新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第3章イベリアの章

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現代の地中海の姿です。GNUフリードキュメントライセンスに基づいて掲載しています。


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 平和を願う者の苦悩(さらに続き)
 副官アドヘルバルが下がっていった後、ジスコーネはテラスに出た。
 地中海を一望できる絶景が広がっている。
 穏やかな海面が見渡す限りに続いている。
(平和か…これを保つことは、戦いに勝利するより難しいことなのかも知れぬ…)
 戦争と平和。この人類永遠の課題に彼は苦悩した。


「兄上」
 ソフォニスバが現れた。美しい黒髪が潮風に揺れている。
「どうした」
「お客様がお見えですわ」
「客?誰だ?」
「意外なお客様ですわよ」
 ソフォニスバは指を頬に当ててふふと笑った。
(なるほど…この笑みが男どもを虜にするのか…)
 ジスコーネは、ふとそんなことを思った。
 が、そんな男目線を自覚すると、つい苦笑が浮かび、関心を元に戻した。
「一体誰なのだ。随分勿体ぶるではないか」
「同窓生ですわ」
「同窓生?」
 兄は怪訝な顔をしたが、はたと膝を打った。
「そうか!彼が来たのか!」
「ええ。大そう御立派な身なりでいらっしゃいましたわ」
「ははは。それはそうだろう。国では指折りの名家の子」


 ジスコーネが応接の間に出ると、果たしてその青年がいた。
「お招きにあずかりましたので、図々しくまかり越しました」
 青年は、そのいつもの、好意に溢れた笑顔を見せた。
「よくぞ…よくぞ来られた、プブリウス君」
 ジスコーネは手をすっと差し出し、相手の掌をぐっと握った。
 ローマ人プブリウスとカルタゴ人ジスコーネ。一年ぶりの再会であった。


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 平和を願う者の苦悩(続き)
「とにかく、わが国も、相応の準備をするしかないかと存じます」
「戦備を整えろと申すか」
 ジスコーネの目は、驚いたように見開いた。
 アドヘルバルはジスコーネの志を知っている。だからこそ、側に置いて重用していた。
 その彼が軍備増強を勧めたのだ。
「用心に越したことはありますまい」
「間違いなく騒ぎ出すであろうな…」
 ローマ側がということだ。
「叛乱討伐を理由に構えてはどうでしょう」
「それを信じるほど間抜けではあるまい…」
 ジスコーネは苦笑いした。
 カルタゴは、ローマとの講和条約に従い、軍船を廃棄し、一切の海軍戦力を放棄していた。ローマとの戦いを念頭に置けば、軍船の建造、海軍の再建は不可避となる。
 いかに言い訳を構えても、軍船を向ける相手は、当時の情勢からして、シチリアもしくはイベリアしかあり得ない。当然、ローマを刺激せずにはおかないであろう。
 部屋の中には重い空気が充満した。


「当面は外交の策を駆使し、イベリアの暴発を防ぎ、平和を保つよりほかあるまい」
 ジスコーネは嘆息した。
 外にバルカ家をなだめ、内に逸る人々を落ち着かせる。今まで苦心してきたことだ。
「されど、昨今の元老院は…」
「うむ…」
 ジスコーネの顔色は冴えないものとなった。
 バルカ党全盛の時代。元老院は、イベリアにおけるバルカ家の行動を積極的に後押しする勢力が多数派を占めつつあった。
「先頃のハンニバル殿の勝報が届いたこともあり、議員どもは浮かれ切っておる」


 二年前に総督位継承したばかりの青年ハンニバル。だが、オルカデス族、ウァッカエイ族、カルペタニ族という、イベリアの大族を相次ぎ降し、その威望は今やカルタゴ全土に轟いていた。
 ジスコーネは、ハンノン党に属するとはいえ、バルカ家と縁戚ということもあり、一定の発言力は保っていた。とはいえ、彼の穏当な意見は、しばしば過激な意見にかき消されがちとなっていた。
「周辺部族と和合し、ローマとの友好を維持し、カルタゴ繁栄の道をとるべきである」
 このジスコーネの持論に対し、すぐ反発にも似た意見が出るのが常だった。
「ジスコーネ殿は甘い!」
「ローマは、盗賊集団マメルティニを支援した!」
「我が国の苦境に乗じ、サルディニアを奪った!」
 そして、彼らは一致して、こう主張した。
「イベリアにおける勢力の確保こそ、ローマの野望を阻止する最善の道」
 ジスコーネは、ハンノンの後ろ盾もある有力政治家の一人とはいえ、元老院議員に就任したばかりの青年に過ぎない。なかなか、その政見は容れられなかった。


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 平和を願う者の苦悩 
 紀元前220年。この年は、まさしく、カルタゴとローマの間の緊張が日々高まりゆく時であった。
 イベリア半島の都市サグントゥムを巡り、両者の暗闘と駆け引きが激化していたのだ。
 当のサグントゥム内部でも、市民が親カルタゴ派と親ローマ派に分かれ、激しく争っていた。
「そうか…サグントゥムはそのように緊張しておるか」
「はい。いつ両派が戦端を開いてもおかしくない状況」
 副官アドヘルバルが答えた。
「うむむ」
 ジスコーネは唸った。
(もし、サグントゥムでカルタゴ派の市民が実権を握れば…)
 本来、他国で自国を支持する人々が多数となることは喜ぶべきことだが、現状では、そんなことも言っていられなかった。
 それも、平和な選挙の結果ならばともかく、内乱の果て、ということになれば、話が全然違ってくる。ローマ国家は必ずや背後にカルタゴの意図を感じるに違いなかった。


「よもや、とは思うが…」
 ジスコーネは最も懸念していることを口にした。
「新カルタゴの者たちが裏で糸を引いているということはないのか」
 要は、新総督ハンニバルが、ということだ。
 僅か一年前まで行動を共にしていたというのに、陸と海が二人を隔てるのと同時に、その政治的な立場においても、二人の距離はあっという間に離れていった。
 いや、ハンニバルはそうは考えていなかったろう。
 が、本国で日々奔走するジスコーネはそう思った。
(バルカ家元来の野望が人を変えていくか…)
「それについても調べました」
 アドヘルバルは分厚い報告書の束をめくった。そう。彼は、多くの密偵を新カルタゴとサグントゥムに放っていた。
「カルタゴ支持を叫んでいるサグントゥムの有力市民の背後を探りましたが、その様な節はありませんでした」
「ないのか?」
「はい。全くございません。新カルタゴからの報告によれば、兵はもちろん、資金を援助しているということもありませんでした」
「そうか…」
 ジスコーネはほっと息をついた。
 条約違反の事実はない。やましいことはない−今のところは−ということになる。


「されど閣下」
「なんだ」
「ローマ側がそれを信ずるかどうかは別問題にございます」
「そうだ」
 ジスコーネは大きく頷いた。
「仮に知っていても、信じないふりをするかもしれぬ。なにしろ国益のためならば、山賊の如き連中と手を結ぶことも厭わぬ人々だからな」
 ジスコーネは、先の戦争の発端となった、マメルティニのことを言った。


 傭兵集団マメルティニは、まごうことなき無頼漢の集団。シラクサ政府から解雇されるや、隣国メッシーナに攻め入り、略奪狼藉の限りを尽くし、国を奪った。
 そして、シラクサの攻撃に劣勢となるや、ローマに救援を求めた。
 ローマは、国論を二分しての激論の末、メッシーナ救援を大義名分に、シチリア島進出を果たし、カルタゴとの大戦に突入した。結果、勝利し、西地中海の覇者となった。


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 花嫁所望(さらに続き)
 マサエシュリ族の王子を見送って帰宅すると、ジスコーネ、居間の椅子にどかっと腰掛け、ふーっと大きなため息をついた。
「まことに大変なことだな」
 諸民族の心を掴むには、ということだ。
「左様。されど、この努力を続けるしかありますまい」
 副官のアドヘルバルがいった。
 カルタゴ建国から六百年。出自はフェニキア人であるが、時代を経るにつれ現地住民とのの混交も進み、この頃は『カルタゴ人』と呼ぶのが相応しくなっていた。
 とはいえ、カルタゴ本国を統治するカルタゴ人は、頭抜けたエリートである。だが、そんな彼らも、土着のリュビア人、ヌミディア人、マウレタニア人などから見れば、所詮外来者であるに過ぎない。両者の間には、火花が生じやすい。
「うむ。彼らの心を掴んでおかねば、またぞろ傭兵の乱の如き暴発が起きかねぬ」
 ジスコーネは語気を強めた。


 本国カルタゴ軍の構造は何も変わっていない。指揮官はカルタゴ人、兵は戦時にリュビア人など現地住民から募る。カルタゴ人は贅沢を謳歌し、軍役の重い負担はリュビア人などの住民にのしかかる。まさに旧態依然。
(これではいつ不満が爆発するか)
 ジスコーネは不安で仕方がなかった。
(大乱を予防するには、予め、最小限の戦力を確保しておくことが肝要)
 ジスコーネは常備軍創設の道を探ってみた。
 が、カルタゴ市民には、伝統的に軍指揮官が権力を持つことに警戒感が強い。幾度か政変を経た末、現在の有力市民による合議制に落ち着いたという経緯がある。
 だから、
「常備軍などもってのほか。将軍権力が強くなり過ぎる」
「バルカ家の例は、あくまでも外地での特例に過ぎない」
 と、轟々たる反発が湧いて出た。というより、ジスコーネの属する内地派自体が、国家の重荷となる軍の常備に反対した。
「常備軍を置けばローマの警戒を招こう」
「国費の無駄遣いとなるだけ」
「傭兵を多く抱えることとなり、危ないことよ」
 ために、ジスコーネは、その試みを断念せざるを得なかったのだ。


「いわば軍隊を持たぬ我ら、戦いを招かぬことこそ最善なのです」
 アドヘルバルはいった。
 所変われば思想も変わる。イベリアのカルタゴ人が、さらなる沃野を求め、戦いを求めていた時に、それと百八十度異なる政見が本国では大勢を占めていたのだ。
「そうだ」
 ジスコーネは大きく頷いた。
「我らカルタゴの繁栄は、平和あってこそ。この平和を保つことが最上なのだ」
 祖国のために敵と戦い、祖国のために平和の維持に腐心する。いずれも国を想うことに変わりはないが、両者には雲泥の差があった。


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 花嫁所望(続き)
 東ヌミディアのマッシュリ族にマシニッサという王子がいた。このとき十八歳。筋骨隆々の逞しい青年だ。
 彼を自邸に招き寄せた時のこと。
「閣下、本日は都内をご案内頂いたうえ、お屋敷にお招き頂き、かくなるおもてなしまで頂戴いたしまして…」
 青年は緊張していた。
 マッシュリの都キルタ(現コンスタンティーヌ)とは比較にならぬ絢爛豪華な都城、王宮をも凌ぐ広壮な邸宅群。その一角に、将軍ジスコーネの屋敷はあった。
 そして、眼前の卓上には、地中海世界全土から取り寄せた珍味が、所狭しと並べられている。なにぶん、現代の如く保存の利かない時代。この豊富な食材こそ、その人の権勢を示して余りあった。
「ははは。マッシュリの王子よ。我がカルタゴ国家は、貴君らの信義ある勇武に期待しておる。それとの引き換えならば、何を惜しもうか」
 ジスコーネは鷹揚にいった。事実、この程度の散財で、ヌミディア人の心を掴めるのならば安いものと思っていた。
「ありがたきお言葉」
「何か所望があれば申されるがよい。余が取り計らって進ぜよう」
「されば…」
 王子は、ちらとジスコーネの傍らを見た。そこには、妹のソフォニスバが控えていた。このとき、ようやく十一歳になったばかり。
「閣下の妹御をそれがしにくだされまいか」
「なんと申される」
 ジスコーネは驚いた。
「一目見て惚れ申した。なにとぞ、それがしの妻にいただきとうございます」
 マシニッサは、自身の心に真っ正直に申し入れた。
 ジスコーネは振り返った。
 ソフォニスバの頬がぽーっと上気していた。その姿は、可憐な花が色づいたようで、艶やかに映じた。
(なるほど…。まだまだ子供と思っていたが…。もう一人前の女となっていたか…)
「ふふ。ソフォニスバもあなたを気に入ったご様子」
「それでは…」
「ただ、ソフォニスバは十一になったばかり。五年ほどお待ちいただければと存ずるが」
「おお!ありがたきお言葉!」
 こうして、ジスコーネは、妹ソフォニスバを、マッシュリ族の王子マシニッサに嫁すことを約したのであった。
 マシニッサは大喜びし、カルタゴ国家への忠誠を約し、マッシュリに帰って行った。


 それからしばらくして。今度は、西のマサエシュリ族の王子シファクスがやってきた。
 ジスコーネは、これも大いに歓待した。
 マサエシュリ族は西アフリカの沿岸(今日のアルジェリア西部)を領有し、カルタゴ船舶の安全な運行には、この部族の協力が欠かせなかったのだ。
 ジスコーネは、盛んにもてなしたうえ、彼にもたずねた。
「何か所望のものがあれば遠慮なく申されよ」
 富裕な育ちの彼。物を惜しむところが全くなかった。
 しかし、シファクスの答えは、その彼ですら与えるものができないものであった。
「ソフォニスバ殿をいただきたい」
 こちらの王子もずばと欲するものを求めた。
「なんと」
 彼は、再び妹の姿を見た。やはり彼女は上気していた。
そう。妹ソフォニスバはまだ幼かった。あちらから言い寄られればあちらになびき、こちらから言い寄られればこちらになびく。少年少女の時代にはよくあることだ。
(これは…早計であったやも知れぬ…)
 ジスコーネはマシニッサに快諾したことを少し悔やんだが、もはや手遅れだ。
「まことに申し訳ないが…」
 既にマッシュリの王子マシニッサと婚約を交わしたゆえ、願いは叶えられぬと事情を説明した。
 シファクスは落胆した。
「左様ですか…よりによって…マシニッサと…」
 そう。シファクスのマサエシュリ族とマシニッサのマッシュリ族とは犬猿の間柄であった。北アフリカの草原の覇権を巡って昔から争ってきた。
 同じヌミディア人なのに、と思う向きがあるかもしれない。が、『ヌミディア』という言葉は、実はギリシア・ローマ人の呼称に過ぎない。『遊牧民』を意味するギリシア語(ノマデス)・ラテン語(ヌミダエ)に由来している。
 つまり、『遊牧民たち』と呼ばれる彼ら自身は、あくまでもマサエシュリ族、マッシュリ族として各々自立している存在なのである。
 その一方の王子の、いいようのない色に、ジスコーネは慌てた。
「我が妻が今身篭っておる。もし、それが女子ならば、貴公に嫁がせるであろう」
 彼は、未だ胎児の我が子までも出しにして、カルタゴの国益を守ろうとした。
 こうして、シファクスも手厚いもてなしを受けて、最後は機嫌よく国に帰って行った。


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