|
https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村
↑
ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)
南船北馬(続き)
「何を生ぬるい事をいうか」
フラミニウスは怒った。
「パドゥス川流域には多くの市民が入植しておる!それを見捨てると申すか!」
「そうは申しておらぬ。プラケンティアにはスキピオ殿もおられることだし…」
プルクルスは、平民の総帥の剣幕にたじたじとなりながらも、そう釈明した。
「甘い!」
フラミニウスは目を剥いて怒鳴った。
「パドゥス川一帯が落ちれば、ガリア人が悉くハンニバルに味方するのは明らか!となれば、ウンブリアもエトルリアも危なくなる!我らには、ローマ市民の安全と生命を守護する義務があるのだぞ!」
フラミニウスがこう強硬に主張するのは、北方の新領土への植民は、彼が積極的に進めた政策だからだ。植民者の多くは平民(プレプス)たちであり、彼らはフラミニウスの熱烈な支持者たちだ。
(彼らを見捨てては、余の沽券にかかわる)
平民の期待、そこに彼の基盤があるのであり、その支持者の平民を見捨てることは自身の政治生命にかかわる。
結局、強硬に主張するフラミニウスの意見が容れられ、センプローニウスの軍勢を北方の戦線に投入することが決定された。
直ちに、命令を伝える使者がリリュバエウムに飛んだ。
ここリリュバエウム。
ここに総督府が置かれ、ローマの属州シチリア統治の拠点となっていた。
「…そうか。よもやと思うたが、ハンニバルめ、アルプスを越えて攻め込んで来たか」
「はい。元老院は、コンスル(執政官)閣下に、急ぎ引き返し、プラケンティアにあるスキピオ殿と合流するよう御命令です」
「ふむ」
センプローニウス、少し考える風であった。
(惜しいな…。この命令ある前にカルタゴに攻め込んでおれば、一挙に大功を遂げることができたやもしれなかったのに)
彼も平民(プレプス)出身。この機会に賭ける意気込みは人一倍であった。
もし、カルタゴ攻めに成功すれば、その権威たちまちローマ政界を覆うであろう。今、平民派の総帥として絶頂にあるフラミニウスなど目ではない。いやパトリキ(貴顕)政治家たちも下風に服さざるを得なくなろう。
ローマ国家の英雄として仰がれることは間違いなかった。
(ああ…凱旋式が)
彼は、市民の喝采を浴び、カピトリウムの丘を堂々登る自身の姿を思い描いた。
「コンスル閣下、ご返事は…」
使者は困ったような顔で催促した。
「お、そうか」
センプローニウスは、妄想にも似た空想の世界から呼び戻された。
「無論、直ちに北方に馳せ参じる。そのように元老院に伝えてもらいたい」
そう答えた時には、既に新たな闘志に燃えていた。
(ハンニバルは、イベリアの総督でありカルタゴ軍の大司令官。奴を討ち取れば、カルタゴ攻略に並ぶ大功)
そう考え直していた。
使者を見送ると、センプローニウスは、直ちに、軍団長・副官たちを集めた。
彼は厳命した。
「よいか!四十日後にアリミヌム(現リミニ)に集結だ!日時に遅れる者は軍令違反として厳罰に処する!」
この命令には、歴戦の猛者である軍団長も顔をこわばらせたに違いない。なにせ、リリュバエウムからアリミヌムまでは約1500㎞の行程がある。一日当たりの行軍距離が、37㎞以上にもなり、当時の軍の常識を遥かに超えるものだったからだ。
「コンスル閣下…いくらなんでもそれは無理ではありますまいか」
軍団長の一人が、おずおずと、全員の懸念を代弁するように意見を述べた。
「何が無理なのか」
「そのような強行軍では、兵は疲れ果て、戦場では物の役に立ちますまい」
「ふふ」
センプローニウスは笑った。
「無論、陸路を進むだけでは無理だ」
「どうなさるおつもりで?」
「まずはネアポリス(現ナポリ)まで海路を進む。ならば、相当の日数の短縮が図れるであろう。そこからカプアに至り、ラティウム街道・フラミニウス街道を通って、アリミヌムに進むのだ」
幸い、手元には多くの軍船がある。しかも、カルタゴ攻めの準備のため、直ちに出航が可能な状態にあった。カプアまで辿り着けば、そこからは整備された街道が、ローマ国家の北端アリミヌムまでまっすぐ伸びている。
「な、なるほど。それならば間に合うかも知れませんな」
「かも知れない、ではない。絶対間に合わせるのだ。悠長にしておれば、スキピオ殿が北方で孤立してしまうであろう。それは我がローマにとって一大事ぞ」
翌朝。
リリュバエウムに駐留する、センプローニウス率いる二個軍団は、全員軍船に乗り込むと、帆を一杯に張りすぐに出航した。
旗艦の甲板の上には、明日の戦場を思い、勇躍するセンプローニウスの雄々しい姿があった。
|