新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第6章カンネーの章

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 カンネーの戦い−ハンニバルの深意 
 中央の戦線では、別の光景が繰り広げられていた。
 ローマ軍は、ここに最大の兵力を投入していた。六万以上の重装歩兵がここに密集していたのだ。
 はじめ、隊の指揮を任されたミヌキウスは訝しんだ。
「ゲミヌス殿、あれを御覧あれ」
 もう一人の指揮官に声をかけた。
「どうなされた?ミヌキウス殿」
 ミヌキウスが指差したのは、正面のインスブレス族やボイイ族からなるガリア兵だ。
 己の武勇を誇り半裸の者や、上着だけの者。重武装のローマ兵とはおよそ対照的だ。
 が、ミヌキウスが不審としたのは彼らの姿格好ではない。
 前面に出て来たガリア兵の一隊が、三日月の如く中央が突き出た不思議な形を見せていたからだ。
 その両の脇には、リュビア人重装歩兵が連なっている。彼らはローマ兵と同じ鎧兜を身につけている。トラスメヌス湖畔で分捕った物を、ハンニバルがこれ幸いと彼らに与えたものだ。
 だから、ローマ軍の兵士は、敵味方を識別するため胸元に赤い布切れを巻いていた。
 そのリュビア人部隊は、ガリア兵部隊の左右、いずれも斜め後方に控えていた。



「あの隊形は何であろう」
「確かに…初めて見るな」
 温厚な貴顕市民ゲミヌスも首を傾げた。だが、といった。
「ここまで来れば、あれこれ惑っても仕方ない。ぶつかるのみぞ」
「確かに」
 ミヌキウスは頷いた。
「よし!前進だ!敵の隊列を粉砕しろ!」
 合図のラッパが鳴り響いた。
 ローマ重装歩兵は、ざっざっと草を踏みしめ進み始めた。強固な隊列を組み、槍をぐっと突き出し、押し出していく。この戦法で、これまで数ある強敵を撃破してきた。



 ローマ重装歩兵の士気は高く、獰猛なガリア兵相手にも優位に戦いを進めた。
 途中、右翼から総大将パウルスが駆け戻って来ると、さらに士気は高まった。
「さあ、一気に敵の中央を破るのだ!ならば我らが勝利ぞ!」
 パウルスは、身の危険も顧みず、馬上、中央前方で将兵を鼓舞し続けた。
 俄然、ローマ兵は奮い立った。
 また、歩兵戦力では圧倒的に優位に立つローマ軍。
「それっ!」「敵は烏合の寄せ集め、粉砕しろ!」
 前面に群がるガリア兵を押しまくった。
 やはり、ローマは歩兵の国。その戦いぶりに自信と誇りが溢れていた。
 怒濤の進撃に、ガリア兵はずるずる後退し、その三日月隊形は真ん中から押し潰されていった。

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 カンネーの戦い−人の心を震わせる(続き)
「ええい!引くな!」
 こちらのカルタゴ軍騎兵隊の将は若武者ボミルカルの子ハンノン。
 先ほどから、味方の劣勢を見て、周囲を怒鳴りつけ、自ら槍を懸命に繰り出し、群がる敵兵を突き伏せていた。
 が、敵の勢い凄まじく、じりじり押し戻されていく。
 戦前、ハンノンは、総司令官ハンニバルに対して胸を張ってこう言った。
「敵の騎兵は同盟国の寄せ集め。軽く一蹴し、総司令の作戦通り速やかに動いてみせまする」
 それがこの展開なのだからたまらない。
「くっ、くそ!こんなことで、どうして総司令に顔を会わせられる!」
 ハンノンは顔を真っ赤にすると、一騎、前に進もうとした。
「将軍!なりませぬ!」「短慮はなりませぬ!」
 マハルバルや他のヌミディアの将官どもが諌めるのも聞かない。
「黙れ!逃げたい者はアフリカにでもどこにでも勝手に逃げろ!」
 ハンノンは罵った。



 と、その時。
「閣下、ならば私がお供いたしましょう」
 涼やかな声が響いた。
 振り向くと、美貌の将マニアケスが、凛と馬上にあった。
「おお、お前…どうして?」
「閣下をお一人で死なせてなりましょうや」
 マニアケスは微笑した。
「そうか。共に死んでくれるか」
 ハンノンは嬉しそうであった。
「ふふ。若将軍が冥府に向かうは、まだ早うございます。御覧くださいませ」
 後方から砂塵巻き上げて進む一団があった。
「おおお!」
 ハンノン、喜悦の声を上げた。
「ハンノン殿!怯むな!我らがここにあるぞ!」
 ハシュドゥルバルを先頭にカルタゴ騎兵隊が駆けつけて来たのだ。
「さあ!我らとともに敵にぶつかりましょうぞ!」
 ハシュドゥルバルは爽やかな笑みを見せた。
「おお、心強い。勇気百倍ぞ!」
 ハンノン率いるヌミディア騎兵隊、ハシュドゥルバル率いるカルタゴ騎兵隊は、合流すると、怒濤のように突撃を開始した。




 そもそも、ローマ軍の騎兵戦力は数においても質においても、カルタゴ軍より格段に劣る。それをパウルスは工夫を凝らし、奇策を用いたり地形を選んだりして、抵抗を試みた訳だが、カルタゴ騎兵とヌミディア騎兵が一団となって突撃して来ると、さしものテレンティウスも、どうしようもなかった。
 あっという間に駆け散らされ、ローマ軍騎兵は後方へ一目散に逃げるしかなかった。
 テレンティウスも、執拗に追跡して来るヌミディア騎兵を振り払うと、アウフィドゥス川を渡り、ウェヌシア方面を目指し落ち延びていった。いや、それしかなかった。

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 カンネーの戦い−人の心を震わせる 
「止まれ!」
 ハシュドゥルバルは、深入りをやめさせ、味方の騎兵を呼び集めた。
「マニアケス」
 ハシュドゥルバルは、彼女を馬のそばに招いた。
「はっ」
「そなたの御蔭をもって敵の右翼は打ち破ることができた。感謝いたす」
 彼は軽く頭を下げた。
 周りの将兵らは驚きを見せた。自分たちの大将が、マニアケスを蛇蝎のように嫌っていたことを知っていたからだ。



 が、ハシュドゥルバルもようやく悟っていた。総司令ハンニバルが、なぜ大逆人の科を持つ彼女を重用するのかを。
(こういうことであったか…)
 ハンニバルから、亡き兄は彼女を恨んでいなかった筈であると諭されても、俄には信じがたい面持ちであった。
(そんな馬鹿なことがあるか。自身を殺めた者を許すなど…)
 そこは若さである。人の心が、境遇の変化により、いかに微妙な移ろいを見せるかなど、到底理解できなかったのだ。
 が、マニアケスは己の生命を盾に自分を救い出した。そして、味方の勝利のため、我が身を捨て奮闘した。その光景を目の当たりにしたのだ。
(ようやく…ようやく得心が入った。何という…)
 贖罪と改心に必死な、無垢な生命の発露たる躍動に、密かに震えるような感動を覚えていたのだ。
「そのような…全て閣下の御武勇の賜物」
 マニアケス、強くかぶりを振った。
「謙遜は無用だ。そなたが余を救ってくれたこと。味方の窮地を救ってくれたことは誰の目にも明らか。感謝いたす」
 若武者の素直な物言いに、将卒の間に温かな空気が広がった。



「して、この後はどうすべきぞ」
 当然のように彼女に意見を求めた。
「されば…」
 マニアケスは東を指差した。
「我が軍の右翼ヌミディア騎兵隊が手こずっている模様。その救援に駆けつけましょう。そちらの敵騎兵隊を蹴散らしてしまえば、敵の両翼は崩れ去ります。そうなれば、味方の勝利は間違いありません」
 それは、戦況を正確に俯瞰した、的確な進言であった。
 ハシュドゥルバルは大きく頷くと、味方を見回した。
「よし!直ちに後方に迂回し、ヌミディア騎兵隊に合流するぞ!」
「おおう!」
 カルタゴ騎兵は、旋回するや後方に駆けだした。



 その頃、東の戦線では、マニアケスの言う通り、ヌミディア騎兵隊は予想外の苦戦を強いられていた。必勝を期す、執政官テレンティウス率いるローマ同盟国騎兵の果敢な突撃に、ぐいぐい押されていたのだ。
 味方の重装歩兵隊と丘陵に挟まれた狭隘な地形で、ヌミディア騎兵得意の旋回攻撃が難しい地形であったからだ。
 パウルスが、ここが必ずしもハンニバル必勝の土地ではないと言ったのは、間違いではなかった訳だ。
「それっ、ヌミディア騎兵の動きさえ封じれば、我が軍の勝利は間違いないぞ!」
 テレンティウスは躍り上がるようにして叫び続けた。

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  ※カンネーの平原です。この丘の麓が合戦場となります。GNU Free Documentation Licenceに基づいて掲載しております。
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 カンネーの戦い−馬を追う 
 ラエリウスが、眼前の強敵との戦いに夢中になっていた、その時。
「ラエリウス殿!」
 ローマ兵が叫んだ。
「どうした!」
「た、大変です!馬が…馬が追いやられていきます!」
 喘ぐように告げた。
「なにっ」
 振り返ると、ローマ騎兵が盾代わりにしていた馬が、カルタゴ騎兵に追いやられ、アウフィドゥス川を向こうに渡っていく。馬の扱いに慣れたイベリア人騎兵らが、ローマの馬をあやし、巧みに導いていく様が見て取れた。
「あああ…」
 ラエリウスは呻いた。
 カルタゴ騎兵が、あたりに展開するローマ兵めがけ突進していく。
「わわわ」「どうすればいいんだ」
 盾を失った格好のローマ兵、迫るカルタゴ騎兵を前に右往左往した。
 散開する歩兵は、騎兵の餌食になるしかない。
 馬蹄に弾き飛ばされ、馬上から繰り出される槍に突かれ、次々と討ち取られていく。



「ふふ」
 マニアケスが笑っていた。
 ラエリウス、きっと振り向いた。
「これは…お前の企みか」
「ようやく気付いたか…」
 そう。自身ラエリウスに一騎打ちを挑み、その注意を引きつけた。
「その間に」
 と、味方に言い含めておいたのだ。
「徒歩のローマ騎兵が勇戦できるのは、馬を盾に用いているため。私がラエリウスと戦っている間に、あの馬どもを遠くへ追いやれ。ローマ騎兵の手薄なところから、うまく煽れば、馬は群れなし駆け出すに違いない」
 これが功を奏し、ローマ騎兵の馬は、この戦場を捨てて駆け始めたという訳であった。



「うぬ!一対一の戦いの最中に策を巡らすとは卑怯であろう!」
「ははは。戦いに卑怯も何もあるものか」
 マニアケスはうそぶいた。
「味方に勝利をもたらすこと、それこそ第一ではないか。お前のように、己一人の戦いに気を取られ、味方のことを忘れる者が愚かなのだ」
 そう言い放った。
 確かに、それは戦いの真実の一面を衝いている。
「くっ」
 ラエリウスは顔を赤らめた。
 マニアケスを睨んでいたが、くるりと踵を返すや、通りかかった馬に飛び乗った。
「勝負は後日!忘れるなっ、マニアケス!」
「おう、またかかってこい」
 マニアケスは追わなかった。笑顔すら浮かべ、好敵手が去るのを見送っていた。
 そう。彼女は所期の目的を達したのである。
 

 馬という身を守るものを失ったローマ騎兵は、抵抗する術無く、アウフィドゥス川に追い詰められた。
「もう駄目だ」「逃げろ」
 彼らの逃げ道は、対岸への道筋だけ。即ち、川を渡るしかなかった。
「それっ、敵を一人残らず討ち取れ!」
 勇気を取り戻したハシュドゥルバルを先頭に、カルタゴ騎兵は川に馬をざぶと乗り入れ、逃げ惑うローマ騎兵を思う様に突き伏せた。
 ラエリウスら一部の騎兵はしぶとく抵抗を続けたが、やがて支えきれず、血路を開いて逃れていった。
 こうしてローマ軍の右翼を潰滅した。

※合戦開始時の両軍の隊形につきましては、23日の分をご参照ください。

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 カンネーの戦い−再戦(続き)
 その時である。脱兎の如く黒い影がラエリウスに、どしんとぶつかった。
「うわっ!」
 ラエリウス、後方へ吹っ飛ばされる。
「将軍!大事ありませぬか!」
 駆けつけたのは、マニアケス。彼女が全身を武器に、ラエリウスにぶつかったのだ。
「おお…」
 ハシュドゥルバル、魂を忘れたかのように幾度も頷いた。
 一度、生を諦めたためか、すぐには己を取り戻し得ない。



 彼の無事を確かめると、マニアケス、きっと振り向いた。
 ラエリウス、今度は剣を抜くと、ずんずん近づいて来る。
「またお前か。マニアケス」
 ラエリウス、何ゆえかガリアの言葉で語りかけた。
「貴様…ガリアの言葉を解するのか」
「ああ…俺の育ちは西の方だからな」
 ラエリウス、そう答えた。
 近頃、自身の出自の記憶を少しずつ取り戻していた彼であった。
 人の記憶とは不思議だ。固く封じ込まれた筈の光が、少しずつ漏れ出して来るのだ。西方のガリア系の一部族の有力家門の出である自分を思い起こしていた。
「お前の育ちもガリアであったか…。ならば同郷だな…。同郷の者が、かくも矛を交わすとは、不思議な縁だな。ラエリウスよ」
 マニアケス、妖しい笑みを浮かべた。
 それは、暗殺者としての彼女の本領。
「ふん。そんな悪縁もここまで。決着をつけてやるぞ、マニアケス」
「ふ。それはこちらの言い分。家族とは別れを惜しんで来たろうな」
 マニアケス、嘲笑った。
「減らず口を叩くな。いくぞ」
 ラエリウス、剣の柄をぐっと握り直すと、中腰になった。
「来い」
 マニアケスも、長剣をすっと正面に構えた。



「だあっ」「むんっ」
 二人は同時に飛びかかった。
 火花が散った。
 次の瞬間、二人は、後方にだんと飛び退いた。
「遭うたびに腕を上げるな、お前」
 マニアケスは驚いてみせた。
 が、そんな感想が吐けるのは、相手を見切っているに他ならない。
「ふん。今にそんな余裕はなくなるぞ」
 ラエリウス、顔を歪めると、再び飛びかかった。
 二人は、激しく打ち合った。右に左に上に下に。
 しかし、一向決着がつくようには見えなかった。
 その間、戦場を支配する運命は、刻々変化を遂げていた。


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