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腕を成敗
紀元前219年夏。
ローマの街は、晴れ渡った空の下、今日も活気に満ち満ちていた。
元老院では、相も変わらず対カルタゴ問題で揺れていたが、そのことは、まだ社会にそれほど不安を与えていなかった。
イリュリア戦争に勝利したばかりで、人々が祖国の力に自信を深めていたこともある。また、そのイリュリアから賠償金やら莫大な貢税も流入していたこともあり、むしろ、今の平和を謳歌していた。
市民は、遠い空に陰る戦雲を自分のことと思わず、それぞれがさらなる豊かな生活を追い求め、日々を懸命に生きていた。
そんなとあるローマの街の雑踏。
二人の青年が並んで歩いている。
「御曹司、あの後の首尾はいかがでした」
「散々であったわ。大目玉を喰らったよ」
二人はプブリウスとラエリウス。
帰国後、プブリウスは、父スキピオにこってり油をしぼられた。
「それはお気の毒です」
「何を他人事のように」
二人は、使節団で行動を共にして以降、急速に親密の度を深めていた。
今日も、政治向きの話を聴きに行こうと、フォルムに向かっていたものだ。
貴顕の子と解放奴隷という異色な組み合わせ。だが、プブリウスはラエリウスの勇気と賢さを気に入り、ラエリウスはプブリウスの率直さと身分の垣根を越えて見せる情愛に尊敬と親しみを覚えていた。
「父上から、出過ぎた真似をしおって、と大いに叱られたわ。これ全てお前のせいだ」
「そんな…」
プブリウスに八つ当たりされたラエリウス、苦笑した。
「私は、主人フラミニウスの命に従ったのみ。いい加減、お許しいただきたいもの」
「ならぬ。そなたは私の首を締めあげおった。スキピオ家の名誉に賭け許しはせぬ」
プブリウスが大真面目な顔で言い張ると、ラエリウスは笑いだした。
「ならば、こういたしましょう」
「どうするというのだ」
ラエリウスは、やおら腰ひもをほどくと、それで腕を縛りあげた。
「こやつめ、御曹司の腕を締め上げるとは不届き千万。縛り首にいたす」
と言うや、丁々、腕を打ちすえ始めた。
その様子は、本気とも冗談とも映り、傍からは滑稽でしかなかった。ために、人々は笑いながら通り過ぎていく。
が、ラエリウスは大真面目そのもの。
しかも、フォルムに入ると、行き交う紳士・淑女の不審な視線に出会うと、
「この腕は、不埒にも、このプブリウス殿の首を締め上げるという不始末を犯しました。よって成敗しているところ。お気になさいますな」と、一々説明してやる。
「おい、よせ。人が笑っているではないか」
プブリウスは慌てて止めた。むしろ、彼が顔を赤らめていた。
しかし、ラエリウスは聞かない。
「お止め下さいますな。不埒者を成敗せねば、御曹司に顔向けできませぬ」
そういって、なおも腕をびしびし打ちすえる。
「やめろというに。私がそなたをいじめているみたいではないか」
「ならば、この腕をお許しくださいますか」
ラエリウスの大きな黒い瞳が、プブリウスの顔を覗き込んだ。
プブリウスはやれやれと肩をすくめた。
「許す。許すよ」
「それならば…」
ラエリウスは、にこっと笑みを浮かべると、腕を縛りあげていたひもをほどいて、それをまた腰に締めた。
「我が腕は果報者。御曹司に大いなる恩を蒙りまして」
「何を言うか。不埒者は、その腕の背後にいる黒幕だ」
そう毒突いて、ラエリウスの顔を指した。
「これはしたり。が、腕に劣らず反省しておりますゆえ、なにとぞ御容赦を」
「まったく…」
睨みつけるような眼差しをしていたプブリウスであったが、堪え切れずに噴き出した。
「お前には参ったよ。面白い奴だ」
二人は顔を見合わせると、声を合わせて笑った。
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