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※ハンニバルのアルプス越えのルートの諸説です。GNUフリードキュメントライセンスに基づいて掲載しています。
※この物語では、『島』の位置、『裸岩』(シャトークイラ)の所在、峠の手前の平地の所在から、イゼール川(Isere)を遡り、ドラック川(Drac)に分け入り、デュランス川(Durance)に至り、ギル川(Guil)に誘い込まれ、トラヴェルセッテ峠(Traversette)を越えるルートを念頭に置いています。
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驕れる者に鉄槌を
イタリアの地に入ったハンニバル軍は、アルプスの麓で数日、体を休めた。その間、付近から調達した兵糧で腹をいくばくか満たし、英気を養うことに努めた。
兵の顔色は随分とよくなった。
とはいえ、満腹とまではいかなかった。二万六千の兵の腹を一杯にしようとすれば、烈しい略奪を伴うが、ここはハンニバルにとって大事な土地。対ローマ戦の後背地であり、同盟相手のガリア人の住む土地に近い。むやみに乱暴はふるえない。
「今しばらく我慢せよ。同盟国から兵糧を調達するであろうから」
ハンニバルは味方をなだめ、進軍を再開すると、パドゥス川(現ポー川)沿いを北へ下り、やがてタウリニ族の土地に入った。
彼は、そこで軍勢を止め、ボミルカルの子ハンノンを呼んで命じた。
「そなた、マガルスと共にタウラシア(現トリノ)に向かい、タウリニ族長に兵糧の支援願いたいと申し伝えよ」
「かしこまりした。早速に」
「よいか。我らは、あくまでもローマと戦うためやってきたもの。貴国に迷惑をかけるつもりはない、否、貴国の友人である、そのことをよく伝えるのだ」
総司令官は念を押した。イタリアにあるガリア人を味方につけねば、ローマと戦うことは不可能だからだ。間違っても傲慢な色を見せる訳にはいかない。
「よく心得ております」
ハンノンは胸を叩いて見せ、出ていった。
ここタウラシア。ガリア人部族の一つタウリニ族の主邑である。
「ほう。カルタゴのハンニバルが我らに援助を求めていると?」
「はい。アルプス越えで兵糧尽きたゆえ食糧を分けて頂きたいとの申し入れです」
「ふーむ」
族長は考え込んだ。
(確かにローマの増長は許し難い…)
ローマの勢力は、この頃、日に日に迫っていた。植民都市プラケンティア、クレモナを建設し、次第にパドゥス川上流域へと伸ばしていた。ローマの当面の目標が、パドゥス川流域の制圧にあることは明らかであった。
(といって、ハンニバルに味方してよいものだろうか)
ハンニバルは、ローマの最も警戒する敵となっている。それに味方することは、ローマに正面切って敵対することになる。もし、ハンニバルが敗れれば、戦後、この地から追われることとなってしまう。
「とにかく、使者と会うてみるとするか」
族長は別室に向かった。
「おう、そなたも来ていたか」
族長はマガルスを見てそう言った。部族は異なれど同じガリア人。
「お久しゅうござる。今日は、御使者の通訳として参りました」
「…そうか」
「カルタゴ軍の使者ハンノンにござる」
「これはこれは」
挨拶した族長だったが、途端に、その顔に明らかな憫笑が浮かんだ。それは、使者ハンノンの服装があまりに傷んでいたからだ。
(アルプスを越えただけで、こんなに弱り切っているのか…)
確かに、彼らアルプスの麓に住むガリア人からすれば、アルプスを越えるなど大したことではなかったろう。イサラス川(イゼール川)沿いをまっすぐ進めば、アルプスとて、さしたる難路ではないからだ。
(こんな連中に味方してローマと戦うなど危険だぞ)
族長は、カルタゴに期待する熱が、急速に冷めていくのを覚えた。
が、ハンニバルたちは、略奪の欲望に駆られたガリア人の無数の襲撃に苦しめられ、それに耐えてアルプスを越え、このイタリアの地に入ったのだ。
だから、ハンノンの身なりがみすぼらしかったのも当然なのだが、族長はそこまで思い至らなかった。
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