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次期執政官プブリウス・コルネリウス・スキピオ(さらに続き)
「フラミニウス殿」
呼びかける者があった。
フラミニウスが振り返ると、そこにプブリウスとルキウスの兄弟がいた。執事アッティクスも一緒だ。
「おっ、スキピオ家の人々が御揃いか」
「この度は、御尽力、感謝いたします」
プブリウスは礼を述べた。
「おや」
フラミニウスは大きな笑顔を見せて、驚いて見せた。
「いやに殊勝ではないか」
「おからかいになってはいけません」
プブリウスは苦笑いした。
「私もスキピオ家の長子。父の執政官当選を喜ばぬ訳がありません」
「そうか」
フラミニウスは微笑んだ。が、すぐに口の端を引き締めた。
「たがの、御曹司」
「はい」
「これからであるぞ。我らが大いに働くのは」
「それは…対カルタゴのことを仰せですか?」
「うむ。長く厳しい戦いになるであろう」
「…でも、ファビウス閣下はなおもご慎重な立場を崩していないと伺っております」
「そなたも、な」
フラミニウスは苦笑した。
プブリウスが、平和を願うあまり、新カルタゴで破天荒な振る舞いに出たことを指しているのであろう。
「が、もうそんな躊躇をしている暇はないのだ」
「それは…どういうことですか?」
「実はの…」
彼は、ひそと重大事をプブリウスの耳元に囁いた。
「えっ!サグントゥムが!」
「しっ!」
フラミニウスは慌てた。
「声が大きい。そのことを、御身の父上がこれからお話しになるのだ」
「父が」
プブリウスは前を見た。
丁度、就任演説に臨む父スキピオが、登壇するところであった。
「英邁なる市民諸君!」
日頃、温厚で大人しい性情の父スキピオに似つかわしくない大音声であった。
執政官の職責は、平時の行政官というよりは有事の司令官としての性質が色濃い。戦場では軍団長や副官に指令を発し、兵を叱咤激励しなければならない。声がか細くては務まらない。
スキピオは、野を埋め尽くした市民の顔々を見回した。
「神々の御加護と諸君の温情により、プブリウス・コルネリウス・スキピオ、ここに次期コンスルとして選出された。衷心より感謝の言葉を申し上げる」
民衆の支持も厚い彼、大きな拍手が沸き起こった。
拍手が鳴りやむと、スキピオは続けた。
「…さて。諸君に、ここで重大な事実を告げねばならぬ」
市民は何事かとざわめいた。
「今入った情報によると、サグントゥムが陥落したとのこと」
途端、マルスの野は騒然となった。
そう。八か月にも及ぶ攻防の末、サグントゥムはついに落城し、ハンニバル軍により占領されてしまった。
「おおっ!」「なんということ!」
「カルタゴ人の信義のなさよ!」
「ハンニバルの横暴極まれり!」
カルタゴの不実、バルカ家一門の野望を糾弾する声で満ち満ちた。
その様子に、フラミニウスは、にんまりした。
(ふふ、しめしめ。市民は激昂しておるわ)
スキピオは右手を上げた。すると、市民は間もなく静まった。
「信義第一を旨とする我らローマ人として、同盟国の不幸は痛恨の極み。まずは同盟国サグントゥム市民の悲運に冥福を祈ろう」
祈りの言葉を呟く者、神の名を唱える者、野は沈鬱な空気に包まれた。
頃合いを計り、スキピオは言葉を続けた。
「このままにしてはおけぬ。ハンニバルの野望は、一つサグントゥムを奪うことだけではない。彼の最終目標が、このローマであることは疑う余地はない。いずれは、このイタリアを目指し、兵を進めてくるのは火を見るより明らか」
多くの市民が頷きを見せた。
「ついては、元老院に諮りカルタゴとの開戦に踏み切るべきと考える。…が、これまで、なかなかその決断を下すことはできなかった。それは市民諸君周知のことと思う」
市民も知っていた。ファビウスやクラウディウス一門が、開戦に反対しているということを。それをじれったく思っていたのだ。
「市民諸君!私に力を与え給え!諸君の声が、このローマを、祖国を、正しき道を歩ませる力となるのだ!」
スキピオは声を大にして強調した。
「そうだ!」
「もう四の五の言うべき時ではない!」
「カルタゴと戦うべきだ!」
民衆は一致して賛意を表明した。
ケントゥリア民会は、元老院の提案する議案に賛否を表する権能しかない。だから、開戦の議案を提示されたわけではないから、これは正式な国の意思決定ではない。
しかし、スキピオの演説に対し示された、市民の声の大きさにより、彼らの意思がどこにあるかは、もう明らかだった。
スキピオたち対カルタゴ強硬派は、民意を対カルタゴ開戦に集約することに成功したのであった。これは、事前に十分に練り上げていたものであろう。
あとは元老院の肚一つであった。
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