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その後クレオメネス-上(続き)
王位を継承したのは、三世王の子プトレマイオス・フィロパトル、即ちプトレマイオス四世である。
この新王は、典型的な暗君であった。
日々酒宴に明け暮れ、また当時流行していた酒神ディオニュソスの密教のいかがわしい秘儀に夢中となり、ためにその密教の館の娘アガトクレイアを后にしてしまっていた。このため、王の顔は常に血色乏しく、目はうつろな光を見せていた。
こんなことで国政を執ることができるわけもなく、政務は、専ら側近のソシビオス、王と同名のプトレマイオスの二人が決済するに任せていた。
プトレマイオス王家は、創始以来三代にわたり賢君が続いたが、この暗君の四世と遭遇したことはクレオメネスにとって不幸であった。
それから時を同じくして、マケドニアにおいても、アンティゴノス三世が死んだとの報がアレクサンドリアにも伝えられた。
それを知ったクレオメネスは、早速に参内し、祖国への帰還を願った。
「後継者は若いフィリッポスとのこと。マケドニアを叩くは今にございます。よろしく我に兵と船を授けたまえ。ギリシア世界からマケドニアの勢力を駆逐し、同時に、お国の脅威を一掃してご覧に入れましょう」
が、玉座にあるプトレマイオス四世は、とろんとした目を見せるばかり。恐らく、昨日の酒が、いや、その前々の酒がずっと蓄積し、ために王の頭脳は半ば眠ったままにあったものに違いない。
「うん?ラケダイモンの王よ。何か申したか」
四世は、今はじめてクレオメネスが目の前にあることに気付いたかのようであった。
クレオメネスはうんざりした。
(先王と何たる違いようぞ。こんなことで大国を経営していけるのか)
が、相手が相手。むらむらする感情を堪え、
「ですから、陛下の勅許を得て、軍勢率いラケダイモンに帰還したいとお願いしているのであります」と語気を強めた。
しかし、四世の反応は一向なく、侍臣が王の耳にまた同じ言葉を伝えた。
「なにやら難しい話になってまいったの。またゆっくり考え、その上で裁可いたす」
「されど急がねば…」
「これから密教の儀式に取り掛からねばならんのだ。明日、またゆっくり聞くゆえの」
王は笑った。
決して人は悪くない。だが、君主としては失格であった。
これ以上食い下がることもできない。クレオメネスは、ここではエジプト王の家臣も同様な立場なのだ。
それからも、クレオメネスの願いは聞き届けられなかった。いや、打ち捨てられてしまった。なにしろ、夜は酒宴に明け暮れ、昼は密教の秘儀とあっては、玉座について政務を聴くことも稀であったのだ。
クレオメネスの宿舎では、家臣たちがやきもきしていた。
「王様。伝えられるところでは、アイトリア同盟が決起し、アカイア同盟を大いに破り、今はマケドニアと交戦しているとのこと」
老臣ヒッピダスが言った。それにパンテウスが続ける。
「左様。ラケダイモンの者どもは、王様のご帰還を待ち侘びているとのこと。いつ帰還の勅許が下りるのでございますか?」
それは事実であった。スパルタ本国はマケドニアへの降伏により、クレオメネスの打ち立てた秩序は全て破壊され、あの享楽と怠惰の充満する、少数者による統治体制に逆戻りしていた。再分配された土地は元の所有者へ戻され、民衆の多くは、再び無産の階級に突き落とされていた。
その民衆が、クレオメネスの帰還を望んでいたのだ。
「そんなことは分からぬ」
クレオメネスはぶっきらぼうに答えた。
「分からぬ…とは?」
「酒神ディオニュソスにお伺いを立てるしかあるまい。王が、いつ酔いから覚められるかなどは」
全く馬鹿げたことではあるが、事実であったのだから仕方がない。
その後、クレオメネスは、兵も船も要らぬゆえ帰還を許されたしと願ったが、それにも一向反応がなかった。悪意があるのではなく、エジプト王の関心が、密教の儀式で叩く太鼓ほどのものがペロポネソスには向けられていなかったからだ。
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