新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第4章ローマの章

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 筋道を通す 
「こいつ、離せ!離せったら!」
 プブリウスは、手足をばたつかせ、腕を振りほどこうと、もがいた。
 が、その腕は、有無を言わさず、彼の体をずるずる引きずっていく。
 使節団の控え室に至り扉が閉められると、その腕がすっと解かれた。
「申し訳ございませぬ。御曹司」
 腕の主は、深々と頭を下げた。
 ラエリウスであった。
「何だ。君だったのか」
 プブリウスは、やれやれと首筋をさすった。そして、安堵したものか、
「随分乱暴じゃないか」と、今度は苦情を述べた。
「は。御曹司のこと、必ず無茶をするに違いないとフラミニウス閣下の仰せに従い、控えておりました」
 顔を上げたラエリウス、にこと笑みを浮かべた。


 そう。プブリウスが、今回の使節団一行に紛れこめたのは、監察官フラミニウスに頼み込んでのこと。
「お主の父上スキピオ殿に頼めば良いではないか」
 フラミニウスは、はじめ難色を示した。
「いえ、あの父が許す筈がありません。かかること」
「では、なおさら許可する訳にはいかんではないか」
 子の行状の監督権は、全て父親に帰属する。
「そこを英邁なる閣下の御力に縋るのでございます」
 プブリウス、得意の褒め殺しにかかった。
「また、そのようなことを」
「いえ、本当でございます」
 プブリウスは、その後も、あらん限りの美辞麗句を並べたて、ついにフラミニウスの許しを得て、従者の一人に加えられたものだ。父スキピオには内緒で。
 が、当然のことながら、フラミニウスは釘を刺してきた。
「お主は、あくまでも従者であるぞ。そのことを忘れるなよ」
「勿論でございます。大人しく成り行きを見守っております」
 素直にそう答えておいたプブリウスであったが、フラミニウスはそれを鵜呑みにせず、見習士官ラエリウスに言い含めておいたものらしい。


「ちぇっ。フラミニウス殿はお見通しであったか」
「はい。あの御曹司が大人しくしている訳がないと仰せになられ、万が一のときは取り押さえよと厳命されました」
 ラエリウスは笑った。
「でもな、ラエリウス」
「はい」
「これは最後の機会かも知れなかったのだぞ」
「最後…とは何の?」
「平和に戻る機会だ」
「平和、どういうことにございます?」
 ラエリウスは、きょとんとして首をかしげた。
 彼にとっては、奴隷の境遇から解放してくれた恩人フラミニウスの命令は絶対。それ以外のことに頓着していないのであろう。
 プブリウスは苦笑した。
「まあ、お前にこんなことを言っても仕方がない。どうせ、国政に携わる父やフラミニウス殿がお決めになることだからな」
 そういうと、彼は、ふてくされたように長椅子に寝転がった。
 そして、大胆不敵にも、寝息を立てて、眠り込んでしまった。


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 大義と大義(さらに続き)
「お待ちを!」
 突然、部屋に大きな声が響いた。
 その途端、ローマ使節団の後ろの列から一人飛び出した。
「あっ、お前は!」
 スキピオは仰天した。
 それは彼の息子プブリウスであった。従者に扮し、密かに使節団に紛れていたものだ。
「ハンニバル殿!お待ちあれ!」
 その血相は変わっていた。
「今ここで突っぱねれば、長き戦いに突入することになろう。それは、両国とその民にとって大いなる不幸。今一度、ご再考あれ」
 プブリウス、ギリシア語でまくしたてた。
 意外な展開に、座が一瞬、静まり返った。
 ハンニバルは、その少年の顔を見詰めた。
「君はアカデメイアにいた…」
「そうです。プブリウスです」
 プブリウスは、希望の光を目に宿した。
(これは、野獣の欲望に囚われた人間の目ではない)
 そう思ったからだ。
「ハンニバル殿、なにとぞ…」
 プブリウスは、さらに前ににじり寄り、言い募ろうとした。


 と、その時。
「その者をつまみ出せ!」
 フラミニウスの一喝が響いた。
 声と同時に、一人の従者がプブリウスの体をがっしと捉えた。
「は、離せ」
 が、その従者は問答無用で、プブリウスの体を羽交い絞めにすると、そのまま引きずっていく。
「ハンニバル殿!再考あれ!さもなくば、カルタゴの人々は、必ず…必ず悔いることになりましょうぞ!」
 プブリウスは、なおも叫び続けた。ギリシア語で。
 ハンニバルは、その様を静かな瞳のまま見送った。


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 大義と大義(続き)
 スキピオとフラミニウスは、一切口を挟まなかった。いや、挟む必要もなかった。
(これは好都合。こちらの思うつぼになって来たぞ)
 フラミニウスは、しめしめと思っていた。


「総督閣下」
「なんです」
「そのような要求あることは心に留め置きましょう。が、私が申しておるのは、そのような原因ではありませぬ。結果にございます」
「結果とは何だ」
「閣下の軍が、我が同盟国の領土を侵犯しているとの結果です。そのような結果に至る前に今の要求あれば、どれほど我が国の対応は違ったでしょう。が、閣下は問答無用にサグントゥムを攻撃し、今なお包囲しておられます」
「だから何だと申す」
「これは、その原因とされているものが、ただの口実ではないか、そう疑うものです」
 ファビウスも、特に感情の起伏見せることなく、静かに反論した。


「ふふふ。ふはははは」
 ハンニバルは笑った。
「何がおかしいのです」
「原因を見ねば、野獣の欲望と正義の制裁との区別はつくまい。長老ほどの人物がそれを弁えぬのがおかしいのよ」
「わたくしは、その原因をあげつらう時は過ぎたと申しておるのです」
「では、どうせよと申す」
「もし、正義の戦いだと申されるのならば、速やかに撤兵し、その上で我がローマ政府と交渉なされるべきでございましょう。ならば、我らとて原因の究明に協力するにやぶさかではありませぬ」
 ファビウス、淡々と理を尽くして語りかけた。


「長老」
「はい」
「時が過ぎたとは余の言い分」
「それはいかなる理由ですか」
「ローマは、自ら正す時が与えられていたのだ。なのに、それを正さず、今日まで不法を放置してきた。余は、そなたら元老院が重い腰を上げるまで、不法を捨て置くほど気は長くないのだ」
「では、どうあっても撤退はなさらぬ、と」
「そうだ。サグントゥムの不正義は、サグントゥム自身が購うべきなのだ。」
 ハンニバルとファビウス、互いに一歩も譲らなかった。
 このまま決裂か。空気が張り詰めた。


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 大義と大義 
 しばしの休息の後、ハンニバルは、すぐに引見した。サグントゥム攻囲戦の指揮を取らねばならぬ彼、とても忙しいのだ。
「ようこそお出でになられた、ローマの人々よ」
 現れた彼を見たとき、ファビウスとフラミニウスはぎょっとした。
(これは…ハミルカルに生き写しだ)
 そう。二人は、彼の父ハミルカルと面識があった。


 内心の動揺を鎮めると、ファビウスは常の穏やかな調子で挨拶した。
「お初にお目にかかる。わたくしがこの使節団の団長ファビウスにございます」
「あなたがローマの長老か。父上から伺っております」
 ハンニバル、滅多に見せない柔和な笑みを浮かべた。
 その笑顔も、かつてのハミルカルそのままであった。
「わたくしもハミルカル殿から貴殿のことを伺っておりました」
 父ハミルカルは、先の講和条約締結の際、ローマを訪問し、有力家門の招待を受けたことがある。その中に、ファビウス家もあったのだ。


「…して、長老がかかる遠方にお運びなされたのはどのような御用件あってのことか」
 語調もハミルカルの如き威厳を響かせた。
 ファビウス、少し気押される心地がした。
が、そこはローマ貴顕の堅牢な気質である。微塵もそんな色を見せず、むしろ、昂然と胸を反らせた。
「無論、サグントゥムの件にございます」
「同盟国を何故攻撃するのか、と申すか」
「はい。このことは、前総督ハシュドゥルバル殿とも約束していたこと。ハシュドゥルバル殿は、イベル川を越えないこと、ローマの同盟国を攻撃しないことを明快に約束なされました」
「ふうむ」
 ハンニバルは、少し考えにふけっていたが、おもむろに立ち上がった。
「無論、余にも言い分はある」
「それはどのようなことで?」
「サグントゥム内乱の始末だ」
 そう。一年ほど前、親ローマ派市民が突如決起し、親カルタゴ派市民を捕え、皆殺しに出るという挙に出た。それを指しているものであろう。


「我がカルタゴに心寄せる者たちは、頻々と我らの救援を求めておった。が、余はローマとの盟約を重んじ、動かなかったもの。しかるに、その後のローマの仕置きはどうだ。暴挙に出た者をお構いなしとした。余が、かかる非道を黙過すると思ったら大間違いであるぞ」
 ハンニバル、語気を荒げるでもなく、淡々と自らの行動の正当性を訴えた。
「サグントゥム市民と我らに非ありと申されるか」
「そうだ。この非を正さずして、正道はあり得ぬ」
 しんと静まり返った。
 それは、ハンニバルとファビウス、両雄の剣を持たぬ対決であった。


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 新カルタゴ訪問(さらに続き)
 ローマ使節団は、用意された馬車に乗り込んだ。
 総督政府の命令であろう。通りには人っ子一人いない。
 その中を馬車ががらがら進んで行く。
「ハンニバル、恐るべし」
 ファビウスは呟いた。
「何かありましたか」
 フラミニウスが訊いた。
「監察官殿、道をご覧あれ」
 窓からにゅっと頭を出し、見回したフラミニウス、すぐに首をひっこめた。
「別段、何もありませぬが」
「それよ」
「はあ?」
「ようく御覧なられよ。塵一つ落ちていないであろうが」
「確かに掃き清められていますな。…でも、それが何か」
「街が美しい、それだけで国の力が知れるというものだ」
 ファビウスはしみじみと言った。
 大国か否か、それはすぐに分かること。
 街がきれいか否か。美観を保っているか否かだ。
 そのことだけで、ほぼ見通すことができる。現代も同じこと。衛生状態が良いということ、つまり国民が健康であるということだ。そして、美観維持を支える人材がいて、そのための国富が蓄えられているということだからだ。


 ファビウスは、揺れる馬車の中にあっても観察怠らず、見極めようとしていた。
(相手の大きさを知って、はじめてどのように対峙するか、その方途が分かるもの)
 彼は、他人から慎重に過ぎるとよく言われる。
 が、彼からすれば、この言葉は心外であった。
(相手を知らずして敵対することほど危ういものはない。ハンニバルの大きさをしかと確かめ、それから方針を決しても遅くはない)
 その信念であった。
 それは、この使節団派遣を決める前と後で、いささかも揺らいでいない。


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