新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第3章イベリアの章

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 刈り取られた怨念 
 紀元前221年の晩春。
 新カルタゴ全市は深い悲しみに包まれた。
 総督ハシュドゥルバルの死を悼み、盛大な葬儀が行われていた。
 葬儀を主宰するのは義弟ハンニバル。いや、イベリア新総督ハンニバル。
 彼は、義兄ハシュドゥルバルの遺骸を収めた大きな棺を、冷然な表情で見詰めていた。


 ハシュドゥルバルの死をうけ、ハンニバル兄弟のイベリア帰還の願いを、ジスコーネの口添えもあって、カルタゴ政府は承認した。
 兄弟は、七年ぶりに新カルタゴの土を踏むこととなったのだ。
 二人が戻った当初、総督暗殺という大事件に、新カルタゴの府は、上を下への大騒ぎとなっていた。
「義兄は、そのマニアケスとやらに殺されたのか」
「はい。調べたところ、どうやらオリッセス族の生き残りとのこと。執念深く復讐の機会を狙っていたものでしょう」
 ハシュドゥルバルの腹心だったボスタルが答えた。
「復讐か…」
 ハンニバルは呟いた。
「して、そのマニアケスはどうした?」
 弟のマゴーネが訊いた。
「はい。駆け付けた衛兵と乱闘となり、神殿の窓から崖下へ転落したそうで」
「死体は確かめたか」
「それが…」
「見つからなかったのか」
「はい。しかも、そのマニアケス、崖下に落ちる前、こう申したそうにございます」
「なんと申した」
「それが…」



 ハシュドゥルバルが息を引き取った後も、マニアケスは、その遺体にひしと抱きつき、いつまでも泣きじゃくっていた。
「総督様…ハシュドゥルバル様」
 総督の死の間際、彼女は許された。それは無上の幸福。が、総督は死んだ。その瞬間、彼女は再び深い暗闇に突き落とされた。
(私は…私は、これからどうすれば…)
 愛する総督は、最後の息で生きろと言い残した。
 が、彼女には生きる目処がなかった。彼女は、奴隷として地を這うように生きてきた。だから、生きる力がないのではない。人生という長い道を歩いていく、その道標を見出せなかったのだ。
 その時、神殿の扉がぎいっと押し開かれた。異変に気付いた衛兵が、ようやく駆け付けてきたのだ。
「はっ」
 マニアケス、急いで衣服を身に着けると、落ちていた短剣を再び手に取った。



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 遭遇する二人(続き)
「先の、お国とローマの大戦から、お父上ハミルカル殿の活躍された傭兵の乱、その後の両国の葛藤を、今全て話し終えたところなのだ」
 そのためか、ソシュロスの語気には、興奮した息遣いがあった。
「左様でございましたか…」
 ハンニバルは不思議な感覚に囚われた。
 その歴史の続きを記録してもらうため、自分はここに来ていたからだ。
「先生。そのことでお願いがあり参りました」
 ハンニバルは、アカデメイアを去ることになったことを告げた。
「ほほう。それは急なことよの」
「詳しくは明かせませぬが、急な事情が生じまして…。つきましては、先般のお約束どおり先生にも御準備を…」
 ハンニバル、言葉を濁した。なにせ、そこにローマ人の子がいるのだ。
 ソシュロス、ちらとプブリウスの方を見て、また向き直ると、大きな笑顔を見せた。
「分かりました。すぐに準備に取りかかりましょう」
 

 ソシュロスは、訝しげな面持ちのプブリウス少年の方を向いた。
「ローマの御曹司よ。急なことであるが、私は、これよりハンニバル殿に付き従うことになりました」
「えっ!」
 プブリウス少年は愕然とし、次に憤然とした。
「どういうことです!アレクサンドリアには、未だクレオメネス王がご健在。それを捨てて行かれるお積もりですか!」
 そこには明らかに難詰する響きがあった。
 そう。王の帰還を待ち、その言行を再び記録する、それがソシュロスの願いであり、口癖であったからだ。
「もう終わった」
 ソシュロスは溜め息と共に、そういった。
「終わった…いや、まだ分からぬではありませんか!」
 プブリウスはむきになった。少年は、まだ王の捲土重来を信じていた。
「終わったのだ」
 ソシュロスは悲しげな眉を浮かべ繰り返した。
 歴史家の彼の目には、遠からず訪れる事の帰結が見えていたに違いない。
 果たして、二年後、それは現実のものとなる。旧主クレオメネスは、宮中の政争に巻き込まれ、アレクサンドリアにて憤死する。
「それゆえ、新たな歴史を見聞するため、旅に出ます」
「先生…」
 事の意外な成り行きに、プブリウスは呆然となった。
「君とは対立する側に回る結果となるやも知れぬ。だが、私は、貴君の誠実と、朗らかな暖かさを決して忘れぬであろう。クレオメネス王と同様に」
 穏やかな笑みに、静かな覚悟を見せていた。
(主を捨ててカルタゴに…しかも、我がローマの敵になるかも知れぬ…)
 プブリウス、何やらたまらなくなり、頬に雫が一筋流れ落ちた。
 と、次の瞬間、少年はだっと飛び出した。
「あっ、御曹司!」
 執事のアッティクスが驚き、後を追いかけて行く。


「あれで良かったのですか」
 ハンニバルが訊いた。
 ソシュロスは頷いた。
「新たな道を選ぶ時、それは旧知との別れ。プブリウス君もいずれ理解してくれましょう」
 それから間もなく。
 ハンニバルを乗せた船の上に、スパルタ人の彼の姿があった。

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 遭遇する二人 
 ハンニバルは、一人、アテネの外港ピレウスの居留外国人の住まう地区に向かっていた。
(この時が来た)
 彼の頬は少し紅潮していた。
 既に、イベリア総督の義兄ハシュドゥルバルの訃報を耳にしていた。
 当然、心は決まっていた。
(イベリアに戻らねばならぬ)
 が、その前になすべきことがあった。
(記録官殿を伴わねば…)
 そう。スパルタ人のソシュロスを連れて帰るつもりであった。
 なぜ、カルタゴ人であるハンニバルが、ギリシア人の記録官に拘るのか、訝しむ向きもあろう。
 理由は明快。この時代、主な書物は全てギリシア語で著されていたからだ。現に、ローマ人の歴史家ピクトルも、母語のラテン語ではなく、ギリシア語でローマの歴史を著述している。
 つまり、ギリシア語で記録を残さねば広く人々に知られることはない、また後世に伝わらない、そんな意識であったのだ。
(世界史をつくる)
 大望を胸に秘めるハンニバルにとっては、ギリシア世界の優れた知識人は必須であった訳だ。
 中世ヨーロパの知識人が、母国語ではなく、わざわざ難解なラテン語で著述することを教養の証とした風潮と何か似ている。


「ソシュロス殿、ソシュロス殿はおられるか」
 ハンニバルは、いつものように扉を叩いた。
 が、すぐに出て来ない。
(おかしいな…)
 耳を澄ますと、内から話し声が聞こえて来る。
(客人か…)
 ぎいと扉が開いた。
 そこに、ソシュロスが、これまた頬を紅潮させて立っていた。
「お。カルタゴの御曹司か」
「客人ですか?」
「今日という日は、なんとも不思議な巡り合わせ」
 ソシュロスは微笑んだ。
「どういう意味ですか?」
「今、ローマの御曹司に、貴方の国の歴史を聞かせておったのだ」
「我が国の…」
 ハンニバルがソシュロスの肩越しに見ると、あの少年が振り返り、軽く会釈するのが見えた。
 プブリウス少年である。
 まっすぐ二人の視線がぶつかった。
 ローマの人プブリウス、カルタゴの人ハンニバル。
 あたかも、同じ歴史を相対する極から見詰めているかのように、互いを見た。

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 愛するがゆえに(さらに続き)
「なぜだ。なぜ、そこまでして余に近づいた。嫉妬のためではあるまい。余を殺そうとするのは。その理由を申せ」
「復讐のためでした」
「復讐…誰のために復讐する?」
「私はオリッセス族の生き残りです」
「なに」
 ハシュドゥルバルの目はこれ以上ない程に見開いた。
 それは、暗黒の世界から突如訪れた魔人に遭遇したかのような驚きだ。そう。あの時、彼は全て殺したはずであった。後日の禍を絶つために。全てを、地下の世界に追いやったはずだった。


「勘違いなさらないでくださいませ」
 マニアケスはにっこりと笑った。それは、彼女本来の、女性としての笑顔だ。
 しかし、その笑みのもと、彼女は、さきほど哀れな犠牲を一人始末している。いや、一人じゃない。邪魔する衛兵数人も殺害していた。
「私が、閣下に刃を向けるのは、復讐のためではありません。おそばに仕えるうちに、閣下のお優しさを知り、復讐の心は薄れてまいりました」
「ではなぜ?」
「愛するがゆえにございます」
「なに」
 ハシュドゥルバルは、マニアケスの目を見た。狂気に囚われたその目を。
(歪んでいる…)
 凶器を手に愛の告白。
 が、これも、彼女にとっては真実の愛。手の届かぬ相手を自己のものとするための最後の手段。
「閣下を愛するがため…。でも、所詮、わたくしは奴隷の生まれ。それはかなわないこと。それを思い知ったのでございます。閣下が側室を持たれた時に」
 神殿の内は物音一つしない。二人の吐息が小さく響くだけ。
 そこにいるのは、もはや総督と小姓ではない。主と家来でもなかった。男と女の、まさしく命を賭けた対決だ。


「それで余を殺すというか」
「はい。私と共に、ゼウスの許へ、いえ、バァルの大神様の許へ参りましょう」
「断ると申せば?」
「無理にでもお連れいたします」
 マニアケスは短刀をぐっと握った。総督より拝領した短剣を。
 ハシュドゥルバルは、じりじりと下がった。間をとるためだ。
 逆に、マニアケスは、じりじりと間を詰めてくる。
 僅かな時間。必死の攻防。
 次の瞬間。
「むん」「たっ!」
 ハシュドゥルバルが抜刀したと同時に、マニアケスも短剣閃かせ飛びかかった。
 二人は、抱き合う形になって、その場に倒れ込んだ。


「う、ううう」
 うめき声を上げたのは総督ハシュドゥルバル。
 彼は、力なく剣を地に落とした。
 マニアケスは、愛する総督を抱きすくめ、その体深く短剣を突き刺した。
「総督様ご安心を。わたくしも、すぐ後を追いますゆえ」
 マニアケス、総督の耳に囁いた。
 それを聞くと、早くも土気色になり始めたハシュドゥルバル、僅かに笑みを見せた。
「ふ、よしにせよ」
「え?」
「神殿の背後の海を渡れ。そなたならば逃げきれるだろう」
「な、なんと仰せになられます」
 マニアケス、驚いた目をした。
「この余の命で…この余の命で、バルカ家の人々を…そして、余を許してくれ」
「閣下…」
「すまぬ。す…すまなかった…」
 ハシュドゥルバルは涙を流し、マニアケスをぐいと抱きしめた。
「閣下…」
「…すまなかった。辛い思いをしてきたのであろう」
 ハシュドゥルバルは、震える手で、血にまみれたマニアケスの頬を撫でた。
「閣下!」
 マニアケスは、ひしとしがみついた。
「許して…くれ…」
 やがて、マニアケスを抱きしめた腕から力が抜けた。
「閣下!閣下!」
 マニアケスは叫んだ。
 イベリア総督ハシュドゥルバルは、こうして生を終えた。
 紀元前221年春のことであった。
 神殿の外では、つがいの小鳥が楽しげに愛の歌を囀っていた。


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 愛するがゆえに(続き)
 その夜。マニアケスは、一心不乱に短剣を研いでいた。
 総督ハシュドゥルバルより拝領した、あの短剣である。
(絶対渡さない…)
 その瞳は狂喜の光を宿していた。そう。彼女は、ようやく暗殺者の本分に戻ったのだ。
 だが、それは仲間の復讐のためではない。愛する者を奪われないため、愛するがゆえに、愛する人を刃にかけるのだ。
(あんな小娘に渡してなるものか)
 自身と似た容貌、そのことが、彼女の嫉妬を異常に燃え盛らせた。
(あいつは、総督閣下のわたくしへの愛の代替物。ということは、わたし自身は、用済みということではないか)
 まさしく、愛において、自分の存在意義を否定された、彼女はそう考えた。いや、もう事ここに至っては、第三者からは、その情念の屈折が、どのように人間の性根を変化させるかなど分かるものではなかった。
 マニアケスは、研ぎ澄まされた刃を見ると、妖しい笑みを見せた。透明な刀身には、彼女の歪んだ形相が映し出されていた。


 それから間もなく。
 総督ハシュドゥルバルは大軍を動員し、出陣の命を出した。カルペタニ族とウァッカエイ族を討伐するためだ。
 出陣の日の朝。
 ハシュドゥルバルは、宮殿の隣、バァル神殿に参拝していた。戦勝祈願のためだ。
 犠牲を捧げ、神官の祈りの言葉が終わると、総督は一人拝殿に残された。
 総督は、瞑目して、神に祈りを捧げている。
 そこに、足音を忍ばせ、そろりそろりと近づく影が一つ。
「誰だ!」
 総督は振り返った。
「わたくしです」
 マニアケスが、にこと笑みを浮かべ立っていた。
「そなたか…。今は祈りの最中。外で控えていよ」
「申しあげたきことがございます」
「あとで聞こう。下がれ」
「今しかないのです、閣下」
「無礼であろうぞ、マニアケス」
 総督は叱った。が、途端に彼の顔は凍りついた。
 マニアケスが手に短刀を握りしめていたからだ。かつて彼を救った時と同じように。しかも、その刀身には血が滴っていた。
 だが、ここはバァル神殿。ライオン駆ける草原ではない。


「お前…何をした。いや、誰を殺した」
「閣下の側室を殺しました」
「なにっ」
「御安心ください。一突きで仕留めました。苦しむ間もなかったはず」
 その瞳は、人を殺した者のみが持つ、まがまがしさを宿していた。
 ハシュドゥルバルはぞっとした。
「貴様…この余も殺すつもり…だな」
「これ全て閣下のせいにございます」
「余のせいだと」
「閣下が私を差し置き、あのような側室を持たれたからにございます」
「馬鹿な。貴様、男ではないか。余はギリシア人のように男を愛する趣味はない」
 ギリシア世界では、成人男性の少年愛が公認されていた。それも、やましいこととしてではない。大人の男性が少年を愛することは、健全な市民育成に資するとして、むしろ望ましいこととされていた。
 マニアケス、衣服を脱ぎ捨てた。
「あっ!」
 総督は小さく叫んだ。
 豊かな胸の膨らみが現れたからだ。
「貴様…女であったのか」
「はい。閣下のお近くに仕えるため、今日まで誤魔化して参りました」
 彼女は、自身の乳房をそっと撫でた。

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