新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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−これまでのあらすじ−
 東方を制覇したアンティオコス大王は、ギリシア世界の制圧を目指して西進。ローマと対立、開戦。
 緒戦は連戦連勝するも、テルモピュライの戦いで背後を衝かれ大敗(191年春)。
 アンティオコスはアジア(小アジア)に撤退。
 190年春。ルキウス・スキピオが執政官就任。兄スキピオと共にギリシアに来航して指揮官着任。
 速やかにアイトリア同盟と停戦すると、マケドニアを通過しアジア方面へ進撃開始。
 大王との合流を目指すハンニバル艦隊は、ロードス艦隊の急襲により撃破される(190年初秋)。
 そして、ミュオンネソス岬沖でローマ・ロードス連合艦隊が大王軍の艦隊を大破。ローマと同盟勢力は、ついにエーゲ海の制海権を掌握する(190年秋)。直後、大王はリュシマケイアを放棄し、スキピオ兄弟が占領。
 スキピオ兄弟はアジアに進撃。ところが、兄スキピオ・アフリカヌスは病を得てエライアに逗留。
 190年初冬。弟ルキウス、その軍団長ドミティウスらが先行してマグネシアに進出。大王軍と対峙する。


 進まぬ総帥と進めぬ総帥
 ここエライア。ペルガモン領の港町。
 スキピオ・アフリカヌスは、僅か五百人ほどのローマ兵とペルガモン兵に守られ、この街に滞在していた。




「閣下、本当にここに留まったままなので」
 そう訊いたのは、今や彼の右腕とも言うべき副官セルギウス。
 この問いかけも一度や二度ではない。
「巧くやっているらしいではないか」
 答えたスキピオ、病人とは思えぬほど血色が良くなっていた。
 彼の許には、ミルトから矢継ぎ早に経過が上がって来ていた。
 ルキウスが意を決してヘルモス川を渡河したこと、ドミティウスが挑戦状を叩き付けたことなど全て彼の耳に届いていた。




「総司令が、こんなに遠くにあるなど聞いたことがありませぬ」
 セルギウスは呆れたように言った。
 名目上の総司令官は執政官ルキウス・スキピオであったが、衆目は真の総司令官をスキピオ・アフリカヌスこの人と見ていた。




「総司令官は私ではない。ルキウスだ」
 スキピオの反応は、にべもなかった。
「とは申せ…相手はアジアの覇者セレウコス王朝。万全を期さねば…」
 セルギウスは、若き頃船乗りとして地中海を股に掛けた。そのためセレウコス王朝の巨大なることを知っていた。メソポタミアからインドに至る交易が帝国内で完結するのだ。
 その交易路はバクトリアなど中央アジアを経て西域諸都市にも通じていた。即ち、シルクロードの原型は既に完成を見ていた訳だ。名前の由来ともなった中国原産の絹は、最高級の布地として既にヘレニズム諸国にもたらされ、高貴な人々は着飾っていたようである。
 諸都市から上がる莫大な運上金。帝国内の小王国から運ばれる貢物。これが帝国の巨大な歳入となり、巨大な軍勢の動員を支えていた。


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