新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第4章ローマの章

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 傲慢なパトリキ 
「我らパトリキは、プレプスのことなぞ考える必要はない。ただ、ローマ国家の栄光を思えば足りるのだ」
 それは、クラウディウス一門の男らしく、いかにも傲慢な物言いだった。
 こんな横柄な振る舞いで、よくもまあ歴代執政官を輩出し得たものだが、そこはクラウディウス一門の権勢なのであろう。有力者の支持を固め、その影響力で、民会の票を獲得してきたものと思われる。


「お言葉ながら」
 ラエリウスが口を挟んだ。
 プブリウスが目で制止したが、彼は聞かなかった。
青年らしい憤りを抑えきれなかったものであろう。
「プレプスもローマ市民の一翼を担うもの。ローマ国家の構成員にございます」
 主人フラミニウスの温情により奴隷身分から解放された彼。市民であることに、プレプスであることに強烈な誇りを感じていた。
 その思いから、見過ごせなかったものだ。
 とはいえ、相手はローマきっての名家の子。間もなく執政官に登るであろうクラウディウス家の当主。それもありラエリウスは言葉を慎重に選び反駁を試みた。
「その様なお言葉は、名門クラウディウス家の当主のお言葉とも思えませぬ」
 アッピウス、相手の上下を見て、チュニカだけをまとった平民の出であることを確認すると、露骨に不愉快な色を見せた。


「汝は何者だ」
「ガイウス・ラエリウス。フラミニウス殿の家人でございます」
「なに、フラミニウスの…」
 アッピウスはぎろりと睨んだ。
 おそらく、彼ら守旧派の最も忌み嫌う名が出たものであろう。
「はい。フラミニウス閣下もプレプス。されど、国家になした功績は大にございます」
 ラエリウスは、誇らしげに顔を輝かせた。
 が、アッピウス、その誇りに罵声を浴びせた。
「成り上がりのフラミニウス如きに何ができる。プレプスはパトリキの指示に従い、畑を耕し、戦時に剣を取って駆け付けてくれば、それで良いのだ」
 先頃、フラミニウスは監察官を辞していた。彼の監察官在任中、生殺与奪の権を握られているから、アッピウスら守旧派は息を潜めていた。
 が、もはやその危険はない。だから、年来の鬱憤を解き放ち、元来の傲岸を前面に、言いたい放題であった。
「汝如きプレプスの小僧が余に口を聞くなど僭越であろう。黙っておれ」
「な、なんと仰せになられる」
 ラエリウスは言葉を震わせた。
 主に向けられた罵倒、己に投げつけられた侮蔑。
(おのれ…)
 激情に駆られ、思わず一歩出た。
 剣を帯びていれば決闘、かもしれないが、市内は帯剣禁止である。
 プブリウスが右手を上げて制止した。
「御曹司…」
 ラエリウスがその顔を見ると、プブリウスの力強い瞳の光が帰ってきた。
(俺に任せろ)
 プブリウスは、奥歯をぐっと噛み締め、傲岸なパトリキに向かった。


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 武骨者たち(続き)
 しばらく挨拶の言葉を交わした後、プブリウスは改めて訊いた。
「伯父上もマルケルス閣下も、どうして、先の祝勝会にお越しになられなかったのでございます」
「そのことか…」
 グナエウスは再び苦い顔となった。
「ちと過ぎるからだ。パウルス殿も我が弟も」
「過ぎる…とは何のことです?」
「大衆へのおもねりだ」
「大衆へ…それはフラミニウス殿との関係を指しておられるので?」
 父スキピオとパウルスが、フラミニウス民衆派と連携しているのは、今や公然の事実。
 そのことを兄グナエウスが苦々しく思っているらしいことは、執事のアッティクスからも聞いていた。
「そうだ」
 グナエウスははっきり認めた。
「我らはパトリキ(貴顕市民)。パトリキは、常に、大衆に対し威厳をもって接することが肝要。そのパトリキがプレプス(平民)の頭目フラミニウスとの交わりを深めるのは好ましくないことだ」
 これはパトリキの本音を如実に現しているといえよう。
 平民台頭の時代にあり、しかも平民派の領袖フラミニウスが監察官(ケンソル)にまで登り詰めるに至っても、その意識は容易に払拭されていなかった。


「そうは思われぬか。マルケルス殿」
「さあて…難しい話になりましたな」
 同意を求められたマルケルスは苦笑し、言葉を濁した。
「あなたもクラウディウス一門ではないか」
「とはいえ、私はプレプスに属しますゆえ」
 クラウディウス一門は、守旧派ともいえる頑迷な人々。民衆の敵とも言える人たちだ。
 マルケルス自身は平民の出で、クラウディウス家当主一族と血の繋がりはないが、クラウディウス氏を名乗る。つまり、クラウディウス一門との縁も浅からぬ関係にあった。ということは、否応なく、政治的にはクラウディウス一門の動向に配慮せざるを得ない立場にあったのだ。


 と、その時。
「そうだ、グナエウス殿の申される通りだ!」
 叫ぶ者があった。
 そこには、大勢の従者を連れた男が一人、昂然と胸を反らせていた。
(ちっ、嫌な奴が出てきたな)
 プブリウスは内心舌打ちした。
「おお。アッピウス殿」
 グナエウスの声に応じて現れたのは、アッピウス・クラウディウス・プルクルス。
 クラウディウス一門の総帥。
 読者は、彼の父親のことを覚えているであろうか。
 対カルタゴ戦争末期、紀元前249年、彼の父アッピウスは、執政官として大艦隊を率いてドレパヌム沖でカルタゴ艦隊と交戦した。
 が、戦闘前、鳥占いで用いる鶏を海中に投じて将兵を不安にさせた。さらに、自らの旗艦を最後尾に配して全軍の統御を不能ならしめ、結果、大敗してしまった。帰還後、政府より巨額の罰金刑を科せられた。
 不始末を心に病んだのか、アッピウスは帰国後間もなく没した。
 ここに現れた人物は、鶏を海に投じたアッピウスの息子である。


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 武骨者たち 
「やあ、そこにいるはプブリウスではないか」
 突然、背後から声を掛けられた。
 プブリウス、振り向いた途端、瞳を大きくした。
「おお、これは伯父上」
 親しげに両の手を差し出し近づいた。
「グナエウス伯父上、お久しゅうございます」
 現れたのは、父スキピオの兄グナエウス・コルネリウス・スキピオ。
 そのグナエウスは、甥の両手をぐっと握り返した。
「本当に久しぶりだな。なんだ、帰って来ていたのならば我が家に挨拶に来ぬか」
 伯父は、親しみを込め、軽く叱りつけた。
 歳は五十手前でまだまだ意気盛んであったが、きれいに禿げあがっていたため、随分年長に見える。
「申し訳ありません。無沙汰いたしまして」
 プブリウスは素直に謝った。が、すぐに興味とするところを訊いた。
「今日は元老院に御登院ですか」
 そう。グナエウスは三年前の紀元前222年に執政官を務め、今は元老院議員として重きをなしていた。
「うむ。いよいよ西方の動きは急。放置はならんからな」
「でも…ファビウス閣下はご慎重な立場を崩していないとお聞きしましたが」
「ファビウス殿のお考えは今もそうだ。が、フラミニウス一派をはじめとする議員たちが強硬に開戦を主張している」
 そういうと意味ありげな目を向けて来た。
 お前の父親もそうなのだ、ということなのであろう。


「帰って来ていたのならば我が家に遊びに来てくれればよいのに」
 グナエウスは繰り返した。
 それだけプブリウスの性情を愛していたものであろう。
「すいません。てっきりパウルス閣下の祝勝会でお会いできると思っていたもので」
「パウルス殿な…」
 何ゆえか、グナエウスはやや苦い顔になった。
「何かあるのですか?」
「う…む」
 伯父は言葉を濁し、ちらと後ろを見た。
 そこに体躯堂々たる人物がやって来た。
 その人物に、グナエウスが声をかけた。
「マルケルス殿。我が甥が帰ってきた。目端の利く甥御が」
 場所が元老院会堂のあるフォルムということもあり、有力者たちが次々現れる。
「おお、プブリウス君だね。無事の帰国おめでとう」
 マルケルス、ローマ人らしい威厳に満ちた顔に、優しい笑みを浮かべた。
「これは…マルケルス閣下。御無沙汰いたしております」
 プブリウスは緊張した。
 現れたのは、マルクス・クラウディウス・マルケルス。
 この時の彼は、まさしく武名をイタリア全土に轟かせていた。というのも、三年前の紀元前222年に、グナエウスと共に執政官(コンスル)を務め、二人力合わせてインスブレス族の都メディオラヌム(現ミラノ)を攻略する大功を立てていたからだ。
 いや、その時、抜群の武功を立てたのは、専らこのマルケルスといえよう。僅かな兵で敵の援軍ガサエティ族の大軍に駆け向かい、部族の王ブリトマトゥスを一騎打ちにて討ち取るという輝かしい武勲をあげていたからだ。
 それは、『スポリア・オピマ』と呼ばれる武人最高の栄誉であり、史上三人目のことであり、彼を最後として後世誰もなしえなかったほどの偉業であった。


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 腕を成敗 
 紀元前219年夏。
 ローマの街は、晴れ渡った空の下、今日も活気に満ち満ちていた。
 元老院では、相も変わらず対カルタゴ問題で揺れていたが、そのことは、まだ社会にそれほど不安を与えていなかった。
 イリュリア戦争に勝利したばかりで、人々が祖国の力に自信を深めていたこともある。また、そのイリュリアから賠償金やら莫大な貢税も流入していたこともあり、むしろ、今の平和を謳歌していた。
 市民は、遠い空に陰る戦雲を自分のことと思わず、それぞれがさらなる豊かな生活を追い求め、日々を懸命に生きていた。


 そんなとあるローマの街の雑踏。
 二人の青年が並んで歩いている。
「御曹司、あの後の首尾はいかがでした」
「散々であったわ。大目玉を喰らったよ」
 二人はプブリウスとラエリウス。
 帰国後、プブリウスは、父スキピオにこってり油をしぼられた。
「それはお気の毒です」
「何を他人事のように」
 二人は、使節団で行動を共にして以降、急速に親密の度を深めていた。
 今日も、政治向きの話を聴きに行こうと、フォルムに向かっていたものだ。
 貴顕の子と解放奴隷という異色な組み合わせ。だが、プブリウスはラエリウスの勇気と賢さを気に入り、ラエリウスはプブリウスの率直さと身分の垣根を越えて見せる情愛に尊敬と親しみを覚えていた。


「父上から、出過ぎた真似をしおって、と大いに叱られたわ。これ全てお前のせいだ」
「そんな…」
 プブリウスに八つ当たりされたラエリウス、苦笑した。
「私は、主人フラミニウスの命に従ったのみ。いい加減、お許しいただきたいもの」
「ならぬ。そなたは私の首を締めあげおった。スキピオ家の名誉に賭け許しはせぬ」
 プブリウスが大真面目な顔で言い張ると、ラエリウスは笑いだした。
「ならば、こういたしましょう」
「どうするというのだ」
 ラエリウスは、やおら腰ひもをほどくと、それで腕を縛りあげた。
「こやつめ、御曹司の腕を締め上げるとは不届き千万。縛り首にいたす」
 と言うや、丁々、腕を打ちすえ始めた。
 その様子は、本気とも冗談とも映り、傍からは滑稽でしかなかった。ために、人々は笑いながら通り過ぎていく。
 が、ラエリウスは大真面目そのもの。
 しかも、フォルムに入ると、行き交う紳士・淑女の不審な視線に出会うと、
「この腕は、不埒にも、このプブリウス殿の首を締め上げるという不始末を犯しました。よって成敗しているところ。お気になさいますな」と、一々説明してやる。
「おい、よせ。人が笑っているではないか」
 プブリウスは慌てて止めた。むしろ、彼が顔を赤らめていた。
 しかし、ラエリウスは聞かない。
「お止め下さいますな。不埒者を成敗せねば、御曹司に顔向けできませぬ」
 そういって、なおも腕をびしびし打ちすえる。


「やめろというに。私がそなたをいじめているみたいではないか」
「ならば、この腕をお許しくださいますか」
 ラエリウスの大きな黒い瞳が、プブリウスの顔を覗き込んだ。
 プブリウスはやれやれと肩をすくめた。
「許す。許すよ」
「それならば…」
 ラエリウスは、にこっと笑みを浮かべると、腕を縛りあげていたひもをほどいて、それをまた腰に締めた。
「我が腕は果報者。御曹司に大いなる恩を蒙りまして」
「何を言うか。不埒者は、その腕の背後にいる黒幕だ」
 そう毒突いて、ラエリウスの顔を指した。
「これはしたり。が、腕に劣らず反省しておりますゆえ、なにとぞ御容赦を」
「まったく…」
 睨みつけるような眼差しをしていたプブリウスであったが、堪え切れずに噴き出した。
「お前には参ったよ。面白い奴だ」
 二人は顔を見合わせると、声を合わせて笑った。


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 筋道を通す(続き)
 ハンニバルとの交渉は長時間に及んだが、案の定、決裂してしまった。
「まずはサグントゥムより撤退すべきである」
 ファビウスは、盟主の立場から同盟国サグントゥムの領土保全を断固主張し、これがない以上、ハンニバル側の要求を考慮することを拒んだ。
 対するハンニバルも、一歩も引かなかった。
「まずはサグントゥムの不正義を懲らしめる」
 こう主張してやまず、条約違反の事実を認めることすら拒絶した。
 

 バルカ家の居城を後にした使節団の面々は、船上で協議した。
「こうなれば一刻も早く帰国し、対カルタゴ開戦の決議を上げるべきにございます」
 スキピオは強く主張した。
 が、ファビウスは肯んじない。
「いや、本国に戻り、改めて対応を協議すべきだ」
「改めて?それはどういうことでございますか?」
 フラミニウスが訊いた。
 彼ら強硬派は、早、カルタゴとの戦いを心に描いていたものであろう。
「カルタゴ本国が、ハンニバルの行動をどう見ているか。それを確かめることが肝要。もし、ハンニバルの行動を非とするならば、直ちに召還して処罰することを要求する。それを呑むのであれば、カルタゴ国内の問題に過ぎぬからだ」
「そのような…」
 フラミニウスは露骨に不満を見せた。
「ハンニバルの行動はカルタゴ本国も承知してのことに違いありません。時を無駄にするだけにございます」
 ファビウスは、静かな瞳のまま彼を見た。そして、元来の信念を吐いた。
「我がローマは、法の下に統治された国家。筋道を明らかにしてこそ、国家の大義が立つというもの。その大義を明らかにするための行動が、何の遠回りであろうや」
 それは、ローマ人の良心を言葉にしたものかも知れなかった。


 結局、使節団は、そのままローマに帰還した。
 今後の進むべき道を決めると思われた対ハンニバル交渉であったが、ファビウスが、なおも戦いに踏み出すのは時期尚早と結論付けたことで、元老院の対カルタゴ問題を巡る対立は、しばらく続くこととなった。


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