新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第4章ローマの章

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 ヘウレカ 
 と、その時。
「ヘウレカ(分かったぞ)!ヘウレカ!」
 叫び声が聞こえ、と同時に、部屋に一人の老人が飛び込んできた。
 が、その姿は、なんと素っ裸。
 ローマの使節たちは唖然とした。
 いや、さしものヒエロンも、口をあんぐりさせていた。
「国君!分かりましたぞ!」
 その老人は叫んだ。風呂にでも入っていたのか、体から湯気が上がり、顔を赤く上気させている。
「ついに分かったのです!先日、仰せになられた問題の解決法が!」
 興奮した口調でまくしたて始めた。


「アルキメデス」
 ヒエロンは静かにその名を呼んだ。
「そなた、無作法にも程があろう。外国の使節の前であるぞ」
「あっ、これは…失礼いたしました」
 その老人は、ようやく自分がどこにいるかを弁えたようだ。
 ヒエロンは目で合図した。
 すると、侍女たちが駆け寄り、衣服を身にまとわせた。
 が、アルキメデスは、それを待つももどかしげに、老君に向かって語りかけた。
「国君、あの黄金の冠の件が解決したのです!計算方法が分かったのです!」
 それを聞くと、ヒエロンの瞳は大きくなった。
「ほう、そうか。それはでかした」
 そして、ファビウスの方に向き直った。
「ファビウス殿」
「はい」
「この者が、貴殿に紹介しようと思っておった、アルキメデスだ」
「この御仁が…」
 ファビウスはまじまじとその人物を見詰めた。
(裸で宮廷を徘徊するなど奇人の所業だが…)
その視線は、必然、怪訝なものとなった。
「はは。見た目は変人そのものだがの。その気宇、才能、おそらく当代随一ぞ」
 ヒエロンは愉快そうに笑った。
「そうじゃ。アルキメデス、その解決方法とやらを賓客に披露して差し上げよ」
 国君の発案に、アルキメデスは素直に頷いた。
「分かりました。ご覧頂きましょう」


 大広間に、大きな水槽が運び込まれた。そして、大きな天秤が用意された。
「トラソン、賓客に、経緯を説明せよ」
 国君が命じた。
 側近のトラソンは、通訳を介し、ファビウスらに事の次第を説明した。
「国君は、ある金細工師に、王冠の製作を依頼し、その材料として金塊を渡しました。出来上がったのがこちらにございます」
 見事な細工の施された冠が台に鎮座している。
 ギリシア美術の粋が、そこに凝縮されていた。
「ほう」「これは見事な」
 ローマ人たちから感嘆の声が上がった。
「ところが…」
 トラソンが笑みを浮かべた。
「どうも、製作の過程で、混ぜ物をしたのではないかという噂が立ちまして」
「なんと」
 副使のパウルスとサリナトルが、改めて、その冠をまじまじ見詰めた。
「うーむ」「どこにも変な点はないようであるが…」
 眼を皿のようにしていたが、外見からは全く分からない。
「そこで、国君はアルキメデスに命じました。この王冠を壊すことなく、混ぜ物をしているか否かを調べよ、と」
「それは難題にございますな」
 ファビウスは唸った。
「それをアルキメデスが証明してくれる、というわけだ」
 ヒエロンは笑った。
 全幅の信頼を置いているものだろう。その瞳は、興味津々の光を見せていた。


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 老君ヒエロン(続き)
「ところで、情勢は如何でしょう」
 無論、カルタゴの、である。
「よくない」
 老君ヒエロンは、ただ一言そういった。
「さほどに険悪となっておるのですか?」
「いや…有頂天になっておるのだろうよ」
「有頂天…ですか」
「左様。久々の勝利の美酒に酔っておる」
「彼らは、イベリアで勝利を重ねてまいりました。何も珍しくはありますまい」
 口を開くのは使節団代表のファビウスのみ。
 副使のパウルスとサリナトルは、一切口を挟まなかった。彼らでは、重みがヒエロンと釣り合わないのだ。だから、ファビウスの背後に、身を硬くして控えているだけだ。


「重みが違う」
 ヒエロンが僅かに笑った。
「重み?」
「左様」
 国君はこくと頷いた。
「ローマの側に立つ国に勝ったのだ。その意味は、これまでの戦いの勝利に比べ、遥かに大きな意味を有する」
「なるほど」
 それだけ聞けば十分であった。
 それからも、ファビウスは、ヒエロンと話し込んだが、世間話に終始した。


「ところで元老よ。そなたにある人物を紹介したいのだが」
 ヒエロンが言いだした。
「我が一門に、不世出の傑物のいたことが分かっての」
「国君。折角ながら、あいにく先を急いでおりまして」
「一度会うておいた方が後学のためであろうに…」
 老君は、穏やかな瞳を細め、しきりに勧めた。
「それほどの御仁なのですか」
「その者は大地をも動かす力を持っておる」
「大地を…」
 ファビウスは、呆れた顔となった。
 ほらにしか聞こえないが、相手がヒエロンとあっては、笑う訳にもいかない。
「そうじゃ。支点をよこせ、さらば地球をも動かして見せようとほざきおる」
「地球を…」
 ファビウスは絶句した。
この時代、地中海をとりまく世界を全世界と認識している。そんな時世に、地球を意識すること自体凄まじいことであった。
「はは。そんな変な顔をなされるな、元老よ。その者は、大きな軍船を、僅かな力で引いて見せたのだ」
 そう。その人物は、てこの原理を発見したことでも有名だ。彼は、ヒエロンの前でその原理を実証するため、滑車を用いて、巨大な軍船を沖合から港に引っ張って見せたのだ。


「どなた様にございます?」
「別室に呼んである。…これトラソン」
 老君は近臣を呼びつけた。
「はっ」
「あの者にここに参るよう伝えよ」
「はあ…それが…」
 トラソンは困惑した表情となった。
「なんだ、どうした」
「はい。先生は、計算に夢中になられ、お庭の方に出られまして、そのままどこへやら…」
「なに。またか」
 ヒエロンは舌打ちした。

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 老君ヒエロン 
 明けて紀元前218年。
 新年早々招集された元老院では、その動きを慌ただしくしていた。春先にカルタゴへ派遣する使節団の編成を巡ってである。
「まず、代表はファビウス殿」
 これは誰にも異論なかった。
 そして、執政官退任の決まっている、パウルス、サリナトル両名を副使とすることも決まった。慣例のことだからだ。
 が、その他の随行員を巡って、暗闘が繰り広げられた。
 平民派の領袖フラミニウスは、自身または自派の者を押し込もうとし、守旧派のクラウディウス家も、一門の誰それを推挙し、互いに譲らなかった。
 和戦を決する重要な外交交渉の舞台。そこに自派の人間を送り、市民へ自派の活躍をアピールしようというのだ。
 しかし、それらの要求は、ファビウスにより悉く退けられた。
「このたびの訪問の趣旨は明確。我らが要求に応じなければ開戦、応じれば和平。それだけである。多数の随行員は意味をなさない」
 その後も、ファビウスは、様々な働きかけを一切拒み、ひたすら昔から伝わる公文書に目を通した。脈々続くローマ国家の大義の何たるか、その再認識に注力していた。


 紀元前218年早春。
 オスティアから、一隻の船が、一路南を目指し、進んでいった。
 船は、途中、シラクサに立ち寄った。
 この国は、紀元前263年にローマと盟約を結んで以降、ずっと平穏を維持していた。戦乱絶えぬ時代にあって、これは稀有のことである。称賛に値する。
 この国を統治するは、その盟約を結んだ当事者、老君ヒエロン。
「これはこれは、ファビウス殿、ようこそお越し下さいました」
 この時、齢九十になろうとしていたが、その健在ぶりを見せていた。
 元々、聡明かつ穏健な男であったが、歳経るに従い、頭脳ますます鋭敏、表情を透明なものにしていった。彼の沈着が、民衆に大いなる安心を与えたものであろう。彼の統治体制は、その五十年間、全く揺るがなかった。
 当時、政務の大半は、これまた賢君を謳われた、息子のゲロンが執っていた。


「国君に再びお会いでき、これ以上の光栄はありませぬ」
 ファビウスは丁寧に挨拶を返した。
 ローマの元老たちは、ヒエロンに敬意を抱いている。彼がローマとの同盟に踏み切ったがゆえに、先のカルタゴとの戦いを優位に進めることができたからだ。
 ファビウスが立ち寄ったのは、無論、情報収集のため。シラクサは、かつて数百年にわたりカルタゴと対峙し、シチリア島の支配権を巡り抗争を続けた。ために、カルタゴの事情に通じていたのだ。


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 肚を固める(さらに続き)
「私も、肚を固める時が来たのかな」
 プブリウスは嘆息した。
「肚とは?」
「戦いへの道を歩む肚だ」
「勿論、そうあるべきかと存じます」
 ラエリウスは言下に応えた。
「お前もそう思うのか」
「我が国は戦士の国にございます」
 ローマ人はこう思っていた。だから、ケントゥリア民会という、兵の集会の如き体裁の民会が主軸となったものであろう。
「だから何だと申す」
「戦士は戦ってこそ生きることができます。その戦士たるプレプス(平民)が、土地を求めているのです。閣下ら政治に携わる人物は、そのことに意を尽くすべきでしょう」
「戦って敵から土地を奪い取れ、そして、平民に分け与えよ、こう申すか」
「はい。それこそ名誉ある地位にある者の務め。国民すべてに平穏な豊かさを与えることこそ、英邁な指導者の本分にございましょう」
 ラエリウスは語気を強めた。
 それは彼の主人フラミニウスの年来の政治信念そのものであった。いや、貧苦を耐え、今日の境遇にようやく辿り着いた、平民ラエリウスの偽らざる本音でもあった。


「そなたの言葉は正しいのであろう」
 プブリウスはぽつりと言葉を吐いた。
 この時代は、敵を殺しその土地を奪うこと、それが正義とされた時代なのだ。
「でも、それならば、我がローマ人はいずれ友を失うのではないか」
「どういうことにございます?」
「カルタゴ、ギリシア、ガリア…それらを倒した後、我らはどうなるのであろう。いずれ新たな戦士の国が現れ、我がローマを蹂躙してしまうのではないか」
 青年の瞳の先には何が見えていたのか。
 彼は、敢えて遠い未来を見ようとした。
そこに見える姿が、今の自分たちに教訓を与えてくれるであろうし、迫る破綻から救ってくれるであろうからだ。


「御曹司」
 ラエリウスは言い含めるようにしていった。
「なんだその物言いは」
「今は目前の敵を倒すこと、これなくば、明日を見ることもできなくなるのです」
「だからカルタゴと戦えと申すか」
「それしかありませぬ」
 ラエリウスは断じた。
「ふ…む」
 プブリウスは、そうまで言われても、なお心は晴れなかった。
(相手を否定することでしか存立しえない国家など、正統性を保てるのであろうか)
 彼は、窓の外に、遠く漂う雲を眺めながら、考え続けた。


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 肚を固める(続き) 
「御曹司」
 ラエリウスが心配そうな眼差しを見せた。
「何だ、その顔は」
「私が今申したことは機密に属します。くれぐれも御他言なきよう」
「馬鹿者」
 プブリウスは叱りつけた。
「は」
「この私が、そのような口軽に見えるか」
「とは申せ、御曹司は、時折無茶をなさいます」
 新カルタゴでのことを指すのであろう。いや、不安になるのも無理はない。
 プブリウスはこうと決めたら、何が何でもやり遂げる、そういう貫徹力があった。それは、頼もしく映るが、時に無謀と映り、周囲をハラハラさせるのだ。
「私から漏れたなどと知れては、私めの首は素っ飛んでしまいます」
 そうだろう。ラエリウスは、身分こそ市民であるが、いまだフラミニウス家の部屋住みの身なのだ。見習士官として、日々躾けられている身に過ぎない。


「わははは」
 プブリウスは高らかに笑った。
「笑いごとではありませぬ」
「心配いたすな。私は、聞いたこと全てを国家のために生かすのだ」
「国家のため…」
「そうだ。人は、正しきことを知らねば、正しきことを行い得まい」
「それは…そうでしょうなあ」
「市民として正しき振る舞いをなすには、まずもって正しきことを知らねばならぬ。それを、そなたから教え乞うたのだ。何も恥じることはない」
「はあ」
 ラエリウスは、なんとなく頷いた。論理の筋道をぐいぐい押し通されると、そんなものかと思ってしまう、人間理性の弱点だ。
 それに気付いたのか、ラエリウスは苦笑した。
「どうも御曹司には敵いませぬなぁ。また丸めこまれてしまったようで」
「馬鹿者」
 プブリウスはまた叱った。
「納得がいったと申せ。私が理を尽くして説いた末のことだからな」
 そういって、大きな瞳で、ラエリウスの顔を覗き込んだ。
 二人は、声を合せて笑いだした。


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