新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 全てを振り払え
 こちらローマ軍本陣。
「そうか…敵はまだ動かぬか」
 総司令官である執政官ルキウスは渋い表情を浮かべていた。
 既に背水の陣を敷いているのだ。直ちに決戦突入と運ばねばならないのが道理。兵糧補給の難もあること。それゆえ、軍団長ドミティウスの策に従い、挑戦状を矢文で多数射込んでやった。




「敵陣大いに騒ぎ立ちましたが…。恐らくは大王の命でしょう。動きはありませぬ」
 ドミティウスの報告に、
「なるほど…さすがメガスと讃えられるだけはある。盲動はせぬということだな…」
 答えながら、ルキウスは、心のどこかで安心する自分を自覚した。
(まだ戦わなくて済む…。巧くいけば兄の到着まで時を稼ぐことが出来るやも知れぬ)
 アジア渡航前、あれほど決戦を望んでいたのに、いざその舞台に立ち、大王軍の威容を眼前にすると、身をすくめるような心境になるのは人間の本能としてやむを得ないであろう。いかに連戦連勝を続けているローマ軍とて、ここは敵地のど真ん中。勝利の保証などどこにもないのである。




 ミルトがやって来て告げた。
「コンスル閣下、セルギウス殿がお越しです」
 それは、心待ちにしていた兄の消息である。
「すぐに通せ」




 現れたのは、猟師に扮したセルギウス。
「兄の具合はどうだ。こちらに来れそうか?」
「アフリカヌス殿は、一言コンスル閣下に伝えよ、と」
「私に一言?」
「攻めよ、と」
「攻めよ…それだけ?」
「はい」
 セルギウスは大きく頷いた。
「攻めよ、と。それで弟君は全て理解される筈、と仰せになられました」
「ふーむ」
 ルキウスは考え込んだ。
(兄は私を叱咤している)
 そこは兄弟である。すぐに察した。
 ヒスパニアやアフリカの戦線でも、弟だからとて馴れた態度を一切許さなかった兄。兄は弟を配下の一部将として遇し抜いた。




「そうか…。私はまだ兄に甘えていたのやも知れん…」
 ルキウスは呟くように言った。
「全てを振り払い、戦いに臨まれるべきかと存じます」
 セルギウスが語気を強めると、ミルトもドミティウスも大きく頷いた。
「全てを振り払え…か」
 ルキウス、言葉を玩味するように繰り返した。




「閣下」
 ドミティウスが業を煮やしたかのように進み出た。
「我ら、打つべき手は全て打ち申した。もはや何者も恐れることはありませぬ。恐れるとすれば、眼前に訪れた好機を逸することのみにございます」
「ふーむ」
「全力で格闘し敵を粉砕するのみかと存じます」
 軍団長の自信溢れる言葉を聞くと、幕舎の内は静まり返った。




「よし…」
 ルキウスが気合いの声を発した。
「明朝出陣する」
「おお」
 ドミティウスは勇躍した。
「大王が出て来る出て来ないに関わらず攻め寄せよ。我らの気概を見せつけよ」
「ははっ!」
 暗闇の中、ローマ軍陣営は慌ただしく動き出した。

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