新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第3章イベリアの章

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 奪われた花嫁(続き)
「うーむ。女がいる」
 建国の君主ロムルスは頭を悩ませていた。
 人なくして国はありえない。子を産む女性がいなくては、国は一代限りだ。いや、男だけの群れなど、国と呼ぶにも値しない。
 ロムルスは、好戦的な人物であったが、このときばかりは辞を低くして、周辺の部族に使節を派し、婚姻による誼を求めた。簡単にいえば、女性をくれ、そういうことだ。
 が、周辺の諸国は、これをすげなく断った。
「ローマのような野蛮な連中に、わが国の女を渡せるか」
 悉く断られたとあるから、草創期のローマの不評が知れよう。
 ローマの王ロムルスは激怒した。
 彼は建国にあって、双子の弟レムスを境界争いの末に殺してしまうほど猛々しい男であったから、直ちに戦いに打って出ようと思った。
 しかし、考え直した。それでなくとも増える見通しのない人口。戦争ばかりして目減りさせる訳にもいかないからだ。
「ならば…」
 彼は一計を案じた。
 使節を有力部族サビニ人の許に送り、神への供犠の一環として馬市など催し物を盛大に行うから、こぞって見に来るようにと伝えたのだ。


 この時代、馬は貴重な財産だ。というのも、ラテン人の多くは羊飼いであり、牧畜を生業とする者たち。また、馬は農耕民にとっても不可欠な労働力だ。
 ために、サビニ人は大いに興味をそそられ、家族総出になって、新都市ローマの見物に訪れた。
 彼らは、テヴェレ河畔に忽然と現れた、一見堂々たる都市に驚いた。
「ほう。ローマは、かくも急に発展を遂げたか」
 とはいえ、後世に比べれば貧弱であったに違いなく、神殿などの公共建築物以外は、茅葺の家々−掘建て小屋同然の−が連なっていたものと想像される。
 街に入ると、中央の広場で馬市が開かれ、神への供犠が行われていた。
 サビニ人たちは、見物に夢中になり、分かれてあちこちを回った。
 と、しばらくしたとき、突然異変が生じた。
 あちこちから女の悲鳴が聞こえてきたのだ。
「何だ?」「何が起こった?」
 サビニ人たちは、きょろきょろと辺りを見回した。
 すると、ローマの若者たちが、サビニ人たちの一団に襲いかかり、うら若き乙女を無理やりに抱きかかえ、走り去っていく。
 そう。ローマ人は花嫁を得るため、実力行使に出たのだ。
「おお!ローマ人め!野蛮人の本性を現しおったな!」
 サビニの男たちは抵抗した。女たちは、自分の娘であり、妻であるのだ。
 が、ローマの若者は目を血走らせ、抵抗するサビニの男を殴り倒し、女を片っ端から奪っていった。
 女を奪うと、ローマ人たちは、サビニ人の男を街から追い出した。
 容貌優れた女は有力者の妻に、その他は平民の若者に与えられた。
 こうして、ローマは花嫁たる女を得て、次代への礎を築いたのだ。
 とはいえ、褒められた話ではない。未開の部族そのものの所業だ。


「花嫁は奪って妻にする、これが我がローマの伝統なのです」
 プブリウスは、特に悪びれることもなく、からりと笑った。
 花嫁を奪う習慣は、世界各地に存在する。日本でも、武家のなかに、女を奪ってきて自身の妻にするという話が聞こえてくる。こんな所業がまかり通ったのは、遵法意識薄く、家門の維持が至上命題だったからであろう。
「わたくしを…妻にする。そうおっしゃるのですか…」
 ソフォニスバはやや顔を赤らめた。
「そうです」
 プブリウスははっきり答えた。
「あなたが、この世を半ば諦め、どうでもよい男に嫁ぐ。そんなことならば、私が奪いましょう。男として、そんなことを座視できましょうや」
 男の気概をここぞと吐いた。
「でも…兄上が…」
「兄君は先を見通されたお方。快くお許しあるに違いありません」
「でも…あなた様には、確か、許嫁がいらっしゃると聞きました」
「え?ああ、プロアウガ殿のことですか」
 そう。彼は、スパルタの王女をひそかに保護し、本国に送って、父スキピオの骨折りで、とある家の養女にしてもらっていた。いずれ結婚するとの約束で。
 ソフォニスバは、いつの間にかそんなことまで知っていた。
 ジスコーネの情報網がもたらす機密に、彼女も触れていたものであろう。
「よく御存知ですね」
 プブリウスは素直に驚いて見せた。だが、と続けた。
「彼女はどうなるか分かりません。クレオメネス王がスパルタに御帰還あれば、彼女も帰郷して、スパルタ人のしかるべき家に嫁ぐことになりましょうから」
 そう。この紀元前220年、クレオメネスは、エジプトのアレクサンドリアでまだ健在であった。彼が非業の死を遂げるのは、この1年後のことである。
「でも…奪われた花嫁がその家に忠実な妻になるとは限らないでしょう?」
「ふふ。先程の話には続きがあるのですよ」
「続き?」
「ええ。奪われた花嫁たちの、ね」

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 チュニジアのとある地の風景です。GNUフリードキュメントライセンスに基づいて掲載しています

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 奪われた花嫁
「なに、ソフォニスバがさらわれた?」
「はい。本日お見えの客人が、お嬢様を抱きかかえて屋敷を駆け抜け、門前に繋いでいた馬に乗せるや、いずこかに駆け去ってしまいました」
 それを聞いたジスコーネ、唖然としたが、
「ふ、ふはははは」
 と、愉快そうに笑いだした。
「御主人さま、何がおかしいので?」
「ははは。いや、心配せずともよい」
「放っておいてよろしいのですか?」
「ローマ人の古くからの習慣だろう」
「はあ?」
 家人は何のことやら分からず不思議そうな顔をした。
「とにかく心配する必要はない。それに、あいつならば…」
(呉れてやってもよい…)
 そんな気前のよいことを思っていた。
 旧敵ローマの名門に輿入れする、それも悪くないと思ったのだ。


 その頃、プブリウスは、馬に鞭打ち鞭打ち、駆けに駆け、城外西方のとある丘までやってきた。その頂の上に駆け上がると、手綱をぐいと引いた。馬が嘶いた。
「どうどう」
 プブリウスは、汗光る馬の首を、よしよしと撫でてやった。
「いかがです?花嫁殿?」
 プブリウスは、ソフォニスバの顔を覗き込んだ。
 彼女は、初め予想だにしない展開に驚愕し、馬に乗せられ疾駆する中、恐怖に目を固くつむっていた。が、次第に慣れ、恐る恐る目を開けると、そこには、彼方まで広がる大陸の雄大な姿があった。
「ああ…気持ちいい風…」
 彼女は心洗われる心地になっていた。
「そうでしょう。お屋敷のテラスに吹く風もよいですが、大自然の中に感じる風は格別」
「ええ」
 ソフォニスバは素直に頷くと、振り向いた。
「でも、どうして?」
 こんな所へ誘ったのか、ということだ。
「ふふ。これが我らローマの男の風習なのです」
「ローマの男の風習?」
「そう。我らローマ人の先祖は、こうして花嫁を得たのです」


 ローマの建国は、伝承によると紀元前753年とされている。
 街にある七つの丘の一つ、パラティヌスの丘にある集落が起源とされている。七つの丘それぞれに集落跡があるから、集落が合同して都市国家を建設したものであろう。スパルタなどギリシアの都市国家と同じ歩みである。
 ローマ人の出自は、様々に考えられているが、周辺のラテン人部族から流れて来た、もしくは何らかの事情で逃れてきた人々の一団であったと思われる。
 要は、この共同体は、誕生当初は胡散臭い存在であった。
 ローマ共同体が最初に直面した問題が、市民の確保である。人口の乏しい古代にあっては、どこでも頭を悩ませる問題であったが、ローマ共同体の問題は別にあった。
 伝承によると、建国当初、市民はほとんど男ばかりだった。そこには誇張も当然含まれているであろうが、ここからも、この共同体の怪しさが窺われる。
 要は、花嫁となる女性が不足していたのである。


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 花嫁狩り(さらに続き)
「それは本心から仰っているのですか」
 プブリウスは、ソフォニスバに訊ねた。マシニッサとの婚約を喜んでいるのか、と。
「本心ですわ」
 彼女は怪訝な顔をした。
「あなたの国もそうでしょう。貴顕の家の女は、家長の言に従うもの。それが、家のため、国家のためだからです」
「私が訊いているのは…」
「それを私個人が喜んでいるのか、ということでしょう」
「そ、そうです」
 なにゆえか、プブリウスは気後れしてきた。十一歳の少女の言葉に。
 スパルタ王クレオメネスをからかい、アカイア同盟指導者アラトスをやり込めたほどの彼が、なにゆえか少女の語気に押されていた。


「それを訊いてどうするのです」
「兄上が御心配なされています」
「ならば、お訊きいたしますが」
「はい」
「意中の男がいるからとて、自由にしてよいのですか」
「それは…」
「家の束縛を離れ、その男の許に走ってよいのですか」
「それは…」
 プブリウスは口ごもった。
 この時代の女性は不自由である。いや不幸である。父に命ぜられるがまま有力な家に嫁ぎ、その家の深窓で生涯を過ごす。それが幸せとされたのだ。
 現代において当然の、好きな男性と恋に落ち結婚する、そんな自由は存在しなかった。
 ソフォニスバは、そのことを指摘したのだ。


「あなたのお国でも同じはず。女にそのようなことを尋ねるのは愚かというものです」
 ソフォニスバは手厳しく言った。
 プブリウスは、内心舌を巻いた。
(これほどに強い女性であったのか…)
 が、ここで参りましたと兜を脱ぐほど、素直にできてはいない。
 心の中で態勢を立て直すと、いつもの負けん気がむくむく起こってきた。


「ならば、わが国の男の流儀をお教えいたしましょう」
「…なんですか?」
「こうするのです」
 というや、プブリウスは、ソフォニスバをがばと抱きかかえた。
「あっ!」
 ソフォニスバは短く叫んだが、次の瞬間、プブリウスは脱兎の如く駆け出していた。
 駆け抜けるプブリウスに、家人は初め呆然とし、次に大騒ぎとなった。
「あっ、お嬢様が!」
「あれ、ソフォニスバ様が!」
 騒ぎを尻目に、プブリウスの得意気な声が響いた。
「ははは!花嫁はこのプブリウスが頂いた!」


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 花嫁狩り(続き)
「一年余りの間に随分変わられました」
「そなたの目から見てもそう思うか?」
「ええ」
 プブリウスは頷いた。
「アカデメイアでお会いした時は、物静かな少女…例えるならば、無口な蕾」
「蕾か…。となると、今は何だ?」
「咲き始めた花となりましょうか」
「花…か。その心は」
「存在を主張し、女性としての生を輝かせようと、大輪を広げ始めているものと」
「ふふふ」
「何かおかしゅうございますか?」
「いや。そなたの語りに引き込まれながら、これがアカデメイアで学んだということなのだな、という感慨が湧いて来たのよ」
「確かに…」
 プブリウスは苦笑した。
 アカデメイアでは、哲学だけではなく、弁論の技法も学ぶ。
 ここで、少し待て、プラトンは弁論術を批判していた筈と指摘があるかも知れぬ。
 が、それはこういうことである。
 即ち、理念を忘れた弁論術は空虚なものにすぎない。弁論すべきものを知らずして弁論しているのだから。そんなガラクタは否定されるしかない。しかし、理念を説く、その目的のためには弁論は不可欠となるのである。
 いや、こんなことはどうでもよかった。話に戻ろう。


「そこで、同窓の誼で頼みがあるのだが…」
「何でございます?」
「ソフォニスバの心を確かめてほしいのだ」
「心を?」
「実は、先頃婚約を取り交わしての」
「えっ、ソフォニスバ殿が結婚!?」
「ヌミディアのマッシュリ族王子マシニッサに妹を与えると約束した」
「されど、妹御はまだ…」
「そう。十一だ。だから、婚約ということにした」
「はあ、御婚約ですか」
(十一で嫁ぎ先が決まるのか…)
 プブリウスは鼻白んだ。
 とはいえ、この時代、女性の婚期は早く訪れ、かつ短いから、ジスコーネが特別せっかちであるということはできない。


「妹も喜んでいると感じたからなのだ」
「ならば、よろしいではありませんか」
「いや」
 ジスコーネは首を振った。
「その後のマサエシュリ族王子シファクスの求婚にも喜ぶ素振りを見せた。いや、その後の、カルタゴの男どもの求婚にも嬉しげであった」
 それは、近しい女性に、ひどく潔癖になる男特有の現象だ。男とて、様々な女性との巡り合いを経て今があることを忘れたかのような、あの自分勝手な健忘症だ。
「それゆえ確かめてもらいたい。真実、心はどこにあるのかを」
「わたくしが…ですか?」
「そうだ。こういうことは身内でない方が話しやすいもの」
 プブリウス、初めは断ったが、是非にと頼み込まれ、やむなく引き受けたのであった。

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紀元前220年頃の西地中海の地図となります。


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 花嫁狩り 
 ここジスコーネ邸。陽光注ぐアトリウム。
「本当にお越しになられるとは思いませんでしたわ」
 ソフォニスバが正直に言った。
「招かれれば素直に応ずる、これがローマの貴顕たる子の振る舞い」
 プブリウスは気持ちよさげに、ハハと笑った。
 そして、まじまじ相手の女性を見た。
「私も驚きました。貴方がこのように美しくなられているとは…」
「御上手なこと…。それもローマの貴顕の流儀にございますか?」
 ソフォニスバは、うふふと笑った。
 プブリウスは背中がぞくとなった。
「いえ、世辞ではありません」
 プブリウスは真顔になって言った。
 そう。かつては、可憐な、という形容のみが当てはまったが、今は、艶やかな花の輝きが、男の心をぐいと惹きつける。
「現に、カルタゴの青年たちが求婚しておられるとか」
「ほほ。それは我が兄が、わたくしのため、良い嫁ぎ先を探してくれているだけ。わたくしは、兄上様の指し示す道を歩むだけにございます」
 従順な、それでいて、芯の強さを感じさせる言葉だった。
「噂に聞きましたが、マッシュリ王国の王子と婚約されたとか?」
「よく御存知ですわね」
 彼女の顔に、一瞬だが影が差した。が、プブリウスは、
(気のせいかな…)とも思った。
 というのも、彼女は、すぐに元の明るい表情になっていたからだ。
「そうですわ。私が間に立って、祖国カルタゴとマッシュリに固い絆が結ばれれば、これ以上の栄誉はありませんわ」
(ふーむ…これは本心なのかな…)


 一刻前、プブリウスはジスコーネと会話していた。
「どう思う?」
 そう訊いてきたのはジスコーネ。
「どう思う、とは?」
 プブリウスが訊き返した。
 二人はテラスにいた。他には誰もいない。
「我が妹のことだ」
「ああ、ソフォニスバ殿の…」
「うむ。同じ年頃の男の目から見て…どうだ」
「どうだ、とは?」
 プブリウスは、苦笑しながら再び訊き返した。
「分かるだろう」
 ジスコーネは少しむっとした。察しろ、ということだろう。
「なんとなくは…。でも、はっきり仰ってください」
「女としてどうだ、ということだ」
「やはりそのことですか」
「そのことよ。家人に訊くわけにもいかぬし、配下の者にも何やら訊きにくい」
 ジスコーネは声を潜めた。
 それは家族を気に掛ける、常の兄の姿と変わらない。


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