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捕虜の決闘(続き)
幕舎が立てられると、ハンニバルは一人沈思黙考していた。
やがて。
「マゴーネよ」
傍らに控える弟の名を呼んだ。
「はい」
「味方の隊列に、アルプス越えの折に捕らえた山岳民たちがまだいるであろう」
そう。登山口での襲撃と、ケラース渓谷での襲撃で、それぞれ僅かながら捕らえた山岳民を捕虜として軍中に連行していた。
「…はい、おりまするが?」
「二十人ほど連れてまいれ」
「どうなさるおつもりで?」
「ようやく奴らが役に立つ時が来たのだ」
ハンニバルは僅かに笑みを浮かべた。
「役に立てる?」
「すぐに分かる。兵を勢揃いさせ、そこに連れてこい」
「ははっ」
兵舎群の中央にある大広場に全将兵が集められた。
「急の招集、何事かのう」
「御大将の訓示だろうよ」
がやがや騒いでいたが、ハンニバルが現れると、静まった。軍律は厳しいのだ。
が、彼は訓示するでもなく、弟のマゴーネに合図した。
マゴーネが頷き、何事かを兵に命じた。
すると、およそ二十人の捕虜が引っ立てられてきた。アルプス越えの際に襲撃してきた山岳民の若者たちだ。後ろ手に括られ、重い足枷をつけられていた。
途中、満足な食事も与えられなかったと見え、弱り切っていた。加えて、卑怯な襲撃をかけて来たという経緯もあってか、カルタゴ兵の暴行も受けていたものであろう。全身傷だらけであった。
ハンニバルは、マニアケスの通訳を介し、こういった。
「決闘を希望する者はいるか」
捕虜たちは訝しげに顔を見合わせた。意味が分からなかったものであろう。
「ガリア人は、娯楽のために捕虜同士を戦わせると聞く。我らの前で戦って見せよ」
捕虜たちは、来るべき時が来た、そんな顔をした。
敗者は勝者に全てを委ねる、それがガリアの掟だ。
「二人出るがよい。決闘して勝った者にはあれを与える」
ハンニバルは傍らを指差した。
そこには部族の王が決闘の際に着用する鎧兜に剣、豪華な外套が置かれ、さらには見事な毛並みの駿馬も繋がれていた。
「勝者には自由と栄誉を与える。闘うことを希望する者はいるか」
ガリアの若者たちは、俄然目を輝かせ始めた。
「私を!」「いや、この俺を!」
一斉に挙手した。
仲間との殺し合いに、己の生存の一縷の望みを託す。
誰もが、それほどの絶望の下にあった。だから、全員決闘に立つことを希望した。
ために、くじ引きが行われた。
(どうか…どうか…この俺に)
皆、自分に当たることを念じた。
結果が明らかになると、当たった者は狂喜し、外れた者はがっくり肩を落とした。
二人の青年は、空腹でふらふらしながらも、鎧を着け、思い思いに獲物を握った。
「俺は剣にするぜ」
「俺はこの槍だな」
その間、闘場となる広場は、きれいに掃き清められた。
その四隅には、ハンニバル直属の精鋭が立った。一人はマニアケスだ。皆、抜刀していた。逃亡など万が一に備えてのことであろう。
決闘が始まった。
「恨みっこなしだぜ」
「おう。遠慮するな」
ガリアの言葉でそう交わした。
故郷に戻れば知己の二人。それが、敵兵環視の中、命を賭け闘うことになろうとは。
いや、二人とも、もうそんなことに拘泥していない。
目前の敵を倒す、それしか思っていなかった。相手を倒さねば、カルタゴ軍の奴隷として死ぬしかなかった。倒して故郷に戻る、それしか頭になかった。
「だあっ!」
一人がだんと踏み出すと、切っ先をぐんと突き出した。
「ぬおっ!」
相手は後方に飛び、反転して飛び込む、負けじと薙ぎ払う。
「ちぃっ!」
「おっと!」
どちらも命を捨ててかかっている。だから、及び腰なところが全くない。相手の間合いに思い切り飛び込み、斬り付け、斬り返す。だから、すぐに刀傷だらけとなった。
とはいえ、ろくに食事も摂っていない二人。機敏に動ける間は僅かであった。
足がもつれ、剣を持つ手が自然と下がってくる。
二人は剣を捨て、むんずほぐれつ相手に掴みかかり、その息の根を止めようとした。それは野獣の所作と何ら変わらない。生きるために仕留めるのだ。それだけだ。
やがて、両者血みどろとなった末、ついに一人が力尽き、どうっと倒れた。
マニアケスが近寄り、息絶えたことを目で合図した。
「勝負あり!」
ハンニバルが宣した。
「わあああ!」「おおおおう!」
固唾を呑んで見守っていたカルタゴ兵たちは、一斉に歓声を上げた。
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