新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 戦車隊(続き)
「戦車隊…はどうであろうか」
 大王の思いつきに、ハンニバルは大きく頷いた。
「…よろしゅうございますな」
 ローマ軍がこれまで遭遇した敵は、険難な地形に頼る敵が多かった。イタリア半島のサムニウム人、ギリシア人。イベリア半島のイルルゲテス族。ザマ決戦のように大平原が戦場というのはむしろ例外に属する。
 この平原において威力を発揮するのは、騎兵に象、そして戦車隊がある。
 東方遠征において、大王はこの戦車隊を活用したことがあった。東方は平原地帯の広がる地域も多い。ところで、ローマ軍は戦車隊と実は遭遇したことがない。建国当初、部族制の色合いの濃い時代に経験したのかもしれないが、もはやその記憶は失われていた。




「戦車にはさぞ面食らいましょう。ペルガモン、ロードスも戦車戦の経験はないでしょうから」
 ギリシア世界で戦車が用いられていたのはミケーネ時代(紀元前1200年前後)に遡る。だが、起伏の多いギリシアの地形に戦車は明らかに不向き。その後、ポリス=都市国家の時代となり、戦車は捨て去られ、重装歩兵の時代となった。だから、ギリシア人も戦車を知らないと言ってよかった。




「戦車隊はどうなっている…」
 大王は最も気掛かりな点を下問した。
「はっ、鎌付き戦車三百台を整えております」
 ゼウクシスが答えた。
 鎌付戦車とは、車軸に鎌を取り付け、車輪に合わせて回転し、接近する敵を切り裂く兵器だ。古代文明時代に主に用いられていたが、メソポタミア地方では現役であった。
 そのメソポタミアに展開していた戦車隊を急遽こちらに呼び寄せたものだ。
 文字通り、対ローマ戦に向け、帝国の総力を結集していた。
「ふむ」
 大王は満足そうに頷いた。
(象軍と戦車隊で敵の隊列を崩し、あとはこちらのファランクスで押しまくる)
 ファランクスとは、アレクサンドロス大王以来の主力で、六mもの長槍『サリッサ』を構えた重装歩兵部隊のこと。密集しハリネズミのようになって突進する。ヘレニズム諸国の主力部隊であり、彼らを押し出すのが伝統的な戦法であった。あのキュノスケファライの戦いでも、マケドニア王フィリッポスの主戦力を構成していた。




「ですが、陛下」
 アンティパトロスが心配そうに言った。
「もっと兵を集めた方がよくありませぬか」
 今ここに集結したのは総勢八万余。このサルディスを空にする訳にも行かないので、連れて行けるのは七万ほど。無論、これでも充分大軍なのだが、帝国の命運を賭ける一戦には物足りない気もする。




「それは大丈夫でしょう」
 そう言ったのはマニアケス。
「なぜじゃ、マニアケス殿」
「ローマ本軍は五万ほどですが、リュシマケイアに一万。さらに、ヘレスポントスにも一万。ペルガモン領内に入った兵力は三万弱と聞き及びます。エウメネスも、それほど大軍を引き連れて来ることは出来ますまい。背後のカッパドキアやポントスの勢力にも気を配らねばなりませぬゆえ」
「なるほど…七万でも充分という訳か」
「はい。恐らく我らの方が兵力では圧倒的優位に立つことが出来ることでしょう。また、あまりに兵が集まると、長期戦になった時の兵糧に困ることになりましょう」
 七万というのは、睨み合いを考え合理的な最大兵力である、そういうことであった。




 アンティオコス大王はすっくと立ち上がった。
「諸君!出陣だ!思い上がるローマに鉄槌を下し、真の強者はいずれなのか、思い知らせてやるのだ!」
「おおお!」
 諸将は雄叫びを上げた。
 そう。まだまだ帝国を支える人材はたくさんいる。兵力も武具も、兵糧物資も山のようにあるのだ。なんで俄に出て来たローマなどに負けようか、その気概が満ち満ちていた。

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