新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第6章カンネーの章

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※両軍の当初の隊形は4月23日、その後の展開は5月14日の分を御覧下さい。

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 空前の大勝利(続き)
 ローマの重装歩兵は、執政官を失っても戦い続けた。
 四方全てを敵に包囲されても、持ち場から下がってはならぬとの、鉄の掟を護持し懸命に戦い続けた。



「総司令」
 マニアケスが言った。
 いつの間にか、彼女はハンニバルの許に戻っていた。
「我が軍の包囲から、ちらほら逃れる敵兵があるようですが…」
 そう。なんとか血路を開いて、あるいは抜け出てくるローマ兵がちらほら散見された。彼らはアウフィドゥス川に飛び込み、対岸に渡っていく。
「ふふ。敵兵にも知恵のある者は多少おろう」
 リュビア人歩兵にローマ軍の鎧兜を着用させているのだ。ハンニバルとしては、当然、このことは予見していたであろう。
「御見逃しになりますので?」
「問題ない」
 ハンニバルは言った。
「たとえ、あの中に敵将パウルスが紛れていたとしても、だ。敵の主力を殲滅すること、それ自体に意味があるのだ」
 そう。ハンニバルは、敵将を討ち取るといったことに、全く執着していなかった。
 現に、もう一人の執政官テレンティウスを取り逃がしたとの報告を聞いても、眉一つ動かさなかった。
(勝利の事実、それこそを得なければならぬ)
 それが得られるのならば、敵兵を一人も殺す必要はないとすら思っていた。
(勝利こそが、この世界を変えることができる)
 世界を変えるためにこそ、彼は苦闘を続けてきたのだ。



 ハンニバル軍の包囲は、急速に収縮した。
 ミヌキウスもゲミヌスも、力尽き倒れた。
 ローマ軍は中心に向かって崩壊し始めた。
 そして。
 ハンニバル軍の猛攻は、中心に到達した。
 ローマ軍六万はここに全滅したのである。



 やがて。
 カンネーの地に、ハンニバル軍将兵の凱歌が轟き渡った。
「ハンニバル閣下万歳!」
「カルタゴ万歳!」
 この史上空前の大会戦で、ハンニバルは、完膚なきまでの勝利を収めたのである。
 この勝利は、これまでのものとは比較にならぬ重みがあった。相手は自軍の倍の兵力、しかもローマの精鋭が勢揃いし、指揮官は屈指の名将パウルス。
 それを包囲撃滅してみせたのである。
 大地には、響くような人々の歓声が、いつまでもいつまでも吹き上がった。
 ハンニバルは、将兵の爆発するような歓呼を浴びながら、馬上進んでいく。
 夕日の光彩浴びるその横顔は、勝利者のそれとはおよそ違った。
 冷徹な厳しさを湛えていた。
(これから…これからだ。余が志を遂げるのは)
 彼は、静かに決意を新たにしていた。
 そう。ハンニバルは、この勝利を契機に、さらに大きく飛躍していくことになる。


 第6章カンネーの章終わり。第7章地中海の章へ続く。


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 空前の大勝利 
「御曹司!」
 旗持ちのディキトゥスが呆然とするプブリウスの許に駆け寄って来た。
「もはやこれまで。血路を開いて退却いたしましょう!」
「この期に及んで逃げるのか…」
 プブリウスは呟くように言った。
 尊敬してやまない義父の死に、体の全てから力が抜けていく心地がしていた。
(この先、生きる希望があるとは思えない…)
 つんざく喚声、飛び交う怒号、哀れな味方の悲鳴。
 周囲取り巻く絶望の光景に、思考が停止していた。



「御曹司!しっかりなさいませ!諦めるのは早うございますぞ!」
 ディキトゥス、声を大にした。

「ディキトゥス…お前一人で逃げるがいい」
「な、なにを言われる」
「私は、ここで戦って死ぬ。それこそが、名家の子としての責務。ローマに戻って弟ルキウスにそう伝えてくれ」
 そういうと、先ほど義父から渡された『星天の剣』を手に、ふらりと立ち上がった。
 敵の群れに飛び込み、戦死を遂げようというのであろう。
 人は、絶望の縁に追いやられると、むしろ死を望むようになる。死の先に安息を見出すのだ。



 その時である。
 胸ぐらがを掴まれたと思った途端、ぱあんと思いっきり頬を打たれた。
 勢い余ってプブリウス、その場に倒れてしまった。
「な、何をする!」
 驚いてディキトゥスの顔を見た。
「だから貴顕の坊ちゃんは駄目なんだ!」
 旗持ちの一兵卒は喚いた。
 もう身分の上下など関係ない。頭ごなしに叱りつけた。
「生きる望みがあればそれに賭ける!それが神に与えられた尊い命を抱く、我ら人間の務めですぞ!生の意味など後で考えなされ!」
 それは人間のどこかにある真実の叫びだ。



「う…」
 プブリウス、言い返せない。
 と、麻痺していた感覚がようやく甦ってきた。頬に強い痛みを覚えた。
(…僕はまだ生きている)
 自身の生命を感じた。と同時に頭脳が働き出すのを知覚した。
 頭脳は、ここを逃げ出すことができれば、と考え出していた。
(今日の敗北を糧に…また働きたい)
 強烈な欲求が体内から沸いて来た。
 それは生存の希求だ。



「よし!逃げよう!」
 プブリウスは泥まみれの顔で頷いた。
「おお!それでこそ!」
「ただ、この重囲をどうやっで脱するのか?」
 前面からカルタゴ人歩兵、左右からリュビア人歩兵、背後からカルタゴ騎兵隊と、全てを取り囲まれていた。
「手前に考えがあります」
「どんな」
「胸元の赤い布切れを捨てなされ」
「…そうか!その手があったか!」
 最前も述べたように、リュビア人歩兵は、トラスメヌス湖畔で分捕ったローマ式の武装をしている。つまり、布切れがなければ、敵味方の区別がつかないのだ。
 ディキトゥスは、小さく笑うと、こくと頷いた。
 二人は、胸元の布切れをぐいと引きちぎって捨てた。
「では、行きますぞ」
「おう」
 二人は、周囲の激闘を顧みず、右手の方、即ち、西の方に動き出した。
 味方を掻き分け掻き分け、ただただ生き延びるために、もがき続けた。

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 カンネーの戦い−包囲撃滅戦(続き)
 この頃から、戦況は明らかにカルタゴ優位へと変じ始めていた。
 対して、ローマ軍の重装歩兵たちは俄に恐怖を見せ始めていた。
「我らは四方全て包囲されている」
 そのことを認識した途端、絶体絶命の危機に陥ったと知覚した。そして、ローマ兵から勇気を奪い去り、戦意を喪失せしめ、人間元来の臆病に囚われる。



 ハンニバル軍の包囲の鉄鎖は急激に収縮した。
 今や、執政官パウルスの周囲には、リュビア人重装歩兵が殺到していた。
 豪華な執政官の軍装が、格好の標的となったのだ。
「それっ!敵将を討ち取れ!」
「敵将パウルスを討ち取れ!」
 千載一遇の機会に、彼らは餓狼のように群がった。
「おのれっ、リュビアの野蛮人めが!」
 パウルスは奮戦に奮戦していたが、リュビア兵は、濁流のように押し寄せた。
 そして。
 無数に繰り出される穂先の一つが、彼の体をずんと突いた。
「うっ」
 パウルス、たまらずどうっと落馬した。



「あっ、コンスル閣下!」
 プブリウス、馬から飛び降り駆け寄った。
 慌ててパウルスの上半身を抱き起こした。
「閣下!しっかりなさいませ!」
「…我が婿よ。余はこれまでだ」
 パウルスは僅かに笑った。
 その顔色はみるみる土気色へと変じていく。
「何を仰せになられます。すぐに後方へ御連れいたします!」
「この状況では…それは無理だ」
 周囲では、ローマ兵が身を盾に、必死に防戦している。



「な、何を仰せになられます」
 プブリウス、今にも泣き出しそうだった。
 彼にも分かっていた。迫り来る悲しい現実が。
「これを…」
 パウルスは、震える手で、『星天の剣』をプブリウスに渡した。
「閣下…」
「これはやはりスキピオ家のもの。次代の当主であるそなたが志を遂げよ」
「そ、そんな」
「我が娘アエミリアと我が息子ルキウスに告げよ。そなたらの父は、勇敢に戦い、祖国への崇高な義務を果たし、あの世へ旅立ったと…」
 それだけを言い終えると、パウルスは、がくとうなだれた。
「コンスル閣下!」
 プブリウスの呼びかけに、パウルスが応えることはもうなかった。
 紀元前216年8月2日、ローマの執政官ルキウス・アエミリウス・パウルスは、カンネーの地において戦死した。ここに、また一人、ローマの英雄が倒れたのであった。

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  ↑※下から上へ、第一の局面、第二の局面、第三の最終局面の順となっています。
   ※両軍の当初の隊形は4月23日の分を御覧下さい。

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 カンネーの戦い−包囲撃滅戦 
 ハンニバルの精鋭、カルタゴ人重装歩兵隊は、満を持して前進を開始すると、押し寄せるローマ重装歩兵部隊に真っ向ぶつかった。
 さすがに、イベリア以来、ハンニバルに忠誠を誓う軍団だけあり、ローマ軍団の進撃をぐっと押しとどめた。
 が、ローマ軍も必死である。ここを破らねば活路はない。
 そして、ここを打ち破りさえすれば、全軍の勝利なのだ。



「前面の隊を破れば、もはやハンニバルを守る者はない!」
 執政官パウルス、自ら馬を中央深く乗り入れ、これを一期と獅子奮迅を見せた。
 既に、自軍の三方を、リュビア兵の部隊、カルタゴ兵の部隊と、敵兵にぐるり囲まれる形となっていたが、いずれもローマ側が押しに押していた。
 だから、ローマ兵には包囲されているという感覚はなかった。
 中央を突破すべく進んだため、自然とこうなっただけであり、現に、ハンニバル直属の精鋭と戦っている。敵の総大将が手の届く場所にある。即ち、まさしく格好の決戦場に自分はある、そんな感覚に誰もが奮い立っていたのだ。
 だから、カルタゴ人の部隊が押し出して来るのを見ても、尻込みするような兵は一人もおらず、武勇を輝かせるは今とばかり、ここぞと攻め立てた。



(よし!あと一息!あと一押し!)
 パウルスは、スキピオ家より贈られた『星天の剣』を、敵兵の頭上に振り下ろした。そして、近づく勝利の足音を確かに感じ取っていた。
 が、その時、異変が起きた。
 重厚なるローマ重装歩兵隊の後方が、突如、どっと乱れ立ったのだ。
「どうした!何事か!」
 執政官パウルスは振り返った。
 そこに、兵が駆け込んで来た。
「大変です!背後に敵の騎兵隊が突入して来ました!」
「なにっ」
 パウルス、愕然とした。



 ハシュドゥルバルとハンノン率いる騎兵隊は、ローマ側の騎兵隊を木っ端微塵に撃破すると、すぐさま取って返した。
「それ!」「敵の歩兵を蹴散らせ!」
 意気天を衝かんばかりの彼ら、馬蹄響かせ、ローマ軍後方に突っ込んだ。
「あっ、敵兵だ!」「敵の騎兵隊ぞ!」
 ローマ兵は甚だ狼狽した。後方は、歴戦の勇者トリアリィ(熟練兵)が最後の突撃の出番を待って連なっていたが、その彼らをもってしても慌てた。
 重装歩兵は、元来、前面攻撃には滅法強いが、側面背後の敵には脆いという短所があった。しかも、相手は精強をもって鳴るカルタゴ騎兵にヌミディア騎兵。
 しかも、密集の隊形を取っていたため、すぐには後方に向き直ることができない。
 それゆえ、熟練の猛者たちの彼らも、カルタゴ軍の騎兵の繰り出す槍の穂先に、降り注ぐ矢の雨に、なす術なく倒れていく。



「わあっ!」「ひいっ!」
 後方の隊列は、どっと内側へと崩れていく。
「後ろへ向き直れ!騎兵隊を押しとどめよ!」
 ミヌキウスがやって来て声を枯らした。
 あと一時、あと一支えあれば、前方のハンニバルの歩兵戦力を粉砕できるのだ。
 だが、後方に敵騎兵隊が押し寄せて来たということは、ローマ軍は、今や四方全てを包囲されたということになる。
 そう。ローマ軍は中央で優勢に戦っているつもりが、いつの間にやら、ハンニバル軍の包囲の中に追い詰められた格好になっていたのである。



 これは偶然ではない。
「事の展開が将兵に何をなすべきかを教える。それこそ最良の作戦」
 戦前、ハンニバルは、そういった。
 まず、騎兵隊は前面の敵騎兵隊を追い散らすと、当然のようにローマ歩兵戦力の背後を衝こうとした。これはハンニバルの定石ともいえる作戦行動だから、騎兵の指揮官ならば誰もが心得ている。
 次に、ガリア人の隊を三日月隊形にしたこと。三日月が崩壊し、そこにローマの兵力が雪崩れ込むのを見て、リュビア人の歩兵隊はローマ軍を挟撃すべきことを理解した。
 つまり、指揮系統が乱れがちな大掛かりな会戦において、ハンニバルは、己の作戦の意図を余す事なく将兵に周知させることに成功した訳だ。

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 カンネーの戦い−ハンニバルの深意(続き)
 こちらカルタゴ軍の本陣。
 ガリア兵のすぐ後方で、総司令官ハンニバルが戦況を見詰めていた。
 ガリア兵が算を乱して逃げて来る。
「総司令」
 弟マゴーネが気を揉むように言った。
「ガリア兵の隊が崩れました。急ぎ後詰めを繰り出さねば…」
「その必要はない」
 ハンニバルは、いつもの静けさの中にあった。
「このままでは敵兵はここにやって参りますぞ」
「我が兵は、なすべき事を自ずと知るであろう」
 ハンニバルはそう言った。
「自ずと…それはどういう意味にございます?」
「間もなく分かる。見ていよ」
 ハンニバル、隻眼を僅かに細めた。



 ガリア兵の三日月の隊列が、押し寄せるローマ軍の重圧に崩壊するとガリア兵は左右へと逃げていった。当然、中央が開かれる形となる。
「それ!敵のど真ん中が綻んだぞ!」
 隘路に鉄砲水が押し寄せるかのように、ローマ兵は中央の一点に殺到した。
 確かに、中央突破は勝利と同義であるから、ローマ兵がそう動くのは至極自然。
 だが、まさにその展開こそ、ハンニバルの待つものであった。
 それまで戦闘に参加していなかった、左右両脇のリュビア人重装歩兵が当然のように真ん中に向き直った。そして、合図もないのにリュビア人歩兵は戦闘に入った。自然と左右から挟撃する格好となった。
 つまり、戦闘の展開が、自らが何をなすべきかを教えたのである。
 だが、まだまだローマ兵の勢いは止まらない。敵の中央が綻んでいることに変わりはないからだ。



「リュビア兵など目にくれるな!ハンニバルを討て!」
 パウルスは叫んだ。
 そう。敵陣深く攻め入ったローマ兵の目には、威風堂々馬上にあるハンニバルの姿を捉えることが出来た。
 敵を間近にして、ハンニバル、手を大きく上げた。
 中央後方にあったカルタゴ人重装歩兵が前進を始めた。

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