新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第5章アルプスの章

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 アルプス越え−道を切り開く(さらに続き)
「人々よ!諦めるなっ!」
「今こそ勇を奮わせよ!」
 ハンニバル、そして、マゴーネが馬から飛び降りた。居ても立っても居られなくなったものだ。マニアケスも駆け付けた。そして、鉄棒の端を握った。
「さあ!力の限り岩を突くのだ!」
 ハンニバルが叫んだ。
 総司令官自らあたるのだ。兵らは奮い立った。
「えいえいおー」
「えいえいおー」
 全員心を合わせ渾身の力で突いた。一心に突き続けた。
 誰もが汗びっしょりとなっていた。



「諦めるな!諦めねば道は開ける!」
 ひたすら突き続けた。いつの間にか、他の大将たち、ヒッポクラテスやマハルバル、ボミルカルの子ハンノンも駆け付け、その作業に加わっていた。
 彼らは交代交代に、懸命に、必死に、どすんどすんと突き続けた。
 これも生死を賭けた戦いに他ならなかったからだ。
 必死の作業を繰り返すこと数刻あまり。
 ついに、岩盤にぴしと亀裂が一筋入った。
「おおっ!」「あと一歩だ!」
 その亀裂の部分目掛け突き続けた。
 そしてついに。
 強固な岩盤が、突然、がらがら崩れ始めた。
「危ない!みんな下がれ!」
 岩の半分が崩れ落ち、轟音と共に谷底に落下していった。
 そして…。
 向こうへの道が、ぽっかりと開いた。



「やったー!」「うおわぁ!」
 異様な歓喜の叫びが沸き起こった。
 技師も兵も男泣きしていた。汗と泥でまみれた顔をくしゃくしゃにしていた。
「よくやった!よくやったぞ!」
 ハンニバルは皆と握手して回り、肩を叩いて、その奮闘を称えた。
 アルプスの寒空に、人々の熱気が天高く上がった。



 ハンニバルは、まず馬と象を通し、向こうへと渡した。
 そして、草地に放つと、存分に草を食ませた。彼らも、ここ数日何も胃袋に入れておらず飢えていたからだ。だから、無我夢中に下草を食んでいた。
 そこで少し兵を休ませると、すぐに行軍を再開した。なにせ兵糧が乏しい。早く下山して食糧を手に入れ、兵の空腹を満たさねばならない。



 難所を通過して三日後。
 軍勢は麓に辿り着いた。登攀を開始してから十五日、ハンニバルはついにアルプスを越えたのである。
 新カルタゴを出発した時、麾下に十万の兵を従えていたが、今、彼の許にあるのは、歩兵二万、騎兵六千の総勢二万六千足らずであった。途中の脱落や、アルプスでの遭難、ガリア人の襲撃で、四分の三の兵力を失ってしまったのだ。
 だが、ハンニバルは意気を阻喪することなど全くなかった。
「着いた…やっと着いたのだ」
 そう。そこは、もうイタリアであった。
 これからが、ここからが、彼の本当の戦いの舞台であった。



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 アルプス越え−道を切り開く(続き)
「総司令」
 馬前に一人の兵が進み、兜のひさしを上げた。
 マニアケスである。
「お前か…何か良い手はあるか」
「お味方に鉱山技師が従っている筈。彼らの力を借りるべきかと」
 元々、彼らを連れて来たのは象軍の渡河を円滑にするため、そしてイタリア征服事業の過程で鉱山開発に従事させるためであった。金銀を得ることは、軍の維持だけでなく、国家経営に欠かせぬものであるから、ハンニバルの用意周到な備えといえよう。
 マニアケスは、彼らの力で、この立ちふさがる岩々を正面突破すべきだと進言しているのだ。
「そうであった。彼らがいた」
 総司令官は、最後方に従う民間人の一隊に伝令を派し、鉱山開発を専門とする技師たちを呼び寄せた。



 彼らは、一団となって現れた。
「総督閣下。お呼びにございまするか」
「そなたらの出番がまたやって来たぞ」
「は。何をいたせばよろしいので」
「これをなんとかしてもらいたい」
 ハンニバルは前方を指差した。
「これは…」
 技師たちは息を呑んだ。
 彼らは、イベリアの様々な鉱山の探鉱・開発に携わった、いわば猛者中の猛者。その彼らでさえも絶句した。
「人員はいくらでも使ってよい。あらゆる工法を用い何としても道を切り開くのだ」
「できなければ死罪…にございますか?」
 最年長の技師はおずおずと訊いた。カルタゴの厳しい軍律を知っていたからだ。
「ふ」
 ハンニバルは苦笑いした。
「道開かなければ、皆で凍え死ぬだけ。しくじれば我ら全員死罪ということになる」
 そう。生きるためには前進あるのみであった。



 すぐに作業が始まった。それは気の遠くなるような過程であった。
 まず、小さい石やら土砂は兵たちが力を合わせ懸命に取り除いた。
 膨大な量の土砂である。しかも足場は悪いときている。それを手で掻き寄せ袋に入れ、後方の者に次から次と手渡し、谷底や傍らの窪地に放り捨てていく。その作業に数時間を要した。
一通り終わったとき、辺りは真っ暗となっていたが、全将兵、代わる代わる突貫で工事にあたった。
 そして、ようやくのことで巨大な岩盤に到達した。技師たちの出番である。



「油を注げ。火も起こしておけ」
 最年長の技師が采配にあたった。
 若い技師が油の壺を運んで来て、ふたを開けて、柄杓に救うと、岩盤を叩きながら、弱そうな箇所に注いで回った。そして、別の技師がその間に火打ち石で器用に火を起こし、松明に点火した。その松明で岩に近付けると、たちまち炎がめらめら上がった。
 半刻あまり燃えるに任せ、やがて炎が小さくなり始めると、
「火をそっと消せ。そして、酢をたっぷりとかけよ」
と指示を下した。
 火を布切れで叩いて消していく。雪で消さないのは熱を保つため。
 若い技師たちが、燃えていた個所に酢をふりかけて回った。こうすると岩盤が脆くなるらしい。長年の経験で培われた技法であろう。
 寒風吹きすさぶ中、彼ら技師たちは汗だくであった。



「よし、鉄棒を持ち出せ」
 指示を下してから、最年長の技師は、ハンニバルの方を仰いだ。
「総督閣下。お味方の強力自慢の兵をお貸しくださいませ」
「よろしい。すぐに集めよう」
 総司令の命により、たちまち軍中の力自慢が集まった。
 その中には、案内役を務めるマガルスも混じっていた。



 巨漢揃いの将兵が数十人、図太い鉄棒をぐっと握りしめた。
「さあ!思い切り突くのだ!」
 最年長の技師の合図に、鉄棒の尖った先端をがんと岩にぶち当てた。
 が、びくともしない。
「もっと思い切り突くのだ!」
 二度、三度、岩盤にがんとぶつけた。
 が、かけらが飛び散るだけでびくともしない。
 幾度繰り返しても結果は同じであった。
「これは…とても駄目だ…」
 兵たちは肩で息をつき、へたり込んでしまった。
 技師らも途方に暮れ、暗然とした顔を見合わせた。


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 トラヴェルセッテ峠を下ったところのクリッソーロという集落です。イタリア領です。
 流れる川は、ポー川(パドゥス川)の源流となります。


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 アルプス越え−道を切り開く 
 ハンニバルは将兵を集めた。
 岩の角に上がって見渡すと、案の定、どれも暗い顔ばかり。
「諸君!よくここまで耐えてくれた!が、それもあと僅かである!」
 総司令官の言葉にも、反応を示す者は少なかった。絶望的な戦いの連続、それに追い討ちかける飢餓に、すっかり精気を奪われていたのだ。
「諸君、あちらを見たまえ!」
 ハンニバルは、背後の、峠の彼方を指差した。
 そこには、麓への下り道を望むことができたが、あいにく薄く雲がかかっていた。
 晴れていれば、パドゥス川(ポー川)流域、北イタリアの平野が一望できる筈であった。
「あの雲の先こそイタリアの地である。我らの目指す土地である」
 その言葉に、兵らは我に返ったかのように、目をそちらに向けた。
「おお」「あそこが…」
 そう。そこを目指しての苦難であった。が、何故そこを目指すのか、それを思い起こすこと自体疲弊しきった頭脳には億劫なことであった。
「諸君!もうすぐなのだ!麓にあるのは我らの同盟国!道先案内を務めてくれたマガルスの故郷!我らの味方の土地である!」
 ハンニバルは語気を強めた。
「これまでの苦難を乗り越えた我らに立ち向かえる敵は、あの土地にはいない!我らはイタリアの主となる!諸君はローマ人の財宝と土地を手に入れるのだ!」
 やはり、人間が元気になるのは、欲望が充たされる時、それが叶えられると思う瞬間だ。兵らの目に生気が甦って来た。
「そうだった」
「我らは豊かな土地を手に入れるのだ」
「この苦しみはそれを購うための代償」
 兵は囁き合った。
 ハンニバルは、ようやく息をついた。絶望の下にある人々に希望を与えるのは骨の折れる仕事であった。
「さあ!諸君!元気を出して峠を下るのだ!胸を張り正々堂々の軍勢がやってきたことを同盟国の人々に知らせるのだ!そして、敵を畏怖せしめるのだ!」
「おおお!」
 兵は歓声を上げた。



 ハンニバルは、苦心の演説により、なんとか兵の士気を取り戻した。
 アルプスの頂に立ったハンニバルであったが、苦難はこれで終わりではなかった。
 先に、イタリア側のアルプスは麓までの行程が短いといった。それすなわち勾配が急であるということ。また、登山において注意すべきは下山のときとされる。このアルプスにおいても、下山する彼らを、最大の難所が待ち構えていた。



 ハンニバル軍は行軍を再開した。
 モンテ・ヴィーゾ山の脇のトラヴェルセッテ峠を越え、崖と川の道を、ゆっくりと下った。というのも、辺り一面には早くも雪が積もり、足を滑らせてしまえば、あっという間に崖下へ転落してしまうからだ。
 ハンニバル軍は、一歩一歩足場を確認しながら、慎重に歩みを進めた。
「あっ」
 先頭を進むマガルスが叫んだ。
 すると、崖崩れがあったものであろう。山道が土砂や岩石に埋もれていた。彼方には巨岩が地面に刺さり、向こうが見通せなかった。
「総司令、これでは進めませぬ」
「ならば、迂回できる道を探れ」
「はっ」
 マガルスは、手の者に命じ、二手に分け間道を探らせた。



 その間、ハンニバル軍は、寒風の中、立ち往生のほかなかった。凍えぬよう身を縮め、体を寄せ合った。
そして、随分時が経ち、しびれが切れそうになる頃、マガルスの手の者は全身雪と泥だらけになって戻って来た。彼らも必死に探索していたものであろう。
「どうであった」
 ハンニバルが早速に訊いた。
「駄目です。雪深く積もり、とても軍勢を進めることはできませぬ」
「そちらはどうであった」
「無理です。道は全て凍てつき、足を踏みしめることもできませぬ」
 ついに恐れていた事態が生じたといえよう。冬の到来により、早、道が閉ざされ始めていたのだ。ここで足止めを喰らえば、兵糧もないこと。全滅してしまうしかない。
「むうう」
 ハンニバルは追い詰められた猛獣の如く唸った。
(進みも引くもならぬ…どうすればよい)



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 アルプス越え−人と動物の境(続き)
「まだ早い」
 熟慮の末、主はそう答えた。
 ソシュロスはほっとし、目を下に落とし、再び筆を走らせ始めた。
「まだ…とは?」
「我が軍はそこまで追い詰められてはいない」
「仰せなれど、兵の空腹は限界に…」
 おそらく、大柄な彼も、飢餓に苛まれていたものであろう。
 ハンニバルは手を上げて遮った。
「人としての尊厳なくば品位なし。品位なくば、いかに武勇誇ろうとも、我らを襲った山岳民と変わりはない。イタリアの諸国の人々の支持は得られまい。そなたの策は最後の手段。まだ早いのだ」
 丁寧に諭し、その上で、なおも釘を刺した。
「もう少し待て、よいな」
 誰か一人タガが外れてしまえば、餓狼の軍のこと、あっという間に人肉を喰らう悪徳が蔓延してしまう。下手すれば、飢餓地獄即ち殺し合いとなり、収拾がつかなくなる恐れがあるからだ。
「…はい」
 モノマクは不満そうに口をつぐみ、持ち場に帰っていった。



「先生」
 ハンニバル、ソシュロスに声をかけた。
 記録官の彼は、いわば歴史という舞台の黒子役。だから、舞台に立つ役者であるハンニバルと、裏方のソシュロスは人前では会話をなるべく交わさない、いつの間にかそんな暗黙の了解ができていた。
「はい」
「かかる意見が出るとは…。兵らの士気はよほど下がっているような」
「は。この二・三日ほどは、満足に食べてない者も多いでしょうから」
「…そうか」
 ハンニバルは立ちあがった。
「いずこへ参られます?」
「将兵を元気付けて参る」
「え」
「先生も参られよ。眺めておいた方がよい」
「眺める?」
「そうよ。最初で最後となろうからな」
 ハンニバルは屈託なく笑った。


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 アルプス越え−人と動物の境
 ハンニバルの幕舎には、将官達が、引きも切らず、入れ替わり立ち替わりやって来る。
 一連の危難を経て、ようやく大将の許を訪れる余裕が生まれたからである。となると、様々な報告もしなければならず、決裁も仰いでおかねばならない。
 この幕舎こそが、只今、バルカ家の政府なのであるから。



「総司令」
 ギリシア人傭兵隊司令官ヒッポクラテスがやって来た。
「どうした」
「兵糧がほとんどありませぬ」
「そうか。細くして配給せよ」
 ここでの兵糧の調達は不可能。峠を下り麓に出るまで堪えるしかない。
「細くしても、数日しか持ちませぬ」
 なにせガリア人の襲撃でかなり略奪されてしまったし、激戦の最中、荷駄などに構っていられなかった。幸い兵糧の大部分は取り戻したものの、生き残った三万人の兵により、あっという間に食い尽くされてしまっていた。
「大丈夫だ。その数日間で麓に出る」
 ハンニバルには目算があった。
 彼は、マガルスよりアルプスの地形のありようを詳細に聞きとっていた。
 アルプス山脈は、フランス側は長い行程を経てようやく頂に達するが、イタリア側から登攀すれば短い行程で頂に達することができる。つまり、峠をイタリア側に下れば、数日で、麓の平原に出ることができる筈であった。



「総司令」
 体格のずば抜けた男が進み出た。
「なんだ、モノマク」
 モノマク。副官の一人でハンニバル近くに仕えていた。
 モノマクとはカルタゴ語で格闘家という意味である。あだ名で呼ばれていたのは、本名がハンニバルであり、総司令官と同じ名前であるからだ。
「こうなっては仕方がありませぬ」
「なんだ」
「死骸の肉を喰らうしかありませぬ」
「なにっ」
 異様な声を上げたのは幕僚たち。
「飢え死にしては閣下の大望もかないませぬ。人肉を喰ろうても生命を繋ぐべきかと存じます。なに、他の食糧に混ぜて配給すれば、将兵には分かりませぬ」



 人倫にもとる行為を、モノマクは平然と進言した。
 いや、それは生命の危機にある生命の自然な声なのかも知れぬであろう。生死の境に追い詰められ、人間性が剥がれ落ち、動物の本性が剥き出しとなるのだ。
「生きたい、何を喰らっても」
 それは、動物ならば自然なこととはいえ、人間性を保つ者からすればおぞましいことでしかない。
 記録に徹するソシュロス、思わず筆を止め、記録の対象である主の姿を見た。
 意外にも、その人物は考え込んでいた。
(まさか…)
 思わず息を呑んだ。



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