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セラシアの要害
「おおお!」
アンティゴネイアの城壁の上で、スパルタ軍の様子を窺っていたメガレアスが叫んだ。
「どうなされた、メガレアス殿」
「フィロポイメン殿、敵の松明が俄かに増えてきましたぞ」
あとからあとから松明の行列が続き、その無数の松明が城を取り巻き、その輪を縮めてくる。
「これは…夜襲をかけるつもりか」
フィロポイメンも一驚した。彼は駆け出すや、叫びまわった。
「全員起きろ!敵襲だ!直ちに戦闘態勢をとれっ!」
たちまち兵が飛び出し、ずらりと城壁に並んだ。
アンティゴネイアの城は緊迫した。
が、それから時が過ぎても、松明の大群は城壁に迫ってこなかった。
「いくらなんでも、これはおかしいぞ」
重くなるまぶたと格闘していたフィロポイメン、さすがにいぶかしんだ。
「これ!誰か!」
「はっ」
「物見を城外に出して調べさせよ」
「ははっ」
その物見はすぐに帰ってきた。
「敵陣には人っ子一人おりませぬ。既に退却した後のようにございます」
「な、なんだと」
「松明を、打ち込んだ杭の上に置いてあるのみでございました」
「しまった!図られた!」
フィロポイメンは一声叫ぶと、駆け出した。
「…そうか。クレオメネスは退却したか」
アンティゴノスは、ほっと安堵の息をついた。
彼は、ここ数日、城の奥にあって泰然自若を諸将に見せてはいたが、城全体を包むスパルタ兵の雄叫びに、幾度も最期を覚悟していた。
「陛下。クレオメネスは、我らの味方が背後から近付くのを知り、退却したに違いありませぬ。追撃をかけるべきにございます」
フィロポイメンは進言した。
「いや」
アンティゴノスは首を振った。
「クレオメネスの軍は兵糧尽きたに違いない。ならば、本国まで退却するであろう。我らは焦る必要はない。ここにて諸軍を集め、大軍をもって堂々南下する」
アンティゴノス三世は、この一連の戦いで、クレオメネスの恐ろしさを嫌というほどに味わった。
(恐ろしい男よ…。万全の戦備を整えてから攻め下らねば足をすくわれる)
兜の緒をしっかりと締め、腹をくくってかからねば、と気合を入れなおした。
やがて、アンティゴネイアの城には、アラトス率いるアカイア同盟軍が、アペルラス率いるマケドニア軍が到着し、城兵の歓呼に迎えられた。さらに、アンティゴノスの大動員の号令に応え、諸国からマケドニアに加勢するため続々兵が集まってきた。
ために、アンティゴネイアの城は兵で溢れかえり、諸国の軍勢は城外に野営した。
クレオメネス率いる軍勢は、既にスパルタ本国に退却していた。
彼の素早い決断により、難しい退却にあって兵を一人も失うことはなかった。
「…そうか。アンティゴネイアに大軍勢が集結しておるか」
「はい。総勢六万とも。アルカディアはマケドニアにより平定されたといってよろしゅうございましょう」
エウリュクレイダスはいった。
が、そんなことは覚悟の上。
「次の戦場をどこにすべきか。エウリュクレイダス、考えはあるか」
「はい、ございます。が、王にも、退却を決断した折から、お考えがあろうかと推察いたしますが」
「ふふ。勿論ある。が、そなたの考えと一緒がどうか、だ」
「セラシア、しかありますまい」
「やはりそうか」
王は笑った。
セラシア。
スパルタの北十キロほどにある要害の街。当初は独立国であったが、時代が下るにつれスパルタの属国となり、この時代には完全にスパルタ領の一都市に過ぎなかった。
「我らは寡勢。要害に拠って戦うのが一番にございます」
「うむ。アルカディアは天険とはいえ、四方に道開かれた土地。大軍を擁する側に有利であった。が、ここならば一本道。背後から襲われる恐れもない」
クレオメネスは、地の利を考慮し、あえて首都の近くに戦場を選ぶ決断をしたようであった。これが吉と出るか凶と出るか、この時、誰も知るところではなかった。
「では、早速、峠に強固な砦を構築しましょう」
「うむ。頼む」
紀元前222年夏。
豊かな緑が次第にスパルタの街を覆う季節。スパルタ軍は再び動き出した。
エウリュクレイダス率いる兵は、セラシア近くの丘に柵を構築し、マケドニアの大軍の来襲に備えたのであった。
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