新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第4章ローマの章

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 最後の機会(さらに続き)
「おお、ジスコーネ殿、ようこそお出でになられた」
 ボミルカル。最高官職のスフェス(行政長官)の地位にあり、本国におけるバルカ党の代表でもあった。
 バルカ家に連なり、そのため、彼の息子ハンノン(大ハンノンとは勿論別人)は、イベリアでハンニバル軍の一方の将となっていた。
 ちなみに、スフェスとは内政の最高責任者にとどまり、軍指揮権は認められていなかった。カルタゴ人は、その商人気質からか、軍隊という存在に異様なほど警戒していた。だから、常備軍を置かず、常任の指揮官というものを置かない。市民は、祖国の危機を除いて、兵役の義務も負わない。
 これはカルタゴを創建したテュロスの国制に倣ったものであろう。


「ローマとの交渉の件です」
 ジスコーネは切り出した。
時間はない。だから、ハンノン党やらバルカ党やらという、年来のしがらみなど彼の眼中になかった。
「ええ、ハンニバル総督閣下からも、貴殿と入念に打ち合わせの上、事に当たるよう指示が参っております」
 ボミルカルは、品の良い笑みを浮かべた。
 ジスコーネは、ハンノン党ながら、バルカ家とも縁続きであり、しかもハンニバルとは親友である。だから、バルカ党の面々も、彼のことは別格に見ていたのだ。


「そのハンニバル殿だが…」
「何でございます」
「道はあるのか?戻る可能性はあるのか?」
 和平の道、そして、平和に戻る選択、ということだ。
 ジスコーネが密かに調べたところによると、ハンニバルは、しきりに兵を集め、新カルタゴ周辺には十万もの大軍が集結しているとの情報が入っていた。
「そもそも和平に応じるつもりがないのならば、交渉など意味はないからの」
 ジスコーネは、瀬踏みするように、相手の顔をじっと見た。
 ハンニバルが本国の意向などお構いなしに戦争するつもりならば、ローマとの交渉は意味をなさない。
「勿論ございます」
 ボミルカルは答えた。
 彼はバルカ党の本国における代表。当然、ハンニバルの内意が届いている筈であった。
「ただ、サグントゥムの件で、我が非を認める訳には参りませぬ。ローマは、サグントゥムの我らに心寄せる市民の粛清を傍観したのですからな」
 これはバルカ家の公式見解なのであろう。イベリアのハンニバルと、全く同じ言葉を持ち出した。
(ちっ、そんな言葉でファビウスを言いくるめられようか…)
 ジスコーネの顔は苦いものとなった。
 が、今、バルカ家と衝突する訳にはいかない。一致して、国難の回避に当たらねばならない。


「分かっている」
 苦渋を呑みこむ思いで、言葉を吐き出した。
「だから、交渉の焦点を、講和条約の解釈に持っていくしかない」
「それはどういうことで?」
「こうだ」
 その夜。ジスコーネとバルカ党の重鎮たちは、深更に至るまで協議を続けた。
 ボミルカルの屋敷には、政府の役人がひっきりなしに呼びつけられ、その都度、大量の書物を運び込んでいた。


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 最後の機会(続き)
「そこをローマと交渉するよりほかありますまい」
 ジスコーネはぐっと奥歯を噛み締めた。
「交渉か…。ハンニバルの身柄引渡しなくして、ローマ側が納得するかの。もし、わしがローマ側代表ならば、絶対に納得せんぞ」
 ハンノンは苦虫を噛み潰したようにいった。
「協定の線から防戦するよりほかありますまい」
「協定?ああ、先のイベリア総督ハシュドゥルバルの結んだ協定のことか」
 紀元前226年に、イベリア総督ハシュドゥルバルは、ローマとある約束を交わした。
 一つ、イベル川を北に越えないこと。
一つ、ローマの同盟国を攻撃しないこと。
「左様にございます。その協定に加え、先の講和条約の解釈に、問題の焦点を絞っていきたいと存じます」
 先の対ローマ戦終結の際、ハミルカルの締結した講和条約のこと。
 ジスコーネは、法律闘争に持ち込もうとの肚積りのようであった。
「ふ…む。ファビウスともあろう者が、条約の文言で足をすくわれるとは思われぬが」
 事実、ファビウスは、昨年来、公文書館に通い詰め、過去数百年にわたりカルタゴと結んだ条約類や協定の原本に十分目を通していた。そして、著名な法律家とも、その解釈について意見を交わしていた。
「ローマは、我が国同様、法の下に統治された国家。その文言の解釈は、焦点たり得る重要な問題。しかも、ハシュドゥルバルの結んだ協定は、もっぱらイベリアで交渉され、その後、我が本国に報告があったに過ぎません。そこを粘り強く主張するのです」
 まずは、知らぬ存ぜぬで何とか切り抜けよう、それが駄目でも、なるべく強硬に出てローマ側から譲歩を得よう、そういう狙いである。
 ジスコーネとすれば、僅かな希望をそこに見出すほかなかったものであろう。



 カルタゴの港に降り立ったローマ使節団。カルタゴ側の用意した馬車に乗ると、ビュルサの丘にある迎賓館へと向かった。
 途中、大通りには、大勢のカルタゴの民衆が馬車を見送っていた。
 まだ敵国と決まった訳ではない。
 そして、事前に政府から自制するよう通達もあったから、罵声が飛ぶでもない。
 とはいえ、歓待する空気でもない。微妙な平衡、奇妙な静寂が街を覆っていた。
 人々は、ローマ人が何のためにやって来たかを知っている。
「我らに最後の通告をするためにやって来たのだ」
「我らがハンニバルを引き渡せと言いに来たのだ」


 ハンニバルは、早くもカルタゴの英雄となりつつあった。
 ハンニバルには、父ハミルカル以来の後光が差している。
 ハミルカルは救国の英雄。先のローマとの戦いに勇戦し、傭兵の乱を鎮め、祖国を亡国の縁から救い、イベリアの大地を勝ち取った英傑なのだ。
 その記憶は強烈である。ハンニバルは、その息子なのである。そして、事実、イベリアの地で赫々たる戦果を上げつつある。
「ハンニバルは我らの希望」
「絶対見殺しにはできぬぞ」
 市民の大きな声がある。
(これを無視することはできない…)
 沿道の群れに混じり、馬車を見送っていたジスコーネは苦悩の色を濃くした。
 彼は、その夜、バルカ党の有力者ボミルカルの許を訪れた。


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 最後の機会
 ファビウスの乗せた船は、リリュバエウム(現マルサラ)に立ち寄った。
 ここは、属州シチリア担当法務官の所在地。即ち、属州の首都である。
「以上が、手の者を使って調べた、現在のカルタゴ本国の状況です」
 法務官による報告は、ヒエロンから聞いたことと寸分違わなかった。
「さすがヒエロン。まだまだ眼力は衰えておらぬわ」
 ファビウスは笑った。
 ここで、カルタゴ事情を詳細に聞き取ると、南の空に漕ぎだした。このリリュバエウムからカルタゴまでは、指呼の航程に過ぎない。


 ここカルタゴ。
 元老院(長老会)は騒然となっていた。
「最後の機会だ」
 繰り返しそう呟く男がいた。
 ジスコーネである。
 彼は、ローマ使節団の来訪を知ると、ハンノンの屋敷に詰め、対応を協議していた。
「伯父上」
 大ハンノンと血縁の結びつきはない。が、養育を蒙り、庇護を受けた身。その尊敬の念から、そう呼んでいた。
「なんとしてでも、ローマとの衝突は回避しなければなりませんぞ」
 ジスコーネは、いつの間にか和平派の急先鋒となっていた。いや、彼に言わせれば、周囲が急速に開戦派に変じたためそう見えるだけ、そういうに違いなかった。
「それはその通りだが…今の元老院はバルカ家が牛耳っておる」
 ハンノンは苦々しげであった。
 そう。カルタゴ本国は、イベリアにおけるバルカ家の隆盛を見て、バルカ党に与する者が急激に増え、今や圧倒的与党となり国政を掌握していた。かつてはハンノン党にあった者も、続々鞍替えしてしまっていた。


「ローマはサグントゥムの件で賠償を求めてくるであろう。が、それは、大したことではない」
 ハンノンは言った。
 金で解決できるならば安いもの。ここカルタゴは、フェニキア貿易商人の最大拠点。事実、国庫には莫大な金銀が唸っていた。
「ファビウスは、必ずやハンニバルの身柄引き渡しを要求してまいろう。バルカ党の者どもが、それを呑む訳がない。そうなれば決裂するよりほかない」
 ハンニバルは、今や政府与党の党首なのだ。本国をずっと留守にしているとはいえ、最高実力者なのだ。その引き渡しは、バルカ党の反発だけにとどまらず、カルタゴ市民の反感を買うのは目に見えていた。
 しかし、ローマの目から見れば、ハンニバルこそ条約を踏みにじった張本人であり、サグントゥムを蹂躙した戦犯。その身柄引渡しにおいて、譲歩するなどあり得ない。


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 ヘウレカ(さらに続き)
 アルキメデスは微笑んだ。
「こういうことなのです」
 今度は、彼の書生たちが、水をなみなみ湛えた桶を二つ、そして、それより大きな空の桶を同じく二つ、それぞれ運び入れた。
 そして、水を入れた桶を、空の桶の中に置いた。
「これには、金の塊を入れます」
 どぼんと投ずると、小さな桶から水が溢れ、大きな桶にこぼれた。
「こちらに、銀の塊を入れます」
 同じく小さい桶から水が溢れ、大きな桶にこぼれる。
「この溢れ出た水の量が、中に投じた物が水より受ける力であり、その力の大きさは物により異なるのです」
 大きな桶に入った水の量をみると、銀の方が多く、金の方が少なかった。
 即ち、容積に対する重量の比(比重)が金の方が大きいこと、換言すると、重量に対する容積が銀の方が大きいことである。浮力は、この容積の大きい方が強く受ける。
「おおおお」「ううむ」
 静かな興奮の声が広がった。
 これこそ、現代にまで彼の名声を轟かせることとなった、アルキメデスの原理である。
 そう。水中に投じた物は、押しのけた水の容積に相当する重量と同じ浮力を得る。この単純かつ明快な原理は、この古代世界に生きた彼が打ち立てたものなのだ。



「ということは…」
 ヒエロンが、その穏やかな瞳に、僅かな興奮を見せた。
「左様。国君より下賜された金塊と、金細工師により製作されたこの冠。二つの重さは、この通り同じですが…」
 天秤に乗せると、確かに平衡を保っている。
「これらを、それぞれ水で満杯の桶に投じれば、一目瞭然となりましょう」
 アルキメデスは、金塊と王冠を両の手に掴むと、掲げて見せた。
 人々は固唾を呑んだ。
 そして…
 もう結果は明らかであろう。
 金塊を投じてこぼれた水の量が、王冠を投じてこぼれた水の量より少なかった。即ち、金より比重の小さい物質が、冠の中に混ぜられていることが明白となった。
 金細工師は、後日、君主ヒエロンを欺いた罰として死刑に処せられた。



 ファビウスら一行は、シラクサを後にした。
 ファビウスは、舳先から、シラクサの街を遠くに望んだ。
「ギリシア人、侮るべからず」
 アルキメデスとの出会いは、彼に深い深い感銘を与えた。
 彼だけではない。副使のパウルスもサリナトルも、いや、ローマ使節団の誰もが、ギリシア人のもつ底知れない智慧を、ここに思い知ったのであった。
 後世、ローマに後れを取ったと評されるギリシア。しかし、その偉大なる知見は、現代の人類世界にも、燦然と輝きを放っている。


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 ヘウレカ(続き)
 そのアルキメデスが前に進み出た。
「それでは、我が証明を、皆さま方にご覧いただきましょう」
 彼は天秤を指し示した。
「天秤は、空中で釣り合いが取れるときには、水中でも釣り合いが取れるものにございます。例えば、この二つ」
 形の異なる銀の塊を二つ取り出した。そして、天秤に乗せると、少しぐらついた後、横一線に平衡を見せた。
「これを水中に入れると…」
 どぽんと天秤ごと水に浸けると、少し揺らぎを見せた後、天秤は平衡に戻った。
「要は、形がいかに異なれど、同じ物質、同じ重さであれば、天秤は常に平衡を保つ、こういうことなのです」
 彼の語りに、ファビウスはじめローマ人は惹きつけられていく。


「が、同じ重さであっても別の物であれば、水中では平衡を保ちえません」
 そういって、彼は、同じ重さの金塊と銀塊を取り出した。
 天秤に乗せると、確かに平衡を保っている。が、その天秤を水中に入れると、銀を置いた皿が浮き上がっていく。
「おお!」「これは!」
 人々は驚いた。
「これはどういうことか。よくご覧頂きたい」
 水中から金と銀の塊を取り出した。
「銀の方が大きい。金の方が小さい。…私は、このことをあれこれ考えました。ずっと考え続け、それに気を取られるあまり、国君に別室に控えておれと命じられたのも忘れ、風呂に入っておりました」
 シラクサの人々はくすくす笑った。
 恐らく、国君の前でこれほどの無作法が許されていたのは彼だけであったろう。
 ヒエロンも苦笑していた。


「私が、湯船に浸かると、ざぶりと湯があふれ出ました。その時、閃いたのです」
 そこで、アルキメデスは満面の笑みとなった。
 それは、真実を追い求め、発見した人間にのみ許された、とても大きな笑顔だった。
「水中に入った物の重さ、ではなく、物の大きさにより、水より受ける力の大きさが決まるということに」
 アルキメデスは、唐突に、新たな真理を高らかに宣言した。
 が、人々は、その知見の偉大に気付かずぽかんとしている。


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