新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第4章ローマの章

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 肚を固める
 ここ、前監察官フラミニウス邸。
「そうか…カルタゴは熱狂しているか」
「はい。密偵の報告によると、ハンニバルの使者が莫大な戦利品と共に、サグントゥムでの勝利を報告すると、元老院議員のほとんどが有頂天になったとか」
 そう。ハンニバルは、紀元前219年晩秋、サグントゥムを落城せしめると、カルタゴ本市に使者を送った。
 表向きは、戦勝報告と、今後の方針を本国の元老院に問う使者であったが、その目的が別のところにあることは明らかであった。
 半ば独断で遂行したサグントゥム攻め。この勝利をきっかけに、対ローマ戦にカルタゴの国論をまとめること、そして、将来の遠征に際し、支援の確約を得ることであった。


「カルタゴ元老院は、一部の反対を除き、ハンニバルの行為を承認した由」
「そうか…」
 ため息をついたのはプブリウス。
 彼は、今や親友となったラエリウスから、こっそり情報を聞き出していたのだ。
 何分、フラミニウス邸には、主人の権力を背景に広がる人脈を駆使し、外国の商人やら怪しげな傭兵やらが頻繁に出入りし、地中海全域の情報をもたらしていたのだ。


「カルタゴ本国は戦争に反対する人々も多いと思ったが…」
 対ローマ戦争、傭兵の乱、打ち続く戦乱でカルタゴ本国は荒廃した。
 カルタゴ人は、戦争の惨酷を、嫌というほど思い知った筈であった。
「御曹司。人々は戦いの美味を思い出してしまったのでしょう」
「戦いの美味?」
「はい」
 ラエリウスは知っている。彼は奴隷の出。戦争の持つ生々しい意味を知っている。
 戦争が様々な悲劇をもたらす一方、そこに希望を見出す人々がいることを。
 敗者のくびきに繋がれていた人々は解放される機会を得るのだ。奴隷たちや、被支配階級とされた異民族たちだ。


「ハンニバルは、莫大な戦利品を見せつけたとのこと。それを見て、人々は熱狂し、元老院議員も舞い上がったもの。これならば、この調子ならば、ローマに勝てる、ローマに奪われた地中海の覇権を取り戻すことができる、と」
 そう。ハンニバルの使者は、あたかも凱旋式の如く、戦利品を山と積んだ馬車の行列を市民に見せ、勝利を誇ったのだ。市民は歓喜に沸いた。古の栄光を思い出した古老も多かったに違いない。
「人間とは弱いものだな」
 プブリウスは呟いた。
「はい。目の前に光を見せられれば、飛びついてしまうもの、なのかもしれませんな」
「それと引き換えに、より多くのものを失うかも知れぬ、のにな」
 プブリウスには、平和より尊い財貨があろうとは思えなかった。しかも、それは財貨では購えないものなのだ。


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 戦雲の行方(続き)
「が、ガエサティ族は同じガリア人の案内があればこそ容易に越えることができたと思われる。ハンニバルは、そこを敵として通る訳だ。事情はまるで違うぞ」
 フラミニウスは疑問を呈した。
「ガリア人を味方につければ…どうかな」
 スキピオが言った。
「なに」
「私がハンニバルならば、必ず、ガリアの地の部族を味方につけようとする。そして、その案内で、アルプスを越えるであろう」
「とはいえ、ガリア人は貪欲。豪華な装備のカルタゴ兵を見れば、襲いかかるであろう」
「金銀を与えて手なずける方法もある」
「うーむ。なるほど…その手もあるか」
 ガリア人は、まだ開化されていなかった。つまり、法の下に平和に暮らす術を体得していなかった。近隣部族と常にぶつかり、それを支配することを、むしろ誉れとしていた。血みどろの時代であった。
 つまり、彼らを威服せしめるのは、第一に力、第二に金、ということになる。
 両者を巧みに使い分け異民族を統御するのは、カルタゴ人の十八番であった。


「…が、ハンニバルがいかに猛将とはいえ、あのアルプスを越えて来るであろうか」
 フラミニウスはなおも半信半疑であった。
「うむ。あの天険を越えるとなれば、兵の半数以上を失うであろう。越えることができても、我らと戦うなど思いもよらないのではないか」
 パウルスも同じであった。
 そう。アルプスは、それほどに険しく、またローマ人にとって未知の世界であった。
「いや、わたくしもそれほど大きな可能性があるとは思っているわけではない」
 スキピオは、いつもの慎重さを見せ、断りを入れた。恐らくは、と続けた。
「陸路をとっても、アルプスを前に南に道をとり、リグリアの海岸沿いを進むであろうと思われる」


 結局、三人は、いつもの結論に落ち着いた。
 それはハンニバルが陸路進んでくるであろうこと。そして、アルプス越えを避け、リグリア(現ジェノヴァ一帯の沿岸)を進んでイタリアに進入してくるであろうこと。
「これだけ検討して、やはり、この結論に落ち着いたのだ」
「うむ。ハンニバルがこの道をとることは間違いなかろう」
「ならば、これを踏まえ戦備を整えることが必要になるな」
 結果、とるべき戦略は定まった。
 まず、スキピオの軍は同盟国マッシリアに進み、そこからイベリアに攻め込むこと。もし、ハンニバルに機先を制された場合は、マッシリアで迎撃すること。
 もう一人の執政官センプローニウスは同じく二個軍団を率いてシチリアに進駐し、海路カルタゴ本国を窺わせること。この両戦線を基軸として動くことに一決した。
 これは、軍略の常識に則った、そういえるであろう。
 そして、ハンニバルが、この通り動けば、戦いはローマの勝利に終わる。
 戦略において常道が基本となることはいうまでもない。
 とはいえ、往々にして常識を覆すこと、そこにこそ勝機を見出し得る。常道に目を奪われると、奇道より攻め来る敵にしてやられることとなる。


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 戦雲の行方 
「ハンニバルはどこから攻めてくるつもりか」
 スキピオ、パウルス、フラミニウスは、盛んに会合を開き、それを検討した。
 機先を制し、イベリアに攻め込み勝負をつけるのが作戦の第一であるが、後れをとることも考えられる。第二として、敵に押し込まれることも考えなくてはならない。
 その場合、ハンニバルは、どの道をとるか。
「イベリアに留まり、ローマが攻め寄せて来るのを待ち、それを打ち破る作戦」
 そんな見解も一部の者が唱えていたが、三人はそれを採らなかった。
 三人は確信していた。
「ハンニバルは必ず攻め寄せて来る」
 彼らは、敵の戦意を確信していた。
 だから、彼らの関心は和平にははじめから全くなく、戦争突入を前提に、最大の関心事であるハンニバル軍の進路、そのことばかりを議論していた。
 今日も、地図を前に議論を重ねていた。


「海から攻めてくる可能性は?」
 フラミニウスが訊いた。
 カルタゴは、先の敗戦まで地中海最大の海洋国家だった。大艦隊を擁し、西地中海を我が物としていた。となると、大艦隊を率いて、というのは想像しやすい話だ。
「それはあるまい」
 パウルスは首を振った。
「なぜ?」
「艦隊を率いて進むとすれば、イベリア沿岸を北上し、ガリアの南岸を通過し、我が同盟国マッシリア(現マルセイユ)を制圧し、リグリア沿いを進んでくることになろう。が、それはかなり困難を伴う」
「どういうことか」
「全てが敵地で補給に難を伴うこと。仮にガリア人を味方につけることができたとしても、コルシカは我が領土、マッシリアは我が味方。となると、腹背からの攻撃を警戒して進まざるを得ない。我らにとっては、まことありがたい敵ということになろう」
「ということは…」
「ハンニバルが海路攻め寄せる可能性は、まずないと思われる」
 パウルスは断じた。
 そう。西地中海の海上は、既にローマにより制圧されていた。コルシカ島、サルディニア島がローマの領有となり、マッシリアなど地中海沿岸諸国の多くがローマの同盟国。そこを艦隊率いて進めば、前後より挟撃される可能性は高いといえよう。



「となると陸路か。…が、それも大変そうだな」
 フラミニウスが地図をなぞりながらいった。
「うむ。ピュレネ(ピレネー山脈)を越えガリアの地を踏み破る…そして」
 三人の目が、イタリアの北部の地形に目を遣った。
「アルプスだ」
 イタリアの屋根と謳われる天下無双の険難。ここを越えなければ、イタリアの大地に侵入することは不可能。
「ハンニバルがこの道を選ぶかな?」
 フラミニウスが首をかしげた。
「ないとはいえまい。ガエサティ族はこの山脈を越え、大挙侵攻してきたのだから」
 スキピオは謹厳な表情を崩さずいった。
 そう。この時から四年前の紀元前222年。インスブレス族は、ガリアのガエサティ族に援軍を乞い、郷土の命運を賭け決戦に臨んだ。それをスキピオの兄グナエウスが、マルケルスと一緒になって打ち破ったことはまだ記憶に新しい。
ガエサティ族もアルプスを越えやって来た。だから、険難極まるとはいえ、アルプスは決して前人未到の地、というほどではなかったのだ。


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 宣戦の使(続き)
 サグントゥム陥落、そして、高まる市民の反カルタゴ感情。これらは、それまでの元老院の空気を一変させることとなった。
 まず、これまで開戦に慎重な立場をとってきたクラウディウス一門が、一転、開戦賛成の立場に変わったことだ。
「もはや猶予はない。宣戦し、機先を制しイベリアに攻め込むべきだ」
「そうだ。ハンニバルがイタリアに攻め込むのを待つのは愚の骨頂ぞ」
 反カルタゴの声は、元老院を埋め尽くさんばかりとなった。そして、開戦派の矛先は、必然、依然慎重な姿勢を崩さないファビウスに向けられた。
 そう。今や、慎重派は彼一人の観があった。内心、戦いの行く末を危ぶむ議員も、大勢を見て、声を発しなくなったからだ。
 開戦派の議員たちは、ファビウスを取り囲んだ。
「長老!ご決断を!」
「左様。このままでは、このイタリアの大地が戦場となりましょう」
 人々は詰め寄った。


「よろしい」
 ファビウスは断を下した。
「ついては、余が使節となりカルタゴを訪れよう。そして、カルタゴ政府の真意を正し、その非道改むるところなければ、開戦を通告いたそう」
 その言葉に開戦派は喜んだ。
「おお、よくぞご決断を」
「これでカルタゴの不義に鉄槌を下すことができ申す」
 注意すれば、ファビウスの言には、なおも留保が付されていたことが分かる。
 カルタゴに最後の再考の機会を与えよう、その意図があった。
 しかし、戦いに逸る議員たちは、早、開戦と意気込み喜んだ。
 ちなみに、当時の元老院の審議のありようであるが、皆が思い思いの席に座り、発言順に従い意見することになっていた。マナーはよろしくなかったようで、会議中、私語は絶えず、席を離れてうろうろする議員も珍しくなかった。


 人々の様子に、ファビウスは苦々しい面持ちとなった。
「但し、使いを送るのは来春である」
 と釘を差し、議場の熱気に水を差した。
 人々の怪訝な顔が一斉に彼に向けられた。
「なにゆえでござる。敵は既にサグントゥムを落としているのでござるぞ」
 フラミニウスが語気鋭く訊くと、執政官パウルスも同調した。
「左様。もはや猶予はなりません。直ちに使節を送り宣戦すべきです」
「もう冬である」
 ファビウスは言った。
「ハンニバルも、まさか、冬の間に兵を進めることはあるまい」
 冬は自然休戦期。しかも、ハンニバルは、サグントゥム攻略後、新カルタゴに凱旋したとの情報も入っていた。
 加えて、ハンニバルがローマを目指すには、ピュレネ(現ピレネー)山脈を越え、ガリアの地(現フランス)を踏破する必要がある。冬に事を起こす無謀を犯す筈がない。
 以上、ファビウスは淡々と説明した。
「その間、敵の動きを睨み、和戦いずれにも対処できるよう策を講じておくのだ」
 さすが歴戦の勇者。情勢を的確に分析し、浮ついた点は一つもなかった。


「されば長老」
 スキピオが間髪容れず申し出た。
「和は、まさに長老の御才覚でなすべきことと存ずる。が、戦は、執政官の任務。戦備を整えることを了承いただきたい」
「む、貴殿の任は春からである」
 ファビウスは念を押した。執政官たる者、そんなに逸るな、ということであろう。
 執政官の任期は3月15日からの一年間と定められている。
「無論、存じております」
 スキピオは頷いた。
「それゆえ執政官パウルス殿と協議しながら進めてまいる所存。もし、ハンニバル大挙襲来となれば、それが分かってから動き出したのでは手遅れになり申す」
 その言葉にも一理あった。
 ファビウスも同意した。
「よろしかろう。それが執政官の職責を果たすため、というならば反対する理由はない。存分に務められよ」
「ありがたきお言葉」
 こうして元老院は、春先に開戦の使いを送ることに一決した。
 ファビウスの思惑はともかく、ローマ国内の空気は、戦いに向け盛り上がっていった。


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 宣戦の使 
「…なるほど。こういうことでしたか」
 満場の喝采を浴び、手を上げ市民に応える父の姿を、プブリウスは寂しそうな面持ちで見詰めていた。
 そこには、政治の現実が存在した。
 人々の欲望と欲望が合致したときに生まれる、大きなうねりが存在した。その力が、一つの時代を大きく動かしていく力となる、それを感じた。
「そういうことだ」
 フラミニウスは視線を真っ直ぐなまま応じた。
「市民の声を背に、この国を進めていく。それが我ら党派年来の所信だからだ」
 その口調は、全く悪びれていない。
 フラミニウスは、カルタゴと戦争し勝利する。それこそ、ローマの未来を切り開くものと確信していた。
 彼はガリア人の土地を奪った。そして、元老院の反対を押し切り、プレプス(平民)を入植させた。
(が、まだまだ足りぬ。土地を巡る我がローマの宿痾を治癒するには広大な土地が必要。カルタゴを破り、その領土を奪い、プレプスを入植させる。それにより、パトリキ・プレプス数百年の争いに終止符を打つ。これしかない)
 その信念からだ。その断固たる信念から、開戦を決意していた。


「カルタゴを滅ぼさねば、我がローマの未来は開けないのですか」
 プブリウスは問うた。彼の年来の疑問だった。
 が、その問いにフラミニウスは答えなかった。
「…そなたは、確かハンニバルの同窓であったな」
「そうです。…とはいえ、ついぞ言葉を交わすことはありませんでしたが」
 そう。ジスコーネとは机を並べ学問に励む仲にまでなったというのに、ハンニバルとは口を聞いたことすらなかった。いや、間近に姿を見ることすらなかった。
「ハンニバルは、きっとわしと同じ考えだと思うぞ」
「どういうことですか?」
「戦うしかない、そう思い定めているということ。このローマを滅ぼさずしてカルタゴの存続はあり得ない、そう踏んでいるに違いない」
「ローマを滅ぼす…」
「その苛烈極まる人物を相手にするのだ。プブリウスよ。そなたも肚の固め時だな」
 プブリウスは答えなかった。


 彼も名門の子。幾多の苦闘を経て、今日のローマあることを知っている。
 容赦なく敵を破った、その先に今日の繁栄があるということを。
(が、我がローマが繁栄した理由は、敵を滅ぼすことなく仲間として迎え入れる度量の大きさがあったからだ)
 ローマがこれまでに敵対したエトルリア人、サムニウム人、ギリシア人。今や、全て友邦ないし同盟国と変じている。決して隷属しているのではない。自治を与えられ、市民的自由を享受している。
(なのに、カルタゴだけは滅ぼさなければならないのか…)
 それは、彼の根本的な疑問だ。
「プブリウス。そなたもいずれは分かるであろう。カルタゴは滅ぼさなければならない。そのことを」
 フラミニウスは語気を強めた。


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