新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第4章ローマの章

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 平和と戦争の襞
 間もなく。
 ローマ使節団の正使ファビウス、副使パウルス、サリナトルが元老院議場に招かれた。
 議場の戸口には、決定的な瞬間を見ようと、大勢の市民が詰めかけ、興奮した熱気を充満させていた。
 その人々の垣根を通り、議場へと入った。
 ファビウスは、右に左に、視線を遣った。
(ジスコーネがいない…策は破れたか…)
 最上段にあって、彼を迎えるのは、スフェス(行政長官)のボミルカル、その左右にはミュルカノス、バルモカル。バルカ党の大物たちがずらりと並んでいた。



「ローマの代表よ。我が国に申し述べたいことあらば、今一度訊こう」
 バルモカルが横柄な口調でいった。
 かつて、敗者としてローマに和を乞うた、あの時の弱々しさは微塵もない。
 ハンニバルの強大な軍事力を背景に、誰もが異様な自信を膨らませていた。
「…では」
 ファビウスは登壇した。
 もう望みはない。それは分かっていた。
 しかし、言わずにはおられない。この機会しかないのだ。
「カルタゴの人々よ」
 静かに語りかけた。
「後に戻るのはこの機会のみ。それゆえ、今一度申し上げる」
 ファビウスは、ローマとの友好を思い出すよう故事を引き合いに訴えた。
「ピュロスとの戦いでは、両国は同盟を結んだ。我らは共存できる筈」
 そして、今の平和を大事に思うのならば、ハンニバルの行動を認めず、身柄を引き渡すことを重ねて要求した。
「ならば、我がローマとカルタゴは、これから長きにわたり、平和と繁栄を共有できることであろう」
 が、彼が懸命に演説する間、バルカ党の議員はヤジを飛ばし、罵詈雑言を浴びせた。
「身勝手なことを申すな!」
「そうだ!」
「ハンニバル殿を引き渡すなどもってのほか!」
「我がカルタゴに非は無し!」
 まるで聞く耳を持たなかった。



 今はと、ファビウスは、トーガの胸元をぎゅっと掴んだ。
「私は、ここに二つのものを持っている」
「それは何か?」
 ミュルカノスが問うた。
「一つは平和。もう一つは戦争である」
「ほう。面白い。…して?」
「いずれを取り出すべきか、選ぶのは諸君である。我らは、それを受けて立つであろう」
「ほう」
 ミュルカノスとバルモカルは、にやとした。
 ボミルカルは、顔をこわばらせている。
「我がカルタゴは、貴公が望むいずれでも受けて立つ。貴公は何を選ぶ」
 バルモカルが迫ると、ファビウスは凛とした眉を見せた。
 そして、只一言。
「戦いを」
 それは宣戦の布告であった。
「よかろう!受けて立とう!」
 バルモカルの自信に満ちた声が響くと、議場全体にどっと歓声が上がった。



 ファビウスらローマ代表団は、カルタゴの地を後にした。
 その船影を、いつまでも見詰めている男がいた。
 ジスコーネである。
「プブリウス君…」
 北の空に向かって、彼は友の名を呼んだ。
「やはり…我らはこうなるしかないのか」
 彼はいつまでも佇んでいた。ローマの船影は、やがておぼろに、かすんでいく。
(希望が…消えていく…)
 彼はいつまでもそこにあった。



 ここに、ローマとカルタゴは、再び戦火を交えることとなった。
 紀元前218年春のことである。
 両国の人々は、この時を境に、戦いに向け猛烈に邁進する。明日の勝利を信じて。
 それは長い長い戦いの始まりであった。



 第4章ローマの章終り。第5章アルプスの章へ続く。


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 歩み(続き)
(そういうことか…くだらぬ)
 ジスコーネは舌打ちした。
(が、バルカ党の議員は二十人程度。こんな愚策では、大した時間稼ぎにもなるまい)
 既に、半数の議員が投票を終えているのだ。
 が、その予測は見事に裏切られた。
 ヒミルコは、この戦術を打つ前に従者を走らせていたものであろう。やがて、バルカ党の議員たちが、一大事出来とばかりに、息せき切って駆け込み始めたからだ。
(くそっ)
 今度はジスコーネが焦り出した。
 このままでは逆転されてしまう。



「おいっ!早く投票しないか!」
 堪え切れず、ついに苛々と注意した。
 その彼を、ヒミルコがジロと睨んだ。
「なにを」
「このような児戯にも似た振る舞い、貴様、恥しくないのか」
 ジスコーネ、爆発しそうになる感情を懸命に自制していたが、焦燥感からか、言葉がみるみる激していく。
「黙れ、ジスコーネ」
 そう言ったのは、今駆け付けたばかりの、バルカ党の重鎮ミュルカノス。
 よほど急いで来たものであろう。肩で息をしていた。ただ、憤っていたのか、眉吊り上げ、唇を歪めていた。
「このような騙し討ちにも似た議決こそ恥知らず。その上、縁戚に連なる御仁を裏切るとは…貴様こそ正気か。汝こそ恥を知るがよい」
 その罵りに、ジスコーネ、とうとう堪忍袋の緒がぶちと切れた。
「黙れ!ミュルカノス!」
「なに、無礼であろう。その物言いは」
 そう。ミュルカノスの方がかなりの年長であった。


「何が無礼か!」
 ジスコーネ、烈火の形相となった。
 祖国の安全を計るため、ありったけの知恵を絞り、苦衷を重ねに重ねた策。
(人の苦心も理解しようとせずハンニバル一人を崇拝し事足れりとする…愚かな)
 その暗愚な面を張り倒したい衝動に駆られた。現にジスコーネの拳はぶるぶる震えていた。ここが戦陣ならば、抜刀していたに違いなかった。
「私事を優先し国事を計るなど国賊の所業ぞ!このジスコーネ、縁戚云々などで国事を誤る愚か者ではない!貴様ら如き軽薄者ではないのだ!」
 ついに、思いのたけを吐き出してしまった。
「な、なんだと」
「言わせておけば…」「許さぬ」
 途端、議場は収拾のつかぬ事態となった。
 罵り合い、果ては両党派の乱闘となった。
 そして…



「議員ジスコーネ殿の議案は、反対多数により否決されました」
 ボミルカルの、か細い声が議場に響いた。
 バルカ党の議員たちはやんやと喝采した。
 それは和平の望みが断たれた瞬間だった。

歩み−ローマの章50


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 歩み 
 一方、バルカ党の人々は明らかにうろたえを見せていた。
 彼らは、国内は、対ローマ強硬路線で固まったと思い、今日の会議も重視せず、同志たちにろくろく参集も呼びかけていなかったのだ。
「このままではまずい…」
 ヒミルコは焦った。
 彼は立ちあがると、バルカ党の同志たちの間を、あることを囁いて回っている。
(む…ヒミルコめ…何を動いている)
 ジスコーネは眉間に皺を寄せた。
 既に、採決は始まっていた。ハンノン党の議員が投票箱に木札をからんと投じていく。
(いかに企もうと、もうこちらのものだ)
 そう。何度も目算し、自派の議員数の多いことを確認していた彼なのだ。
(まずは、ハンニバルから、大義の衣を剥ぎ取らねばならぬ)
 いかに絶大な権力者とはいえ、その公の立場はイベリア総督。祖国カルタゴの同意なくば、ローマと戦うことに大義が立たない。
 ハンニバルも一度立ち止まらざるを得ないであろう。
(そこで彼と正面向き合い、肝胆相照らし打開策を協議すればよい。なんの、いくらでも策はある)



 間もなく、バルカ党の議員たちの順となった。
 一人が、投票札を手にすっくと立ち上がった。
(おや)
 ハンノン党の議員たちは首をかしげた。
 その議員は、投票箱のある演壇になかなか上がろうとしなかったからだ。
「どうなされました?」
 議長のボミルカルが訊ねると、
「熟慮しながら歩んでまいりますゆえ」と言うばかり。
 よおく見ると進んでいるのだが、立ち止っているに等しい遅さであった。蝸牛が進むが如くである。
 続く議員たちも、のろのろと腰を上げると、前者に倣い、少しずつ少しずつ、行程を惜しむが如くに足を進めた。
「お早く投票願います」
 議長の声も無視を決め込み、遅々と行列をなした。
 バルカ党は、議事の妨害に打って出たものだった。



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 ハンノンの演説(続き)
「その昔、対立したハミルカルは貿易を、余は農業を国家の主柱とすべきであるとした。大そういがみ合いもした。彼は、余に斬りかかってきたことすらあった」
 大ハンノンは苦笑いを浮かべた。
 傭兵の乱の折り、采配を巡り諍いとなり、ハミルカルは思わず抜刀した。
「が、いずれも国を思っての主張であった。ハミルカルが、その後、イベリアに進出したのも、鉱山から上がる金銀により祖国繁栄をもたらすため。即ち、我らが行動を正当化するのは、ただ一つ、祖国のためになるかどうか、それだけなのである」
 そこで、彼は、再び議場全体を見回した。
「ならば、ハンニバルの行動が何を帰結するか。このまま放置すれば、ハンニバルは独断でローマと戦うであろう。それは、この祖国カルタゴを危うくするものでしかない。なにゆえか。シチリアは既にローマの勢力下にあり、西地中海もローマの支配下にある。それゆえに…」
 彼の眼光は鋭くなった。
「ハンニバルの行動は認められない。祖国の安全を脅かす、その一点で許されぬことなのだ。ゆえに、彼の行動を認めぬ決議を上げることはローマに怯えてのことではない。祖国の繁栄のため、祖国の存続のためのものなのだ」
 さすがに大ハンノンである。理路整然とハンニバルを弾劾した。
 議場は静まり返った。バルカ党の者からも声が上がらない。
 彼らは、党首ハンニバルの行動を称揚するあまり、党首の行動を十分に吟味してこなかったものであろう。



「しかし…」
 青年貴族ヒミルコが立ちあがった。
「このまま時過ぎれば、我がカルタゴは、必ずやローマにしてやられる」
 強弱こそあれ、この危機感こそが、バルカ党を束ねる意識となっていた。
「ハンニバル殿はその見通しの下で立ちあがられたものと存ずる。ならば、機先を制して行動することは、まことに理に適ったもの。我らは、ハンニバル殿の行動を認め、全力で支援すべきである」
 ヒミルコは力説した。が、ハンノンは、
「無用である」と一言の下に退けた。
「なにゆえか」
「我がカルタゴとローマは、先の講和条約締結以降、ずっと友好のまま推移している。それは、我らはアフリカとイベリアの地を、彼らはイタリアの地とシチリアを、互いに領分を弁えていたからである」
「…しかし、ローマが攻め寄せて来るやも知れぬではないか」
「両国の間にはリュビア海(地中海)があり、イベリアとイタリアの間にもガリアの地が横たわる。俄かに攻め寄せることは難しい。ローマの脅威など、汝らが作り出した幻影に過ぎぬ」
 最長老ハンノン、青年貴族の血気の反論など物ともせず、たちまち一蹴した。
 バルカ党は押し黙った。


(よし…これで採決に入れば…)
 ジスコーネは、腕組みして、見通しを立てていた。
 彼は、ハンニバルとの関係悪化も厭わず、ここはハンニバルの行動に法的承認を与えない決議を上げることで、ローマ代表団を納得させようとしていた。しかる後に、バルカ家との協議に臨み、ハンニバルの独走を止めようと考えていた。
(やはり、ここは戦いに打って出るべきではない)
 妹ソフォニスバの意見に、一度は戦いしかないと心が傾いたが、ローマ代表ファビウスの落ち着き、その的確な識見に、和平に再び望みを託すようになっていたのだ。
 だから、ハンノン党の面々に総動員をかけ、今日の会議に臨んでいた。


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 ハンノンの演説 
 二人が議場に戻ると、早くも怒号が飛び交っていた。
「この売国奴め!」
 バルカ党が罵りに、ハンノン党も負けずに言い返す。
「国家を危地に追いやる者のどこが愛国なのか!」
 なかには席を離れ襟髪掴み合い、乱闘に及ぶ者もいた。
「静まれ!」「静粛にいたせ!」
 ボミルカルとジスコーネは両者を引き離し、懸命になだめた。
 が、人の良い貴族ボミルカルに鎮める力なく、ジスコーネは若年と侮られ、皆、見向きもしない。
 その時。
「いい加減にいたせ!ここは、神聖なるカルタゴ元老院の議事堂であるぞ!」
 一喝したのは大ハンノン。
 この元老院の主の如き彼の一声で、ようやく落ち着きを取り戻していった。



「それでは、早速採決に入ります」
 議長席に戻ったボミルカルは、伏し目がちに議事再開を宣した。彼とすれば、自派を裏切る形となる厄介事、すぐに片付けたかったものであろう。
「待たれよ!」
 怒気を含んだ声で制止したのは、バルカ党の青年貴族ヒミルコ。
「まずは、議案の当否を審議すべきだ!それもなしに採決など暴挙であろうぞ!」
 議長のボミルカルは、その語気に気押され、顔をこわばらせた。そして、縋るようにジスコーネの方を見ると、その彼は小さく頷いた。
 ジスコーネは、隣に座る大ハンノンに囁いた。すると、我が意を得たりと、大ハンノンが立ち上がった。



「動議を提出したのは議員ジスコーネであるが、この余が、趣旨を説明いたそう」
 大ハンノンが登壇した。
 カルタゴの歴史に、内地派の総帥として現れて二十余年。かつて対立した、海外派の雄ハミルカルは既にこの世の人ではない。すなわち、彼こそが、このカルタゴ最大の元老。対立するバルカ党の者どもも、一目置かざるを得ない存在であった。
 その彼、腹に響く声で、朗々と演説を始めた。
「誰しもが同意することと思うが、我らが、意思決定をするときに、まず心に留め置かねばならぬこと、それはこのカルタゴ国家の存続、そして繁栄のことである」
 そこで、ぎろと議員たちの顔を睨み据えた。
 最近のバルカ党議員の狂騒に、苦情を述べているものであろう。
「我がカルタゴの繁栄は、建国より事としてきた海洋貿易、そして、農園経営、鉱山開発、この三本の柱で支えられている」
 カルタゴは、伝説の女王エリッサによる建国当時、現地の王より土地を借り受けたことから始まる。だから、街を囲む城壁の外は、もう異国であった。彼らの生きる道は、ただ一つ、貿易しかなかった。
 その後、富強となったカルタゴは、内陸に領土を拡張し肥沃な大地を獲得した。農業が新たな産業となった。
 そして、イベリア進出に伴い、鉱山開発が盛んとなり、産出される金銀がカルタゴの国庫を潤沢にした。ローマへの賠償金も、ここから捻出されたのだ。


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