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奪われた花嫁(続き)
「うーむ。女がいる」
建国の君主ロムルスは頭を悩ませていた。
人なくして国はありえない。子を産む女性がいなくては、国は一代限りだ。いや、男だけの群れなど、国と呼ぶにも値しない。
ロムルスは、好戦的な人物であったが、このときばかりは辞を低くして、周辺の部族に使節を派し、婚姻による誼を求めた。簡単にいえば、女性をくれ、そういうことだ。
が、周辺の諸国は、これをすげなく断った。
「ローマのような野蛮な連中に、わが国の女を渡せるか」
悉く断られたとあるから、草創期のローマの不評が知れよう。
ローマの王ロムルスは激怒した。
彼は建国にあって、双子の弟レムスを境界争いの末に殺してしまうほど猛々しい男であったから、直ちに戦いに打って出ようと思った。
しかし、考え直した。それでなくとも増える見通しのない人口。戦争ばかりして目減りさせる訳にもいかないからだ。
「ならば…」
彼は一計を案じた。
使節を有力部族サビニ人の許に送り、神への供犠の一環として馬市など催し物を盛大に行うから、こぞって見に来るようにと伝えたのだ。
この時代、馬は貴重な財産だ。というのも、ラテン人の多くは羊飼いであり、牧畜を生業とする者たち。また、馬は農耕民にとっても不可欠な労働力だ。
ために、サビニ人は大いに興味をそそられ、家族総出になって、新都市ローマの見物に訪れた。
彼らは、テヴェレ河畔に忽然と現れた、一見堂々たる都市に驚いた。
「ほう。ローマは、かくも急に発展を遂げたか」
とはいえ、後世に比べれば貧弱であったに違いなく、神殿などの公共建築物以外は、茅葺の家々−掘建て小屋同然の−が連なっていたものと想像される。
街に入ると、中央の広場で馬市が開かれ、神への供犠が行われていた。
サビニ人たちは、見物に夢中になり、分かれてあちこちを回った。
と、しばらくしたとき、突然異変が生じた。
あちこちから女の悲鳴が聞こえてきたのだ。
「何だ?」「何が起こった?」
サビニ人たちは、きょろきょろと辺りを見回した。
すると、ローマの若者たちが、サビニ人たちの一団に襲いかかり、うら若き乙女を無理やりに抱きかかえ、走り去っていく。
そう。ローマ人は花嫁を得るため、実力行使に出たのだ。
「おお!ローマ人め!野蛮人の本性を現しおったな!」
サビニの男たちは抵抗した。女たちは、自分の娘であり、妻であるのだ。
が、ローマの若者は目を血走らせ、抵抗するサビニの男を殴り倒し、女を片っ端から奪っていった。
女を奪うと、ローマ人たちは、サビニ人の男を街から追い出した。
容貌優れた女は有力者の妻に、その他は平民の若者に与えられた。
こうして、ローマは花嫁たる女を得て、次代への礎を築いたのだ。
とはいえ、褒められた話ではない。未開の部族そのものの所業だ。
「花嫁は奪って妻にする、これが我がローマの伝統なのです」
プブリウスは、特に悪びれることもなく、からりと笑った。
花嫁を奪う習慣は、世界各地に存在する。日本でも、武家のなかに、女を奪ってきて自身の妻にするという話が聞こえてくる。こんな所業がまかり通ったのは、遵法意識薄く、家門の維持が至上命題だったからであろう。
「わたくしを…妻にする。そうおっしゃるのですか…」
ソフォニスバはやや顔を赤らめた。
「そうです」
プブリウスははっきり答えた。
「あなたが、この世を半ば諦め、どうでもよい男に嫁ぐ。そんなことならば、私が奪いましょう。男として、そんなことを座視できましょうや」
男の気概をここぞと吐いた。
「でも…兄上が…」
「兄君は先を見通されたお方。快くお許しあるに違いありません」
「でも…あなた様には、確か、許嫁がいらっしゃると聞きました」
「え?ああ、プロアウガ殿のことですか」
そう。彼は、スパルタの王女をひそかに保護し、本国に送って、父スキピオの骨折りで、とある家の養女にしてもらっていた。いずれ結婚するとの約束で。
ソフォニスバは、いつの間にかそんなことまで知っていた。
ジスコーネの情報網がもたらす機密に、彼女も触れていたものであろう。
「よく御存知ですね」
プブリウスは素直に驚いて見せた。だが、と続けた。
「彼女はどうなるか分かりません。クレオメネス王がスパルタに御帰還あれば、彼女も帰郷して、スパルタ人のしかるべき家に嫁ぐことになりましょうから」
そう。この紀元前220年、クレオメネスは、エジプトのアレクサンドリアでまだ健在であった。彼が非業の死を遂げるのは、この1年後のことである。
「でも…奪われた花嫁がその家に忠実な妻になるとは限らないでしょう?」
「ふふ。先程の話には続きがあるのですよ」
「続き?」
「ええ。奪われた花嫁たちの、ね」
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