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傭兵の乱9−鋸山の戦い(続き)
「降伏するしかないな」
スペンディオスが重い息とともに吐き出した。
「えっ!」「なんだと!」
アウタリトゥスとザルザスが異様な声を上げた。
「仲間を助けるには、それしか手はない。ハミルカルの温情に縋るより他なくなった」
スペンディオスは観念したように言った。
「馬鹿なっ!」
アウタリトゥスは叫んだ。
「我らがジスコーネを惨殺したのは何のためぞ!」
「そうだ。何があっても敵に屈しないため。だから、あのような野蛮に出たのだ」
ザルザスも大きく頷いて同調した。彼はリュビア人。今回の戦いに、郷土の解放を賭けていた。
「現実を見ろ」
スペンディオスは言った。
「兵糧はない。兵の士気は極限まで低下し、その不満は爆発寸前。これでどうやって戦うのだ」
傭兵としての生活が長くなると、現実感覚が研ぎ澄まされてくる。常に自己の生命を天秤の一方に乗せ、瀬戸際で生きているから、神頼みでは生き抜くことはできないのだ。
結局、スペンディオス、アウタリトゥス、ザルザスら傭兵軍首脳十人が山を降り、ハミルカルと交渉することとなった。
その夜、ハミルカルは、スペンディオスら十人の傭兵軍の将と会見した。
沼のような沈黙が続いていた。
幕舎の中は殺気で充満していた。カルタゴ将兵の彼らに対する憎悪は深い。ハミルカルの厳しい軍律がなければ、有無を言わさず八つ裂きにしていたに違いなかった。
当のスペンディオスは、憔悴しきっていたが、目の光はまだ失われていなかった。
「久しぶりだな。スペンディオス」
「お久しゅうございます、閣下…」
そう。今や互いに仇敵となった二人だが、シチリアのエリュクスでは戦陣にて起居を共にし、親しく言葉も交わす間柄だったのだ。
「どうして背いたのだ」
これは、ハミルカルが、一個の人として、是非とも問い質したいことであった。
「余は、汝らのことを考え、ローマに逃亡奴隷の引き渡しを拒んだものを」
「知りませんでした」
スペンディオスは素直に答えた。
もう観念していた。自己の生命を諦めていた。だから何も隠さない。
「知らなかったのか」
ハミルカルは驚いた。
「はい。終戦後、強制送還されるものと思い、ずっと怯えておりました」
スペンディオスは笑った。
人懐っこい、かつての部下の顔がそこにあった。
「だから、カルタゴとローマが再び戦争になれば助かると思い、騒動に参加しました。いつの間にやら、傭兵軍の首領の一人になってしまいましたが…。その後です。そのような条項のあることを知ったのは」
「そうだったか…」
ハミルカルは瞑目した。
彼は、ローマとの講和条約が成ったことで自身の役目は終わったと思い、全ての任を自ら辞した。条約の履行や何やらは、あとの者がするだろう、そう考えた。
現に、ジスコーネは、傭兵たちの帰還作業を滞りなく遂行した。傭兵たちも、初めは大人しくカルタゴ政府の指示に従っていた。
が、肝心の本国カルタゴ人のとった戦後処理は最悪であった。そして、ついにはかかる大乱となって爆発した。
(こんなことで…このように多くの人々の犠牲が…)
ハミルカルはやりきれなかった。
僅かな掛け違い、僅かな思惑のずれが、これほどの災厄をこの大地にもたらしたのだ。
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