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宴の陰で
その夜。パウルス家では、主人パウルスの凱旋を祝い、盛大な宴が催された。
屋敷には、ローマ中の貴顕や有力者が招待された。
盟友であるプブリウスの父スキピオやフラミニウスは当然のこと、元老院で対立している、ファビウスやクラウディウス一門も招かれていた。そして、普段と異なり、誰もが歓談を交わしている。
「いや、お見事な勝利です」
「これで東方は安泰ですな」
ファビウスはじめ保守派議員たちも、この時ばかりは賞賛を惜しまなかった。
元老院が一致して心配していたのは、西方のハンニバルの動きが活発になるなか、東方のイリュリアの騒乱が長引くことであった。
そして、こんな懸念が彼らをとらえ始めていた。
「もし、ハンニバルとデメトリオスが手を結べば一大事」
その不安が、すかっと一掃されたのだ。党派の別なく安堵するのは当然と言えば当然であった。
「パウルス閣下、戦勝おめでとうございます」
その声にパウルスは振り向くと、大らかな笑みを見せた。
「おお。プブリウス君か。すっかり見違えたな」
「遊学中、随分迷惑をおかけしてしまいまして」
プブリウス、至って神妙な面持ちであった。
「ははは。随分としおらしいではないか」
パウルスは気持ちよさそうに笑った。
「さぞや閣下を驚かせてしまったのではないかと」
「確かに…新しい娘が我が家に突然やって来たのには驚いた」
「申し訳ございません。閣下の外、頼るお方が思いつかず…」
プブリウス、珍しく、素直に詫びた。
クレオメネスの願い、スキピオ家の事情、その全てを勘案して編み出した策だったが、パウルスに迷惑をかけたのは疑いのない事実。
「ふふふ。迷惑ではない。光栄なこと。なにしろ、ラケダイモン王家の息女を託されたのだからの」
「そう仰せ下さいますと、多少、心落ち着きます」
「なんの。むしろ感謝しておるのだ。そなたには」
パウルスはしみじみといった。
「あの娘の気立てにはどれほど心安らいだことか。心の裡では、孤独に、望郷に、さぞ苦しんだことだろう。が、それを余の前では微塵も見せなかった。ローマの女であろうと努めてくれた」
「はい」
「我がパウルス家のアエミリアを、宜しく頼むぞ」
その言葉は、庇護者のそれではない。父としての、未来の婿に対するものであった。
プブリウス、自然と背筋を正し、きっぱり答えた。
「かしこまりましてございます。必ずや」
「よし」
パウルスは、ぐっとプブリウスの肩を握った。
そこに、話題の主、アエミリアが姿を見せた。
彼女は、家人に交じり、給仕を手伝っていた。
「まあ、お二方、何を楽しげにお話しされていますの」
ぶどう酒の入ったグラスを二人に渡しながら訊いた。
「そなたのことだ」
パウルスは、意味ありげに微笑した。
「まあ、わたくしの…」
「そうです。ご息女の至らぬ所を、縷々お父上から聞かされました。甚だ閉口です」
プブリウス、ぬけぬけ出まかせを吐いた。
「なんですの。わたくしの至らぬ所とは」
アエミリウスは、その美しい眉間を寄せた。
プブリウスは、ぐっとその顔を彼女に寄せ、にっと笑った。
「泣きべそなところですよ」
「な、なんですって」
「だって、凱旋式では涙に暮れていたというではないですか」
そう。アエミリアは、凱旋式の際に掛けられた養父パウルスの言葉に、また、ローマ市民の喝采を全身に浴び、感動抑えきれず、涙が止まらなかったものだ。
(これでわたくしはローマの女になれた。力強く生きていくことができる)
それは、亡きクレオメネスに対する、大きなはなむけになったと思ったのだ。
「もう十分泣きましたか」
プブリウスは大きな瞳を見せて訊いた。
それは、実父クレオメネスの死の悲しみは癒えたか、そう訊いているのだ。
それはアエミリアにも通じたと見え、彼女はにっこりとした。
最愛の父の死に、一時は心折れそうになったアエミリア。が、今は違った。
「十分泣きました。もう、無用に涙することはありますまい。ラケダイモンの生まれですゆえ。そして…」
アエミリアはパウルスの顔を見た。
「この父パウルスの娘ですゆえ」
「なるほど」
プブリウスは感に堪えたようになった。
「パウルス閣下。ご息女は、立派なローマの女になられたようですぞ」
泣きべそと言ったくせに、いつの間にかプブリウスの眼が赤くなっていた。
アエミリア、それを目ざとく見つけた。
「あら。プブリウス殿、泣いてらっしゃるのですか」
「泣いていませんよ」
「その目から出ているのは」
「汗です」
が、このままで滴り落ちると思ったのであろう。慌てて顔を上にそむけた。
「目から汗が出るのですか」
アエミリアがおかしそうに言った。が、彼女もうっすら涙していた。
「出るのですよ。ギリシア人の学者がそう言っていました。だから間違いありません」
顔をそむけたまま、プブリウス、頑として言い張った。
「ほほほ。そのギリシアの学者は、きっとインチキ学者ですわ」
二人のやり取りを微笑んでみていたパウルス、その瞳にも熱いものが湛えられていた。
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