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傭兵の乱7−旧敵を頼る(さらに続き)
ここシラクサ。
シラクサは、ローマと同盟を結んで以降、ずっと泰平を享受してきた。戦火が消えて二十五年。国内はよく治まり、地中海交易の中心として繁栄を極めた。
平和こそ国家建設の礎である。この国は、この自明の理を証明して余りあった。
これは、国君ヒエロンの功に帰してよいであろう。彼の巧みな統治により、外に平和を維持し、内に安定を得て、シラクサの国威は輝いていた。
この時、ヒエロンは既に六十歳を超えていたが、いよいよ意気盛んであった。
「ほう、カルタゴのハミルカルから書が届いたと」
「はっ。国君に御高覧頂きたいと申しております」
侍臣は書を捧げた。
「何を言って来た」
ぱらと広げると、ギリシア語でこう記されていた。
『カルタゴの将軍ハミルカル、シラクサの国君ヒエロン閣下に言上す。我がカルタゴ、政治を誤り、只今、傭兵に背かれ存亡の渦中にあり。まことに上の不徳のいたすところなり。我、国を正し、平和を取り戻すため、貴国に誼を求めるものなり。聡明なる賢君の御深慮により、我が国家・国民に御温情賜らんことを切に願う』
その文面は、卑下することなく、されど礼は失せず。簡潔かつ明瞭なものであった。
「ほう。さすがハミルカルよの…」
ヒエロンは、唇の端を僅かに綻ばせた。
彼は、平和の裡にあっても決して油断はしていない。若い頃、野心満々のピュロス王の軍中にいたから、地中海世界の秩序が、微妙な均衡の上に存在することを知悉していたからだ。
そのため、ローマとカルタゴの戦争中、指揮官にどんな人物がいて、どんな性情の持ち主なのか、密偵を使って細かく調べ上げさせていた。
その彼をして、一目を置かせていたのが、このハミルカルであった。
イタリア半島の海岸を荒らし、ヘイルクテ山とエリュクスでの勇戦ぶりは、彼をして肌に粟粒を立てさせるに十分だった。
(容易ならざる相手だ。このハミルカルが大挙東進して来れば一大事)
ヒエロンはそう考え、余念なく戦備を整えていたが、幸いにも戦いを交える前に終戦となり、ハミルカルは撤退していった。
そのハミルカルが、こんな手紙を送って来た意図も、彼にはすぐに分かった。
(ただ助けを求めているのではない。余に気付かせようとしておる…)
もし、傭兵軍が最終的に勝利し、カルタゴ国家が瓦解すればどうなるか。その後のことを、である。
(傭兵軍の首領マトス如きでは治まるまい。となると、アフリカ大陸は、ローマの勢力により風靡されるに違いない)
これは、ヒエロンの妄想では決してない。
現に、ウティカは、傭兵軍の側に寝返った後、自国の統治を委ねたいとローマに申し入れていた。ローマは、この申し出を拒否したが、その気さえあればアフリカ北岸の諸都市を押さえることは容易であったろう。
(そうなれば我が国は困ったことになる。それを気付かせようとしておるのだ)
イタリアとアフリカの広大な地域をローマが支配下に収めれば、巨大な勢力となる。もはや、シラクサ一国では到底太刀打ちできなくなる。当然、今の対等な関係は崩れ、ローマに従属するしかなくなる。
(さすがハミルカルよ。自分たちの存在の価値を弁え、余に援助するよう求めておる)
「ふふふ」
ヒエロンは笑った。
自らの置かれた位置に面白みを覚えたものだ。
シラクサは、ローマとカルタゴの均衡の間にあってこそ、この繁栄を享受しうる。どちらか一方が強大になり過ぎては困るのだ。
「ハミルカルの使者に伝えよ。趣は分かった。喜んで貴国との誼を受け入れよう。その誼の証として、直ちに兵糧・武具を貴軍の陣営に送り届けよう、とな」
「ははっ」
間もなく、シラクサの港から、武具兵糧を満載した百隻もの船がカルタゴに向け出発した。それとほぼ同時期に、ローマの外港オスティアからも、兵糧を山と積んだ船がカルタゴに向け出航していた。
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