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和平問答(さらに続き)
「いや、当主のハンニバル殿は愚かではない。そんなことは余も知っている」
ジスコーネの語調は強くなった。
なんといっても、ハンニバルとは義兄弟。遠く離れているとはいえ、その人物に対する信頼は失われていない。
「ならばどなたが?」
「周りの者が心配なのだ。亡き父ハミルカル殿の無念を晴らそうなどと煽りたてる者もいるであろう。サグントゥムで一体…」
言いかけて、ジスコーネは口をつぐんだ。
サグントゥム問題は、対ローマで最も微妙な扱いを要する。そのことをローマ人に語る軽率を悟ったものだ。
「ちと口が軽かったか…」
ジスコーネは苦笑した。
「大丈夫です。全て忘れますゆえ」
「全て忘れる?」
「はい。友の語る秘密は全て忘れるべし、それが友への信義と心得ておりますゆえ」
「そうか。友か…」
ジスコーネは感慨を覚えた。
「なるほどのう。クレオメネスほどの人物が、そなたと親しく交わったのも頷ける」
「これはお褒めの言葉かたじけなし。ジスコーネ殿は、クレオメネス王に勝るとも劣らぬ人物。そう思っての交情。貴殿を敬うのは当然のことにございます」
プブリウス、生真面目に答えた。
「わははは」
ジスコーネは堪え切れずに笑いだした。
「そなたは本当に大人を転がすのがうまいのう」
「いかがでしょう」
プブリウスは提案した。
「見て聞くに如くはなし。一緒に参りませぬか?」
「一緒に…。どこへだ?」
ジスコーネは怪訝な顔をした。
「新カルタゴ」
プブリウスはいたずらっぽく笑った。
「なにっ!」
「実際にその目で確かめれば、事の実を掴むこともできるでしょう。このように本国にあって、ああだこうだ悩んでいてもはじまりませぬ」
プブリウスは、決してふざけているのではなかった。
彼は、クレオメネス戦争において、実地に見聞した。
コリントスに赴き、次いで、ラケダイモンも訪れた。
(遠方での話や噂の類がいかに当てにならぬことか)
そのことを知った。事実を見極めるには、まず事実をよく知ること、それが肝要であると悟った。
「ふーむ。見て聞くに如くはなし…か」
ジスコーネは考え込んだ。
(そう言われると…我らカルタゴ本国の者は、イベリアのことを知っているようでよく知っておらぬ)
そう。本国の政治家たちの多くは、イベリアからもたらされる戦勝の報告、戦果たる文物、貢品の金銀物資などを通してしか、イベリアを知らない。
ジスコーネも、副官アドヘルバルを潜り込ませたりしていたが、実情が肌で掴めないもどかしさを覚えるのが常だった。
「確かにそうだ。まずは知ることから始めねばならぬ」
「ならば、善は急げとあります」
「おい。もう出立するというか」
ジスコーネが驚いたのは、プブリウスが立ち上がったからだ。貴顕の子にしては、身軽過ぎる。
「閣下のお悩みが事実ならば、一刻の猶予もなりますまい。正確に事態を把握し、急ぎ策を練らねばなりますまい」
「うむ」
「私もローマでは知られた家の子。両国の平和のため、僭越ながら閣下にお力添えいたしたく存じます」
「ほう」
その言葉はジスコーネには嬉しいものであった。
事実、プブリウスの属するコルネリウス氏族は名門揃い。しかも、彼のスキピオ家と、名家たるパウルス家は仲が良い。両家とそれを取り巻く勢力が一致すれば、ローマ政界に大きな力を及ぼし得る。
だから、プブリウスの言葉は、決して絵空事ではなかった。
となると、やはりイベリアの実情を正確に掴むことが先決。
「よし。行くか」
ジスコーネもその気になった。が、すぐに暗い顔になった。
「…が、どの道をとって向かえばよいのだ」
「あ」
プブリウスもはたと気付いた。
そう。カルタゴ人がイベリアに向かうには、海路アフリカ北岸沿いに進み、ヘラクレスの柱(現ジブラルタル海峡)を渡るのが一般的だ。
「船で進めば、すぐに我らの存在を知られよう」
ジスコーネは政府の要人。いかに忍びで向かっても、主要航路で向かえば、鼻先の利く密偵にすぐに勘付かれるであろう。
その時だ。家人が現れ来客を告げた。
「マッシュリの王子マシニッサ殿がいらっしゃいました」
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