新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第3章イベリアの章

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 和平問答(さらに続き)
「いや、当主のハンニバル殿は愚かではない。そんなことは余も知っている」
 ジスコーネの語調は強くなった。
 なんといっても、ハンニバルとは義兄弟。遠く離れているとはいえ、その人物に対する信頼は失われていない。
「ならばどなたが?」
「周りの者が心配なのだ。亡き父ハミルカル殿の無念を晴らそうなどと煽りたてる者もいるであろう。サグントゥムで一体…」
 言いかけて、ジスコーネは口をつぐんだ。
 サグントゥム問題は、対ローマで最も微妙な扱いを要する。そのことをローマ人に語る軽率を悟ったものだ。


「ちと口が軽かったか…」
 ジスコーネは苦笑した。
「大丈夫です。全て忘れますゆえ」
「全て忘れる?」
「はい。友の語る秘密は全て忘れるべし、それが友への信義と心得ておりますゆえ」
「そうか。友か…」
 ジスコーネは感慨を覚えた。
「なるほどのう。クレオメネスほどの人物が、そなたと親しく交わったのも頷ける」
「これはお褒めの言葉かたじけなし。ジスコーネ殿は、クレオメネス王に勝るとも劣らぬ人物。そう思っての交情。貴殿を敬うのは当然のことにございます」
 プブリウス、生真面目に答えた。
「わははは」
 ジスコーネは堪え切れずに笑いだした。
「そなたは本当に大人を転がすのがうまいのう」


「いかがでしょう」
 プブリウスは提案した。
「見て聞くに如くはなし。一緒に参りませぬか?」
「一緒に…。どこへだ?」
 ジスコーネは怪訝な顔をした。
「新カルタゴ」
 プブリウスはいたずらっぽく笑った。
「なにっ!」
「実際にその目で確かめれば、事の実を掴むこともできるでしょう。このように本国にあって、ああだこうだ悩んでいてもはじまりませぬ」
 プブリウスは、決してふざけているのではなかった。
 彼は、クレオメネス戦争において、実地に見聞した。
 コリントスに赴き、次いで、ラケダイモンも訪れた。
(遠方での話や噂の類がいかに当てにならぬことか)
 そのことを知った。事実を見極めるには、まず事実をよく知ること、それが肝要であると悟った。
「ふーむ。見て聞くに如くはなし…か」
 ジスコーネは考え込んだ。
(そう言われると…我らカルタゴ本国の者は、イベリアのことを知っているようでよく知っておらぬ)
 そう。本国の政治家たちの多くは、イベリアからもたらされる戦勝の報告、戦果たる文物、貢品の金銀物資などを通してしか、イベリアを知らない。
 ジスコーネも、副官アドヘルバルを潜り込ませたりしていたが、実情が肌で掴めないもどかしさを覚えるのが常だった。


「確かにそうだ。まずは知ることから始めねばならぬ」
「ならば、善は急げとあります」
「おい。もう出立するというか」
 ジスコーネが驚いたのは、プブリウスが立ち上がったからだ。貴顕の子にしては、身軽過ぎる。
「閣下のお悩みが事実ならば、一刻の猶予もなりますまい。正確に事態を把握し、急ぎ策を練らねばなりますまい」
「うむ」
「私もローマでは知られた家の子。両国の平和のため、僭越ながら閣下にお力添えいたしたく存じます」
「ほう」
 その言葉はジスコーネには嬉しいものであった。
 事実、プブリウスの属するコルネリウス氏族は名門揃い。しかも、彼のスキピオ家と、名家たるパウルス家は仲が良い。両家とそれを取り巻く勢力が一致すれば、ローマ政界に大きな力を及ぼし得る。
 だから、プブリウスの言葉は、決して絵空事ではなかった。
 となると、やはりイベリアの実情を正確に掴むことが先決。
「よし。行くか」
 ジスコーネもその気になった。が、すぐに暗い顔になった。
「…が、どの道をとって向かえばよいのだ」
「あ」
 プブリウスもはたと気付いた。
 そう。カルタゴ人がイベリアに向かうには、海路アフリカ北岸沿いに進み、ヘラクレスの柱(現ジブラルタル海峡)を渡るのが一般的だ。
「船で進めば、すぐに我らの存在を知られよう」
 ジスコーネは政府の要人。いかに忍びで向かっても、主要航路で向かえば、鼻先の利く密偵にすぐに勘付かれるであろう。
 その時だ。家人が現れ来客を告げた。
「マッシュリの王子マシニッサ殿がいらっしゃいました」


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 和平問答(続き)
 ジスコーネとプブリウスの距離はさらに縮まった。
 なにやら、本当の兄弟のように親しくなっていた。
「我らは、真に友好関係を結ぶことができるであろうか」
 夕食を終えて、テラスに誘われたプブリウス。その彼に、ジスコーネはいきなり訊いてきた。
 二人は、いつの間にか、自分たちの祖国ローマとカルタゴ、この両国の関係はどうあるべきか、そんなことを日々話し合うようになっていた。
「先の大戦から二十一年、平和が保たれてきたのです。できる、と存じますが」
 プブリウスは決まってこう答えた。
 それは、少年らしい希望に満ちたものだ。


「心底…そう思うか?」
「ええ、思っています」
「とは申せ、戦というものは恐ろしい。指導者の器量だけでどうなるものではない」
「と申しますと」
「忘却と欲望だ」
「どういうことにございます?」
「ローマとの戦いから21年、傭兵の乱から18年。あの過酷な戦いの歴史を、人々は、もう忘れようとしている。いや、若者たちにはその記憶すらない」
「そうでしょうね…」
 プブリウスも戦後の生まれ。彼自身、大人の語る、あの戦争の惨烈を知らない。


「忘却とは恐ろしい。恐怖を忘れるのだ。苦痛を忘れ去るのだ。そのあとに何が残る。敗北したという事実。その悔しさだけなのだ」
「…」
 プブリウスは勝利国の人間。だから、その感情を理解できなかった。
 敗戦国の人間の、葛藤と苦渋の克服に費やす多大な努力など、分かろう筈がない。
「ならば、今度は勝ってやろう、復讐してやろうなどという無謀な者どもも出てくる」
「…では、欲望とは?」
「君たちの支配する領地はどこもかしこも豊かだ。イタリアには肥沃な農地が広がり、さらに、シチリアの土地も豊饒。それを支配したいという欲だ」
「征服せんと?」
「そうだ。愚かなことだがな。我らは、ローマの土地などなくとも十分豊かに暮らしていける。アフリカとイベリアだけで、上から下まで、誰もが満腹になれるというのに」
 ジスコーネは、普段、吐露できないようなことを、いずれ敵に回るかもしれない国の子に話していた。いや、話さざるを得なかった。
(カルタゴにも、このような憂国の士がおることを)
 理解してほしかった。
 憂国の士とは、戦いに命を賭する覚悟ある者だけを意味するのではない。平和を願いそれに命を捧げる者にも同等に当てはまる。平和こそ、国家の保全と国民の幸福にとって最善の途だからだ。


「要は、閣下の心配とするところは何なのですか?」
 プブリウスは単刀直入に切り込んだ。
 ジスコーネは、少し逡巡する様子を見せた後、切り出した。
「そなた、バルカ家の者どものことをどう思う」
「バルカ家…」
「忌憚のない意見を聞かせて欲しい」
 ローマ人が、今、最も神経を尖らせているカルタゴ人たちだからだ。
(それをどう見ているか、それで今後の道も見えてくるかもしれない…)
 ジスコーネはそう考えた。
「私は…」
 プブリウスは、言葉を探し、思い悩む風であったが、続けた。
「ハンニバル殿と口を利いたことはありません。ただ…」
「ただ、なんだ」
「将才優れたお方と聞き及んでおります。その様な人物が、先の見通しのない、無謀な挙に出ることはありますまい」
「ふーむ」
 ジスコーネは少し驚いた。
 ハンニバルの口吻に、すこぶる似ていたからだ。私情たる復讐で動くことはない、国家のために動くだけ、それがハンニバルの口癖だった。
(口も利いていないのに、ここまで正確に相手の器量を見抜いているとは)


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 和平問答 
 プブリウスとソフォニスバの二人が戻ってくると、屋敷中は大騒ぎとなった。
「お嬢様!」「大事ありませぬか!」
 侍女たちが案じて駆け寄ってくるのを、ソフォニスバは、いつもの笑みを浮かべ、優しく答えた。
「少し遠駆けしてきただけ。心配掛けてごめんなさいね」
 そして、兄の許に近寄った。
「なんだ。戻ってきたのか」
「一国の花嫁になることを決心いたしました」
 言葉には力があった。
それは、自身の道を自身で選ぶ、人間の強さが現れていた。
「…そうか」
「マシニッサ殿の許に参ります」
「そうか」
 ジスコーネは短く相槌するだけ。ソフォニスバも多くを語らない。
 年の離れた兄妹。父も違う二人。しかし、兄は娘とも思い、妹は父とも思い、二人今日まで歩んできた。言葉にしなくとも互いの心は分かる。
「久々の遠出で疲れたであろう。ゆっくり休むがよい」
「では、お言葉に甘えて…」
「うむ」
 ソフォニスバは、なおも心配し寄ってくる家人に、言葉を掛け掛け、下がっていった。


 今度はプブリウスがジスコーネの前にやってきた。悪びれた様子は全くない。
「戻ってまいりました」
「よく戻ってきたな。そのまま駆け落ちかと思うたに」
 ジスコーネはにやりとした。
「花嫁の兄君に了解も得ずに遁走するのは良くないと思い、改心した次第」
 プブリウスはぬけぬけ答えた。
「はは。改心か」
「実を申せば…」
「なんなのだ?」
「振られたのでございます」
「左様か」
「わたくしでは器量不足。そう仰せになられあっさりと」
「左様か」
 ジスコーネは、その茶目っ気たっぷりの顔をじっと見詰めていたが、堪え切れなくなり、
「ふははは」と噴き出した。
「そうか。我が妹も大したものだ。そなたほどの男を振ったとはな。はははは」
 笑いながら、彼は感謝の気持ちで一杯となっていた。
 プブリウスは妹の心を固めてくれた。万が一には、その全てを引きうける覚悟で。


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 奪われた花嫁(さらにさらに続き)
「そうですか。奪われた女が、父と夫の国の争いを止め、平和へと導きましたか…」
 ソフォニスバは天を見上げた。
「そうです。女とて、国のため、かくなる崇高な行いができるのです」
 プブリウスは応えた。
 二人は、いつの間にか馬を下り、仲良く並んで座っていた。
「そうですか…」
 ソフォニスバは繰り返した。
「だから、女である、そんな理由で人生を諦めるなど愚かというもの」
 プブリウスは語気を強めた。なんとかして、相手に生きる力を与えよう、いつの間にかそんな熱情に取り付かれていた。
「ふふふ」
 ソフォニスバが、いつもの、背筋がこそばゆくなるような声で笑った。
「何がおかしいのです?」
「だって…プブリウス殿、貴方様にわたくしを奪う度胸があって?」
「ありますよ」
 プブリウスはけろりと言ってのけた。この時の彼は、怖いもの知らずであった。
「我がスキピオ家の女にして見せましょう。ただ…」
「ただ、なんです?」
「貴方が御嫌でなければ、です。我らローマびと、伝承の頃と異なり、女に不自由はしておりませんので。嫌がる女を奪うことはしたくありません」
 プブリウスは胸を張った。


 ソフォニスバは、プブリウスの無邪気な顔をじっと見詰めていた。その表情には、ある迷いが浮かんでいた。
 が、やがて笑い出した。
「ほほほ。冗談の多いお方。ほほほ。駄目ですわ」
「ソフォニスバ殿。決して冗談ではありませぬ…」
 プブリウスは慌てて真顔になったが、ソフォニスバの笑い声が遮った。
「そんな軽いお方では駄目です。私は一国を領する男に嫁ぎます」
「ソフォニスバ殿…」
「マシニッサ殿の許に。それこそが私の本懐。生きる道と、今は、はっきり見えました」
 ソフォニスバは、軽い口調ながら、思い定めように言った。
 ただ、その声には、どこか淋しげな響きがあった。
 プブリウスは、もうそれ以上、何も言わなかった。

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 ※ルーブル美術館所蔵の「サビニの女たちの仲裁」(ダヴィッド作)です。

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 奪われた花嫁(さらに続き)
 這う這うの体で故郷に逃げ戻ったサビニ人たち。彼らは恥辱にくるまれていた。
 眼前で、我が妻、我が娘を奪われたのだ。男の面目丸潰れである。
 当然、烈火の如く怒った。
「ローマの非道許し難し!」
「女たちを取り戻すのだ!」
 ローマに鉄槌を落とすため、近隣部族にも使節を送り協力を求めた。
数ヵ月後、サビニ人を主とする勢力は大軍をもって攻め寄せて来た。
 ローマ人も応じて出陣した。
 ローマ郊外で両軍は対峙した。
 サビニ人はラテン諸族の中でも精強を謳われた民。他方、ローマ人もロムルスの下、台頭著しいこの頃。ラテン人らは、この戦いの帰趨を、固唾を呑んで見守った。
 

 この戦いに、複雑な視線を送っている人々がいた。
 ローマの若者たちにさらわれたサビニの女たちだ。
 最初、ローマ人の非道を詰り、故郷へ帰りたいと泣いていた彼女たち。そんな彼女たちを、ローマの男たちは大切にした。妻として、とどまってほしいと頭を下げ懇願した。
 そのため、女たちは次第に心を開いていった。やがて、子も生まれた。人の心は不思議なものである。彼女たちは、自然とローマ人の妻になることを受け容れていった。
 そんな彼女たちの心が落ち着いた頃、故郷のサビニ人が攻め込んできたという。
「父たちがここに攻めてくる」
 心穏やかではいられない。夫たるローマ人と父たるサビニ人が刃を交えるのだ。
 居てもたってもいられず、彼女たちはロムルス王の屋敷に向かった。
 ロムルス王は出陣しているから、王妃ヘルシリアが彼女らと面会した。この王妃も、拉致されたサビニの女の一人である。だから、女たちの苦痛は、自分の苦しみでもある。
「分かりました。夫にあなた方の思いを伝え、サビニ人と和解するよう、王にお勧めいたしましょう」
 

 が、サビニの女たちの願い空しく、サビニとローマは衝突するや激しく戦った。
 サビニの軍勢強く、ローマ軍は押し込まれた。とうとうローマ市まで追い詰められ、戦いは七つの丘を縫うように展開された。
「今は決戦に打って出るよりほかなし」
 ロムルスは覚悟を決め、建国の地パラティヌスの丘を一散に下った。
 麓にはサビニの大軍が待ち構えていた。
「ござんなれロムルス」
 サビニ人の怒りは頂点に達している。
 血戦か、誰しもがそう思ったその時。
 一団の人々が両者の間に飛び出した。
「あっ!」「おおっ!」
 両軍の兵士は驚いた。
 間に割って入ってきたは、サビニの女たちだった。
 ある者は両手を広げ、ある者は子を天高く捧げた。
「サビニの人々よ!あなた方は私たちの父です!」
「ローマの人々よ!あなた達は私どもの夫です!」
「この子らの祖父!」
「子の父なのです!」
 両軍は、ぴたと止まった。愛する娘、妻たちが体を張っているのだ。
「わたくしたちが原因ならば!」
「わたくしたちを殺しなさい!」
 彼女たちは血を吐くように叫び続けた。
「哀れと思うならば」
「互いに矛を下げて」
「和平を話し合って」
 娘の願い、妻の願いである。


 この事件で両者の戦意は失われ、自然と休戦となり、和睦となった。
 その後、サビニとローマの和解は急速に進み、ついに両国は合同を約するに至った。サビニ人は、パラティヌス丘の北にあるクィリナリスの丘に移住し、新たなローマ市民となった。サビニの王タティウスは、ロムルスと並ぶローマの共同君主となったのだ。
 この物語は、ローマ建国の過程にあった、部族間の葛藤から合同に至る史実に、後世の人々が様々な思惑の下に彩りを加え、伝承として脚色していったものであろう。


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