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スペインの古都トレド(古名トレトゥム)の街です。タグス(現タホ)川が蛇行しているのが分かります。
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イベリアの覇者ハンニバル
ハンニバルは丘に布陣し、じっとトレトゥムの城を睨んでいた。
少し離れた場所で、次弟ハシュドゥルバルと末弟マゴーネが、ひそひそ会話していた。
「マゴーネよ。兄上は、どうなさるおつもりかのう」
「さあて…。ただ、何かのお考えがあるのではと…」
「そんなことは分かっておる」
ハシュドゥルバルは苛々した口調となった。
「そなたは兄上と長年行動を共にしてきた。そなたなら分かるであろう、そう思って訊いているのだ」
「分かりませんよ。わたくしにも」
マゴーネは仏頂面になった。
「兄上は、アカデメイア遊学の折にも、ジスコーネ殿の勧めもどこ吹く風、学園には足を向けず、一人ソシュロス先生からギリシアの歴史の講義を熱心に受けていたのですから」
そのソシュロスは、今も、記録官としてハンニバルの傍らに控え、その人の言行を一分も漏らすまいとしていた。
「ふーむ」
ハシュドゥルバルは唸った。
「わたくしにも窺い知れぬ深慮がある、それしか分かりませんよ」
マゴーネは、どこか諦めたような口調でいった。
いつの間にか、兄ハンニバルは、兄弟たちからも畏敬の眼差しを向けられる、そんな存在になりつつあった。
「マゴーネ」
兄ハンニバルの呼ぶ声がした。
「は、はっ」
マゴーネは慌てて兄の許に駆け寄った。
「敵が背後から接近しているようだな」
「はい。我が軍がトレトゥムに兵を向けたことを知り、慌てて引き返してくる模様」
「なぜ、余がこの街に兵を向けたか。…そなたは分かるか」
「いえ…ここを攻め落とせば一挙に戦況が打開できるから、でしょうか?」
「安全にタグス川を渡河するためだ」
「え?」
マゴーネの目は点になった。
(それだけのために、こんな大がかりな城攻めを…)
「ふふふ」
ハンニバルは弟の呆気に取られた表情に笑った。
「そなたは、今宵、ひそかに象軍を率い南に川を渡れ」
「新カルタゴに退却するお心で?」
「勝利するためだ」
「それは…」
「象を安全に渡河さえさせれば、我が軍の大勝利なのだ。そなたは象を渡河させた後…」
ハンニバルは声を潜めた。
「なるほど!それは妙案!」
「象を渡河させるのは難渋する。慎重にいたせよ」
重戦車の如き象を渡河させるのは一仕事だ。手だれの象使いでも容易ではない。
「かしこまりましてございます」
マゴーネは、その夜、象軍と歩兵の一部隊を率いて、そっと陣を離れ南に進んだ。そして、川に筏の橋を架け、その上を、象をなだめすかして渡らせた。
翌日。
カルペタニ族の大軍が、いよいよカルタゴ軍の陣営に接近してきた。
ここで決戦する肚を固めたものであろう。隊列を整え、槍を構え、いつでも突撃できる態勢のまま、歩を進めてくる。
「うまくいけば、城兵と挟み撃ちにできる」
「そうなれば、ハンニバルとてどうにもなるまい」
「一挙にイベリアの覇者となるのだ」
その興奮が、カルペタニ族とその同盟部族の兵の士気を異様に高めていた。いや、カルタゴ兵の華麗な装備に、略奪の欲望も手伝っていたに違いない。
(カルタゴ本陣には金銀が唸っているに違いない)
そんな餓狼にも似た欲望だ。
この時代、略奪は不法でも何でもない。勝利者は全てを奪うことができる。それが戦いの厳然たる掟である。
その時である。カルタゴの陣の門が突如開かれ、兵が大挙溢れるように出てきた。
「おっ、カルタゴ兵が出て来たぞ」
「迎撃する気か」
が、カルタゴ兵は前方のカルペタニ族は眼中にないかのように、東の方角に向かって進み始めた。
予め十二分に準備していたものであろう。陣から出てくる兵は、隊列を整え、機敏な動きで走っていく。
「おお!ハンニバル軍が逃げていくぞ!」
「追え!追うのだ!」
カルペタニ族の兵は勇躍して追撃態勢に入った。
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