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セラシアの地へ(続き)
その頃、アンティゴノス三世率いるマケドニアの大軍は、テゲアの城に入っていた。
こちらも、本国の援軍、さらにはアラトス率いるアカイア同盟の軍勢、メガロポリス・メッセニアの連合軍などが加わり、総兵力五万の大軍に膨れ上がっていた。
テゲアは、これまでスパルタの忠実な同盟国であった。
ために、テゲアの市民は、
「マンティネイアの二の舞になるのではないか」と戦々恐々であった。
が、アンティゴノスは、かつての傲慢が嘘のように、テゲア市民に親しく接した。集まった指導者たちや町の長老たちを前に、こもごも言葉をかけた。
「このような大軍で押しかけて済まぬ。速やかに進軍いたすゆえ、しばし堪えてくれ」
「今後は、アカイア同盟の傘下に入るがよい。我がマケドニアはそれで満足じゃ」
ために、テゲアの人々は大いに安堵した。
彼らしくないといえば、これほど彼らしくない言葉はなかったであろう。
彼も反省していたのだ。確かに、この時代、マンティネイアの如き裏切り繰り返す国を滅ぼすことは、決して悪ではないし、むしろ功業の一つに数えられていた。
が、反省していた。
(マンティネイアを滅ぼしたことは、あまりよい結果につながっておらぬ)
その反省である。あの乱暴が、マケドニアのギリシア平定を遅らせているといえないこともなかったからだ。
しかも、テゲアは、スパルタ攻略作戦の後背地にあたる。この土地に不安を残したくはなかった。
「クレオメネスは、どのような陣容で我らを待ち構えておるのか」
「はい。こちらをご覧くださいませ、陛下」
側臣メガレアスは地図を広げた。
「スパルタの北にあるセラシア、この街に程近い地点に、東西にわたって強固な陣営を築き、我が軍を待ち構えております」
「ふむ。兵力は」
「およそ二万。弟のエウクレイダス、勇将のエウリュクレイダスはじめ主だった将はみな従っている模様です」
「ということは、これを打ち破れば、すなわちラケダイモン滅亡、ということになるな」
「御意にございます」
「ふむ」
アンティゴノスは冷たく微笑んだ。
「陛下」
細身の男が進み出た。
「おう、デメトリオス殿、なにかな」
「一つ御献策いたしたいのですが…」
デメトリオス。アドリア海内奥に浮かぶファロス島の支配者だ。
その名からギリシア人であると知れるが、特異な経歴を有した。
まず、ギリシア人が蛮族と蔑むイリュリア王国に接近し、アグロン王の信任を獲得して王国の将軍に任じられた。ところが、アグロン王死後の紀元前229年、イリュリアがローマと戦争を開始すると(第一次イリュリア戦争)、敵国ローマと通じ、戦争をローマの勝利へと導いた。
裏切りの代償として、戦後、ローマの後ろ盾でイリュリアの摂政となり、国の実権を握った。客将に過ぎなかった男が、王国を乗っ取ったのである。
今や、彼は、イリュリア王の如き勢威を振るっていた。
元来、マケドニア王家と密接な関係を結んでいた彼、この決戦に大軍を率いて参戦していたものだ。
そのデメトリオスの進言に、アンティゴノスは鷹揚な笑顔を見せた。
「何なりと申されよ」
「セラシアは要害の地。城と周辺の砦に立て籠もられては、長期戦となるは必至」
「うむ」
それは、アンティゴノスにとって、ずっと頭痛の種であった。
というのも、北方の諸部族がマケドニア本国を虎視眈々と狙っていたからだ。長期戦となれば、それら諸族が、豊かな国土を蹂躙することは明白であった。
「確かに困る。良い手はありますか」
「敵の補給を絶つことにございます」
「敵の補給…エジプトのことを申されておるのか?」
「はい。プトレマイオス三世王に、クレオメネスに味方することをやめさせます。補給に窮すれば、クレオメネスも砦に立て籠もっている訳にはいきますまい」
「ふーむ。それは理にかなってはおるが…」
クレオメネス軍の補給は、エジプトから輸送される物資に依存している。それを絶つことが勝利の早道であることは、誰にでも分かること。
「しかし、我らマケドニア王家とプトレマイオス王家は犬猿。プトレマイオスは首を縦に振ることはあるまい」
プトレマイオス三世は、クレオメネスをして、マケドニアを討たしめるために援助しているのだ。そう。エジプトにとって、これは代理戦争なのだ。
「いえ。プトレマイオス三世は聡明な君主。クレオメネスに味方することの非を説けば、必ずや迷い始める筈。この決戦を前に、一時でも兵糧の補給が止まればよいのです。スパルタはたちまち兵糧に窮しましょう。ならば、焦ったクレオメネスが飛び出してくること間違いありませぬ」
「なるほど…」
「是非とも、拙者をアレクサンドリアに御遣わしください。ならば、必ずやプトレマイオスを説得してご覧にいれましょう」
「ふーむ」
アンティゴノス、すぐに頷かなかった。
(デメトリオス、荒業は得意な男だが…果たしてこのような機微を要する策をやり遂げることができるかどうか)
「陛下。これはアラトス殿にも賛同を得ております」
「ほう…」
すると、アラトスは小さく頷いて見せた。何か成算があるのであろう。
ならばと王は頷いた。
「よろしかろう。貴殿にお任せいたそう」
「ははっ」
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