新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第4章ローマの章

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 複雑な国制(さらに続き)
 プブリウスは、幼少の頃より執事アッティクスに叩き込まれたローマの国制を、新米市民のラエリウスに、縷々説明してやった。
このあたりの政治向きの知識は、上級階級には必須の一般教養だ。パトリキとなれば、これらの知識がすらすら出てこないようでは困る。
「つまり、我らスキピオ家とパウルス家、そしてフラミニウス殿の一派が手を結べば、当選することは難しくはないのだ」
 元老院で多数派を形成しているスキピオ・パウルス連合。その力をもってすれば、騎兵階級や上級歩兵のケントゥリアの支持を固めるのは容易だ。それに、フラミニウスを圧倒的に支持するプレプスの多いケントゥリアの支持があれば、過半数は容易に獲得できるであろう。


「なるほど…では、わたくしは何をすればよいのでしょうか」
 ラエリウスは訊いた。
「無論、そなたもいずれかの階級のケントゥリアに配属されるだろうから、そこで、我が父スキピオを支持するよう、人々に訴えてもらいたい」
「分かりました。精一杯、努めてみましょう」
「ま、そなたが力を込めねばならぬ事態とはならぬであろう、がな」
「それはどういうことで?」
「ケントゥリアの集会に参加すれば分かるさ。とにかく、今、私ができることは、父上の当選に力を尽くすことぐらいだからな」


 プブリウスは笑顔を見せたが、どこか、それは淋しげであった。
 言いかえれば、それ以外は、無力であるということに他ならなかったからだ。貴顕市民とはいえ、しかるべき官職に就かない限り、発言力は皆無に等しいのだ。
 それが、元老院中心の政治体制を取るローマ国家の現実でもあった。
 プブリウスは、今更ながら、それを思い知っていた。


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 複雑な国制(続き)
 執政官(コンスル)を選出するのは民会である。元老院ではない。
 が、ローマの民会の仕組みは複雑である。
 現代に生きる私たちは、ギリシアやローマの民会を、国会によく例える。国に唯一の最高の意思決定機関である、と。


 確かに、ギリシアの都市国家の場合、この説明がおおよそ当てはまる。
 だが、ローマは違う。
 ローマには、構成員や議決事項の種類により、三つの民会が存在した。
 物語の世界を理解するために、ここで簡単に説明しておこう。頭の片隅にでも置いていただければ、と思う。
 一つはクリア民会。これは氏族代表による集会だ。が、この時代には既に形骸化していた。この物語でも二度と言及しないから、忘れていただいて結構である。
 次に、トリブス民会があった。トリブスとは、元来『部族』を意味するが、都市化が進むと『地区』との意味に変じた。この民会は、要は地区代表の集会である。
 この民会は、全市民の意思決定をなすものとして、この時代、次第に重要度を増していた。立法は勿論、財務官(クワエストル)やパトリキ出身の按察官(アエディリス)の選出は、この民会でなされた。


 最後に、古来より最も重要とされたのが、ケントゥリア民会(コミティア・ケントゥリア)である。
 ケントゥリアとは、『百人隊』という軍隊の小隊のこと。国民皆兵の原則をとるローマでは、その軍制を国政の意思決定にも反映させた。
 即ち、市民を、その有する財産によって、各階級(クラシス)に分類する。
 最上級は、騎兵のケントゥリア。十八隊のケントゥリアがここに所属した。騎兵は、高価な馬を飼育し、重装備が必要となるから、富裕市民がここに配属された。ほとんどがパトリキであったろう。
 次の階級からは歩兵のケントゥリアとなる。
 歩兵の階級の第一は、完全装備をなしうる財産を有する市民。八十隊のケントゥリアがここに所属する。完全装備とは、兜、丸盾、脛当て、胸当て、のこと。これを全て自弁できる富裕な市民がここに配属された。
 歩兵の階級の第二は、胸当て以外の装備を用意できる者。二十隊のケントゥリアがここに所属する。歩兵第一の階級に次ぐ資産を有する市民たちがここに配属された。
 以下、装備が減ずるに従い、各階級のケントゥリアに配属される。


 つまり、市民は、軍隊組織を編制するように、各階級に所属する。全てで百九十三のケントゥリア(百人隊)があったと伝えられる。
 しかも、投票は、市民一人ずつではなく、ケントゥリア単位で行われた。即ち、百人前後の市民が、隊としての意思を決定して、各隊の代表者が民会に臨むことになる。
 ということは−よく注意してほしい−騎兵のケントゥリアと歩兵第一のケントゥリアで既に九十八隊なのだから、ここでもう過半数である。しかも、上の階級から議案の賛否を聞いていくという議事進行をとったから、下の階級にいくまでに、民会としての意思決定は終了してしまう。
 即ち、パトリキや富裕な一部有力プレプスたちによって、ローマの最高意思決定機関は牛耳られていたということなのである。


 このケントゥリア民会で、監察官(ケンソル)、執政官(コンスル)、法務官(プラエトル)という上級政務官の選出をなし、和戦の決定も、条約の批准も行われた。トリブス民会が重要になったとはいえ、なお、ここがローマ国家の最高意思決定機関であった。
 ケントゥリア民会は、ローマ城外のマルスの野(カンプス・マルティウス)で行われた。というのも、軍隊は凱旋式を除き市内には入れないから、軍制を前提とするケントゥリア民会も市内では行われ得ないという建前なのだ。


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 複雑な国制 
 辺りでは、クラウディウス家の家人と市民たちの小競り合いがしばらく続いていた。
 当のアッピウスは、しばらく青白い顔のまま、プブリウスを睨みつけていたが、ぷいと顔を背けた。
「皆の者!帰るぞ!」
 というや、その場を立ち去っていく。
 プレプスらと揉みくちゃに争っていた家人たちは、それを慌てて追いかけていく。


 苦虫噛みつぶした伯父グナエウスがプブリウスの許に寄って来た。
「お前はなんという無茶な奴だ。アッピウス閣下にあのような恐れ多きことを」
「申し訳ありませぬ。言葉が過ぎたやも知れませぬ」
 プブリウスは、心にもない言葉を白々と吐いた。
「過ぎたやも、どころではないぞ。お前は」
 伯父は呆れた顔をした。
 常識人に属するグナエウスにすれば、年長者にあのような物言いをするのが、並外れた逸脱に見えたものであろう。
「つい、言葉に熱がこもってしまいました」
「…仕方がない。わしが詫びておいてやる」
 そういうと、グナエウスはアッピウスの背を追っていった。
 その様子は、明らかに、伯父がクラウディウス一門に接近していることを物語っていた。


 今度はマルケルスが近付いてきた。
「やるな、プブリウス君」
 マルケルスはにっとした。
「は」
 プブリウスは身を硬くした。
(この人物はどうも苦手だ…)
 マルケルスは優れた武人であり、そして、何より表裏のない人物だった。だから、クラウディウス氏族にありながら、珍しく、市民の人気は高かったのだ。
 そういう人物だから、プブリウス得意の、転がし戦術や褒め殺しは役に立たない。


「アッピウス殿は、我ら一門の目から見ても、ちと行き過ぎ。あれぐらいガツンと、一度は言われた方が良いのだ」
「閣下にそのように仰せになられては…」
 プブリウスは、クラウディウス一門に属する人の、意外な言葉に恐縮した。
「なんの」
 マルケルスは柔らかな笑みを見せた。常の峻厳な表情に、時折見せるこの笑顔に兵は服するのに違いない。
「余も兵を指揮した折りに、そなたと同じことを感じた。戦場にあっては、パトリキもプレプスもない。兵の勇気をいかに奮わすか。そのことだけ。そのことを御存知ないのだ。あの御仁は」
 マルケルスは大らかに言った。
 クラウディウス氏族に名を連ねているとはいえ、平民出の彼、アッピウスを敬う気持ちなど、さらさらないようであった。
「だが…」
「何でございます?」
「そなたの父上は、クラウディウス一門の票は失ってしまったかもしれぬがな」
 そう。父スキピオは、この初秋に行われる執政官選挙に出馬する予定だ。
「はい。また父に叱られましょう」
「なんの。スキピオ殿は当選なされるよ。心配いたすな」
「左様でございましょうか」
「はは。プレプスの領袖フラミニウスが、そして、イリュリア遠征の英雄パウルス殿が支持しておるのだ。そして、先ほどの演説で、プレプスの多くも支持に回ったことであろうよ。それに…」
 意味ありげに口をつぐんだ。
「それに…何でございます?」
「このわしも支持しておるのだから、な」
 マルケルスは、プブリウスの肩をポンと叩くと、笑いながら立ち去って行った。


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 傲慢なパトリキ(さらに続き)
「アッピウス閣下」
 プブリウスはおもむろに口を開いた。
「不届き者はパトリキであろうがプレプスであろうが、ファスケスで容赦なく処罰すべきです。…が、勇者を動かすのはファスケスではありませぬ」
「どういうことだ」
「貴方のような御方のために、兵は懸命に戦うでしょうか」
「なに?」
「誰も、嫌な奴のために、その者に手柄を立てさせるために死にたくはありますまい。そのことを申しているのです」
 プブリウスは、ずばと言ってのけた。
「な、なに」
 アッピウスは、眼光鋭く、ぎろりと睨んだ。
 プブリウスは、その光をきっと跳ね返した。
「ならば申し上げましょう。閣下の如き、プレプスを敵視する人のために、プレプスが危険に我が身を晒し、敵と戦う気持ちとなりましょうや。果たして戦意上がりましょうや」
 今度は、周囲に群がるプレプス達が、同意を示し、大きく頷いていた。
「う」
 アッピウスが言葉に詰まった。


「故事にあるように、再び、プレプスたちは聖なる山に退去し、国家は窮地に立たされましょう」
 紀元前494年の聖山事件は、パトリキの横暴に怒ったプレプスの集団サボタージュであった。そう、今でいうストライキである。
「閣下がいかに将才豊かであっても、只一人徒手空拳で立ち向かう訳には参りますまい。となれば、兵に戦う勇気と気概を与えることができなければ話になりませぬ」
 プブリウスの雄弁に拍車がかかった。
「指揮官たる者、よく配下の兵の心を掴まねばなりますまい。そうでなければ、兵が采配に従う訳がないからです。となれば、兵の意に心を配ることが、御機嫌取りであるわけがありませぬ」
 プブリウスは激しく論駁した。
「我が父スキピオが、パウルス閣下が、プレプスの人々に心を寄せるのは、まさにそのため。それこそがローマ国家の勝利の道、栄光への道だからです」
 鮮やかに論じた。アカデメイアで学んだ、研ぎ澄まされた、実のある弁論であった。


 プブリウスが弁じ終えるや否や、周囲から一斉に喝采が沸き起こった。
 勿論、プレプス達のものだ。
「いいぞ!スキピオの御曹司!」
「あんたは俺たちの味方だぜ!」
 プブリウスに賛辞が飛び、対して、アッピウスには、
「引っ込め!この野郎!」
「傲慢なクラウディウス一門めっ!」
「次の選挙には投票しねえからな!」
 と罵声が飛んだ。
「やめないか!」
「アッピウス様に無礼な!」
 クラウディウス家の家人が怒り、プレプス達を怒鳴りつけた。
 が、プレプス達も負けていない。
「何が無礼だ!」
「てめえらこそ、プレプスを何だと思ってやがる!」
「お前一人で敵と戦えるのかよ!」
 日頃の鬱憤を、ここぞと吐き散らした。


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 傲慢なパトリキ(続き)
 市民同士の論争は、フォルムの華、そして名物である。
 いつの間にか、野次馬よろしく、市民が群がって来た。
(またクラウディウス一門が傲慢なことを言っているよ)
(対するはスキピオ家の御曹司か…。これは見ものだぜ)
 パトリキの傲慢に、プブリウスがどう対抗してくれるのか、そういう興味だ。
 昔に比べると、貴顕と平民の対立は随分緩やかになった。とはいえ、今もなおパトリキの家々がローマ国政の権勢を握っているのも厳然たる事実。
 その中で登場したフラミニウスは、まさしく平民の希望。
 そして、人々はこの頃知っていた。平民派のフラミニウス、それに味方するのがスキピオ家とパウルス家であるということを。


「閣下、そのお言葉は少し違いましょう」
 相手は自分よりずっと年上、家格もスキピオ家よりも上。
それだから、プブリウスの言葉もすこぶる丁寧であった。
「どうしてかね、プブリウス君。君もパトリキであろう」
 相手はスキピオ家の長子、アッピウスの語調は途端に変わった。
 このあたりの身分意識の生々しさも、クラウディウス家らしい。
「確かに、わたくしもパトリキの家の子。が、プレプスがいなければ、そんなことはいっておられなくなります」
「なぜだ?」
「例えば、ここに才優れた将がいたとします…まあ閣下のことといたしましょう」
 その語気には、僅かな揶揄が込められていた。
「む」
 語感から伝わったと見え、アッピウスの眉間に皺が寄った。
 傍らのマルケルスが、くすりとした。


「万余の敵が我が国に迫ってきたといたします。閣下はどうなさるおつもりです」
 プブリウスは問うた。
「無論、二個軍団率い、敵に立ち向かうのみ」
 二個軍団は、一人の執政官に与えられる軍勢。一個軍団が五千人前後だから、一万余というところか。実際の戦争では、同盟国から同数の兵が駆け付けてくる決まりだから、その倍の二万余ということになる。
「そして、作戦立てて敵を打ち破る…こういうことですか?」
「無論だ。その時のために、知を磨き、体を鍛えておるのだ」
「しかし、その兵は、皆プレプスではありませんか」
「だから、プレプスどもの機嫌を取れと申すのかよ」
「機嫌を取れ、などと申しているのではありません」
「では、何なのだ?ローマの兵は、指揮官の命に従うべきことが法に定められている。不届き者にはファスケス(警棒)で処罰すれば足りる」
 ファスケスとは、執政官を護衛するリクトル(警士)の持つ、斧を中心に数本の棍棒を紐でくくったものである。軍令に違反した者を、紐を解き、棒打ち刑、又は斬首刑に処するときに用いる。
 アッピウスの背後に、いつの間にか、クラウディウス一門の議員たちが集まっていた。その彼らが、一門の総帥に同意を表すように、大きく頷いていた。


(ちっ、なんて野郎だ。威張り散らすにもほどがあるよ)
(あんな奴らが俺たちに命令してくるのだから嫌になる)
(まったく…連中の馬前で躯を晒すのだけはごめんだな)
 野次馬のプレプス達が、あちこちで、ひそひそ憤懣を漏らしていた。
(…でも、プブリウス殿は何と答えるのだろうか)
(利発と噂ある御曹司。切り返しに期待しようぜ)


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