新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第5章アルプスの章

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 処罰(続き)
 ハンニバル軍は、戦利品としてタウラシアに貯蔵してあった食糧・物資を没収した。
 将兵らは、ようやくここで満腹となった。久々に美酒を呑むこともできた。何よりも、屋根のある宿舎に身を横たえ、心行くまで身を休めることができた。
「これで人心地がついたよ」
「ようやく生き返ったわい」
 褒賞も与えられたこともあり、軍中のどんより澱んだ表情はすかっと一掃された。



 が、この間、ハンニバルは休む間もなく働いていた。
「マゴーネよ。兵糧は確保できたか」
「はい」
 弟のマゴーネも、兄の側にあって猛烈な仕事ぶりであった。
 何分、総司令官の兄は休むことを知らない人物。必然、幕僚たちも懸命に働かざるを得ない。他のマハルバルやらヒッポクラテスも、様々な任務やら調練などで駆けずりまわっていた。
「このタウラシアの倉庫から徴発した分に加え、周辺諸国から続々兵糧が届けられております。当分困ることはありますまい」
 周辺諸国は、タウリニ族に下された苛烈な処分を見て、驚き慌てて忠誠を誓いに馳せ参じ、あわせて食糧物資をせっせと運びこんできていた。



 そこに衛兵が現れて告げた。
「総司令。マガルス殿が御戻りです」
「おう、そうか」
 マガルスは、いったんボイイ族の領地に戻っていた。新手の兵を引き連れ、ハンニバル軍の一翼を担う段取りであった。
「総司令官閣下」
 彼は、ボイイ族長の正装で現れた。重厚な外套を身にまとい、美しく鍛えられた鉄の鎧を身につけていた。
「ボノニア(現ボローニャ)から三千の兵を連れてきましたぞ。これで、閣下の軍の一翼を任せて頂けまするな」
「おう、マガルス殿、感謝いたす」
 ガリア人の加勢がなければ、ローマという大国と戦うことは不可能である。
もし、ローマが総力を挙げて動員をかければ、百万の兵を集めることも不可能ではなかったからだ。この時代、これほどの動員力を有するのは、世界を見渡しても、ローマの他は、遥か東方の、中国を統一したばかりの秦帝国ぐらいであったろう。
「総司令に手土産がありまして…」
「ほう。それは何かな」
 マガルスは従者に目で合図した。
 すると、別室から三人の人物を連れて来た。ローマ人である。
「この者たちは、先に蜂起した折りに捕らえた者たちです」
 それは、先にローマ人入植者に土地を分配するために派遣された、土地委員のカトゥルスたち三人であった。
「お前が…ハンニバル…」
 カトゥルスは、そこに立つ人物が敵の総司令官と知ると、目を大きく見開いた。

処罰−アルプスの章38


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 処罰 
 そのハンニバルは、次にタウリニ族の処分にとりかかった。
 本営には、部族の者たちから、蜂起参加者の助命の哀訴が山の如く届いていた。
「何とぞご容赦を賜りますよう」
「御寛大な措置をお願いします」
 大勢の部族民が不安な顔を集めて、門前に群がり嘆願していた。
 ハンニバルは、今は本営となった族長の館に長老たちを招いた。
「今回の蜂起に参加しなかった者は安心せよ」
 マニアケスの通訳でそのことを伝えた。
 部族の存続自体を懸念していた長老たちは、安堵のため息をついた。
 とはいえ、ハンニバル、このまま済ますつもりは毛頭なかった。
 彼は、山岳ガリア人の襲撃から、このタウリニ族の蜂起に至るまで、ガリア人に対してほとほと愛想を尽かしていた。
(信義乏しきガリアの諸部族に対する強烈な見せしめとせねばならぬ)
 断固たる決意を固めていた。



「…して、蜂起に参加した者はどうなりましょう」
 長老の一人がおずおずと尋ねた。蜂起には、有力家門の大半が与していた。
 それら親族の、助命の期待を、彼ら長老たちが一身に背負っているわけだ。
「強いられて参加した者は許す。獄からすぐに出してやろう」
 ハンニバルは、まずは寛大にそう言った。
「おお、ありがたきお言葉」
「だが…」
 ハンニバルの穏やかな目が、一転厳しくなった。
「族長とその取り巻きは一人とて許さぬ」
「えっ」
「全員、鞭打ちの上、磔刑に処す」
 カルタゴ流の極刑である。
「そ、そんな」
 長老たちは愕然とした。
 皆、その場に平伏すると、額をこすりつけるようにして嘆願した。
「不始末を仕出かした者どもではありますが、我らが頭領とその一党」
「そのとおりです。お願いでございます。死一等減じて頂きますよう」
 こもごも訴えた。
 近親者も混じっていたに違いない。取り乱す者もいた。
「無慈悲だ!」
「そうだ!王者としての寛容を我らに与えたまえ!」
 ガリアの言葉を全て解するマニアケスは、忌々しそうに舌打ちした。
(全く身勝手なことよ。こんな連中を許せばつけ上がるだけ)
 そう思って主を見た。
 その主は、いつものように静かな表情をしていた。



「諸君、聞きたまえ」
 ハンニバルはきっと人々を見た。そして、ちらとマニアケスを見た。
(意を汲んで訳せよ)
 そのことだ。彼女はこくと頷いた。
「正義とは何か」
 ハンニバルは言った。そして、マニアケスが伝えた。
「それは道理に違わぬこと。タウリニ族長は、我が軍の到来前、他の部族同様我がカルタゴに味方することを神に誓った。彼はその誓いに反した。これ以上の不正義があろうか」
 長老たちは沈黙した。その通りだったからだ。
「この不正義を正さずして、私は人々の上に立つ訳にはいかない。不正義を正さずして、ローマという強敵に打ち勝てようか。新たな平和を築けようか」
 助命の願い空しく、族長とその一党の死罪が決まった。
 族長とその重臣たちは、裸に剥かれ広場に据えられると、さんざん鞭打ちを加えられた末、磔刑に処せられた。
 この話が瞬く間にパドゥス川流域に広がり、こっそり二股を考えていたガリア人諸族は震え上がったという。

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 褒賞(続き)
「そして、マガルス」
 ハンニバルが彼の名を挙げていた。
「え」
 マガルスは驚き振り向いた。
 すると、ハンニバルが、笑みを湛え、彼を手招いた。
「身の危険を顧みず、我が軍のアルプス越えを先導し、このタウラシア攻めにおいて身を投げ打って城内に先んじた。その功績は大である。よって、これを授ける」
 黄金造りの剣を与えた。
 マガルスが、それを鞘から抜くと、きらきら光り輝いた。
 バルカ家所蔵の名剣の一つであろう。
「おお…これは…なんと見事な」
「そして、これはそなたの手の者に与えよ」
 そういって、金貨の一杯詰まった袋を手渡した。
「一方ならぬ苦労をかけた。感謝いたす」
「ありがたき、ありがたき」
 マガルスは感涙にむせた。
「これからも頼むぞ。ボイイ族の長よ」
「お任せ下さいませ。必ずや…必ずや」
 マガルスは胸を叩いて幾度も幾度も誓っていた。
 その後も、働きに応じ将兵に褒賞が与えられた。
 広場を埋め尽くした将兵たちは、沸きに沸いた。



 マニアケスは、味方の興奮をよそに、街の中を流れるパドゥス川の畔に立っていた。
 ぽつねんと一人。そう。彼女はいつも一人だった。
「総督様。これで、少しはお役に立てたでございましょうか」
 水面に小石を放り投げた。
 彼女の粉骨砕身、命を賭けた闘い。これ全て、亡きハシュドゥルバルに捧げるもの。
(そのわたくしが、この世の栄誉など欲しがるわけがない)



 その彼女に、一つの影が近付いた。
「誰だ」
 振り返ると、仏頂面のマゴーネが立っていた。いや、強いてそんな表情を作っている、そう見えなくもなかった。
「これは弟君…いかがなされましたか?」
「兄が…これをそなたに与えよと仰せだ」
 マゴーネ、ぶっきらぼうにそう言うと、小袋を彼女に手渡した。
 マニアケスが紐を緩めると、木製の小さな女神像が転がり出た。
「これは…」
「それは亡き義兄上ハシュドゥルバル殿が、護身用に肌身離さず身につけていたもの。豊穣の女神をかたどったものだそうな」
「これが…」
 マニアケスはまじまじ見詰めた。
 それは、およそバルカ家の絢爛豪華な装飾とは縁遠いものだった。恐らくは、家門興隆の初めから、累代父から子へと譲り受けられたものであろう。だから、女神の顔の細部が分からぬぐらいにすり減っていた。
(ハシュドゥルバル様…)
 マニアケスは、そっと撫でた。
 昨日の事のように、ハシュドゥルバルの慈しみに満ちた笑顔が甦る。イベリアの総督として、大地に恵みあらんことを常に願っていたものであろう。



「義兄の死後、ずっと兄ハンニバルが身につけていたものだ」
「これを…」
「こたびの褒賞としてそなたへ与える、それが兄…いや総司令のお言葉だ」
「弟君…」
 マニアケスは、みるみる瞳を潤ませた。
 ひざまずくと、マゴーネの手を取った。
「む」
その手はアルプス越えとタウラシア攻めの働きで随分と荒れていたが、女性らしい柔らかさと温もりが伝わってきた。
「ありがとうございます。ありがとうございます…」
 繰り返し礼を述べる彼女の姿に、マゴーネは口を真一文字にしていたが、何かを堪えるように空を見上げた。

褒賞−アルプスの章38


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 褒賞
 タウラシア城内各所でなおも抵抗は続いたが、そこは厳しく訓練されたハンニバル軍。翌未明までに、城内の拠点を悉く制圧し、その掃討を終えた。
 その日の午後。
 総司令官ハンニバルは、主力部隊を率い、堂々入城した。
 沿道に並ぶ部族民の不安そうな眼差しが、彼を出迎えた。



 ハンニバルは将兵を広場に勢揃いさせると、今回の論功行賞にとりかかった。
「エピギュテス君」
 決死隊の隊長を前に呼んだ。
「ははっ」
「第一の功は、そなたである。よって、これを授ける」
 それは将の証、深紅のマントである。元来バルカ家の面々しか着用できないものだ。
 破格の賞であった。
「これはありがたきこと」
 エピギュテスは感激した。
 この褒賞に将兵らも納得顔であった。
「大将の一人でありながら、身の危険を冒し、水路に飛び込み城中に突入された」
「天晴れな働き」
 拍手が沸き起こり、誰もが彼の勇を称えた。



 が、この様子を憮然と見ている男がいた。
 マガルスである。隣にはマニアケスが立っていた。
「おい、マニアケス」
 ガリアの言葉で語りかけた。
「何か」
「これでいいと思うのか」
「何が」
「今回の功の第一はお前だと思うのだが…」
 今回の策は、彼女たち決死隊が水路より城内に潜入し、内より味方を迎えるもの。
 が、潜入はやすやす行われた訳ではない。
 水路の途中には、強固な遮蔽物があった。
 格子状の分厚い板が行く手を妨げたのだ。
(おい!どうするんだ!)
 何分水中のこと、エピギュテスをはじめ味方は恐慌に陥りかけた。
(慌てるな)
 ここでも活躍したのは、マニアケス。
 彼女の巧みなナイフさばきにより、格子の一つを切断し、瞬く間に遮蔽物をいとも簡単に取り除き、突破することができた。ために、全員溺れることなく無事に城内に潜入することができた。
 あとは、城兵の隙をついて城門を内から開けて味方を迎え入れたという訳だ。



「ふふ。ボイイ族の長よ、貴殿も意外とものを知らぬような」
「なんだと」
「怒られるな。私はそなたの言葉に感謝している。が」
「が、何だ?」
「私は、このような姿でここに控えてはいるものの、あくまでも日陰者。表に出てはならんのだ。総司令も、わたくしを賞する訳にはいくまい」
 エピギュテスを隊長としたのは、そのためであった。ギリシア人傭兵隊長ヒッポクラテスの弟でもあり、名目上の重しとして申し分ない。
「…でも、お前は、あの渓谷の戦いでは、武者の姿となり味方を励まし、獅子奮迅の働きを見せたではないか」
 そう。彼を始め味方はどれほど勇気づけられたか知れない。
 あのときも、ハンニバルは彼女を称揚することはなかった。



「あれは…やむを得ずにしたこと。日向に出た訳ではない」
 マニアケスは微かに笑った。
「…でも、それでいいのか」
「私は働き場所を与えられている。それで充分満足だ」
 そういって彼女は踵を返し立ち去ろうとした。が、ふと振り返った。
「ボイイ族の長よ、ありがとう」
 その笑顔は、敵を震え上がらせる、常の怜悧なものではなかった。人としての温かみがあった。
「お、おう」
 マガルスは戸惑い、その彼女の背をじっと見詰めた。



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 水中から攻め入る(さらに続き)
「なんと…」
 族長は茫然とした。
「もうここも危険です!一刻も早くお逃げください!」
 と、その時、館の外が騒がしくなった。
 族長は慌てて窓辺に走った。
 すると、街のあちこちから炎が上がっていた。カルタゴ兵による放火に違いない。
「ば、馬鹿な!一体どこから入ったのだ!」
 族長は愕然とした。
「族長!とにかく逃げ落ちなければ!」
 そう。敵の目標はこの居館。事実、松明の群れと敵のものと思われる喚声が、みるみる接近してくる。
「東門から逃げるのだ!」
 勝利の宴も一変、酔いも一度に吹っ飛んだ。人々は、蒼い顔を抱え、剣を手に館から飛び出した。



 族長たちは、馬に懸命に鞭打ち、通りを疾駆した。
「あああっ」
 突然、族長は手綱を引いた。
 前方から騎兵隊が殺到してくるのがみえたからだ。
 マハルバル率いるヌミディア騎兵隊である。
「おお!あそこにいたぞ!」
 マハルバルは勇躍した。
「皆の者!奴を討ち取れ!」
 ヌミディア騎兵が喚声を上げ、飛ぶように突進してくる。
「わわわ」
 族長は仰天し、馬首を慌てて巡らせると、反対方向に一散に駆けだした。



 が、しばらく進むと、またしても手綱を引いた。
「あっ、ここにも」
 道をびっしり兵が塞いでいたからだ。
 カルタゴ重装歩兵の一隊である。
 将が一人、颯爽と前に進み出た。
 それは、族長が、みすぼらしさゆえに侮った紅顔の将。
 が、今はカルタゴの名家の子であることを示す華麗な鎧に身を包み、深紅のマントを翻していた。
「私はカルタゴ行政長官ボミルカルの子ハンノンである。もはや逃げ道はない。大人しく降伏せよ」
 堂々たる武者振りであった。
「あ…あ…」
 族長は自身の不明を悟ったが、時既に遅かった。
 戦意を失い、うつむいて唇を堅く噛んだ。
「それっ、捕らえよ!」
 カルタゴ兵はわあっと族長たちを取り囲むや、馬から引きずりおろし、悉く捕縛してしまった。



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