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マサエシュリ王シファクス(さらに続き)
「…で、どうかな。王よ」
「何が、でございますか」
「ここを通してくれぬか」
「左様でございますな…」
シファクスは思案した。
その勿体ぶった様子に、マシニッサは苛立った。
(ちっ。見え透いた…。高く売りつけようと算段して現れたくせに)
そう。シファクスは、ジスコーネの行動を知ると、これを奇貨として行動を起こしたものだ。ということは、何を要求するか、考え抜いた揚句に現れたに違いないのだ。
「私の願いを聞き届けていただければ」
「願い…願いとは何か?」
「ソフォニスバ様のことです」
「妹を嫁に欲しいと申すか?」
「そうです」
「あれは…輿入れが決まっておる」
「それを反故にしていただきたい」
「なに」
ジスコーネの語気が変わった。
「そのようなことできる訳あるまい。他の望みにいたせ」
「御自身の置かれた立場を十分にお考えあるべきか、と」
シファクスは右手を挙げた。
すると、予め伏せていたものであろう、あたりの山野から、新手のマサエシュリ騎兵が続々現れた。総勢五千騎ほどになろうか。地中海世界で、これほどの騎兵戦力を自在に用いることのできるのは、マサエシュリ族とマッシュリ族の二つだけだ。
彼らは、シファクスとジスコーネたちの一団を遠巻きにすると、盾を叩き始め、雄叫びを上げ始めた。自らの要求を貫徹するデモンストレーションに違いなかった。
「マサエシュリの王よ」
ジスコーネは穏やかな眉を浮かべたままいった。
「はい」
「これは脅し…だな」
「いえ」
シファクスは微笑を浮かべた。
「これは、そこにあるマッシュリの者どもを警戒してのもの。我がマサエシュリは、マッシュリとは対立しておりますゆえ。閣下に向けられたものではありませぬ」
「この者たちは余を警護してくれておるだけ。御身に害をなすことはない」
「信用できませんな。奴らは、事の善悪を弁えぬ害賊。その悪知恵を働かせ、閣下の妹君をせしめたものに相違ありませぬ」
その言葉には、悪意と毒がふんだんにちりばめられていた。
ために、マシニッサは憤りを見せ、思わず剣の柄を握った。
が、その手を押しとどめる者がいた。
プブリウスである。首を振っていた。
「なぜ止める」
「ジスコーネ殿の御判断を待つべきです。短慮は早計」
そのジスコーネ、静かな表情で、マサエシュリ王に相対している。
「王よ」
「はい」
「求めるものは我が妹、それだけか?」
「それと、そこにあるマッシュリの者どもを全員引き渡してもらいます。なに、酷いことはいたしませぬ。マッシュリ王ガイアに対する牽制になればよいのです」
「断ると申せば?」
「閣下にも、しばらく我が都シガの宮廷に御逗留いただきます」
シガとは、現在のアルジェリア西部の海岸沿いの都市。
「余を監禁するというか」
「御滞在、にございます」
シファクス、笑みを浮かべて言いなおした。
静寂が辺りを包んだ。
これも戦い。大軍並べ干戈交わすだけが戦いではない。ぎりぎりの駆け引きをなし、己の利益を極大化する、これも指導者の務めである。
「ジスコーネ閣下いかに」
シファクスは笑顔のまま返答を迫った。が、目は笑っていない。鋭い視線で相手を威迫している。
「余の答えは決まっている」
ジスコーネも笑みで返した。
「王よ。余をシガに連れて行け」
「御承引いただけぬ、と仰せか」
「無論だ」
語気を強めた。
「我がカルタゴは信義を貫くことに決めた。余も同じ。余は、信義に殉じた父に恥じぬ生き様を貫くことに決めておる。その余がそなたの要求を呑める訳がなかろう」
そう。ジスコーネの範は、常に父であった。幼き頃、傭兵の乱の暴発を食い止めようと、倒れた父の姿を追い求めていたのだ。
「止むをえませんな…」
シファクスは苦笑すると、馬首を巡らせた。そして、右手を挙げた。
ジスコーネ一行は、マサエシュリ騎兵団に包まれたまま、有無を言わさず、王国の都シガに連行されたのであった。
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