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宣戦の使(続き)
サグントゥム陥落、そして、高まる市民の反カルタゴ感情。これらは、それまでの元老院の空気を一変させることとなった。
まず、これまで開戦に慎重な立場をとってきたクラウディウス一門が、一転、開戦賛成の立場に変わったことだ。
「もはや猶予はない。宣戦し、機先を制しイベリアに攻め込むべきだ」
「そうだ。ハンニバルがイタリアに攻め込むのを待つのは愚の骨頂ぞ」
反カルタゴの声は、元老院を埋め尽くさんばかりとなった。そして、開戦派の矛先は、必然、依然慎重な姿勢を崩さないファビウスに向けられた。
そう。今や、慎重派は彼一人の観があった。内心、戦いの行く末を危ぶむ議員も、大勢を見て、声を発しなくなったからだ。
開戦派の議員たちは、ファビウスを取り囲んだ。
「長老!ご決断を!」
「左様。このままでは、このイタリアの大地が戦場となりましょう」
人々は詰め寄った。
「よろしい」
ファビウスは断を下した。
「ついては、余が使節となりカルタゴを訪れよう。そして、カルタゴ政府の真意を正し、その非道改むるところなければ、開戦を通告いたそう」
その言葉に開戦派は喜んだ。
「おお、よくぞご決断を」
「これでカルタゴの不義に鉄槌を下すことができ申す」
注意すれば、ファビウスの言には、なおも留保が付されていたことが分かる。
カルタゴに最後の再考の機会を与えよう、その意図があった。
しかし、戦いに逸る議員たちは、早、開戦と意気込み喜んだ。
ちなみに、当時の元老院の審議のありようであるが、皆が思い思いの席に座り、発言順に従い意見することになっていた。マナーはよろしくなかったようで、会議中、私語は絶えず、席を離れてうろうろする議員も珍しくなかった。
人々の様子に、ファビウスは苦々しい面持ちとなった。
「但し、使いを送るのは来春である」
と釘を差し、議場の熱気に水を差した。
人々の怪訝な顔が一斉に彼に向けられた。
「なにゆえでござる。敵は既にサグントゥムを落としているのでござるぞ」
フラミニウスが語気鋭く訊くと、執政官パウルスも同調した。
「左様。もはや猶予はなりません。直ちに使節を送り宣戦すべきです」
「もう冬である」
ファビウスは言った。
「ハンニバルも、まさか、冬の間に兵を進めることはあるまい」
冬は自然休戦期。しかも、ハンニバルは、サグントゥム攻略後、新カルタゴに凱旋したとの情報も入っていた。
加えて、ハンニバルがローマを目指すには、ピュレネ(現ピレネー)山脈を越え、ガリアの地(現フランス)を踏破する必要がある。冬に事を起こす無謀を犯す筈がない。
以上、ファビウスは淡々と説明した。
「その間、敵の動きを睨み、和戦いずれにも対処できるよう策を講じておくのだ」
さすが歴戦の勇者。情勢を的確に分析し、浮ついた点は一つもなかった。
「されば長老」
スキピオが間髪容れず申し出た。
「和は、まさに長老の御才覚でなすべきことと存ずる。が、戦は、執政官の任務。戦備を整えることを了承いただきたい」
「む、貴殿の任は春からである」
ファビウスは念を押した。執政官たる者、そんなに逸るな、ということであろう。
執政官の任期は3月15日からの一年間と定められている。
「無論、存じております」
スキピオは頷いた。
「それゆえ執政官パウルス殿と協議しながら進めてまいる所存。もし、ハンニバル大挙襲来となれば、それが分かってから動き出したのでは手遅れになり申す」
その言葉にも一理あった。
ファビウスも同意した。
「よろしかろう。それが執政官の職責を果たすため、というならば反対する理由はない。存分に務められよ」
「ありがたきお言葉」
こうして元老院は、春先に開戦の使いを送ることに一決した。
ファビウスの思惑はともかく、ローマ国内の空気は、戦いに向け盛り上がっていった。
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