新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 渡りに船
 マニアケスが雄大な風景にもの思いに耽っていると、
「頭領様!」
 配下の少女が駆けよって来て使者の来訪を告げた。




「そうか…来たか」
 マニアケスは驚かなかった。むしろ、当然あり得ることと予期していた風ですらある。
「謁見の間にでも通しておけ」
 歴代セレウコス王朝の王族重臣が根城にしていたから、ここには宮殿が置かれている。
(ふうむ…何を言うてきたかな)
 それは思い悩む容子ではなく、むしろ愉し気ですらあった。





 元来、彼女は自身の生命を突き放しているところがある。それは決して捨て鉢ということではない。何事をなすにも生命を顧みることはないということだ。人は、本能的に、自身の生命に配慮するが、彼女にはそれがない。
 その躊躇のなさが彼女の凄みの元。だから、この孤城に取り残された今も、浮き足立つ容子など微塵もない。
(ここにあるのは全て覚悟を決めた者ばかり)
 故郷に家族のある兵士は既に落ち延びさせてやった。ここに残るのは、彼女と覚悟を共にする配下の少女たち、彼女に忠誠を誓う傭兵。惨めな末路を辿るくらいならば、華々しく戦って果てんとの気概ある者ばかり。




(いざなとれば、スキピオの本陣に突入し、大混乱に陥れて果ててくれよう)
 そういう肝の坐った人間に、刃の脅しは利かない。むしろ逆効果であろう。
 だが、そういう自分をよく知っているのが、そのスキピオであった。
(スキピオ…今度は何を言うて来るのか)
 彼女は、何かわくわくする心地で、使者の待つ謁見の間のある建物へと向かった。


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 夢幻の如く(続き)
「そういうことならば、もう一働きしてもらいたいのだが…」
「マニアケス殿の許へ、ですね」
「そうだ」
 スキピオは頷くと、書面を取り出した。
「これを彼女に渡してほしい」
 どうやら、早くからマニアケスがアクロポリスに立て籠っていることを知り、周到に用意していたものらしい。セルギウスあたりの通報であろう。
「これを…」
「そして…」
 スキピオはあることを囁いた。




 ここサルディスのアクロポリス。
 マニアケスは僅かな兵と、この天上の城に立て籠っていた。
 ヘルモス川の悠久の光景を見詰めながら何かを待っていた。
(あとどれだけ時を稼げば、大王は逃げ果せるか…)
 敗北後の逃避行は厄介極まる。落ち武者を狙う地元民が一斉に群がって来るから、それを避けるため右に左に道を取り、間道を抜けたりしなければならない。特に、獲物が大王やその重臣となれば、ローマやペルガモンの覚えめでたきことは疑いの余地はない。莫大な褒賞が期待出来るのだ。
 この頃の小アジアの山中には凶暴なガラティア人など油断ならぬ部族が蟠踞していた。平時は大王の権威に平伏していた連中も豹変することが予想される。




(アパメイアまで逃げ果せれば…)
 フリュギアの拠点アパメイアにまで辿り着ければ後詰めもある。タウロス山脈の向こうはシリア本国。さらなる援兵も期待できる。海上にはハンニバル艦隊も健在。
(再起は充分可能だ)
 彼女がここで体を張るのは、ひとえにその希望からだ。
 この帝国が瓦解すれば、ハンニバル・マニアケス主従の安住の地は失われるのだ。
 


(この三十年、まるで夢幻であったかのよう)
 彼女は、イベリア南部の一部族オリッセス族の王の娘であった。少女の時間を何不自由なく暮らしていたが、部族がイベリア総督の攻撃で滅ぼされ、流浪が始まった。
 総督府に近衛兵となって紛れ込み、愛する総督ハシュドゥルバルを暗殺し遂げた。が、死の間際に許された彼女は狂喜と絶望のままイルルゲテス族支配地に逃げ込んだ。
 そして、ハンニバル北上に際し、格別に従軍を許された。




 それからは、まさにハンニバルと生死を共にしてきた。アルプス越え、カンネーの戦い、シチリア争奪戦。一時、ジスコーネ付きの指揮官として離れたが、ザマ決戦、ハンニバルのカルタゴ本国帰還、アンティオコス宮廷への亡命、全て運命を共にして来た。
 全身全霊の智勇を振り絞って来たが、今や最後の拠り所となった大王の勢力もローマ軍を前に敗北を喫してしまった。




(このまま終戦となれば…)
 そのことも考える。
 いや、大王は戦意を喪失しているから、そうなる可能性が高い。
(帝国は残ろう。だが、我らはどうなることか…)
 このまま和平となれば、ローマ側がハンニバル主従の引き渡しを要求するのは確実であった。第二次ローマ・カルタゴ戦争終結の際には格別の寛容で許されたが…。
(もう許されまい。戦乱の芽を摘まねばならぬとなる筈だ)


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 夢幻の如く 
 間もなく。総司令官ルキウス・スキピオ率いる本軍がサルディスに到着した。
 その司令官のそばにスキピオ・アフリカヌスがいた。
 彼はドミティウスとエウメネス王の出迎えを受けると、
「諸君の働きの御蔭で、私も勝利軍の一員となることが出来た」
 病気の陰鬱もすかっと一掃。笑顔で将兵の功労を誉め称えた。
 これが配下にはたまらなく嬉しいのである。そう。英傑というものは、配下にこういう形で慕われるものなのだ。
「お褒めの言葉ありがたき。ですが…」
 ドミティウスは、マニアケスの立て籠るアクロポリスを前に、足止めを喰らっている事情を素直に告げた。





「そうか」
 スキピオは頷いた。
「何とかしよう」
 事も無げに言った。
「何とかなりますか」
 訝し気にそう訊いたのはエウメネス二世王。
 無類の天険サルディスのアクロポリス、しかも立て籠るはマニアケス。
(これは容易なことではない)
 密かに懸念していた。アカイオス攻囲の二の舞になるのではないか、と。




「なるさ」
 スキピオは笑った。
「彼女は頭脳明晰。これ以上の抗戦に意味のないことは知っている。役割を果たしたと知ればすぐにも退去しよう」
 彼は本営と定められた市街の迎賓館に入ると、すぐにミルトを呼びつけた。




「そなたも今回はよく働いたな。コンスル夫人なのに」
 可笑し気に言った。
「いえ…。これは閣下に許された時からの務めと心得ておりますので」
「だから、私は、そのように恩を着せるつもりはないと言うておろうに」




「いえいえ」
 ミルトは笑った。
「私たち夫婦が幸せになるため。その甲斐あって、夫はコンスルにまでなることができました。働かねば我が一分が立ちませぬ」
 彼女の人生哲学なのであろう。全力を尽くして恩義に報い、その上で我が身の幸福を願う。道理であるが、言うは易き行うは難しだ。



「そうか…」
 スキピオは微笑んだ。
 この彼女の力が、彼の功業に少なからぬ寄与をあえたこと、それをしみじみ思った。


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 天空の城に舞う(さらに続き)
「ほほ」
 マニアケスは上品に笑った。
「わたくしは殿(しんがり)。大王を安全に落ち延びさせることが使命。あなた方が追撃の構えを見せる限り、ここを退くことはありませぬ」
 立て籠る理由を素直に明かし、凛とした決意を示した。




(ううむ、どうすべきか…)
 ドミティウスは迷った。
 敵が少数なのは明らか。否、彼女の他に満足な兵数がいるのかどうかも疑わしい。
 とはいえ、何せ足場が悪い。無理に攻め込めば、少なからぬ味方の将兵が、深い谷底の奈落に転落してしまうであろう。そして、最大の心配は、
(どのような罠が張り巡らせていることか…)
 ということだ。




 そこにエウメネス王が現れた。彼に攻撃の可否を訊ねると、
「ここは無理押ししてどうにかなるような場所ではない」
 即座に反対した。
 大王がアカイオスを下した時も、一年近くかけ、苦心の挙句、見栄も外聞もない謀略を施し、ようやく攻略したのである。




「では、どうであろう。麓の市街に兵を一部残し、大王を追撃するというのは」
「いや、それも危険だ」
 エウメネスはやはり反対した。
「マニアケスは一騎当千の強者。必ずや我らの背後を脅かしにかかるに違いない」
 フリュギアの山間で計にかかれば、どのような不測の事態に陥るか、危険極まりないとも付け加えた。




「やむを得ん。スキピオ殿を待つとしよう」
 ドミティウスは諦めたように言った。
 ここでのスキピオ殿とは、ルキウスのことではない。エライアからこちらに向かっていると伝えられていたスキピオ・アフリカヌスの意であった。将兵将校が、誰を真の総指揮官と見ていたか、ここに如実に現れていた。


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 天空の城に舞う(続き)
 だが、間もなくアクロポリスという高みに達した時、前方でどよめきが上がった。
「どうした。何かあったのか」
 訝しんだ軍団長ドミティウスは喘ぎながら訊いた。だが、なにせ狭い通路。二人が横になるのがやっと。
 兵士を押しのけて前に出た。



「あ!」
 城門ががっしり閉じられている。
 いや、驚きはそれに向けられたものではない。
 城壁の上に一人の武将が屹立していたからだ。
「マニアケス…!」




 そのマニアケス、剣をすらりと抜くと、舞い踊り、朗々とした声で謳い始めた。
「ここは天空の城、リュディアの都」
「受け継ぎしはペルシアの諸王たち」
「大王が奪いディアドコイが相争い」
「争覇の果て得たものは空しさのみ」
「ゼウス、ヘーラーの高みに立てば」
「人の業など泡幻の如き儚きものよ」
「現れし西方の勇者たちよ悟り給え」
「際限なき欲望は身を滅ぼすことを」




(何と美しい…)
 ドミティウス以下将兵たちは、思わず見惚れていた。
「そこに参られたのはドミティウス殿よな」
 マニアケス、ラテン語で流暢に語りかけた。
 ドミティウスは、落ち着き払ったその容子に気圧されたが、そこは強情なローマびと。傲然と胸を反らした。
「いかにも。レガトゥスのグナエウス・ドミティウス・アヘノバルブスである」
 正式に名乗りを上げると、投降を勧告した。麓の市街は既に落ちたことを告げ、
「もはや抵抗は無駄な犠牲を積み上げるのみ。こんな所で犬死にすることはあるまい。速やかに降り給え」
 穏やかに申し向けた。相手に対する敬意すら響いていた。
 将は将を知る、ということであろう。

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