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文言をあげつらう
ローマ使節団とカルタゴ政府代表は、元老院議事堂の一角で交渉に入った。
「まずは」
ローマ使節団の副使パウルスが口火を切った。
「イベリアのハンニバルは、前総督ハシュドゥルバルの結んだ協定に違約した」
パウルスは、ローマの同盟国サグントゥムの攻撃を明白な協定違反と断じ、その責任者であるハンニバルの引き渡しを要求した。
「彼を引き渡してこそ、カルタゴ国家の正義が立つといえる。ハンニバルの行為が本国政府と関係なく行われたものであり、法に反したものである、そういうのならば。それこそカルタゴの正義を実証する唯一の道」
パウルスは堂々論じた。
本国で名声轟かせた彼、また美丈夫でもある。弾劾する姿も、まこと美しかった。
対するカルタゴ側の代表たち、通訳を介し、その主張を聞くうちに、面に怒りの色を濃くしていった。
「待たれよ」
カルタゴ代表ボミルカルが怒気を含んだ声で制止した。
「我らは、そのハシュドゥルバルの締結した協定なるものを知らぬ」
「知らぬ、とはどういうことか?」
副使のサリナトルが訝しげに訊いた。
「それは、ハシュドゥルバルが、本国政府の了解を得ずに締結したもの。協定違反云々など、我らの関知するところではない」
ボミルカルは言い放った。
バルカ党重鎮の彼が知らないなどあり得ないが、一つの筋道であるのは違いない。
イベリア総督が、イベリアの全権を委ねられた存在なのか、それともカルタゴ本国の法的統制下にある存在なのか、曖昧な存在であったからだ。だから、その反論の妥当性はともかく、論理として成り立たないものではなかった。
「我らは、ハシュドゥルバル殿より、全権ありとして協定を結んだ。今更、そのような逃げ口上は見苦しかろうぞ」
ローマの副使サリナトルが怒りの色を見せた。
「逃げ口上ではない」
ボミルカルは語気を強めた。
「ハシュドゥルバルからは約束をしたとの通知が来たのみ。それで、国家と国家を拘束する条約など発効する筈がない。現に、貴国は、先の講和条約締結の際、執政官カトゥルスの条約署名後、民会の了承を得たではないか。我が代表ハミルカルはそれに応じたもの。それこそ文明国家の条約締結の在り方なのだ」
ボミルカルは、先の講和条約の際のローマ側の段取りを持ちだして反論した。
あのとき(紀元前241年)、ローマ代表カトゥルスは、カルタゴ代表ハミルカルと合意に達した後、批准を得るため本国民会の承認を求めた。ローマ民会は、条約に不満ありとして、割譲する領土の追加、賠償金の増額を決めた。そして、それにハミルカルが同意を与え、講和条約が正式に発効した。
「そして、さらにいうべきことがある」
ボミルカルは続けた。
「先の講和条約には、両国は相手国の同盟国を攻撃してはならないとの文言が確かに存在する。が、その一覧を見ると…」
彼は、講和条約の写しを出席者一同に呈示した。
「ここにサグントゥムの名は記されていない。記されていないのだ」
繰り返し述べて、ローマ側代表たちを睨みつけた。
「ということは、サグントゥムは、我らが攻撃を禁止されているローマの同盟国ではないということになる。即ち、ローマ側がカルタゴの条約違反云々という問題そのものが、そもそも存在しないことになる。我らには非は一つもないのだ」
ボミルカルは言い切った。
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