新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

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 ハンニバルその後−閉ざされた途(さらにさらに続き)
 馬に揺られ王城に向かうハンニバル、ふと空を見上げた。
 満天の星々であった。
(不思議なものだ…カルタゴにいた時も、ヒスパニアにいた時も、アルプスを越える時も、イタリアにある時も、そしてここアジアにいる時も全く変わらぬ)
 父ハミルカルに伴われ、バァル神殿に参詣し、鬱勃と大志を抱いて五十五年。
 運命の転変を思い、全てが変革した世界史の渦中にありながら、何一つ変わらぬ世界が頭上にある。そのことが不思議で、人間存在の極小に無情を覚えずにはいられない。
 そんなもの思いに耽っていた時である。




「何やつ!」
 マニアケスの誰何する声が闇に響いた。
 目を凝らすと、ぼろにくるまった者が道を塞いでいた。
「わたくしにございます」
 その者はいった。
「む、その声は…」
 女がほおかぶりを脱いでみせた。
「ミルト…か!」
「左様にございます」
 その女は寂しそうな笑みを浮かべた。




「どうしてここに」
 訊いたのは、かつての主マニアケスであったが、ミルトはそれには応えず、
「王城に参ってはなりませぬ」
 と二人に向かって言った。
「なに…」
 ハンニバルは隻眼を光らせた。
「王城では閣下を捕縛する準備を整えております」




「そうか…そういうことか」
 ハンニバル、もやもやしたものの全てが腑に落ちた。
 ミルトは口早に計略の全容を説明した。
 宴を口実にハンニバルを捕縛しローマに引き渡す。ハンニバルの屋敷を包囲すれば、ハンニバルのことゆえ脱出路を用意しているに違いない、それゆえ王城に招いて捕えようとのこと。これ全てプルシアス一世の策謀。
「なるほど…用済みということだな」
 ハンニバルは苦笑した。
 相手は謀略に富むヘレニズム君主。このことあることはどこかで覚悟していた。
 意外であったのは、それが少し早いということだけであった。




「感謝するぞ、ミルト」
「いえ…わたくしは…」
「スキピオ君によしなに伝えてくれ」
「いや…」
 ミルトは慌てた。
 ハンニバルの看破した通り、彼女はスキピオの指図でここに来た。




 この頃、スキピオはカンパニアのリテルノの別荘にいたが、フラミニヌス使節団のビュテニア派遣が決まった時、ミルトをローマから呼び出した。
『ハンニバルありと知れば、フラミニヌス殿のこと、捕縛する誘惑に駆られよう』
 この人物は、今なお、こういう鋭敏さを失っていなかった。
『だが、もはやそんな時ではあるまい。ローマの歴史にも宜しくない。そなた、誠にご苦労だが、ひとっ走りして彼に知らせてやってくれ』
 という訳なのだが、そのことを明かすことはできない。万が一真相が明らかになれば、スキピオの政治的立場が失われるからだ。




 そうだから、ミルトはあくまでもこう言い張った。
「わたくしの一存で参ったもの」
 それにハンニバルは苦笑した。
「ならばそういうことにしておこう。とにかく感謝していたと伝えてくれ」
 と言って馬首を巡らせたが、
「ミルトよ、一つ頼みがあるのだが」
「はい」
 ハンニバルは、ミルトの耳に何事かを囁いた。

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