新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第1章アカイアの章

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 その後クレオメネス-中(続き)
 ここ、アレクサンドリアのクレオメネスの屋敷。
「なに、商人のニカゴラスが訪れたと」
「はい。商用でこの地を訪れたそうですが、是非とも王の尊顔を拝したいと」
「ほう、それは懐かしい。ギリシアの今も知りたいこと。すぐに通せ」
 クレオメネス王は喜んでニカゴラスを迎えた。
 王がスパルタにあるとき、ニカゴラスは王家に出入りし、王に土地を売ったこともあるのだ。クレオメネスにとって、彼がメッセニア人であることなど、頭の隅にもなかった。
 間もなく愛想の良い小太りの男が現れた。
「おお、ニカゴラス、よく来たな」
「王様、お久しゅうございます。ご多忙の折、拙者如きのために」
「はは。忙しいものか。暇を持て余しておるのだ。で、今回、何を売りに来たのだ」
「馬にございます。ここでは高く買い取っていただけますので」
「はは。それは残念だったな。琴弾き女と美少年を連れてくればよかったのだ。陛下は今それに夢中なのだからな」
 それは快活な冗談に過ぎないもので、別段、四世王のことを悪しざまにいった訳でもなかったが、それを聞いたニカゴラスの目は一瞬光った。


「で、昨今のギリシアの実情を聞きたいのだが…」
「はい。今は…」
 クレオメネスは、ニカゴラスが話すギリシアの現状を熱心に聞き取った。
 アイトリア同盟が一時ギリシア中を席巻したが、フィリッポス五世率いるマケドニアの大軍の攻勢に破れ、結局講和を結んだことなどである。
 しばらくして。
「ときに王様」
「なんだ」
「申しあげにくきことながら…」
「申してみよ」
「はい。以前、王様に土地をお売りしたことがございます。が、その後、あの争乱の渦中となったため、未だお支払い頂いていないのですが…」
「そうであったか。それはすまぬ」
 王は素直に謝った。
「悪いのだが、今手元に代価に足るものがない。もうすぐ陛下より年金をいただくことになっておる。それまで待ってもらいたい」
 王は素直に実情を話したつもりであったが、あっさり拒まれた形となり、ニカゴラス、憮然となった。
 メッセニア人とはいえ、彼も、クレオメネスその人が、それほど憎いわけではない。だから、オイナンテとアガトクレイアに秘命を囁かれた時にも、
(クレオメネスが、あの時の代価を払ってくれさえすれば、危ない橋を渡ることはない)と思っていた。要は、いずれに肩入れするか、これで瀬踏みしていた訳だ。
 この時、金がなかったクレオメネスは不運であった。この時点をもって、ニカゴラスの肚は敵方ともいうべき側に傾いていった。

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 酒神ディオニュソスです。

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 その後クレオメネス−中 
 それからのプトレマイオス四世は、国事について、クレオメネスに意見を求めるようになった。また、少しずつではあったが、秘儀や酒宴にどっぷり浸る生活を改め始めた。
「王たる者、臣下の言葉を聞き分けることこそ肝要にございますぞ」
 クレオメネスがやんわりと諫言したからだ。
 四世も、元来暗愚ではなかったものであろう。その言葉に対して頷いた。
「うむ。余も、一世王以来の功業を継いでまいりたい」
 エジプトはまさしく天恵の大地。良き政治を心掛ければ、統治者に巨大な力を与える。
 だからこそ、悠久の昔から、この地に幾つもの王朝が繁栄し続けていたものであろう。


 しかし、クレオメネスの信望が高まれば高まるほど、彼を目障りとする人々は増えてくる。王の暗愚を都合のよいことと考えている人々は、当然そのように考える。
 それは、密教の館の主人オイナンテ、その娘で王の寵姫アガトクレイアにとっては、特にそうであった。彼女たちは、王が賢明になれば真っ先に用済みになってしまうからだ。彼女たちは、後宮(ハーレム)を支配し、さらに増長して近頃は政治のことにも口出しし始めていたのだ。


「お母様、このままではいけませぬ」
「そうね。何か策を講じないと」
 大国エジプトを思うがまま動かす快に、この親子は執着した。誰もが彼女たちにひれ伏すのだ。ひとたび成り上がり、そんな絶対者の座を味わうと、そうなるのかもしれない。
「わたしにいい考えがあるわ」
 オイナンテが言った。
「どんな考え?」
「ラケダイモン人を徹頭徹尾嫌う人間が我が家に出入りしているの」
「それは誰?」
「メッセニア人のニカゴラスよ」
 第一部でも述べたように、スパルタは、隣国のメッセニアを征服し、その住民を奴隷に突き落とし、およそ三百五十年間支配した。あのエパミノンダスの遠征により解放されるまで、屈辱の歴史を甘受してきたのだ。従って、メッセニア人はスパルタ人を激しく憎悪していた。
 が、この時代、メッセニアが独立を回復して、既に百五十年近く経とうとしていた。なのに、今なお、その憎悪を胸に秘めていたのであろうか。恐ろしいことである。古今を問わず、国家の指導者は、これを胸に刻むべきであろう。

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 アレクサンドリアの大図書館(想像図)です。


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 その後クレオメネス-上(さらに続き)
 しかし、信頼がないわけではなかった。いや、むしろ篤い信頼を寄せられていたといってもよい。クレオメネスの武勇を知る四世王は、重要な国の会議に彼を列席させていたからだ。
 それは、ある秘密会議のこと。
「余は、母の愛を笠に権勢に奢る弟のマガースを、この際、誅しようと思うのだが」
 母とは、キュレネ王の娘、ベレニケ二世のことである。エジプトでは、王と后たる女王が共同統治することが多く、それだけに三世王亡き今、母ベレニケの権威は絶大で、その愛をいいことに弟マガースが増長していたのだ。
 そう。クレオメネスは、こんな会議に臨席することも許されていたのだ。
「諸公よ、どう思うか」
 重臣たちは皆、プトレマイオス四世の意向に賛成した。なんといっても、この王家も元を辿ればマケドニアの名門貴族。酷薄無残な王朝の闘争を経験し、権力のためには手段を選んではならない、その教訓を、細胞深くに刻み付けた人々だからだ。


「陛下、お待ちあれ」
「お、ラケダイモン王よ、何か意見がおありか」
「は。ただいま、陛下は一時の感情に流されておいでです」
「ほう」
「確かに、弟君のマガース殿の増長には目を覆うべきものがあります。ただ、これとて、いっときの熱病のようなもの。いずれ覚め、兄君たる陛下への礼を思い出しましょう」
「ふーむ」
「私は、先の戦いで、味方の裏切りにより大事な弟を失いました。そのために敗北したといっても過言ではありませぬ。陛下の弟君も、お国を支える重要な柱にございます。今、お気に触ることが少々あったからとて、すぐに誅しては、後に陛下は後悔なさることになろうと存じます」
 クレオメネスの堂々と論ずる声に、人々はしんとなった。理に適った意見であるとの顔をした人々もいたが、王の顔色をうかがい、にわかに誰も何も口に出さなかった。


「クレオメネス殿、待たれよ」
 宰相ソシビオスが異議を挟んだ。
「マガース殿が、ただの一家臣であれば、御貴殿のいうとおりであろう。が、弟君の許には、数千の傭兵が控えているという。無為に過ごせば、叛乱を待つだけということになりはせぬか」
「宰相殿、心配要りませぬ」
「なにゆえぞ」
「傭兵のほとんどはペロポネソスの出身。実は、その小隊長の多くと面識があるのです。いずれも、わたくしに心服する者たちばかり」
「ほう」「そうであったか…」
 部屋の中に感嘆の声が広がった。
 彼らは、どうやら敵と目する相手の、兵の構成も知らないようであった。
「それゆえ、私が釘をさしておけば、そのような軽挙に踏み出るわけがありませぬ。御心配は無用にございます」
「なるほど、さすがはラケダイモン王ぞ。頼もしきことよ」
 プトレマイオス四世も大いに得心し、この件は沙汰止みとなった。このことで、クレオメネスに対する信望はますます大きくなっていった。


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 その後クレオメネス-上(続き)
 王位を継承したのは、三世王の子プトレマイオス・フィロパトル、即ちプトレマイオス四世である。
 この新王は、典型的な暗君であった。
 日々酒宴に明け暮れ、また当時流行していた酒神ディオニュソスの密教のいかがわしい秘儀に夢中となり、ためにその密教の館の娘アガトクレイアを后にしてしまっていた。このため、王の顔は常に血色乏しく、目はうつろな光を見せていた。
 こんなことで国政を執ることができるわけもなく、政務は、専ら側近のソシビオス、王と同名のプトレマイオスの二人が決済するに任せていた。
 プトレマイオス王家は、創始以来三代にわたり賢君が続いたが、この暗君の四世と遭遇したことはクレオメネスにとって不幸であった。
 それから時を同じくして、マケドニアにおいても、アンティゴノス三世が死んだとの報がアレクサンドリアにも伝えられた。
 それを知ったクレオメネスは、早速に参内し、祖国への帰還を願った。


「後継者は若いフィリッポスとのこと。マケドニアを叩くは今にございます。よろしく我に兵と船を授けたまえ。ギリシア世界からマケドニアの勢力を駆逐し、同時に、お国の脅威を一掃してご覧に入れましょう」
 が、玉座にあるプトレマイオス四世は、とろんとした目を見せるばかり。恐らく、昨日の酒が、いや、その前々の酒がずっと蓄積し、ために王の頭脳は半ば眠ったままにあったものに違いない。
「うん?ラケダイモンの王よ。何か申したか」
 四世は、今はじめてクレオメネスが目の前にあることに気付いたかのようであった。
 クレオメネスはうんざりした。
(先王と何たる違いようぞ。こんなことで大国を経営していけるのか)
 が、相手が相手。むらむらする感情を堪え、
「ですから、陛下の勅許を得て、軍勢率いラケダイモンに帰還したいとお願いしているのであります」と語気を強めた。
 しかし、四世の反応は一向なく、侍臣が王の耳にまた同じ言葉を伝えた。
「なにやら難しい話になってまいったの。またゆっくり考え、その上で裁可いたす」
「されど急がねば…」
「これから密教の儀式に取り掛からねばならんのだ。明日、またゆっくり聞くゆえの」
 王は笑った。
 決して人は悪くない。だが、君主としては失格であった。
 これ以上食い下がることもできない。クレオメネスは、ここではエジプト王の家臣も同様な立場なのだ。
 それからも、クレオメネスの願いは聞き届けられなかった。いや、打ち捨てられてしまった。なにしろ、夜は酒宴に明け暮れ、昼は密教の秘儀とあっては、玉座について政務を聴くことも稀であったのだ。


 クレオメネスの宿舎では、家臣たちがやきもきしていた。
「王様。伝えられるところでは、アイトリア同盟が決起し、アカイア同盟を大いに破り、今はマケドニアと交戦しているとのこと」
 老臣ヒッピダスが言った。それにパンテウスが続ける。
「左様。ラケダイモンの者どもは、王様のご帰還を待ち侘びているとのこと。いつ帰還の勅許が下りるのでございますか?」
 それは事実であった。スパルタ本国はマケドニアへの降伏により、クレオメネスの打ち立てた秩序は全て破壊され、あの享楽と怠惰の充満する、少数者による統治体制に逆戻りしていた。再分配された土地は元の所有者へ戻され、民衆の多くは、再び無産の階級に突き落とされていた。
 その民衆が、クレオメネスの帰還を望んでいたのだ。
「そんなことは分からぬ」
 クレオメネスはぶっきらぼうに答えた。
「分からぬ…とは?」
「酒神ディオニュソスにお伺いを立てるしかあるまい。王が、いつ酔いから覚められるかなどは」
 全く馬鹿げたことではあるが、事実であったのだから仕方がない。
 その後、クレオメネスは、兵も船も要らぬゆえ帰還を許されたしと願ったが、それにも一向反応がなかった。悪意があるのではなく、エジプト王の関心が、密教の儀式で叩く太鼓ほどのものがペロポネソスには向けられていなかったからだ。


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 その後クレオメネス−上 
 時間を遡り、今度はクレオメネスのその後を語るとしよう。


 紀元前222年夏。
 スパルタから逃れ出たクレオメネスの船は、キュティーラ島、クレタ島、キュレネを経て、無事、エジプトの国都アレクサンドリアに入った。
 彼は、老王プトレマイオス三世に謁見した。
「クレオメネスにございます。御国より多大な支援を蒙ったにもかかわらず、アンティゴノスに敗れ、このように陛下の御厚情にすがる身となってしまいました。面目なき仕儀にございます。が、このままではおきませぬ。いずれラケダイモンへ帰還を果たし、アンティゴノス王家と対決する所存。それまでのしばしの間、我が身と我に従う者どもに避難の地を与え給わんことをお願いいたします」
 国を失い、流浪の亡命者に転落したクレオメネスであったが、微塵もそのような卑屈を見せなかった。いや、王者の気概凛々で、今兵を授ければ、そのまま出撃しかねない血潮のたぎりが感じ取れた。
さらに、プトレマイオス王を感じ入らせたのは、あのセラシアの戦いの直前に支援を絶たれた恨みを、一切口にしなかったことだ。
 プトレマイオス三世、大いに感銘を受けると共に、大いに悔いた。
(なるほど…これほどの男ならば、アンティゴノスが、セラシアで、あと一歩のところまで追い詰められたとの報告も頷ける。マケドニアの虚言に乗り、援助を打ち切ったは軽率であった…)


「よくぞまいられた」
 プトレマイオスは、おおどかな笑顔を見せた。
「今、そなたの姿を見て、ギリシア中の敵が恐れおののき、マケドニアに助けを請うたというのも得心がいった」
「恐れ入ります」
「心強くなされよ。いずれ時が参ろう。それまでの間、この地にて英気を養われるがよかろう。その上で、必要なだけの兵と船を授けるゆえ、帰還を果たし、存分に暴れるがよい」
「ありがたきお言葉」
 その夜、クレオメネスを歓迎する盛大な宴が催された。


 プトレマイオス三世は、クレオメネスに、アレクサンドリアの内に住居を与え、さらに24タラントンもの年金を支給することにした。それは、存分に贅沢できる金額であったが、クレオメネスは、質素な生活そのまま、余った金は従う人々に分け与えた。
 彼の行状は、逐次プトレマイオスの耳に入った。
 老王はますます感銘を深めた。
「なるほど。是非とも、早くに帰還させ、マケドニアと戦わせねばならんな」
 プトレマイオス王家としても、アンティゴノス王家のギリシア世界制覇は見過ごせぬ一大事。東方諸国の君主は全て、その出自を辿ればマケドニア人ないしギリシア人なのだ。ギリシア世界を制覇した国家が、頭一つ抜け出る形となるのは自然であった。
 その後、プトレマイオス三世はクレオメネスの人柄を愛し、クレオメネスも老王の識見の深さを敬愛し、二人は交友を深めた。
 ところが、それから間もなく、プトレマイオス三世はこの世を去った。紀元前221年のことである。


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