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傭兵の乱5−掟なき戦い(続き)
「一つ手がある」
アウタリトゥスが言った。
「どんな手だ」
「要は、傭兵たちがカルタゴへの期待を断ち切るようにすればよい」
「それはそうだ」
「ということは、我ら全兵士がカルタゴの永遠の宿敵になればよい。仇敵になればよい。自身カルタゴの憎悪の的と知れば、敵に降伏しようなどとは思わぬであろう」
「なるほど…しかし、どうするつもりだ」
スペンディオスが訊いた。
すると、アウタリトゥスの目は残忍な光を宿した。
「ジスコーネ以下、全員を拷問にかけた上で処刑するのだ」
「えっ!」「なにっ!」
マトスとスペンディオスの二人は異様な声を上げた。
マトスは、反乱決起の際に捕えたジスコーネとその部下たちを、監禁したままにしていた。将来のカルタゴとの交渉で、人質に利用できると思ってのことだ。
「しかし、ジスコーネを密かに慕っている兵も少なくない。そんなことをしては、ますます動揺することになりはせぬか」
ジスコーネは、シチリアからの帰還に際し、傭兵たちに良くしたこともあって、その処刑に反対する者も多かったのだ。
「だからこそだ」
アウタリトゥスは語気を強めた。
「そんな恩義ある人間を刃にかけるのだ。もはやカルタゴに許されぬ身と知る筈だ。誰もカルタゴに降伏しようなどとは思わぬであろう」
アウタリトゥスは平然といった。
彼らガリア人傭兵とて、ジスコーネには良くしてもらっている。こんな残酷な策を思いつき、なおかつ平気で口にできるのは、彼らの故郷ガリアが、この時代、闘争や陰謀が渦巻く大地で、かかる野蛮が日常茶飯事だったからであろう。
「拷問にかけることまでないのではないか」
「うむ。速やかに死を与えればよい」
マトスとスペンディオスが言った。
二人は、リュビア人とカンパニア人。ガリアよりは遥かに多く文明に浴している。ために、酷薄無残な振る舞いをためらった。
「御主らは分かっておらんのう」
アウタリトゥスは、苦々しげに、そして腹立たしげにいった。
一応、総司令官はマトス、副司令官はスペンディオスと定められていたが、もともと傭兵の仲間たち。この三人の間では、上下関係はないに等しい。
「人倫にもとる行いを共にすればこそ、深い罪悪感も生まれる。強い連帯感も生まれるのだ。罪悪を共にした者は裏切らぬものぞ」
もうこれは盗賊や山賊の首領の発想そのものだ。下劣極まる。
が、追い詰められていたマトスは、結局、このアウタリトゥスの策を採用した。
ジスコーネとその部下は、傭兵の群れの中に引き出された。
マトスは、彼らの前に進み出た。
ジスコーネは、きっとマトスを睨んだ。
「御覚悟はよろしいか」
「かかる振る舞いに及ぶとは…貴様ら正気か」
彼の耳には、既に、刑罰の内容が伝えられていた。ために、ジスコーネこそ毅然としていたが、彼の部下たちはもう死んだようにぐったりとなっていた。
「今さら引き返せませぬ」
「ああ、確かに手遅れのようだな」
彼は、取り囲む傭兵の狂喜に満ちた眼光を見た。
一部、この処刑に反対する者がいたが、つい最前、その者たちに石打ちの刑を喰らわせ、まとめて始末したばかりだ。傭兵たちは、皆、血に酔っていたのだ。
「ならば、我らに命乞いなされますか」
「命乞いだと?」
「左様。それしか閣下の救われる道はありますまい」
「ふふ」
ジスコーネは僅かに笑った。数か月に及ぶ拘禁生活で憔悴しきっていたが、なおカルタゴの武官たる気概を保っていた。
「マトスよ、逆だ」
「逆とは?」
「今なら、お前らの命は救われよう。が、我らを殺してしまえば、カルタゴ市民は汝らだけでなく、その配下の兵を一人たりとも許すまい。汝らこそ、今しか救われる道はない」
マトスはじっと相手の瞳を見た。強い光が返ってきた。
つい耐え切れずに顔をそむけた。数年前までは同じ砦の中で、同じ飯を喰らい、酒を酌み交わしていた仲間なのだ。
「やれ」
マトスは合図した。
残酷な儀式が始まった。カルタゴの男たちは悲鳴を上げた。
ジスコーネは、さすがに耐えていたが、途中、気を失った。
傭兵たちの、狂気の歓声が刑場に充満した。
が、私は、これ以上、その部分を描写することができない。関心のある方は、歴史家ポリュビオスの書をご参照いただきたい。
とにかく、あらゆる痛苦を加えられ、ジスコーネとその部下は処刑された。その死体は、ばらばらにされ、穴に投げ捨てられた。
傭兵たちは、この戦いが掟のないものだということを、そして、自身カルタゴから許しを得ることのできない存在だということを、こうして覚悟した。
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