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志を継ぐ
執事アッティクスの長い話は終わった。
少年プブリウスは、涙をふきこぼしていた。
「なんという悲しい話だ」
「レオニダス王とアンファレスは、スパルタの人々にたいそう憎まれたそうにございます」
「さもあろう。…して、その裏切り者アンファレスは、その後どうなったのじゃ」
「アンファレスは、王の母アゲシストラタをも手にかけ、その財産を奪ったとのこと。が、その後の消息は伝わってはおりませぬ」
「なんたること。かような悪人がのさばったままとは…」
「なんの。どうせ、ろくな末路は辿っておりますまい。親友とその母を手にかけて得た財産などで幸福になれよう筈がありませぬからな」
「そうか。そうだな」
少年は、うんうん頷いた。
「しかし、アッティクスよ」
プブリウスは、涙をぬぐうと、再び疑念のまなざしを向けてきた。
「なんですか御曹司」
「今の話は二十年も前のことではないか。それが、どうして私がスパルタに行ってはならぬ理由となるのか」
「いえ、不思議な話が続くのでございます」
「なんだ。まだ続きがあるのか」
「はい」
「聞かせよ。早く」
プブリウスはせがんだ。
「ちと長い話になりますが…」
「構わぬ。そなたには、この聴衆を満足させる義務があるのだ」
少年は、あたりを見やって、笑って見せた。
食堂には、いつの間にか、執事アッティクスの話を聞くために、家人たちが集まって耳をそばだてていた。
「それでは…」
アッティクスは、再び、アギス後のスパルタの歴史を語り始めた。
アギス四世の死後、スパルタは全く堕落してしまった。
節制に代わり放埓が、質素に代わり贅沢が、スパルタ社会の玉座についた。かつての慎ましやかさは消え失せ、人々は、怠惰に堕ち快楽を貪ることが推奨された。
これを憂う人物がいた。
「なんたること。このような有様で、どうして諸国と渡り合ってゆけよう」
クレオメネス王子である。
アギスを死に追いやったレオニダス二世の息子である。
アギスの死後、彼は、アギス王の妃だったアギアティスを妻に迎えた。これは、父レオニダス王が、アギアティスが莫大な資産家の娘であったことから、その相続財産を手中にするため、嫌がるアギアティスを無理やり息子と結婚させたものであった。
が、クレオメネス王子は、父とはまるで人格が違っていた。
年長の彼女を、妻として大切に遇し、そして、前夫を慕う彼女の心情にも配慮した。細やかな愛情を受けたアギアティスは、やがて心開き、クレオメネスに亡きアギスの抱いていた志の何たるかを教えた。
クレオメネスは感動した。
「…そうか。アギス王は、そのような大いなる志を抱いておられたのか」
「はい。志半ばでのあえない御最期。さぞご無念であったろうと思うと」
妃はよよと泣いた。
王子は、妃の肩に手を乗せた。
「私は、迂闊にも、先の改革の折には、若年のため何ら己の身を処すこともできず、右顧左眄しておった。まことに恥ずかしい限り。が、見ておれ。ここにも王家にふさわしい男がいることを、いずれ天下に明らかにして見せよう」
「旦那さま。そのようなことを口になされば危険でございます」
妃は案じた。
そう。スパルタの国政は、完全に地主たちなど富裕者たちが支配し、アギスの名前を出すだけで、反逆の徒とされ監獄にぶちこまれる恐れがあった。
「なに、心配いたすな。王位につくまでは愚か者の振りをしておるわ。金と女にしか興味のない、当世風のラケダイモン人の振りをしてな」
クレオメネスは笑った。
歴史は、皮肉にも、レオニダス王の息子の彼を、アギスの思想の継承者として、スパルタに遺したのだった。
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