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最後の機会(続き)
「そこをローマと交渉するよりほかありますまい」
ジスコーネはぐっと奥歯を噛み締めた。
「交渉か…。ハンニバルの身柄引渡しなくして、ローマ側が納得するかの。もし、わしがローマ側代表ならば、絶対に納得せんぞ」
ハンノンは苦虫を噛み潰したようにいった。
「協定の線から防戦するよりほかありますまい」
「協定?ああ、先のイベリア総督ハシュドゥルバルの結んだ協定のことか」
紀元前226年に、イベリア総督ハシュドゥルバルは、ローマとある約束を交わした。
一つ、イベル川を北に越えないこと。
一つ、ローマの同盟国を攻撃しないこと。
「左様にございます。その協定に加え、先の講和条約の解釈に、問題の焦点を絞っていきたいと存じます」
先の対ローマ戦終結の際、ハミルカルの締結した講和条約のこと。
ジスコーネは、法律闘争に持ち込もうとの肚積りのようであった。
「ふ…む。ファビウスともあろう者が、条約の文言で足をすくわれるとは思われぬが」
事実、ファビウスは、昨年来、公文書館に通い詰め、過去数百年にわたりカルタゴと結んだ条約類や協定の原本に十分目を通していた。そして、著名な法律家とも、その解釈について意見を交わしていた。
「ローマは、我が国同様、法の下に統治された国家。その文言の解釈は、焦点たり得る重要な問題。しかも、ハシュドゥルバルの結んだ協定は、もっぱらイベリアで交渉され、その後、我が本国に報告があったに過ぎません。そこを粘り強く主張するのです」
まずは、知らぬ存ぜぬで何とか切り抜けよう、それが駄目でも、なるべく強硬に出てローマ側から譲歩を得よう、そういう狙いである。
ジスコーネとすれば、僅かな希望をそこに見出すほかなかったものであろう。
カルタゴの港に降り立ったローマ使節団。カルタゴ側の用意した馬車に乗ると、ビュルサの丘にある迎賓館へと向かった。
途中、大通りには、大勢のカルタゴの民衆が馬車を見送っていた。
まだ敵国と決まった訳ではない。
そして、事前に政府から自制するよう通達もあったから、罵声が飛ぶでもない。
とはいえ、歓待する空気でもない。微妙な平衡、奇妙な静寂が街を覆っていた。
人々は、ローマ人が何のためにやって来たかを知っている。
「我らに最後の通告をするためにやって来たのだ」
「我らがハンニバルを引き渡せと言いに来たのだ」
ハンニバルは、早くもカルタゴの英雄となりつつあった。
ハンニバルには、父ハミルカル以来の後光が差している。
ハミルカルは救国の英雄。先のローマとの戦いに勇戦し、傭兵の乱を鎮め、祖国を亡国の縁から救い、イベリアの大地を勝ち取った英傑なのだ。
その記憶は強烈である。ハンニバルは、その息子なのである。そして、事実、イベリアの地で赫々たる戦果を上げつつある。
「ハンニバルは我らの希望」
「絶対見殺しにはできぬぞ」
市民の大きな声がある。
(これを無視することはできない…)
沿道の群れに混じり、馬車を見送っていたジスコーネは苦悩の色を濃くした。
彼は、その夜、バルカ党の有力者ボミルカルの許を訪れた。
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