新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第2章カルタゴの章

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 傭兵の乱9−鋸山の戦い(さらにさらに続き)
「これは罠だ!」
「そうだ!ハミルカルに我らを助ける気などない!」
 傭兵たちは騒ぎ出した。しかも、彼らを統率する将は全て捕らえられているから、抑える者が誰もいない。彼らは暴発した。
「どうせ死ぬのなら、せめてカルタゴ兵に一太刀浴びせようぞ!」
「そうだ!突撃しよう!」
 傭兵たちは喚声を上げると、奔流の如くになって出撃した。


「閣下!傭兵どもが押し出してきましたぞ!」
 ボスタルが叫んだ。
「やはりこうなったか…」
 ハミルカルは呟くように言った。
 その言葉に、ボスタルは驚いた表情を見せた。
「閣下は、こうなると承知で和睦をお受けになられたのですか」
「奴らはもう獣だ」
 ハミルカルは寂しそうに言った。
 眼前の傭兵たちの多くは、かつての部下でもあるのだ。彼が一命だけは助けようとしたのも、そんな気持ちからだったに違いない。
「獣は人の言葉を疑うものだ。仮にスペンディオスらを帰して説得に当たらせても、結局はこうなったであろう」
 彼は、このことあるのを十分に予期していたのであろう。
 中央から象軍を突撃させ、左右から騎兵隊を向かわせると、傭兵たちは脆くも崩れた。なにしろ、ここ数日何も食べていないのだ。ハミルカル麾下の英気十分の精鋭に歯が立つはずがなかった。


 傭兵たちは元の鋸山の陣地に逃げていく。狭い入口でハミルカル軍を防ごうというのであろう。が、もう手遅れだった。
 ハミルカルは手を上げて合図した。
 さらに三百頭の象が現れた。
 象使いの合図に、凄まじい咆哮を上げると、一斉に突進した。
 逃げ行く敵の背後へ、砦の陣門に象の大群が殺到した。
「わあ!」「ぎゃあ!」
 象は、傭兵たちを容赦なく踏みつけ、柵をめりめりと押し倒していく。
「駄目だ!」「とても防ぎきれぬ!」
 傭兵たちは算を乱して、山の奥の方へ逃げだした。
 が、鋸山は、文字通り鋸のような断崖に塞がれている。最後は行き止まりだ。
 頂上で三万の傭兵は逃げ場を失った。
 そこに象の大群がどしどし地響きを立てて現れた。
「ひーっ!」「助けてくれ!」
 傭兵たちは武器を捨てて哀願した。が、もう遅かった。
 象は、逃げ惑う傭兵たちを、まるで芋の子か何かのように、無慈悲に踏み潰した。
 もはやこれは戦争ではない。ただの殺戮であった。
 スペンディオス率いる傭兵軍は、鋸山で全滅した。


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 傭兵の乱9−鋸山の戦い(さらに続き)
 スペンディオスは、椅子から滑り降りると、がばっと平伏した。
「閣下!私は諦めております!いかなる極刑も覚悟しております!が、山に籠る部下たちの命をなにとぞ、なにとぞ…命だけは…」
 額を地にこすりつけ懇願した。
 アウタリトゥスとザルザスも平伏した。
 ハミルカルは、しばらく彼らの姿を凝視していたが、やがて口を開いた。
「いいだろう」
「おおっ!」
 スペンディオスは喜悦した。


 が、納まらないのがカルタゴ将兵たち。ボスタルが血相を変えた。
「閣下!どういうことです!」
「余に考えがある」
「こ奴らは祖国の仇!ジスコーネ殿を惨殺した下手人どもですぞ!」
 猛るように抗弁するボスタルに、ハミルカルは凄まじい眼光を放った。
「控えておれ。これは命令だ」
 ボスタルは真っ青になって口をつぐんだ。
 ハミルカルは、スペンディオスらの方に向きなおった。
「降伏を認める条件は二つだ。一つは武具を全て捨て、着の身着のまま山を出ること。もう一つは、我らが任意に選ぶ十人・・・・・・・を拘束することを承認することだ」
「かしこまりました」
 スペンディオスは頷いた。味方の助命さえ認められれば、否やの余地はなかった。
 同時に何が起こるかを覚悟した。彼を含め、ここに十人の・・・傭兵軍首脳がいるのだ。
「交渉成立だな」
 ハミルカルは一瞬笑みを浮かべたが、その顔はすぐに険しいものとなった。
「余は、ここにいる十人を選び出し拘束することを宣する。それ!ひっ捕らえよ!」
 ハミルカルは、交渉の席に着いていた、傭兵軍の将十人全てを捕縛した。


 ハミルカルは、矢文を敵陣の中に射込ませて、和睦の成ったことを知らせた。
 が、鋸山の傭兵たちはこれを疑った。
「和睦が成ったというのに、どうして山を降りた者たちは帰って来ないのだ?」
「和睦の条件に従い捕らえられたと書いてあるな…」
「どういうことだ。和睦の交渉に出向いた者を全て捕えるとは…」
 そう。交渉に向かったスペンディオスたちの誰も帰って来ないのだ。ハミルカルの策略を疑う者、スペンディオスらの裏切りを疑う者が当然出てくる。
 砦の中は疑心暗鬼となった。
 傭兵どもは飢餓の極限にある。また、かつての非道な振る舞いの記憶も生々しい。かかる人間の群れに、狂気の火がつくのは容易だった。


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 傭兵の乱9−鋸山の戦い(続き)
「降伏するしかないな」
 スペンディオスが重い息とともに吐き出した。
「えっ!」「なんだと!」
 アウタリトゥスとザルザスが異様な声を上げた。
「仲間を助けるには、それしか手はない。ハミルカルの温情に縋るより他なくなった」
 スペンディオスは観念したように言った。
「馬鹿なっ!」
 アウタリトゥスは叫んだ。
「我らがジスコーネを惨殺したのは何のためぞ!」
「そうだ。何があっても敵に屈しないため。だから、あのような野蛮に出たのだ」
 ザルザスも大きく頷いて同調した。彼はリュビア人。今回の戦いに、郷土の解放を賭けていた。
「現実を見ろ」
 スペンディオスは言った。
「兵糧はない。兵の士気は極限まで低下し、その不満は爆発寸前。これでどうやって戦うのだ」
 傭兵としての生活が長くなると、現実感覚が研ぎ澄まされてくる。常に自己の生命を天秤の一方に乗せ、瀬戸際で生きているから、神頼みでは生き抜くことはできないのだ。
 結局、スペンディオス、アウタリトゥス、ザルザスら傭兵軍首脳十人が山を降り、ハミルカルと交渉することとなった。


 その夜、ハミルカルは、スペンディオスら十人の傭兵軍の将と会見した。
 沼のような沈黙が続いていた。
 幕舎の中は殺気で充満していた。カルタゴ将兵の彼らに対する憎悪は深い。ハミルカルの厳しい軍律がなければ、有無を言わさず八つ裂きにしていたに違いなかった。
 当のスペンディオスは、憔悴しきっていたが、目の光はまだ失われていなかった。
「久しぶりだな。スペンディオス」
「お久しゅうございます、閣下…」
 そう。今や互いに仇敵となった二人だが、シチリアのエリュクスでは戦陣にて起居を共にし、親しく言葉も交わす間柄だったのだ。
「どうして背いたのだ」
 これは、ハミルカルが、一個の人として、是非とも問い質したいことであった。
「余は、汝らのことを考え、ローマに逃亡奴隷の引き渡しを拒んだものを」
「知りませんでした」
 スペンディオスは素直に答えた。
 もう観念していた。自己の生命を諦めていた。だから何も隠さない。
「知らなかったのか」
 ハミルカルは驚いた。
「はい。終戦後、強制送還されるものと思い、ずっと怯えておりました」
 スペンディオスは笑った。
 人懐っこい、かつての部下の顔がそこにあった。
「だから、カルタゴとローマが再び戦争になれば助かると思い、騒動に参加しました。いつの間にやら、傭兵軍の首領の一人になってしまいましたが…。その後です。そのような条項のあることを知ったのは」
「そうだったか…」
 ハミルカルは瞑目した。
 彼は、ローマとの講和条約が成ったことで自身の役目は終わったと思い、全ての任を自ら辞した。条約の履行や何やらは、あとの者がするだろう、そう考えた。
 現に、ジスコーネは、傭兵たちの帰還作業を滞りなく遂行した。傭兵たちも、初めは大人しくカルタゴ政府の指示に従っていた。
 が、肝心の本国カルタゴ人のとった戦後処理は最悪であった。そして、ついにはかかる大乱となって爆発した。
(こんなことで…このように多くの人々の犠牲が…)
 ハミルカルはやりきれなかった。
 僅かな掛け違い、僅かな思惑のずれが、これほどの災厄をこの大地にもたらしたのだ。


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 傭兵の乱9−鋸山の戦い 
 待てと暮らせど、チュニスから援軍は現れなかった。
 傭兵どもは、毎日、岩によじ登って遠くを望むが、援軍の現れる気配はなかった。
「マトスは何ゆえ援軍を送ってこないのか」
 スペンディオスは苛立った。
 事態は、もう一刻の猶予もなかった。
 空腹に耐えかね、傭兵たちは、ついに死骸に群がり、死肉を喰らい始めた。それも尽きると、従者である奴隷を殺し始め、それを食べていった。それも食い尽くすと、戦闘で重傷を負った仲間を襲い始め、これも食べてしまった。
 戦闘は行われていない。が、鋸山に悲鳴が絶えることはなかった。
 ここまで追い詰められながらも、誰もカルタゴ側に投降しようとしなかった。彼らはおぼえている。ジスコーネたちを、言語に絶する酷い刑罰を加えて殺したことを。
「降伏しても決して許されぬ」
「恐るべき報復を加えられる」
 彼らはカルタゴ人の復讐に恐怖した。ジスコーネに加えた仕打ちが、自分たちの身に返ってくるのだ。その恐怖に苛まれた。
 自身の仕打ちが自身を苛む。まさしく自業自得。
 だから、彼らは、降伏など思いもよらないことと考え、人倫にもとるおぞましい振る舞いをしてでも、援軍を待つしかなかったのだ。
 が、その援軍は現れない。一兵も現れない。
 実は、援軍は何度か送られていたのだが、途中、ハミルカル軍の攻撃を受け全て壊滅していたのだ。
 そんなことは、鋸山に籠る連中には分からない。
 出口の見えない戦況。陣中には不穏な空気が満ち満ちた。


「どうする」
 司令官スペンディオスが言った。
 彼と、副司令官のアウタリトゥス、副官のザルザスが、額を寄せ集めて協議していた。この「どうする」も何十回となく繰り返された言葉だ。要は、どうしようもないから、吐かれているに過ぎない。
「このままだと、兵の不満が爆発するのは時間の問題」
 ザルザスが無表情な顔のまま言った。
「俺たちは殺されるな」
 アウタリトゥスの語調は自嘲気味だ。
 彼は、配下のガリア人の殺意を感じていた。ガリア人は仲間を大事にすることで知られている。言い換えると、仲間を守ることのできない頭領は殺されても仕方ないのだ。
 いや、彼だけではない。スペンディオスやザルザスも同じだ。
 彼らを殺し、その首を手土産にハミルカルに降伏しよう、そんな者がいつ出てきてもおかしくなかった。それほどの極限状況であった。
「撃って出ても死。籠って居ても死…」
 スペンディオスは呟いた。
 彼も、もう何日も食べていない。また、兵の暴発を恐れ、ろくろく眠ることもできなかった。安息を得るため移動して来たというのに、皮肉なことに、ひとときも心の休まる時は与えられなかった。

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 傭兵の乱8−用兵の妙(さらにさらに続き)
「なに。傭兵どもが鋸山に立て籠もったと」
「はい。我らの夜襲や伏兵攻撃を避けるためでしょう。唯一の出口である正面には何重もの柵を設けて固く防備しております」
「ふふ…はははは」
 ハミルカルは、堪え切れなくなったのか大笑いした。
「閣下、何がそのようにおかしいのでございます」
 副司令官ハンニバルが訝しげに言った。
「左様。鋸山は難攻不落の要害。そこに籠られては、今までの戦法は通じませんぞ」
 ボスタルも懸念した。
「ふふ。御主らは分かっておらぬ」
「は?」「え」
「敵は進んで死地に入った。スペンディオス以下は片付いたも同然よ」
「それはどういうことでございます」
 ナラヴァスが訊いた。
「敵が初めからそこに籠るつもりで様々に用意しておったのならば、確かに一大事。そなたらの懸念の通りだ。が、敵は慌ててそこに籠ったのだ。籠城の用意もないままに、な」
「あ、なるほど!」
 ハンニバルは、ぱっと顔を明るくした。
「すぐに兵糧が尽きてしまいますな!」
「あ!」「そうか!」
 ボスタルとナラヴァスが同時に声を上げた。
 ハミルカルは微笑んだ。
「我らが何をなすべきか…ボスタル、分かったな」
「よく分かりました。山の出口の前に、強固な陣を築いてみせましょうぞ」
 ボスタルは勇躍した。
 こうして、ハミルカル軍は、鋸山の敵の柵の前に、これまた何重もの柵を張り巡らし、蟻一匹の這出る隙もないよう強固な陣を構築していった。


 鋸山の傭兵軍の陣地では、当然の事態が生じていた。
「将軍。兵糧がもうほとんど残っておりません」
「うむむ」
 スペンディオスは獣のように唸った。
 多数の兵が討たれたとはいえ、まだ三万人以上の兵が残っているのだ。従って、日々消費する兵糧は莫大。慌ててここに逃げ込んだものの、満足な兵糧の備蓄もない。たちまち食い尽すのは当然の理。
 ここに籠った当初は、夜襲や伏兵の攻撃もなく、安全な地形と喜んだが、出口は一か所で、そこは敵に塞がれてしまった。兵糧の調達に出ようにも、その道がなかった。
(しまった!)
 スペンディオスはすぐに悟ったが、もう遅かった。
「とにかく配給を細くせよ。チュニスから援軍が現れるまで我慢するしかない」
 しかし、そんなことぐらいではどうにもならない。
 十日後、兵糧は全て尽きた。傭兵たちは、野草や小動物などを探し求め、何でも口にした。が、三万人の人間の胃袋を満たすことなど到底できない。すぐに尽きてしまった。
 凄まじい飢餓地獄が彼らを待っていた。



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