新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第5章アルプスの章

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 敵情視察(続き)
 副官マルキウスが馬を寄せて来た。
「コンスル閣下。これは捨て置けませんぞ」
「うむ。まずは、ここに強固な陣を敷こう」
「ははっ」
 マルキウスは後方に合図した。たちまち、彼の部下が数人の兵を連れて走っていく。陣場の選定である。布陣するに良い所を見つけ、陣営を構築するのである。
「その間、余は敵情を視察してまいる」
「え」
 マルキウスの目が点となった。
「閣下御直々に…でございますか?」
「うむ」
 スキピオは強く頷いた。
「なりませぬ。敵は騎兵を先頭に進んでくるとの由。遭遇戦となる怖れがあります」
 マルキウス、強く反対した。
「いや」
 スキピオ、今度はかぶりを振った。
「敵勢の多寡・布陣を把握せねば戦いに臨むことはできぬ。予期に反する大軍なれば、戦い方は違ってくるからな」
 決して無謀な冒険ではなく、彼本来の慎重に由来する行動なのだ。
(敵を知り、その上で必勝の作戦を立てる。それが将の本分)
 それは伝わったと見え、マルキウスも頷いた。
「分かりました。ならば充分兵力をお連れくださいませ」
「うむ。騎兵を連れて行こう。そなたも付いてきてくれ」
「かしこまりました」
「投槍兵も連れて行こう。ならば万全であろう」
「かしこまりました。仰せの通りにいたします」
 執政官スキピオは、騎兵三千に投槍兵一千を率い、敵情視察のため前方へ馬を駆っていった。その執政官の身辺を守る騎兵の端に、息子プブリウスと、その親友ラエリウスも付き従っていた。



 その頃。ハンニバル軍の陣営でも同じような光景が見られた。
 密偵マニアケスが敵情を報告していた。
「なに。敵は早くもティキヌスを渡河したと」
 ハンニバルは一驚した。
(スキピオは慎重な人物と聞いていたが…)
「は。スキピオは突貫工事で橋を架けさせると、すぐさま全軍を渡河させ、こちらに急進して参ります」
「兵力は」
「約二万」
 マニアケス、ほぼ正確に敵の実情を推測して見せた。彼女の、このあたりの情報収集力はずば抜けていた。
「そうか」
 ハンニバルは頷いた。
「マゴーネ、マハルバル」
「はっ」「おう」
「敵情の偵察に参る。そなたらは騎兵を連れ余に従え」
「え、総司令御自ら」
 マゴーネが驚いた。
「敵の布陣を確かめておきたい。大事な緒戦だからな」
「その様なこと…マニアケスに任せておけばよいこと」
 マゴーネが彼女の方を見てそう言うと、マニアケスも同調した。
「左様。危険な任務はこの私で充分でございます」
「いや」
 ハンニバルは小さく首を振った。
「この目で確かめておきたい。敵将の力量を見るに、布陣の有様を見るのが最もよい。その上で戦い方を練るのだ」
 彼もまた、慎重の上に慎重を期す全軍の将であった。
 こうして、ハンニバルも、カルタゴ騎兵二千、ヌミディア騎兵二千を従え、前方に馬を飛ばしたのである。


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 敵情視察 
 スキピオは戦略を練った。
(ハンニバルは、我らがティキヌス川を防衛線とする、そう思っているに違いない)
「マルキウスよ、ティキヌス川に橋を架けよ」
「え、河を背にするのございますか?」
 マルキウスは驚きの声を上げた。
 軍略上、水を背にすることの非は、洋の東西を問わない。



「なんの」
 スキピオは笑った。
「ハンニバルの軍がティキヌス川に到達するにはなお数日かかろう。河を渡り、さらに押し進み、敵の虚を衝く」
「しかし…」
 マルキウスはためらった。
 敗北し追撃を受ければ、味方は水際に追い詰められ、大きな被害を蒙ることに変わりはないからだ。
 が、スキピオは力説した。
「ハンニバルは速戦即決を狙っておろう。先を急いでおる筈。虚を衝くのは今なのだ」
 この点、スキピオは敵の思惑を正確に見通していたといえよう。
 ハンニバル軍は、いうなれば敵地のど真ん中にいる。ガリア勢の帰趨も定かではない。となると、早く戦い、早く勝利し、早く軍の増強を図らねば、兵力は細る一方。大々的な勝利を上げ、ガリア勢に頼もしき所を見せつけねばならないのだ。
「かしこまりました。直ちに架橋に取り掛かります」
「うむ、急いでくれ。勝機は目前にあるのだからな」
 


 ローマ兵数千が交代で工事にあたった。もともと、土木を得意とする国の人々。たちまち、仮設とは思えぬ立派な橋がティキヌスの流れに架かった。
「よし!全軍、河を渡れ!」
 執政官スキピオを先頭に、怒涛のようにローマ軍はティキヌスを渡河すると、まっすぐ西へ、歩武を鳴らして進軍した。



 が、河を渡って半日も経たない頃。
 前方から斥候に出ていた騎兵が駆け戻って来た。
「報告いたします!」
 馬から飛び降り、執政官の馬前にひざまずいた。
「どうした」
「敵軍が接近しています!」
「なに!」
 スキピオの静かな瞳が僅かに大きくなった。
「どこまで来ている!」
「およそ五里(約7㎞)ほど西方まで迫っております」
「兵力はどれくらいか」
 それは当然の問いであったが、斥候は困った顔になった。
「それが…騎兵戦力を先頭に隊列長く…。全体を把握しきれませんでした。まずは敵の接近をお知らせせんと思い…」
 それは予期に反して敵と遭遇した斥候の、一つの合理的判断であったろう。
「そうか」
 スキピオも、それを良とし、
「ご苦労であった。後方で休め」と労わった。
「ははっ」
 斥候の兵はほっとした表情で下がっていく。
 こういう兵の心の機微を理解すること、これも大将軍に必須の能力である。


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 スキピオの訓示(さらに続き)
「偉大なるかな…我が父よ」
 プブリウスは感嘆していた。
 国にあっては、物静かな父、派手な言動など一切ない父。その父が、このように人々に雄々しい勇気を与える様に、深い感銘を受けていた。
「まこと…」
 隣でラエリウスが大きく頷いていた。
「御父君の言葉で、将兵は元気を取り戻しました。これでハンニバルに対し、優位に戦うことができましょう」
「うむ…そうだ…な」
 プブリウス、一転歯切れが悪くなった。
「まだ何か御懸念でも」
 ラエリウスは苦笑した。
 親友が、老練な武将のような苦悩を見せるのが、少し可笑しかったのだ。
 そんなラエリウスの表情に気付いてか、プブリウス、やや顔を赤らめた。



「いや、そういう訳ではない」
 そう前置きして続けた。
「間もなく始まるであろう、最初の戦いが極めて大事なものとなった、そう思ったのだ」
「確かに…」
 それにはラエリウスも同感であった。
 執政官スキピオは、カルタゴ軍弱しと訴え将兵に勇気を与えた。なのに緒戦で敗北を喫すれば、その説得力は失われ、逆にカルタゴ軍強しとの印象を人々に一層与えてしまうであろう。ローマに従うガリア人の離反を招くであろう。



「…でも、御曹司」
「なんだ」
「御父上を信じなされませ。ロダヌスから退却し、ここへ転進した軍略はいずれも正鵠を射たものばかり。ハンニバルとて恐れることはありますまい」
 ラエリウスは語気を強めた。
「そうだな…うん、そうだ。君の言うとおりだ」
 プブリウスは、自身に言い聞かせるよう、強く頷いた。
 ここに至っては勝利を信ずるしかない。その強き心なくば、勝利することなど端から無理だからである。


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 スキピオの訓示(続き)
 広場に集められた将兵は、頭上に広がる曇天と同じく、暗い顔ばかりであった。
「ハンニバルの許にはガリア兵が多数集まっているそうな」
「イベリア兵やギリシア兵など、麾下は猛卒揃いというぞ」
「ヌミディア騎兵は、騎馬の上手で、自在に馬を操るとか」
 ひそひそ、分の悪い話が、さざ波のように伝わっていく。
「諸君、静粛に!」
 現れたマルキウスが怒鳴った。
「コンスル閣下よりお言葉がある!心して聞くように!」
 スキピオが登壇した。
 ガリア人の通訳を一人従えていた。味方にはガリア兵もいたからだ。



「諸君!」
 その声は決して大きくない。が、ぴしと張りがあり、人々に強く届いた。
「諸君は、眼前に現れた敵を、さぞ強大なものと思っておろう。アルプスを越え、タウラシアを攻め落とした軍勢と。が、それは大きな誤りである」
 言葉を切った。訝しげな視線が返って来る。
「なぜならば、やって来るのは、あのカルタゴの軍なのである。思ってみるがよい」
 執政官の語調は、諭す如きものになった。
「カルタゴと言えば、先に我がローマに敗れ、数十年間ずっと賠償金を我が国に捧げてきた国である。そして、率いる将は、我が国に敗れたハミルカルの息子。諸君は、一体何を恐れるというのか」
 スキピオは、兵が密かに心配するところに、反問して見せた。
 そういえば、と将兵らは顔を見合わせた。



「現に、先にロダヌス川で交戦した折りには、カルタゴ騎兵隊は我が騎兵隊の前に散々に負け、這う這うの体で逃げ帰ったのである。その挙句の果て、進路をアルプス越えに変更することを余儀なくされたものだ」
 執政官は、ときに誇張を織り交ぜつつ、相手を徹底的にこき下ろした。
「今やアルプスを越えて疲労困憊。タウラシアを攻め落としたとはいえ、それはタウリニ族が油断しきったことが原因と調べがついている。兵の大半は幽鬼の如く、獣のような有様とある。とても、まともな軍勢とはいえぬ」
 スキピオの言葉は、どんどん熱を帯びていく。
 この際、味方に勇気を与えることができれば、少々嘘が混ざっていても良いのだ。
「諸君は堂々敵の前に姿を現すだけで良い!ならば、敵は算を乱し退散すること間違いない!勇気を持って敵の前に進むのだ!」



 スキピオの言葉が終わった途端、将兵たちから、けたたましい歓声が上がった。
「わああ!」「おおう!」
 すぐにも敵に立ち向かうべきであるとの勇ましい声までが飛び出した。
「カルタゴに鉄槌を!」
「ハンニバルを討て!」
 先ほどのどんよりした空気が嘘のように、広場は熱気と興奮で充満した。
 スキピオは、彼らの意気を褒めつつも、
「隊列整え敵に立ち向かうことこそ肝要。諸君は、合図があれば直ちに出陣できるよう、英気を養っておかねばならない」と言い聞かせた。
 将兵らは、自信の頷きを見せ、各々の持ち場に散っていった。


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 スキピオの訓示 
 一方、執政官スキピオ率いる軍勢は、プラケンティアを出発すると、トレビア川を西に踏み渡り、北に方向を変え、パドゥス川に橋を架け渡河した。そして、敵対するインスブレス族の動きを注視しながら、西へ急いだ。
 この出陣に際して、幕僚たちの反対が出た。
「執政官センプローニウス殿の軍の合流を待つべきではありますまいか」
 それは元老院の意向でもあった。
 大軍を揃え、万全の態勢をもってハンニバルを打ち破る。その作戦である。
「いや…」
 スキピオは首を振った。
「ハンニバルの東進を阻止せねばならぬ。彼がパドゥス川北岸全域を制圧すれば、無数のガリア人が彼の許に集まるであろう。そうなれば、我らはここに孤立の他なくなる」
 その判断からであった。
 確かに、ハンニバルが、インスブレス族やボイイ族の領土との道を確保すれば、兵糧の補給や兵員の増強は思うがまま。プラケンティア・クレモナ両都市にあるローマ軍は、ハンニバルとガリアの大勢力に包囲されてしまうであろう。
 ために、スキピオの動きは機敏で、早、ティキヌス河畔に到達していた。
 その頃、ちらほら雪が降り始める候となっていた。
「よし、今日はここに陣を張れ」
 ローマ兵は、手分けして、テキパキ陣割通り幕舎を立てていく。彼らは、このような訓練を叩き込まれている。
 河畔に、あっという間に小さな軍事都市が誕生した。



「コンスル閣下」
 副官マルキウスが、出来立ての執政官の幕舎に入ってきた。
「どうした」
「将兵に動揺が広がっています」
「なぜか?」
「は。敵はあのアルプスを越えて来た、ゆえに容易ならざる難敵に違いない、との噂が広がり怯えております。また、ここらはガリア人の領分。それも不安なようです」
「…そうか」
 事実、スキピオも、ハンニバルに内心驚嘆していた。
(アルプスを難渋しながらも踏破し、タウラシアを三日で攻め落とし、我が大ローマに立ち向かてくるとは…。戦略云々はともかく、その気概まことに天晴れ)
 加えて、麾下のガリア兵に対する懸念も強めていた。
(忠義心の皆無な連中のこと。我がローマが不利となれば、今は従っている奴らもどう動くか予断できぬ)
 将兵の不安は、実は、彼も同じくするところであったのだ。
 それだけに、兵の不安を取り除かねば全軍の士気に関わる。
「よろしい。将兵に訓示するとしよう。全員招集せよ」
「ははっ」


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