないではありませんか」
 馬の調教に例え、馬銜を噛まされ騎手を乗せてしまっては、もはや騎乗する人間に服従するしかないということ。つまり、騎手がローマ、馬がシリア、ということになる。




「弟ルキウスは至極穏やかな男ですが、もはや、生半可な要求に留めることなど不可能。そのようなことをすれば、国家に対する義務に背くことになるからです」
 スキピオの穏やかながらも、寸分の隙もない理詰めに、ヘラクレイデスは一声も発せず体をこわばらせていた。




「息子の返還の申し出に対する謝礼として、同等の御忠告を大王に差し上げよう」
「は…」
「いかなる命令にも服し我がローマ軍に刃向かわぬこと。これしかありませぬ」
 この小さな空間。主のスキピオと、相対するヘラクレイデス、マニアケス、控えるセルギウス、たった四人しかいない狭い狭い空間。
 だが、そこは圧巻の舞台であった。一人の英雄が、この地中海世界の秩序を定めようとする瞬間であった。
 セルギウスは打ち震えるほどに感動していた。
(さすが…。我が眼力に誤りなし。この御方こそ、新たな世界を招来する真の英雄。エパミノンダスとて一歩引かざるを得まい…)




 ヘラクレイデスもマニアケスも、ひとかどの人物であったが、眼前の英雄の明快な言説に、一言も応ずることが出来ない。
「わ、分かりました。閣下の仰せ、全て陛下にお伝えいたします」
 ヘラクレイデス、そう絞り出すように答えるのが精一杯であった。
 二人が立ち上がると、スキピオは微笑みを浮かべこう声をかけた。
「マニアケスよ、ハンニバルに相談せよ。彼ならば趨勢を見誤らぬであろうて」
「は…」
 返す言葉がなかった。




(スキピオ…ここまで巨大になっていたか…)
 ザマ戦後の折もスキピオの寛容に驚嘆したものであったが、今や、世界の統治者の風格すら漂わせている。従う何者も許し、背く何者も許さない。その峻厳さをもって世界を一つの方向へ導こうとしている。


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 息子と引き換えに(さらに続き)
(破格の申し出であるが…スキピオ殿はなんと答えるかな…)
 セルギウスは興味津々であった。
(かつて、ギリシアの英雄エパミノンダスは、ペルシア大王の使者に対し、祖国に仇なすならばいかなる贈り物も無用と啖呵を切ったというが…)
 古の英雄と対比する己を自覚し、歴史上の証人になった興奮を覚えていた。




 スキピオは温和な笑みを浮かべた。
「なるほど…ありがたき申し出」
 その語気は、執政官ルキウスが講和条件を提示した折に見せた、斬り込むようなものではなく、至って穏やかなものであった。だから、ヘラクレイデスばかりかマニアケスも期待を募らせた。
(この様子では、案外受諾してくれるのでは…)
 熱い眼差しでスキピオの口元を見詰めた。




 そのスキピオが続ける。
「息子のことは、その通りにして頂けたら感謝申し上げる。これはそのまま大王にお伝えあれ」
「それでは…」
 ヘラクレイデスは目を輝かせた。
 大王に誼を通じ講和に尽力してくれる、後段についても同意と早合点したのだ。




「いや」
 スキピオは首を振った。
「大王は考え違いをなされておるようだ」
「考え違い…?」
「そうだ」
 スキピオは大きく頷くと立ち上がった。




「大王は、ミュオンネソス岬の海戦以降、およそ御自身の利益とはほど遠い行動ばかりをとられている」
「ほど遠い行動?」
「リュシマケイアを放棄したこと。我が軍のヘレスポントス渡航を阻止しようともしなかったこと」
 戦後の経過を列挙した。それは敵を評するものではなく、歴史上、指揮官として指揮官を評する口調であった。
「大王がリュシマケイアを掌握する状況で、今の講和の申し出をしていたならば、恐らく希望は叶えられていたことでしょう。いや、リュシマケイア放棄後も、ヘレスポントスに軍勢率い立ち現れ、我らの渡航を阻止しようとしていたならば、やはり叶えられたことでしょう」
 これらの言葉は、大王の近臣には、針が刺さるが如く身に堪えたろう。それらの選択を悉く逸する結果を招いたのであるから。


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 息子と引き換えに(続き)
 そんな物思いに沈んでいる最中。
「閣下、お休みの所恐れ入ります」
 セルギウスの声であった。
「入れ」
「はい」
 長身のセルギウスがぬっと入って来た。もう六十近い筈であるが、その筋肉骨格所作動作から、老いの衰えを微塵も窺わせない。




「大王の使者が閣下と内密にお話したきことがあると」
「内密に…」
 スキピオは眉間に皺を寄せた。
 執政官である弟ルキウスの頭越しに、というのが気に障ったからだ。
 それを察したセルギウス、
「マニアケスが来ております」
 と付け加えた。
「なに。あの者が」
「御子息のことと申しております」
「プブリウスの…」
 彼の長男プブリウスは、この大戦の初めエウボイア島のカルキスで大王軍に包囲され、捕虜となっていた。捕虜としては異例の厚遇を受けていると伝わってはいたが、ずっと心配の種の一つであった。
「…通せ」
「は、それでは」




 現れたのはヘラクレイデスとマニアケスであった。
 マニアケス、僅かに会釈した。
 口を開いたのは正使ヘラクレイデス。
「夜分、お休みの所、申し訳ございませぬ」
「む。我が息子のこととか」
「はい。左様にございます」
 ヘラクレイデスはおもねりの笑顔を見せた。
 プブリウスの身柄は、交渉の切り札。だが、執政官ルキウスとの公式の場ではあまり威力はないと踏んでいた。なにせ、ローマはカンネー戦後に人質の身柄請け戻しを断固拒んだお国柄。人間の本音本心が表に出やすい内密の場、深夜の密室こそが相応しい。




「我が陛下は、閣下が誼を通じて頂けるならば、御子息を直ちに釈放する意向です」
 まずは大きな提案をずばと切り出した。
「ほう。それはそれは」
 スキピオは目を丸くした。
 確かに、無償での捕虜解放は異例中の異例。それが有力者であればなおさらだ。




「そして…」
 ヘラクレイデスは唇を舐めた。その次が申し出の核心。
「閣下が、陛下提案の講和の成立にご尽力して頂けるならば、当座の謝礼としていくらでも金銀を差し上げる。さらには、帝国の歳入の一部を与えましょう、と申しております」
 有り体に言えば贈賄の申し出である。交渉の過程での贈賄は、この時代当然であるから異とする点ではないが、その申し出が桁外れであった。国家の歳入の一部を差し出しているのだ。しかも、世界最大の版図を誇るシリア王国の歳入の一部である。
 無論、アンティオコス大王申し出の条件に沿うことが前提である。豊潤なタウロス以西を失うことを思えば、それほど不釣り合いな取引でもない。


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 息子と引き換えに
 その夜。
「このまま帰るわけにはいかぬ」
 ヘラクレイデスはひどく焦っていた。この不首尾のままでは面目が立たない。
「スキピオに会わねばならぬ」
 スキピオへの『手土産』を梃に、事態の逆転を図らねばならない。




「わたくし。ローマ軍の副官セルギウスに面識があります」
 そう言ったのはマニアケス。
 スキピオ当人とも面識があるのがだが、敵との親密さを感じさせぬよう、敢えてそういう風に言った。彼女の用心深さである。
「ほほう。それは好都合」
「彼を通じて、面会を取り次いでもらいましょう」
「それはよい。頼む」




 そのスキピオは、就寝前のひとときを読書に充てていた。
 読んでいたのは『アレクサンドロス大王遠征記』である。当世のベストセラーといえる作品群だ。作品群というのは、これを著した人物は何人もいて、この時代、恐らくその全てが伝えられていた筈だからだ。その御蔭で、原本こそ散逸したものの、現代でもほぼ完全な形で大王の遠征記を読むことが出来る。
 今から2300年前の記録を詳細に読むことが出来る。これは中国の史書などと並ぶ偉業・奇跡で、まことに稀有なこと。我が日本の歴史が、六世紀(約1400年前)に遡ると途端に靄がかかったようになることと対比すれば、そのことがよく認識できよう。




「ふう…」
 スキピオは溜め息をついた。
(歴史上勝者など存在しないのではないか…)
 近頃そんなことを思うようになっていた。
 傍目から見れば、彼は全ての人士が羨む勝者。無敵と謳われたハンニバルを破り、カルタゴを屈服させ、今や地中海最強の国家ローマの最高実力者。
(だが、アレクサンドロスの死後、彼の王朝が辿った命運を見れば…)




 アレクサンドロスはギリシアからインドに至る空前の大帝国を建設した。歴史上、彼に優る勝者はないと、この時代の誰もが思っていた。
 しかし、彼の死後、配下の部将による帝位継承の大戦争が勃発した。ディアドコイ(後継者)戦争だ。この戦争は二十年にも及び、最終的に、セレウコス(シリア)、プトレマイオス(エジプト)、アンティゴノス(マケドニア)の王国に分割された。その争覇の過程で、アレクサンドロスの王統は根絶やしにされてしまった。




 こう見ると、アレクサンドロスは武将として一流ではあっても、王国の統治者としては落第というほかない。後継者を定めず、争乱の極みを招き、ついには王家を衰亡させてしまったのだから。だから、彼を評して凶暴な冒険家とする向きもあるぐらいだ。
 事実、彼には酒乱の気があり、配下のリュシマコス(後にリュシマケイアを建設した王)をライオンの檻に入れたこともある。もっとも、勇敢なリュシマコスは、ライオンを拳一つで仕留めてみせ、アレクサンドロスの称賛を克ち取って許されたが、これは例外である。彼の逆鱗に触れ無残に殺された部下は遠征中数多くいた。
 それゆえ、私はアレクサンドロスを単純に英雄と称賛することにためらいを覚える。アレクサンドロスは帝国を建設し東西の文明を融合するという偉大な事績を残したが、偉大な統治者ではなかった、というのが彼に対する穏当な評価であろう。


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 スキピオの要求(さらに続き)
 ヘラクレイデスは、最後に、ギリシア人らしく歴史の教訓を添えた。
「何人も、人間の身でありながら過度に運命を試すべきではないと存じます。なぜならば、そのような野望を抱いた国々は、いずれも破滅の憂き目を見たからにございます。ペルシア帝国は、ペルシアから遠く離れたギリシアへの野心を抱いたばかりに、衰亡を辿ることとなりました。今やペルシアの全てはギリシア人の支配下に置かれております」
 要は、ローマ国家は、領分の果てとしてヨーロッパの端までとせよということ。即ち、トラキア以西、ヘレスポントスから西の領域に留まれ、という意味である。
「ですが、陛下はこうも仰せでした。それでもローマの人々が、アジアのどこかを掴み取りたいと希望するならば、その場所を明示してほしい、と。その希望を叶えるため、努力を惜しむまい、と」
 即ち、イオニアの一部ならば割譲しても差し支えないという申し出であった。




 ルキウスは、ちらと兄スキピオを見て確かめると、ヘラクレイデスに向き直った。
「折角の申し出ながら…」
 ルキウスは微笑した。
「まず、戦費についてであるが…。今回の戦いがアンティオコス大王が引き起こしたことは万人承知の事実。それゆえ、半額ではなく全額でなければならない。また、戦費だけでは足りぬ。ローマ人将兵、同盟国の将兵の犠牲も少なからず。賠償金の支払もなければならない」




 噛んで含めるように述べてから、
「そして、都市の解放の範囲であるが、イオニア地方やアイオリス地方だけでは全く不足である。タウロス山脈以西全てから撤退すべきである」
「タウロス以西…」
 ヘラクレイデスは絶句した。エフェソスのあるイオニアはおろか、サルディスを含むリュディア全土を失うことを意味する。
 その顔に向かって、ルキウスは大きく頷いた。
「なぜならば、その地域にはあなた方の支配の下、苦しんでいるギリシア人の都市が多くあるのだから」
 ローマ軍の遠征の大義名分がギリシア諸都市の解放にある以上、これは正当な要求である、だからこそギリシア人諸国がローマに味方しているのだと付け加えた。




 提案とあまりにかけ離れた要求に、ヘラクレイデスは反駁する言葉もなく、しばし呆然としていた。
「…ともかく貴国の要求は陛下に申し伝えます。ですが…」
 ヘラクレイデスは、スキピオ・アフリカヌスの方を見た。
「そちらにおわすアフリカヌス閣下は、かつて寛容を旨としてカルタゴと和平を結ばれたとか。まことに英傑の振る舞い」
 口を極めて称揚し、
「是非とも、このたびもその寛容をあらんことを。ならば、我が陛下もきっと感謝し、以降、ローマの友人となり、ローマの利益のために終生図ることでございましょう」
 精一杯、愛想を述べておいた。
 スキピオは、それに対して軽く会釈してみせただけであった。

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