新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第4章ローマの章

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 妹を恃む(続き)
「そなたまでもが、戦いしかない、そう申すのか」
 兄の言葉が虚ろに響いた。
「いえ」
 妹は首を振った。
「兄上様はじめ多くの方々が、ハンニバル様が、戦いを望んでいると思ってらっしゃいます。父君ハミルカル様の遺志を継いで、何が何でもローマとの戦端を開こうとしている、と。が、果たしてそうでございましょうか?」
 そう。ハンノン党の面々は、ハンニバルは復讐心に取り憑かれ、国家の利益を無視してローマとの戦争に突き進もうとしている、そう見ていた。いや、ハンニバルに心を寄せる者の中にも、そんな風に解釈する者は多かった。



「違うというのか」
「むしろ、ローマ側に何が何でも戦うという意思があるとしたら…。そして、ハンニバル様、いえ、亡きハミルカル様がそのことを予見なされていたとしたら」
「な、なんだと」
 思いがけぬ矢を放たれ、兄は異様な声を上げた。
 その途端、脳裏にハンニバルのある言葉が甦ってきた。
 イベリア総督継承が決まり、任地に出発する前夜のこと。ジスコーネは、ハンニバルの肚を質したことがあった。
 独断でローマへ戦いを挑むのではないか。
 そう問われたハンニバル、明快に答えた。
『そのようなことは考えていない』と。その上で、こう付け加えた。
『これだけは信じてもらたい。たとえ、いかなる挙に出ようとも、このハンニバル、カルタゴ国家の正義に反する行動に出ることはない』
 ハンニバルはそう誓った。
 ジスコーネは一安心した。
 が、それは、傍目からは国家を危うくする行為に見えるとしても決してそうではない、そのことを伝えたかったのかも知れなかった。それとなく、義弟ジスコーネに伝えたかったのかもしれない。
 ローマとの戦いに打って出るとしても、それこそがカルタゴ国家の大義に合致したものなのだ、それを伝えたかったのかもしれない。
(ハンニバルが、いや亡きハミルカル殿がそう確信していたとしたら…。いずれむき出しにするであろうローマの野心が見えていた…そういうことなのか)



「むしろ、ローマが戦いを望んでいると。ハンニバルは、それを察し、機先を制しているだけなのだ、と。そういうことか」
「いえ…そこまではわたくしには…」
 ソフォニスバは、また哀しげに笑顔をつくった。
「それを見極めることが兄上の御役目かと存じます。わたくしは、ローマの事情もよく存じませんし、使節の面構えを見ておりませぬゆえ」
「ということは、ローマの者どもの肚をしっかり探れ、そういうことか」
「相手の本音を見極めること、その上での我が国の決断となりましょう」
「うーむ」
 ジスコーネは唸っていた。妹の明敏に驚愕したこともあるし、何よりも、自分たちとはまるで違う視点があるのだということを思い知らされた。
「…よし。今一度、ファビウスと会い、その肚を探るとしよう」
 ジスコーネは迎賓館に赴いた。
 そして、ローマ側代表ファビウスに、密かに面会を求めた。



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 妹を恃む 
「どうしたものか…」
 ジスコーネは、屋敷に戻ると、食事も摂らず、一人苦悩し続けていた。
 彼に気の毒なことは、頼るべき相手が、相談すべき人が誰もいなかったことだ。ローマの政界が、群雄綺羅星の如くであったのに対し、カルタゴの人材不足は目を覆うばかりであった。
 いや、一人いることはいた。
 ハンニバルその人だ。
 共に学び、祖国の明日を語り合い、東方遊学を共にし、ついには縁続きともなった。
 が、皮肉なことに、まさにその彼が、この困難な事態を招き寄せた張本人であった。
(そなたは…この祖国をどこに導いていこうというのか)
 イベリアに赴いて、直接問いただしたい。
 が、二人の間には千里の隔たりがあった。



「兄上様…」
 一人の女性が、杯を載せた盆を捧げて入ってきた。
 それは彼の妹。
「む…ソフォニスバか」
 妹は、冷水の入った杯を兄の前にそっと置いた。そして、思い悩む風に口を開いた。
「兄上様。何の役にも立たない私かもしれませぬが、お話を聞くことぐらいはできます。それで、お悩みを少しでも軽くあそばすことができれば…」
「…そうか。そなたがいたな。忘れていたよ」
 ジスコーネは妹の思いやりに微笑んだ。
 彼女の聡明さは、血筋や金の力だけで元老院議員となったろくでなし・・・・・どもに比べれば、遥かに国家に益なすところ大といえよう。
「実はの…」
 兄は洗いざらいを語った。
 無論、ソフォニスバもカルタゴの貴顕市民。おおよそは知っていたが、兄は、機密に属する事項、機微に渡る事情、全てを打ち明けた。
 それで少しでも役に立つ知恵が出てくれば、国家にとって幸い、そう思ってのことだ。



「そなたならばどうする?どう祖国を導いていく?」
 兄は、妹の瞳をじっと見た。
「存念を申し上げてよろしゅうございますか」
 妹は、その可憐な唇を開いた。
「構わぬ。遠慮せず申してみよ」
 ソフォニスバは、なにゆえか悲しげな瞳を見せた。
 長じるに従い、そんな色を浮かべることが多くなった。女の身に降りかかる、悲しい真実が見えてきたのかもしれない。
「兄上は、あらぬものを追いかけているのではありますまいか」
「なに」
 兄の瞳がぐっと見開いた。
「あらぬもの…とは何だ?」
「大きな目から見て、和平に望みがあるならば、兄上の御苦衷も意味のあるものでございましょう。されど、そもそも戦いが不可避ならば、もはや交渉に期待を賭けるのは無意味にございます」
 ソフォニスバは、ずばと言ってのけた。
 物事を、希望の目で見るのと、冷徹な目で見るのとでは、随分異なる結果が見えてくることがある。要は、客観的な視点を持て、ということになるのだが、当事者からすればそれは容易ではない。
 ジスコーネは、国家の安危を担う要職にある身。希望を捨てて見ろ、というのは酷なことであった。


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 文言をあげつらう(さらに続き)
「ジスコーネ殿」
 ここでようやくファビウスが口を開いた。
「今のお言葉は、イベリアのハンニバル殿からも伺った。が、それについてはハンニバル殿ご本人に十分反論しておいた。だから、その様なお言葉を聞くために、はるばるカルタゴにやって参ったものではない」
 語調、極めて穏やかであったが、ジスコーネは、なにゆえか威圧を覚えた。
「…では、どういう理由でやって来たと申される」
「同盟国であるサグントゥムが落城し、その市民が殺戮された。その厳然たる事実がここにある。そして、我がローマには同盟国を保護しなければならないという鉄の掟がある」
「だから?」
「結果に従い、貴国はハンニバルを引き渡し、先の講和条約を順守するか、我がローマとの開戦を決意するか。…そのいずれを選択するか、それを聞くために参ったものです」
 ファビウスは、特に激することなく、カルタゴに最後通牒を突きつけた。
 カルタゴ側は、しんと静まり返った。
 ローマがかくも明確に開戦の意思を示すとは思わなかったのであろう。


「ローマの長老よ」
 ジスコーネの額には、うっすら脂汗が浮かんでいた。
 彼は、祖国カルタゴの尊厳をなんとか守りつつ、ローマとの衝突を回避しよう、そのぎりぎりの道を必死に模索していた。
「我らとて、何も好んでローマとの戦いを招こうとするものではない」
「ならば結構。となると、なおさらハンニバル殿は不届きということになりますな」
「なぜ?」
「既に、十万余の大軍が新カルタゴ周辺に集結しているとのこと。あの兵力は、どこに向けられるのですかな?」
「それは…」
 ジスコーネは窮した。が、何か言い訳を構えねばならない。
「彼はイベリア総督。敵対する部族の掃討のためと思われます」
 苦し紛れに弁明した。


「ははは。これはアカデメイア帰りのジスコーネ殿らしくもない」
 ファビウスは穏やかな笑みを浮かべた。
 会議に臨むに当たり、相手国の主要な人物の人となりを、詳細に調べ上げていたものであろう。だから、昔からの知己のように言葉をかけた。
 が、それは、むしろカルタゴ側にある種の恐怖を与えた。
(見透かされている…)
 その恐怖だ。自身の能力を知られているのではないか、そう感じる時、人間はとても臆病となる。相手に敵わないと思うからだ。
「イベリアに、イベル川以南に、もはやハンニバル殿に敵対する部族は存在しない筈。それを向けるのは、イベル川を越えて北に進むため。そう見るよりほかありますまい。そして、イベル川を越える理由は…」
 そこで言葉を切り、カルタゴ人を見回した。
「ただ一つ。我がローマを攻撃するため。その目的以外に一体何があるというのです」
 会議場はしんと静まり返った。


「ローマの長老よ」
 ジスコーネが絞り出すようにいった。
「しばし時を与えよ。しかる後に…お答えいたそう」
 彼の顔色は蒼白となっていた。
 その申し出に、ローマ側は顔を見合わせて囁き合っていたが、やがてファビウスが正面に向き直った。
「よろしいでしょう。一日、迎賓館にて、お待ちいたします」


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 文言をあげつらう(続き)
「馬鹿げている」
 パウルスは思わず吐き捨てた。が、それは通訳が気を利かせ、訳さなかった。
「そんな言い分が通ると思っておられるのか」
 彼の端正な白面に鮮やかな朱が注がれた。
「同盟国には変動あるものぞ。ある国と盟約を結び又は破棄することは、国家の権能に属することだからだ。講和条約に記載された同盟国の一覧は、あくまでも当時の同盟国を表記したに過ぎない」 
 パウルスは語気を強めた。
「講和条約一覧に記載された国だけが保護される。そう書いてあるではないか」
 ボミルカルは頑強に言い張った。
「そんな解釈はあり得ぬ」
 パウルスは断言した。
「講和条約締結後、盟約を結んだ国が保護されないとなれば、その同盟国が攻撃されても看過するほかないが、そんな盟主は失格。そんな条約を結ぶ国は、この地上のどこにも存在しない。従って、『同盟国』には将来盟約を結ぶ国も当然含まれる。それとも、貴殿は、講和条約締結後にカルタゴの同盟国となった国は、我がローマの攻撃にさらされても不問に付す、そう申される所存か」
 主張に理があるのは、明らかにパウルスの方だ。
 ボミルカルは沈黙した。



「仮に、講和条約に含まれる同盟国であったとしても」
 ジスコーネが言葉を慎重に選びつつ口を開いた。
「先に敵対行為に及んだ国家に対してまで、攻撃が禁止されているものとは解されない。なぜならば、自国の領土と人民を防衛することは、国家の主権に属することだからだ」
 彼は、その静かな瞳をローマ側に向けた。
「サグントゥムには攻撃されてしかるべき理由がある」
「どのような理由があると申されるか」
 サリナトルが問い質した。
「サグントゥムには、我がカルタゴに心寄せる者たちも大勢いた。が、彼らは、ローマを支持する者たちに虐殺されてしまった。我らは、彼らの求める救いに対し、貴国との信義を重んじ、当初は自制していた。が、貴国の態度はどうであったか。サグントゥムの行為を了とした。これを放置することは、我が主権に対する重大な侵害」
 この主張は、ジスコーネにとって成算あるものではない。が、講和条約の解釈の争いに利も理もないと明らかになった以上、この主張を持ちださざるを得ない。そこの所に、彼の苦しさがあった。


「カルタゴの領土が攻撃された訳ではあるまい。エデタニ族内部の争いに過ぎない」
 案の定、サリナトルがにべもなく退けた。
 エデタニ族とは、サグントゥムを建設したイベリア人部族のこと。
「いや」
 ジスコーネはかぶりを振った。
「その後サグントゥムの実権を握った市民たちは、我らの脅威をことさらに喧伝し、ローマの兵力をしきりに招こうとした。即ち、イベリアにおいて、戦端を開かせようとしていたのだ。これこそ我らに対する敵対の意思は明白といえよう。即ち、」
 ジスコーネは、きっと、前面のローマ人たちを見詰めた。
「イベリア総督(ハンニバル)の行動は、あくまでも自衛の発動に過ぎないのだ」
 彼は敢えてそう断じた。
 その言葉に、カルタゴ側の人々が我が意を得たりと大きく頷いていた。


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 文言をあげつらう
 ローマ使節団とカルタゴ政府代表は、元老院議事堂の一角で交渉に入った。
「まずは」
 ローマ使節団の副使パウルスが口火を切った。
「イベリアのハンニバルは、前総督ハシュドゥルバルの結んだ協定に違約した」
 パウルスは、ローマの同盟国サグントゥムの攻撃を明白な協定違反と断じ、その責任者であるハンニバルの引き渡しを要求した。
「彼を引き渡してこそ、カルタゴ国家の正義が立つといえる。ハンニバルの行為が本国政府と関係なく行われたものであり、法に反したものである、そういうのならば。それこそカルタゴの正義を実証する唯一の道」
 パウルスは堂々論じた。
 本国で名声轟かせた彼、また美丈夫でもある。弾劾する姿も、まこと美しかった。
 対するカルタゴ側の代表たち、通訳を介し、その主張を聞くうちに、面に怒りの色を濃くしていった。


「待たれよ」
 カルタゴ代表ボミルカルが怒気を含んだ声で制止した。
「我らは、そのハシュドゥルバルの締結した協定なるものを知らぬ」
「知らぬ、とはどういうことか?」
 副使のサリナトルが訝しげに訊いた。
「それは、ハシュドゥルバルが、本国政府の了解を得ずに締結したもの。協定違反云々など、我らの関知するところではない」
 ボミルカルは言い放った。
 バルカ党重鎮の彼が知らないなどあり得ないが、一つの筋道であるのは違いない。
 イベリア総督が、イベリアの全権を委ねられた存在なのか、それともカルタゴ本国の法的統制下にある存在なのか、曖昧な存在であったからだ。だから、その反論の妥当性はともかく、論理として成り立たないものではなかった。


「我らは、ハシュドゥルバル殿より、全権ありとして協定を結んだ。今更、そのような逃げ口上は見苦しかろうぞ」
 ローマの副使サリナトルが怒りの色を見せた。
「逃げ口上ではない」
 ボミルカルは語気を強めた。
「ハシュドゥルバルからは約束をしたとの通知が来たのみ。それで、国家と国家を拘束する条約など発効する筈がない。現に、貴国は、先の講和条約締結の際、執政官カトゥルスの条約署名後、民会の了承を得たではないか。我が代表ハミルカルはそれに応じたもの。それこそ文明国家の条約締結の在り方なのだ」
 ボミルカルは、先の講和条約の際のローマ側の段取りを持ちだして反論した。
 あのとき(紀元前241年)、ローマ代表カトゥルスは、カルタゴ代表ハミルカルと合意に達した後、批准を得るため本国民会の承認を求めた。ローマ民会は、条約に不満ありとして、割譲する領土の追加、賠償金の増額を決めた。そして、それにハミルカルが同意を与え、講和条約が正式に発効した。


「そして、さらにいうべきことがある」
 ボミルカルは続けた。
「先の講和条約には、両国は相手国の同盟国を攻撃してはならないとの文言が確かに存在する。が、その一覧を見ると…」
 彼は、講和条約の写しを出席者一同に呈示した。
「ここにサグントゥムの名は記されていない。記されていないのだ」
 繰り返し述べて、ローマ側代表たちを睨みつけた。
「ということは、サグントゥムは、我らが攻撃を禁止されているローマの同盟国ではないということになる。即ち、ローマ側がカルタゴの条約違反云々という問題そのものが、そもそも存在しないことになる。我らには非は一つもないのだ」
 ボミルカルは言い切った。


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