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人質問答(さらにさらに続き)
ジスコーネは、シファクス王との会見に臨んだ。
彼の後ろに、プブリウス、そしてマシニッサが控えていた。
二人の問答は、見ものであった。
「いかがですかな、閣下。このシガの都は」
シファクス王が口火を切った。
「結構ですな。雄大な海と陸の間にあって」
ジスコーネは旅人の口吻そのまま答えた。
「では…しばらくご滞在なされますか」
「是非とも、そう願いたいものですな」
「それは本心で?」
「ええ、本心です」
「先を急ぐ身ではありませんでしたかな」
「そうです。…が、これも天命。ならば、それに逆らうのも宜しくありますまい」
「なるほど…天命ですか」
受け答えながら、シファクスは、心中舌を巻いていた。
(本心は先を急いでいる筈。なのに、こう悠然と構えられるとは…)
そう。ジスコーネは、旅を楽しむお大尽のようにゆったりしていた。
(ち、慌てさせて見せようぞ)
そう。人質に哀願させること、そこまでいかなくとも、せめてうろたえさせること、そうでなければ、人質犯は、相手から譲歩を引き出すことはできないのだ。
王は態勢を立て直すと、鋭く切り込むことにした。
「されど…閣下」
「何です。王よ」
「閣下がここにあると知られては困るのではありませんか」
「誰のことを指すのか」
「バルカ家の人々です」
「ほう…なぜそう思う」
「閣下が、危険な陸路を取ったのは、バルカ家に気づかれずイベリアに向かうため。そう推察いたしました」
「ふむ」
「ならば、ここにのんびり滞在していては、閣下がここにあることを遠からずバルカ家に察知されましょう」
「それでもよい」
ジスコーネはあっさり言った。
「え?何と申されました?」
「それでよいと申したのだ」
どうやら、ジスコーネは、八方破れの策に出たようだった。身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ、ということであろう。
「余の振る舞いが、天におわしますバァル神やメルカルト神の意に沿わぬからこそ、かかることになったものであろう。ならば、本来の目的が達せられなくともやむなし」
「なんと…」
シファクスは茫然とした。
どうやら彼は、まことに厄介な人質を抱え込んでしまったようだ。
(このままでは、本当にバルカ家の攻撃を心配しなくてはならない…)
「うーむ」
シファクスは唸った。
相手が自身の手に負えぬ難物であることを、ようやく認識したようだ。
(ちと甘く見過ぎたか…)
「王よ」
ジスコーネは穏やかな瞳になった。
「はじめから、そなたに頼めば良かった。領内を通してくれ、と。話を通しておけば、そなたがこのような挙に出ることもなかった、まことに済まないこと」
「…」
「もし、余の行動が、そなたの王としての威厳を傷つけたのであれば、余は謝りたい。許してほしい」
「ジスコーネ殿…」
「余は確かに先を急いでおる。されど、先にそなたが申した条件を呑むことはできぬ。それでは収まらぬ、というのならば止むをえぬ。しばらく余をここに留め置くがよい」
「う…」
シファクスは言葉に詰まった。
「断っておくが、これは、そなたを困らせようと思ってのことではない」
ジスコーネは柔和な笑みを浮かべた。
「私から事情を説明いたす。カルタゴ政府やイベリアのバルカ家にも、マッシュリのガイア王にも。私から事の次第を説明し、貴殿に非がないことを明らかにしよう」
そう。ジスコーネは駆け引きに出ているのではない。まっすぐ真情を明らかにして、相手の心に訴えかけているのだ。
外交とは確かに非情な面がある。国益を守るため、謀を巡らし、相手の足を掬うことも珍しくない。が、所詮、人と人との関係を規律するもの。ならば、その基底に人の誠がなければ、そもそも交渉にも駆け引きにもならぬであろう。
「ふはははは」
シファクスは大きく笑った。
「いや、ジスコーネ殿。御見それ致した。天晴れです」
遊牧の王は兜を脱いだ。
「ジスコーネ殿。何も言いますまい。それゆえ、貴殿も何もおっしゃらないでいただきたい。…ただ、このシガの都で逗留した日々を脳裡に残してもらえれば、このシファクス、満足です」
「シファクス王…」
「いや、参りました。人の強さというものを思い知らされました。ハハハハ」
シファクスは感動していた。うっすら熱いものを瞳に湛えていた。
こうして、ジスコーネ一行の幽囚生活は終わった。
期間は半月ほど。振り返って見れば、本当に、体を休めるため逗留していた、そんな月日であった。
そして、シファクスの願い通り、ジスコーネとの絆を固める結果ともなったのであった。
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