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報い
スパルタの都に逃げ戻ったクレオメネスは、まっすぐ政庁に向かった。
政庁に入ると、すぐに長老たちを集めた。
「我が徳至らず、このような無様な結果とあいなった。まことに済まぬこと」
王は率直に詫びた。
が、詫びるだけではすまない。明日にもマケドニアの大軍がスパルタの街に攻め込んでくるのは明らかだったからだ。
「この上は、マケドニアに服するよりほかなし。人々は、アンティゴノスを迎え、今後はマケドニア王国を上に立てるがよい。ならば、アンティゴノスも過酷に報いることはあるまい」
「王様はいかがなされますので」
「余はアンティゴノスにとって憎い敵。国にとどまっては、ラケダイモンに災厄が降りかかろう。国外に逃れるつもりだ。そして、もし時が恵めば、帰国することもあろう」
王は、その後も、こまごま今後のことを言い含め託した。
王は自分の屋敷に戻った。そこには、王の身を案じる人々が待ち構えていた。
「父上様」
娘のプロアウガが泣きそうな顔で父の体にとりすがった。
そう。母と息子がアレクサンドリアで人質となっていたため、この娘が彼の手許にある唯一の肉親であったのだ。
「プロアウガよ。泣くな。これしきのことで父は挫けはせぬ」
王は優しく慰めると、彼女の体を離し、侍女に預けた。
と、そこにはプブリウスとアッティクスも控えていた。
「その方ら、まだいたのか。間もなく、ここにもマケドニアの大軍が攻め込んでこよう。急ぎ離れるがよい」
「我らも供いたします」
「なに?」
「王様は、国外にお逃れになると伺いました。おそらくエジプトへ逃れ、再起を図るものと推察いたしました。ならば、せめてタイナロンの岬までお見送りしたいと二人して話しておったのでございます」
「そうか…」
王は、この異国の友の誠実に微笑した。
「分かった。ついてくるがよい。そして、そなたらは、そこからアテネなりローマなりへと帰るがよかろう」
「早速のお聞き届けありがとうございます」
プブリウスは一礼した。
クレオメネスの屋敷は慌しくなった。
大急ぎで家財を馬車に積み込むと、王は馬上の人となった。
ここで召使全てに暇を出した。ありったけの金銀を与えて。
「今までよく仕えてくれた。感謝する。達者に暮らせよ」
人々は王の馬の傍で涙に暮れた。
「あなた様のように慈悲深い王様がこのような…」
「口惜しゅうございます」
召使たちの言葉に、クレオメネスは悲嘆の色一つ見せず、からからと笑った。
「何も死ぬわけではない。時が幸いするまで身を隠すだけだ。笑って見送ってくれ」
王は、さらに記録官のソシュロスを呼び寄せた。
王の影の如く従い、片時も王の傍を離れず、その言行を記録し続けた彼。この激戦の渦中にあっても、必死に馬の手綱を握り、王の姿を追い続けた。
「王よ、お呼びですか」
どこまでも供するつもりで、既に、半武装のまま、旅支度を終えていた。
その彼の誠実に、王は微笑を向けた。
「長らくの務め大儀であった。ここで任を解くゆえ、安全の地へ落ち延びるがよい」
その言葉にソシュロスはたいそう悔しがった。
「それは情けないお言葉。この私が、命を惜しむ卑怯者とみられていたとは…」
「そうではない」
クレオメネスは笑った。
「余はエジプトに亡命する身。彼の地では専ら英気を養うことになろう。何をしたかなど記録するに値せず」
「されど…」
「まあ聞け」
王は軽く抑えた。
「余は必ずやギリシアに戻ってくる。その時にはまた呼び寄せる。余の行いを記録してもらうために、な。だから、そなたには無事でいてもらわねばならんのだ」
クレオメネスは、目に力を込め、一途の家臣を諭した。
真情は伝わったと見え、やがて、ソシュロスは頷いた。
「かしこまりました。足手まといになってはかえって不忠。アテネにでも逃れ、学者を装い、時を待つといたしましょう」
「うむ。これまでの記録を整理し、その時の到来を心待ちにするがよい」
王は、およそ敗者らしくない笑みを見せると、すぐに出発した。
パンテウス、テリュキオンのほか、僅かな従者がその後に続き、その中にはプブリウスとアッティクスの主従も混じっていた。
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