新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第3章イベリアの章

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 徒労(続き)
 それはすぐに現実になって、彼らの耳に飛び込んできた。
 街の中心に近づくと、人々の喧騒が渦巻いていたからだ。
「どうやら、サグントゥムでついに内乱が勃発したとか」
「カルタゴ人は殺されローマ派が政権を掌握したそうな」
 紀元前220年、緊張高まっていたサグントゥムで政変が勃発した。勢力を日々拡大するカルタゴ派勢力に対し、危機感を抱いたローマ派が、先制決起したのだ。
 ローマ派は、都市全域を制圧すると、直ちにカルタゴ派市民の粛清に乗り出した。
 聞こえてくる話は、惨烈極まるものであった。
「カルタゴに心を寄せる者たちも財産没収のうえ皆殺しにされたとか」
 それらの事実は、当初、総督政府により伏せられていたが、こんな重大事、隠しきれるものではない。真実を知ると、新カルタゴの市民は激昂した。
「なんだと。総督閣下は何を悠長に構えておいでなのか!」
「そうだ!同胞も守れずしてイベリア総督と言えるのか!」
 こうしたカルタゴ人の不満を宥めるためか、総督ハンニバルは軍勢を動員した。軍船建造に乗り出したのも、そのためのようだ。
 そこに、ジスコーネら四人が遭遇したというわけだ。


「これは…想像以上に事態は悪化しているようだの」
 ジスコーネの表情は暗いものとなった。
「されど、今の噂では、サグントゥム内部の抗争に過ぎぬこと。バルカ家が関与したという訳ではありますまい」
 マシニッサがとりなすように言った。
「その言い訳が通るかどうか…」
 ローマは、このサグントゥム問題を、対カルタゴ方針を決する試金石としていた。それが分かっていればこそ、総督ハンニバルも慎重に振舞っていたものであろうが、その肝心のサグントゥム内部で暴発してしまった。
 ローマ国家は、長年、イベリアの最前線で頑張ってきたサグントゥムのローマ派を擁護せざるを得ない立場にある。となると、サグントゥムの新政権が主張する言葉を、そのまま真実と受け止める可能性が高い。
(バルカ家の陰謀と断定するに違いない。それは、ハンニバルも当然予期しておる筈)
 サグントゥムの要請に従い、ローマ元老院は、再び使節をカルタゴ本国かイベリアに送り込んでくる可能性が高い。そして、互いの主張が真っ向対立することが予想される。
 そこで、交渉決裂となればどうなるか。
(勢い開戦ということになる)
 そう。売られた喧嘩を買うか、喧嘩を売りつけるか、その判断に集約されることになっていく。即ち、戦争が避けられない、そんな情勢になっているのだ。
 ジスコーネの額には、いつの間にか、脂汗が浮かんでいた。
「まずは情勢を的確に掴むことが必要だ。とにかく宿舎に向かおう」
 彼らは、副官アドヘルバルが諜報活動に使う、カルタゴ商人の屋敷に向かった。


 商人は機を見るに敏。特に、カルタゴ商人は、未開の果てにも果敢に飛び込む商魂逞しい人々。従って、彼らは情報収集に貪欲であり、それは確かなものがあった。
 ジスコーネは、宿に着くなり、座を温める暇もなく主人を呼びつけた。
「どのような状況なのだ。本当のところ」
 ジスコーネは訊いた。
「事態はますます悪化しております」
「サグントゥムはどうなっている?」
「ローマ派一色に染まっております」
 街の噂から当然予想された答えだ。
「ローマの反応は…どうだ」
 ジスコーネは、肝心なことを訊くと同時に、ちらとプブリウスの方を見た。
 内情を明かすに似るが、今は、まだ敵ではない。
「元老院で、早議論が始まっておるようです」
「ということは…サグントゥムからの使節が」
「ええ。決起が成功に終わるや、ローマ派の市民たちは、直ちに使者をローマに派遣いたしました。彼らは、支援を懇望した模様。バルカ家の報復を心底恐れていますから…」
「そうか…」
 訊きたいことは他にもあった。が、ここでは言い出しにくかった。
(プブリウスに、これ以上、聞かせるのはまずいやもしれぬ)
 そんなことを考えるようになっていた。
 カルタゴの一軍を預かる身としては当然ともいえる判断であった。が、そんな空気はすぐに察知される。
 座が急速に冷ややかなものになっていくのが、互いに分かった。
 国家という存在が、人を結びつける絆を無情に切り裂いていく。
彼らは、それを肌で感じた。


徒労-イベリアの章44


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 徒労
 ここ新カルタゴ(現カルタヘナ)。
 この街は天然の良港、入り江の奥深くにあった。
 海への出入り口は狭く、その両側に二つの岩山が聳え、船の出入りを監視するに適している。入り江の奥に入ると、遠浅の海が広がり、そこに東から海に突き出た岬があった。その上に、この新しい都市は建設されている。
 ハミルカルが建設を始め、その遺志を娘婿ハシュドゥルバルが継ぎ、完成させた巨大都市。バルカ家の首都である。
 建設開始から11年。この都市は繁盛を極めていた。


 ジスコーネら四人は、港に碇を下ろすと、マサエシュリ人の漁師を船に残し上陸した。
 四人は、眼前に広がる都市の威容に目を見張った。
 西地中海随一の港湾施設。無数の商船が見渡す限りに係留している。
街を見遣ると、市街を貫く幅の広いよく舗装された道路が四方に伸びていた。今も建設中の神殿等の公共建築物。さらには、ここに新たな商機を見出したカルタゴ商人たちの屋敷が、次から次と建設されている。
 街を見下ろす丘には、バルカ家の王城ともいうべき巨大宮殿が輝いている。
 都市の立地こそ狭隘な地形で、伝統的なフェニキア人好みであったが、その都市設計は徹底的に合理化されたものであった。
「これは、なんと…豪奢な」
「なんともにぎやかですな」
 ジスコーネとマシニッサは言葉を失っていた。
 二人は、西方に、かかる壮麗な都の出現してあることを知らなかった。
 しかし、プブリウスとアッティクスは、違う箇所に視線を遣っていた。
「見よ。アッティクス」
 プブリウスは、港の一角を目で指した。
 そこには軍船らしき船舶が繋がれていた。その向こうの船渠(ドック)の方からは、鑿と槌の音が響いている。
「あれは…もしや…」
 アッティクスは声を上ずらせた。
「しっ」
 プブリウスは制止した。
 そう。カルタゴは、先の大戦後の講和条約において、軍船の廃棄をローマ側に約していた。その約束通り、カルタゴ本国の港には軍船は見当たらなかった。
 が、ここ新カルタゴにおいて、密かに海軍の再建が進んでいたのだ。
 それが何を意味するか、それは明白であった。バルカ家の当面の敵イベリアの諸部族は全て内陸に蟠踞する。だから、その討伐に海軍は必要ない。
 となると、それが向けられる相手は…。
(ジスコーネ殿の願いは空しい結果に終わるやも知れんな…)
 プブリウスは、早くも、暗澹たる結末を予想していた。


 それはすぐに現実になって、彼らの耳に飛び込んできた。
 街の中心に近づくと、人々の喧騒が渦巻いていたからだ。
「どうやら、サグントゥムでついに内乱が勃発したとか」
「カルタゴ人は殺されローマ派が政権を掌握したそうな」
 紀元前220年、緊張高まっていたサグントゥムで政変が勃発した。勢力を日々拡大するカルタゴ派勢力に対し、危機感を抱いたローマ派が、先制決起したのだ。
 ローマ派は、都市全域を制圧すると、直ちにカルタゴ派市民の粛清に乗り出した。
 聞こえてくる話は、惨烈極まるものであった。
「カルタゴに心を寄せる者たちも財産没収のうえ皆殺しにされたとか」
 それらの事実は、当初、総督政府により伏せられていたが、こんな重大事、隠しきれるものではない。真実を知ると、新カルタゴの市民は激昂した。
「なんだと。総督閣下は何を悠長に構えておいでなのか!」
「そうだ!同胞も守れずしてイベリア総督と言えるのか!」
 こうしたカルタゴ人の不満を宥めるためか、総督ハンニバルは軍勢を動員した。軍船建造に乗り出したのも、そのためのようだ。
 そこに、ジスコーネら四人が遭遇したというわけだ。


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 犬猿同舟(続き)
「旦那」
 船乗りが舵を取りながらジスコーネに呼びかけた。
「なんだ?」
「いかがいたします。このまま新カルタゴの港に入りますか?」
「無論だ。すぐに入るのだ」
「でも、旦那の恰好では…」
 そう。ジスコーネは、普段より幾分質素ではあったが、カルタゴ貴族の豪奢な服装をしていた。漁師です、などという言い訳は通らない。港湾を警戒する兵に行く手を阻まれる恐れがあった。
「そうか…それもそうだな。何か着るものはあるか?」
「あるにはありますが…」
「む。それを貸してくれ」
「手前のむさ苦しい漁師着しかありませんが…」
「それでよい。まさに漁師に扮するのだからな」
 ジスコーネは、そういうと、そそくさ衣服を脱ぎ始めた。プブリウス、マシニッサ、アッティクスもそれに倣った。


 四人は漁師着をまとった。
 普段着用するものと異なる服装を身にまとうと、人は軽い興奮を覚えるらしい。
「これで私も立派な漁師だ」
 プブリウスが両手を広げ自慢げにいった。
「御曹司は似合いませぬよ」
 アッティクスが皮肉めいた語調でいった。なにせ、プブリウスは色白で小柄な体格。寸法が合わず、だぶだぶだった。
「お前こそ似合っておらぬぞ。そんな知恵者ぶった漁師など」
 プブリウスは負けずに言い返した。


「ははは。二人ともおやめなされ。それより、わたくしはどうですかな?」
 マシニッサが言った。体格優れて肌も色黒だったので、逞しい漁師そのものの姿だ。
「ぴったりだ」「お似合いです」
 ローマの主従は感嘆した。
「ははは。それは喜んでよいのかな。これでも一応マッシュリの王子なのだが」
 マシニッサは気持ちよい笑い声をあげた。
「では、新カルタゴの港に入るといたすか」
 ジスコーネが言った。カルタゴの名門の生まれであるが、その落ち着いた重厚から、熟練の漁師の如き貫禄があった。
 船乗りは再び櫂を漕ぎ始めた。ゆっくりゆっくり近づいていく。
「さすがですな。ジスコーネ殿」
 プブリウスが感に堪えないように言った。
「結構似合っているであろう」
「軍を辞めても大丈夫ですな」
「馬鹿。国の者に笑われるわ」
 なんとも和やかであった。これから、緊張する大地に赴く面々とは思えなかった。


 漁師も不思議に思ったものであろう。
 四人を見て、ふとつぶやくように言った。
「我ら、皆、異なる部族や国の出。人はこのように仲良く語ることができるのに、国は、どうして仲違いを続けるのでしょう」
 率直な疑問であった。
 漁師の彼はマサエシュリ人。対するマシニッサはマッシュリ人。ジスコーネはカルタゴ人、プブリウスとアッティクスはローマ人。西地中海を取り囲む民族が、この小船の上に一堂に会していた。
 国となると、マサエシュリとマッシュリは犬猿の関係。カルタゴとローマも、一触即発の危機的状況にある。が、それはあくまでも、国家という次元において、である。
「我ら下々は、この海が平和で日々漁ができれば、それで満足。お前様ら方指導者は、一体何をお望みなのでございますか?」
 漁師は、彼らに問うた。
 三人は言葉に詰まった。
 そうだった。人は、何を求め、死の恐怖に耐え剣陣矢雨をくぐり、殺しあわねばならぬのか。ふと立ち止まれば、誰もが疑問に思うに違いない。


「我らもそれを…平和を求めておる」
 ジスコーネは呟くようにいった。
 彼は、突然発せられた、民の無垢な問いに怯みを覚えていた。
「では、なぜ争うので」
「余も探しているのだ」
「何を…」
「答えだ」
 漁師は不思議でならないらしく、なおも執拗に問うた。
 が、それ以上、ジスコーネは応えなかった。彼にも分からないのだ。
 ローマとカルタゴ。
 両者は、この時、地中海世界において飛び抜けた富強を誇っていた。強敵との熾烈な抗争を経て、いつの間にか、マケドニアやエジプトなどヘレニズム諸国を圧倒するほどの力を蓄えていた。
 そう。両国は、今の領土から上がる収穫で、市民の誰もが腹一杯の食糧を得て、日々の安楽を得ることができる。
「なのに、なぜ、互いに存亡を賭けた乾坤一擲の勝負に出なければならないのか」
 この問いに答えるのは容易ではない。平和こそ、人の生活の本来あるべき姿であることは、古今を問わない筈だ。
 確かに不思議である。


 やがて、二つの岩山が見えて来た。
 船はその間をすうっと入っていく。
 そこに威容を誇る大都市が目に飛び込んできた。
 カルタゴ領イベリアの首都、新カルタゴである。



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 犬猿同舟 
 ジスコーネ一行は、シガから船に乗った。ここらは断崖ばかりの岩礁地帯だが、ところどころに美しい砂浜が開けている。宮殿の下にも美しいビーチがあり、そこに何艘かの小船が係留されていた。
 その船に乗り、マサエシュリ人漁師の舵で、対岸のイベリアに向かうこととなった。
大勢を乗せられないため、護衛のマッシュリの兵は、マシニッサを除き、ここで任を解いて全員帰らせた。
 マッシュリ兵は、王子を一人残し帰ることはできないと頑に言い張ったが、マシニッサは許さなかった。
「大勢でイベリアに入れば、新カルタゴより要らざる嫌疑を受けよう。かえって危険だ」
 こう言われて、彼らは、渋々、王子を残して帰国することにしたのだ。
 そんな彼らを、マシニッサは慰撫した。
「ご苦労だったな。帰って、父上にマシニッサは無事イベリアに向かったと伝えてくれ」
「かしこまりました。王子様、くれぐれもお大事に」
「まかせておけ」
 マシニッサ王子は、いつものように快活に笑い飛ばした。


 船は、針路を真北にとって漕ぎ出した。
「大丈夫か。まっすぐ渡って」
 ジスコーネは心配した。
 マサエシュリの船乗りは、色黒の顔に白い歯をにっと見せた。
「大丈夫でさぁ。潮の流れはすべて頭に叩き込んでおりますでな」
 ひどくなまりのあるフェニキア語で答えた。
 この時代、航海術はまだ発達しておらず、動力も風と人力に頼るだけであったから、海岸沿いを航行するのが常であった。対岸のイベリアまで、およそ280㎞。よるべき島もほとんどない。
 ジスコーネ達は、だから、はじめはヘラクレスの柱(現ジブラルタル海峡)まで陸路で向かい、そこから対岸に渡る道をとることにしていた。
 これに、シファクス王が反対した。
「それは時間がかかり過ぎる。ここで足止め申し上げたことでもあり、船でまっすぐ向かうべきです」
 強い勧めもあり、海路を取ることにした。
 王命を受けたのは、地元の老年の船乗り。
 普段は、漁師で生計を立てているという。
 その腕は確かであった。また、季節も夏ということもあり、海面も穏やかであった。漁師は、それも当然計算に入れていたものであろう。


 出発から二日後、船は、新カルタゴまで僅かの地点まで辿り着いた。
 ヘラクレスの柱まで陸路回ることを考えれば、十日以上の旅程の短縮になった。こうなると、シガで幽閉された時間がほぼ取り戻せた計算になる。
「分からぬものだな…」
 ジスコーネは、しみじみ漏らした。
 彼は、この旅で様々な教訓を得た。
 一つは、知っているつもりでいた、そのことに気付いたこと。マッシュリとマサエシュリの対立も、頭では知っていた。が、理を超えた感情のもつれがある、そのことを知った。だから、領内の無断通行にシファクスは怒り、監禁するという非常手段に出た。
 もう一つは、人を説く力となるのは、武力でも策略でもない。最後は人の誠、その単純な真実を知ったことだった。
(そのことを知り得ただけでも、この旅の意味はあった)


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 人質問答(さらにさらに続き)
 ジスコーネは、シファクス王との会見に臨んだ。
 彼の後ろに、プブリウス、そしてマシニッサが控えていた。
 二人の問答は、見ものであった。
「いかがですかな、閣下。このシガの都は」
 シファクス王が口火を切った。
「結構ですな。雄大な海と陸の間にあって」
 ジスコーネは旅人の口吻そのまま答えた。
「では…しばらくご滞在なされますか」
「是非とも、そう願いたいものですな」
「それは本心で?」
「ええ、本心です」
「先を急ぐ身ではありませんでしたかな」
「そうです。…が、これも天命。ならば、それに逆らうのも宜しくありますまい」
「なるほど…天命ですか」
 受け答えながら、シファクスは、心中舌を巻いていた。
(本心は先を急いでいる筈。なのに、こう悠然と構えられるとは…)
 そう。ジスコーネは、旅を楽しむお大尽のようにゆったりしていた。
(ち、慌てさせて見せようぞ)
 そう。人質に哀願させること、そこまでいかなくとも、せめてうろたえさせること、そうでなければ、人質犯は、相手から譲歩を引き出すことはできないのだ。



 王は態勢を立て直すと、鋭く切り込むことにした。
「されど…閣下」
「何です。王よ」
「閣下がここにあると知られては困るのではありませんか」
「誰のことを指すのか」
「バルカ家の人々です」
「ほう…なぜそう思う」
「閣下が、危険な陸路を取ったのは、バルカ家に気づかれずイベリアに向かうため。そう推察いたしました」
「ふむ」
「ならば、ここにのんびり滞在していては、閣下がここにあることを遠からずバルカ家に察知されましょう」
「それでもよい」
 ジスコーネはあっさり言った。
「え?何と申されました?」
「それでよいと申したのだ」
 どうやら、ジスコーネは、八方破れの策に出たようだった。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、ということであろう。
「余の振る舞いが、天におわしますバァル神やメルカルト神の意に沿わぬからこそ、かかることになったものであろう。ならば、本来の目的が達せられなくともやむなし」
「なんと…」
 シファクスは茫然とした。
 どうやら彼は、まことに厄介な人質を抱え込んでしまったようだ。
(このままでは、本当にバルカ家の攻撃を心配しなくてはならない…)



「うーむ」
 シファクスは唸った。
 相手が自身の手に負えぬ難物であることを、ようやく認識したようだ。
(ちと甘く見過ぎたか…)
「王よ」
 ジスコーネは穏やかな瞳になった。
「はじめから、そなたに頼めば良かった。領内を通してくれ、と。話を通しておけば、そなたがこのような挙に出ることもなかった、まことに済まないこと」
「…」
「もし、余の行動が、そなたの王としての威厳を傷つけたのであれば、余は謝りたい。許してほしい」
「ジスコーネ殿…」
「余は確かに先を急いでおる。されど、先にそなたが申した条件を呑むことはできぬ。それでは収まらぬ、というのならば止むをえぬ。しばらく余をここに留め置くがよい」
「う…」
 シファクスは言葉に詰まった。
「断っておくが、これは、そなたを困らせようと思ってのことではない」
 ジスコーネは柔和な笑みを浮かべた。
「私から事情を説明いたす。カルタゴ政府やイベリアのバルカ家にも、マッシュリのガイア王にも。私から事の次第を説明し、貴殿に非がないことを明らかにしよう」
 そう。ジスコーネは駆け引きに出ているのではない。まっすぐ真情を明らかにして、相手の心に訴えかけているのだ。
 外交とは確かに非情な面がある。国益を守るため、謀を巡らし、相手の足を掬うことも珍しくない。が、所詮、人と人との関係を規律するもの。ならば、その基底に人の誠がなければ、そもそも交渉にも駆け引きにもならぬであろう。



「ふはははは」
 シファクスは大きく笑った。
「いや、ジスコーネ殿。御見それ致した。天晴れです」
 遊牧の王は兜を脱いだ。
「ジスコーネ殿。何も言いますまい。それゆえ、貴殿も何もおっしゃらないでいただきたい。…ただ、このシガの都で逗留した日々を脳裡に残してもらえれば、このシファクス、満足です」
「シファクス王…」
「いや、参りました。人の強さというものを思い知らされました。ハハハハ」
 シファクスは感動していた。うっすら熱いものを瞳に湛えていた。
 こうして、ジスコーネ一行の幽囚生活は終わった。
 期間は半月ほど。振り返って見れば、本当に、体を休めるため逗留していた、そんな月日であった。
 そして、シファクスの願い通り、ジスコーネとの絆を固める結果ともなったのであった。



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