新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第4章ローマの章

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 方便(さらに続き)
「ボミルカル殿。これしかないのだ」
 部屋に入るなり切り出した。
「ば、馬鹿な。この私がハンニバル殿を裏切ることができるわけがなかろう」
「これは方便だ」
「え?」
「ハンニバル殿はここにはいない。即ち、決議を上げたとしても、ハンニバル殿の身柄をローマに引渡すことにはならぬ」
「あ…」
 ボミルカルは口をポカンと開けた。良家育ちの彼、こんな芸当は思いつきもしなかったものらしい。



「なるほど…そういうことでござるか」
「そうだ」
 ジスコーネは強く頷いた。
「ここはローマの顔を立て、ハンニバルを非難する決議を上げるのだ。我がカルタゴ本国は与り知らぬこと、と。そして、ローマの開戦の大義名分を封じ、時間を稼ぐのだ。その間にハンニバル殿と善後策を協議する」
「な、なるほど」
 ボミルカルはようやく得心した。



「されど、方便とはいえ、バルカ党の者どもが納得するか…」
「だから、この早朝に招集したのだ」
「あ…」
 ボミルカルは再び口をあんぐりさせた。
「…そういうことでござったか」
「そうよ。我らがハンノン党は少数。バルカ党の面々が少ない時でなければ、いかに方便とはいえ可決の見通しは立たぬ。それゆえすぐに採決だ」
「…なるほど」
「採決の後、貴殿はバルカ党の面々に事情を説明いたせ。貴殿がこのことで責められることはなかろう。もし何かあれば、私自らハンニバル殿に説明いたし、貴殿の顔が立つようとり図ろう」
 ここまで言葉を尽くし、ジスコーネは、ようやくボミルカルをその気にさせることに成功した。



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 方便(続き)
「さて、今日お集まりいただいたのは、対ローマの方針、についてである」
 ボミルカルは、ローマ側がカルタゴの条約違反を主張し、ローマとの友好関係を維持するつもりならば、条約を侵したハンニバルの身柄を引渡すよう要求していること、以上を簡潔に説明した。
「そのようなこと認められぬ!」
「そうだ!ハンニバル殿は我が国の英雄!」
「国の主柱であるぞ!」
「断固、ローマの要求を拒むべきである!」
 バルカ党の議員たちが騒ぎたてた。



「待たれよ!」
 ジスコーネが立ち上がった。
「私は、ここに緊急の動議を提出する」
 議員の視線が一斉に彼に集まった。
 ジスコーネ、眦を決し、一気に言葉を迸らせた。
「ここでローマとの交渉が決裂すれば、それは直ちに戦火への道。祖国を危うくするものである。そこで、我が元老院は、ハンニバルの行動を認めず、との決議を上げることを提案する!」
「な、なにっ」「なんだと!」
 異様な声が上がり、次の瞬間、議場全体が騒然となった。
「馬鹿な!」
「気でもふれられたか!ジスコーネ殿!」
「あなたは、ハンノン党とはいえ、ハンニバル殿と縁戚ではないか!」
 ジスコーネ、それらの面々をぐっと睨みつけた。
「そんなことは私のこと。それにより国家の道を誤ってなんとしよう」
 騒ぎ立てる彼らを一蹴した。



 ジスコーネ、呆然とするボミルカルを促した。
「さあ、ボミルカル殿、決を採ろう」
「そ、そんなことできぬ」
 ボミルカルはうろたえを見せた。
 彼は、この本国のバルカ党の代表。その彼が、党首のハンニバルを売り渡すなどできる訳がない。
「ボミルカル殿、こちらへ」
「え…でも」
「いいから、こちらに参られよ」
 ジスコーネは、スフェスの官服の袖をぐいと引っ張り、半ば引きずるようにして、ボミルカルを控室に連れて行った。

方便−ローマの章48


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 方便 
 翌早朝、突然、カルタゴ元老院が招集された。
「何だ、こんな早朝に」
 議員たちは、ひいふう言いながら、議事堂のあるビュルサの丘へ登って来た。
「議題は何だ?」
「ローマとの交渉が議題となるそうな」
「それならば、ボミルカルとジスコーネが当たっていることなのではないか」
「いまさら何を審議するというのか」
 ちなみに、元老院議員たちの多くが、大商人やら代々の世襲議員たち。しかも、任期は終身。ローマの如き監察官(ケンソル)による素行審査もない。即ち、特権階層の集まりで、国難に際しても危機感に乏しく、必然、その動きも鈍かった。
 今も、集まって来る議員たちは、まばらであった。



「ボミルカル殿、審議を始めよう」
 ジスコーネは苛々と促した。
「されど…まだ議員たちが集まって来ておらぬ」
 ボミルカルは当惑した。
「この国難に際し惰眠を貪る者など、待つ必要はない」
 ジスコーネは吐き捨てるようにいった。
 彼は、カルタゴ国家迷走の元凶の一つが、この元老院であると思っていた。
 かつてピュロスの側臣キネアスが、ローマ元老院を評し『王者の集いの如し』と感嘆したが、カルタゴ元老院はその対極にあった。
 ここには怠惰と無能が沈殿していた。議員たちは政争に夢中となり、その挙句、遠征中の軍指揮官の足を引っ張ることなど日常茶飯事。
(かつての対ローマ戦に敗北したのも、我が父が無残な最期を遂げたのも、ここにいる者どもの無能な振る舞いによるもの)
 ジスコーネは、そう思っていた。
 もっとも、彼の父の非業の死は、大ハンノンの横柄な行動にも起因する。が、彼には幼少の時期を庇護してもらった恩がある。だから、彼の行動については、不問に付すことに決めていた。
(ハミルカル殿が祖国を離れ、イベリアに向かったのも、この元老院の統制から解き放たれるため)
 とはいえ、ここが依然カルタゴの国権の最高機関であることは間違いない。ために、この場を無視して国事を進めることはできない。



「定刻となりました。それでは議事を始めます」
 議長を務めるスフェス(行政長官)のボミルカルが開会を宣言した。
 すると、議員の一部がざわめいた。
「まだ議員が集まっていないぞ」
 議場を見回すと、ハンノン党の議員はほぼ揃っていたが、バルカ党の議員がまるで集まっていない。
 ジスコーネは、その議員の方をじろと睨んだ。
「この国難の折、定刻に参集せぬとは不届き千万。そんな者どもに配慮する必要はない」
 厳しく言い放った。
 異議を述べた議員は明らかに年長であったが、理は明らかにジスコーネにある。
「若造め」という色を浮かべたが、押し黙った。


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 市民同士(続き)
 ファビウスは、出立前の自国の政治状況を思い浮かべていた。
 カルタゴとの開戦を望む声が日増しに高まっていた。元老院でも。民会でも。街の至る所で、カルタゴとの戦いが叫ばれていた。
 それは、何も国家の大義という美名に基づくものばかりではない。
『貧困から脱出したい』
『新たな土地が欲しい』
 これ全て人間の欲望だ。
 既に、ローマは大国となっていた。ピュロスの侵略を退けイタリアを統一し、カルタゴを打ち破りシチリア島を得た。結果、ヘレニズム諸国もローマを一等の大国と認め、プトレマイオス王朝とは対等な同盟を結んでいたほど。
 だが、欲望とは際限がない。
 人々はさらなる領土拡張を望んでいた。
(しかも、これはプレプスに限ったことではない)
 ファビウスは、パトリキ階級にも、名誉欲という強烈な欲望があり、これが戦いを招き寄せる一因になっていると思っていた。戦争に勝利した指導者が英雄となる価値観にあっては、世の中が平和であっては困るのだ。
 ファビウスは、それを苦々しい思いで見ていた。
(只の名誉欲で戦争をされてはたまらぬ。いつかは足をすくわれるに違いない)



「あるやも知れんな」
 ファビウスは呟くように言った。それは一言に過ぎないが、大きな言葉であった。
 ジスコーネは大きく頷いた。
「よくぞ正直に仰せくださいました」
「ここにいる私は…一市民だからの」
 ファビウスは笑った。
「長老、お訊きしたいのは、ここからです」
 ジスコーネは語気を強めた。
「何です」
「長老の力により、その流れを押しとどめることができますか」
 ジスコーネは相手の瞳を見詰めた。
 それができないのならば、結局は、ハンニバルの戦いにむけた動きを押しとどめることは不可能であろう。
 しばしの沈黙の後、ファビウスは
「どうだろう」といった。
「それには手土産がいるな」
「ハンニバルの身柄ですか」
「左様」
 ファビウスは即座に頷いた。
「昼の交渉でも申したことだが、これは余の本音でもある。正直、余の和平派は少数。多数の開戦派を抑え込むには、目に見える大きな成果が必要だ」
「それがハンニバルと」
「そう」
「それは呑めませんな」
「なぜ」
「ハンニバルは今やカルタゴの英雄。その引き渡しを求めることはは国賊もの。たとえ議員を説得できても、市民を説得することは不可能です」
 ジスコーネは、率直に実情を打ち明けた。
 ちなみに、カルタゴの国家機関は、主に、元老院(長老会)、スフェス(行政長官)、そして民会の三つで構成されている。元老院に権能が集まっている点でローマと似ている。民会が開催されるのは、元老院とスフェスの意見が相違した場合に限られた。
 元老院はバルカ党が多数を握り、内閣の首班たるスフェスはバルカ党のボミルカル、そして、市民はハンニバルを支持している。即ち、どう転んでも、ハンニバルの引き渡しなど、不可能なことなのである。
「ローマが、あくまでもハンニバルの引き渡しを求めるならば、決裂するよりほかないでしょう」
 部屋の空気が張り詰めた。



「…では」
 ファビウスがおもむろに口を開いた。
「どうするか、だ。そこが、我らが話し合う意味だし、自由な市民としての智慧の出しどころであろう」
「一つ考えがあります」
「どのような」
「我が党派がハンニバルの身柄の引き渡しを求めます」
「なに」
 先ほどできないと言ったばかり。ジスコーネは、それを敢えて提案するという。
「ふむ。何かお考えがありそうであるな」
「はい」
 ジスコーネは微笑んだ。
「普通に審議に入ったのでは、元老院は収拾のつかぬ事態となり、大いに揉めた挙句、否決されることでしょう」
「それで」
「こうこうするのです」
 二人は、それから夜明け近くまで、額を突き合わせて話し合った。


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 市民同士 
 既に深更。
 ジスコーネの来訪に、ファビウスは驚きを見せた。
「どうなされたのです。このような夜更けに」
「熟慮の時は今宵一夜限り。それゆえ、無礼も顧みず、やって参りました」
 交渉の席の時とは異なり、すこぶる丁寧であった。
 ファビウスは、この異国の青年貴族の誠実に小さく頷いた。


 二人は、通訳だけを介し、話し合いに臨んだ。
「…して、どのようなお話ですか」
「わたくしは心得違いをしていたかもしれません」
「どういうことですか?」
「その前に」
 ジスコーネは目に力を込めた。
「ここにいるは我ら二人のみ。このジスコーネ、肚を割って申し上げる。それゆえ、長老も肚を割ってお話しいただきたい」
「ほう」
「ここで袂を分かてば、戦場で会うしかない我らなのですから」
 ジスコーネ、カルタゴ武人の静かな覚悟を、涼やかな笑みに代えて見せた。
「乾坤一擲の冒険に臨む前に、虚心坦懐、無用な見栄はなしにいたしましょう」
「よろしい」
 ファビウスも微笑した。
「ここにあるはローマ市民の一人ファビウス。使節団の代表でもないただの一人。そういうことにしよう。そなたはカルタゴ市民の一人ジスコーネ。互いに率直に語るとしよう」
「それはよろしゅうございますな」
 張り詰めた空気がすこしほぐれ、人と人が向き合う、ほのかな温かさが漂った。



「では…」
 一個の人、ジスコーネが切り出した。
「わたくしは、平和を求めるあまり、これまでずっとハンニバル殿が暴走しているとばかり思い込んでいた。彼こそが平和を妨げている、と」
 ジスコーネは本音を曝け出した。本当に一個の市民として振舞うようだった。
「私は今でもそう思っている…。貴殿は違うというのか」
 ファビウス、眉を怪訝そうにひそめた。
 彼の見立てでは、カルタゴ本国政府は、まだ物分かりがよい。交渉次第で何とかなるかも知れぬ、そう思ってやってきた。
(…が、ハンニバルは、あたかも超権力者として、外から本国を左右している。しかも、遠くイベリアにあって、意図的に自らの真意を見えにくいものとしている。これが、カルタゴ国家の意思決定を不当に歪めている)
 そう感じていた。現にジスコーネもそう感じていたと告白した。
 が、なにゆえか、今は違うと感じているらしい。



 そのジスコーネは苦笑した。
「妹に教えられまして」
「ほほう。妹御に…の」
「それで分かりました」
「どのようなことが?」
「そればかりではない」
「そればかり…とは?」
「貴国にも原因がある」
「我がローマに原因?」
「左様。貴国に、です」
 ジスコーネは頷いた。
「貴国に存在する戦いを望む底流、ハンニバルの行動は、その反響に過ぎないかもしれない。そう思うに至りました」
「戦いを望む…底流…」
 ファビウスは、視線を遠くに遣った。


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