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講和条約(続き)
ハミルカルとカトゥルスは、ドレパヌムとエリュクスの中間の地で、会見をもった。
互いに和平を希求していることもあり、交渉は、特に難局にぶつかることもなく進んでいった。が、二つの条項をめぐり対立した。
『カルタゴ兵は、撤退するに際し、ローマ側に武器を引き渡すこと』
これは、カルタゴ軍の武装解除を意味する。
ハミルカルは、これを断固拒んだ。
「我々が求めるのは尊厳ある講和であって、隷属ではない。武器を渡してしまえば、辱めを受けても、もはや刃向かうことはできぬ。このような条項は到底承服できぬ」
カルタゴ側の反発を受け、これについては、カトゥルスは、あっさり引っ込めた。
さらにもう一つ。
『ローマ及びその同盟国より逃げた奴隷を引き渡すこと』
ローマ支配下に住む奴隷たちの中には、自由を求め、カルタゴ側に身を投じた者も少なからずいた。彼らは、カルタゴ国家から戦後の自由を約束され、懸命に戦った。
「彼らは我らカルタゴの友人。その友人を売り飛ばし、こそこそ国へ逃げるなどできぬ。この条項も撤回いただきたい」
ハミルカルは、またもや強硬に主張した。
が、今度は、カトゥルスは容易に承服しなかった。
「奴隷がその持主の所有に服すること、これは天下の法である。これは我がローマだけでなく、貴国においてもそう定められているはず。なのに、戦争に際して逃げた者を咎めなしというわけにはいかぬ」
これは、カトゥルスの言う通りであった。
奴隷は、法律上動産に過ぎず、その逃亡には厳しい罰則が定められているほか、その逃亡奴隷を匿うことも不法とされていた。つまり、一般の財産と同じく、所有権ある持主に返すことが、この時代の正義なのである。
ハミルカルも、勿論承知している。
(が、呑むわけにはいかぬ)
そう。もし、彼らを見捨てれば、味方を見殺しにしたと言いはやされ、配下の兵の憎悪を買うことは目に見えていた。講和の行く末も危ういものとなってしまうであろう。
ハミルカルは、暴発の危険のあることをありのまま述べ、それを逆手に、
「我らは敗者。それゆえ激発しやすい。その敗者の群れを速やかに退去せしめることが、ローマ国家のためにもなろうと思われるが、いかに」と迫った。
「うーむ」
カトゥルスは考え込んだ。
カルタゴの兵は、ほとんどが傭兵である。
(彼らが、カルタゴ政府の統制を離れると厄介なことになる)
統制の利かない傭兵集団が始末に負えないことは、マメルティニで明らかであった。
ハミルカルが開き直り、逃亡奴隷を含む兵を解き放てば、シチリア島全土に混乱が広がるであろう。ローマ軍は、その討伐に人手を割かねばならないこととなる。
(国費の乏しい折。それは避けたい)
思案の挙句、カトゥルスは決断した。
「よろしいでしょう。撤回いたしましょう」
「おお、それはありがたい」
ハミルカルも安堵の息をついた。カルタゴ国家の体面を保ち、尊厳ある撤退を実現するため、彼も死の覚悟をもって交渉に臨んでいたのだ。
こうして、ローマとカルタゴの間に講和条約が結ばれた。
その要旨は、ローマとカルタゴは以降互いに攻撃せず、カルタゴはシチリア全土から撤退すること、二十年の期間内に二千タラントンの賠償金を支払うこと、捕虜となっているローマ兵を無償かつ即時に解放することであった。
執政官カトゥルスは、条約の趣旨を記した書面をローマ本国に送付した。条約の締結には、民会の承認が必要だったからだ。
民会では、大いに議論が戦わされた。なにしろ、二十年にわたる戦争の果実を現実のものとするのだから。
「賠償金が少ないぞ!」
「そうだ、もっと要求すべきだ!」
勝利国の民は、いつも貪欲である。戦争の労苦を経てきたため、また政府の誇大な鼓舞もあって、戦勝を過大視する傾向にあるためであろう。
結果、条約は修正された。賠償金支払期間を十年に短縮した上、即時に支払う分として一千タラントンが追加され、さらに、アエガデス諸島とリパラ諸島のローマへの割譲が取り決められた。
この程度は覚悟していたものと見え、ハミルカルは即座に了承した。
こうして講和条約は発効した。二十四年に及ぶローマとカルタゴの戦争はここに終結したのである。
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