新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第6章カンネーの章

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 カンネー前夜(さらに続き)
「うむ。余が思い描く作戦と同じだ」
 パウルスは大きく頷いた。
「それは宜しゅうございました」
 テレンティウス、なんとも嬉しくなってきた。この土壇場に、この英雄と胸襟を開き、同じ見解に到達したことは痛快ですらあった。
「ただ、その策に、もう一つ工夫を加えたいのだが…。よろしいかな」
「是非伺いましょう。パウルス殿の策とやらを」
 テレンティウス、身を乗り出した。
「耳を拝借」
 パウルスは、ある策を囁いた。
「なるほど。それは妙案ですな」
 テレンティウスは頬を紅潮させた。
(さすがじゃ。やはり、この人の本領は攻撃にある。無理を押して、この流れに持って来て良かった)
「左様。敵は、不利な体勢のまま我らと衝突することになるのだ」
 パウルス、元来の自信を取り戻したものか、大どかな笑顔を見せていた。




 翌未明。紀元前216年8月2日。
 ローマ全軍は、まだ暗い内に西岸の陣営を出ると、そのまま東に進み、アウフィドゥス川を渡り始めた。
 そして、東岸に上がると、北上を始めた。
「閣下、どちらに向かわれるので?」
 プブリウスが訊いた。
 パウルス、それに真っ直ぐには答えず、こういった。
「これが余の工夫じゃ。テレンティウス殿の作戦を必勝のものにする妙」
「必勝の妙…」
「よく見ておれ、婿殿。この余の采配を」
「ははっ」



 やがて、パウルスは兵を配置し始めた。それは、昨晩、パウルスとテレンティウスが徹底的に話し合い、早朝にミヌキウスやゲミヌスの了解を得たもの。そう。今日はテレンティウスが総指揮を取る番であったが、あたかもパウルスが振るうかのようであった。
 いや、テレンティウスも、喜んでそれに従う風であった。
「さあ、急いで隊列を整えよ」
 まず、川岸沿いの右翼に、執政官パウルス率いるローマ騎兵隊、中央にミヌキウスとゲミヌス率いる重装歩兵部隊、川から一番遠い左翼に、執政官テレンティウス率いる、同盟国騎兵隊を配した。
 全軍、南向きに配した。
「それっ!閧の声を上げよ!」
 パウルスが命ずると、味方からは一斉に凄まじい雄叫びが上がった。
「えいえい」「おー!」
「えいえい」「おー!」
 ローマ全軍、俄然、決戦の態勢を見せたのだ。
 運命の合戦の時は、刻々と迫っていた。


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 カンネー前夜(続き)
 こちらテレンティウスの幕舎。
(いよいよ明日だ、明日が我に巡り来れば…)
 執政官テレンティウスは、明日、手にする総指揮権を待ち詫びていた。
 彼は、パウルス以下、諸将の白い視線など、気にも留めていなかった。
(勝利さえ手にすれば)
 そう。この時代、勝利者になれば全てが許された。それが、優勝劣敗の掟が貫徹する古代社会であった。
(全ての人のためなのだ。パウルス殿も、凱旋式を共にする名誉を得れば、きっと余に感謝するに違いない。ミヌキウスも、ゲミヌスも)
 彼は、自身の独断専行を悪とは思っていない。至上の善とすら思っていた。



 と、そんな夢想にふけっていた時であった。
「パウルス閣下がお越しになられました」
「なに」
 テレンティウスは驚いた。
 その当の人は、取り次ぎも待たず入って来た。
「テレンティウス殿、パウルスじゃ。時間がない。邪魔するぞ」
「これはこれは」
 テレンティウス、副官に命じて席を用意させると、パウルス、日頃の慎み深さとは違い、どかっと座った。
「ちと席を外してくれぬか」
 パウルスは、テレンティウスの副官に言った。
 副官は一礼すると、幕舎の外へと出ていった。



「どうなされましたので?」
「明日、合戦に及ぶぞ」
 パウルス、いきなり切り出した。
「え」
 テレンティウスの目は点となった。
「貴殿もそのつもりであろうが、そのための作戦を話し合いに来た」
「それは…一体…」
 テレンティウス、まだ面食らっている。
 確か、目の前の人物は、自分の出撃をこれまで強く諌めて来た筈であった。
(この豹変どういうことぞ)



 パウルスは笑った。
「もはや打って出るよりほかない。ならば、貴殿と余がいつまでもいがみ合っていては話にもならぬ。そのため、こうして打ち合わせに来たのだ」
 それは、従来の気遣いを止め本音で話すぞ、そういうことだ。
「…そういうことでござるか」
 テレンティウス、そうこなくてはとばかりに、目を大きく輝かせ始めた。
「して、閣下の作戦は?」
「その前に」
 パウルスはそういった。
「貴公にも案があるのであろう。それをまず披露してもらいたい」
「は。わたくしが考えますには…」
 テレンティウス、自身の策を打ち明けた。
 要は、ハンニバルを出し抜き東岸に大挙渡り、敵が慌てて引き返して来た時、その隊列整わぬ間に撃破してしまおう、それに尽きた。


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 カンネー前夜 
 紀元前216年8月1日。
 前日何の動きも見せなかったハンニバル軍は、この日、大挙アウフィドゥス川を西岸に渡った。
 そして、俄然気勢を上げ、ローマ軍を大いに挑発し始めた。
「パウルス殿。どうなさる」
 執政官格司令官ミヌキウスが訊いた。
 今日の総指揮権はパウルスにあった。
「地勢は我らに不利。前に申したように、このまま睨み合っておれば、ハンニバル軍は、兵糧補給のため移動せざるを得ぬ。敵が背後を見せたその時こそ、絶好の戦機。味方には敵の挑発に乗るなと伝えよ」
「かしこまりました」
 ミヌキウスは駆けていった。



 幕舎の内に戻ったパウルス、椅子に腰を下ろすと、思案に落ちた。
「うーむ」
 よほど思考がまとまらぬのか、しきりに唸り声を上げた。
「どうなされました、コンスル閣下。敵は我らの思う通り渡河して参りました。間もなく絶好の戦機が訪れましょう」
 副官ラエリウスの声は弾んでいた。
 この青年将校は頬を薄く染め、盛んに武者震いしていた。彼の見立てでも、パウルスの作戦は見事なものであった。そう、敵の背後を衝くことができれば、である。
(騎兵戦力の優劣など関係なく、大勝利を収めることが出来る)
 そう踏んでいた。
「だから、なのだ」
「え」
「このまま睨み合いを続ければ、ハンニバル軍は、遠からず、元の東岸に陣を移すであろう。が、何か気にかかる」
「敵の策をお疑いですか」
 プブリウスが訊いた。
「よもや、とは思うが、何か出来過ぎの観がせぬか」
 幕舎の内は、しんとなった。真夏というのに、空気が冷たく感じた。



「もし…」
 プブリウスが静けさを破った。
「これがハンニバルの策だとしたら…」
「策だとしたら?」
「東岸に戻るとき、何の渋滞も見せますまい」
「なぜか」
「我が軍が、東岸に戻るハンニバル軍を撃つことを予期し、その裏を掻かんとの肚でしょうから」
「うーむ」
 パウルスは、また大きく唸った。
 彼の直覚も、そう囁いていた。それをプブリウスが裏付けた。つまり、そういうことなのだ。理と利のある筋道が閃いたのなら、それがほぼ正解なのだ。
(打って出ても裏を掻かれる虞あり…か。いっそウェヌシアに退却するか…)
 自分に指揮権あるうちに退却してしまえば、テレンティウスもどうしようもない。
(いや、ここまで来て退却すれば、それこそハンニバルの騎兵隊の追撃に遭うは必定。殲滅されるに違いない。ウェヌシアに逃げ込める兵は僅かであろう…)



「…引くも進むも試練あり、ということか」
 パウルス、プブリウスの瞳を真っ直ぐに見た。
「恐らくは」
 プブリウスも、パウルスの瞳を直視した。
「よし!」
 パウルス、すっくと立ち上がった。
「少し出て参る」
「どちらへ?」
 ラエリウスが訊いた。
「テレンティウス殿の許だ」

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 ユピテル神像です。マドリードのプラド美術館所蔵のものとなります。

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 人の織り成す綾(続き)
 その頃。ローマの街は、重く鬱々たる空気に満ち満ちていた。
「我が軍とカルタゴ軍は、日々小競り合いをしているそうな」
「明日にも命運を決する合戦の火蓋が切られるやも知れぬの」
 人々が暗い表情で交わすのは、その話題ばかりであった。
 何といっても、迷信に満ちた古代のこと。人々は、世界の終わりを迎えたかのような不安に囚われた。
 街角のあちこちで祈りを捧げる人々や、生け贄を捧げ儀式を執り行う人々。
 その様子は、いつもはいがみ合うことの多い、貴顕と平民の区別もない。なにせ、国が滅びれば、共に死ぬしかないのだ。
 そして、市内の要所にある神殿には、人々の祈りの姿が多く見られた。
 とりわけ、最高神ユピテルを祀るカピトリウム丘の上にあるユピテル神殿は、市民でごった返していた。



 そんな人々の中に混じり、プブリウスの妻アエミリアの姿があった。
「義姉上、大変な人出ですな」
 彼女に付き添うのは、プブリウスの弟ルキウスであった。
 そう。アエミリアは、もうスキピオ家の女。彼女に従うのは全てスキピオ家の人々だ。
「それだけ来る戦いの勝利を願う人々が多いということです」
 彼女の様子は常と変わらぬ穏やかなものだった。
 が、そんな彼女の心は、嵐の中を漂う小舟のようであった。
(父上の、夫の安危は…)
 そのことばかりを思い、日々の安眠も得られなかった。
 襲いかかる不安に矢も楯もたまらず、ユピテル神への誓願を思い立ったもの。



 ようやく神殿の中に入ると、ユピテル神の像の前に、人々の供儀の品々が山と積まれてあった。
 人々は、最高神の像の前で、思い思いに祈りを捧げている。
「では、アッティクス、これをお願いします」
 彼女は、侍女に持たせてあった箱を執事に託した。中には、彼女がギリシアから持って来た、王家の宝の一つが収められている。
「は。それでは神官に渡して参ります」
 執事アッティクスは恭しく受け取り、それを神官の許へ運んだ。



 神官の手により、供物が神像の前に捧げられた。
 スキピオ家の人々は、アエミリアを真ん中に、神像の前に仲良く並び、祈りを捧げた。
(父パウルスの無事を、夫プブリウスの無事を、なにとぞなにとぞ)
 紀元前216年のローマの夏は、祈り一色に染められた。


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 人の織りなす綾 
 紀元前216年7月30日。
 総指揮権を取り戻したパウルスは、アウフィドゥス川東岸に三分の一の兵力を残すと、三分の二の兵力を西岸に渡した。そして、いずれにも強固な陣を構築し、ハンニバルが容易に手出しできないよう施した。
「敵の騎兵戦力を縦横に働かせないためには、川を盾にするのが得策」
 パウルスは、諸将にそう説明した。
「また、これはただの待機戦術ではない。敵が西岸に渡って来るのを迎え撃つ策」
 そう言い含めた。従来の持久戦術とは違うことを強調したものだ。



「なにゆえ…西岸において待つのです?そのような迂遠な策を取る必要がありますか」
 テレンティウスが訝しげな表情で訊いた。
 昨日、突如としてパウルスとの葛藤を表面化させた彼、もはや主戦論者であることを隠そうともしなかった。
「西岸で睨み合えば何が起こるかを考えるとよい」
 パウルスは穏やかにそう言った。
「それは…どういうことですかな?」
 ゲミヌスが訊いた。
「敵は兵糧を東岸のカンネーに備蓄してある。補給のため兵を送り、運んで来る必要がある。陣から離れた小部隊を、東岸に残した兵力で撃つことが出来る。また、補給に窮した敵の主力が東岸へ退却する時には、それを追撃し、撃滅することもできる」
 パウルスは語気を強めた。
 よく考えられていた。見た目は、ハンニバルの攻撃に備える防御に徹した陣形であったが、次の攻撃を睨んだものであると、そう訴えかけた訳だ。
 諸将は大いに感銘し頷き合っていた。
「なるほど。それは良い策だ」
「これならば、ハンニバルを討つことも出来るぞ」
 幕舎内は、やんやとパウルスを讃える空気で充満した。
 さしものテレンティウスも、ここは沈黙せざるを得なかった。事実、攻撃を考えても、理に適った作戦でもあったからだ。



 こちら、アウフィドゥス川東岸、ハンニバルの本陣。
「…そうか。敵は、西岸に主力を置く布陣を取ったか」
「はい。三分の二の兵力、約五万の兵を西岸に、約二万の兵を東岸に置いております」
「ふーむ」
 ハンニバル、隻眼を僅かに細めた。
「マニアケス、そなたどう思う」
 近頃、この女密偵の意見を重んじるようになっていた。なんといっても、彼女こそが敵の最も深奥に分け入り、機密を探知し、敵情に一番近く接していたからであろう。
「ただの防御の策ではない、と推察いたします」
「ほう…どうしてそう思う?」
「パウルスは、先年のファビウスとは違い、もともと攻撃を得意とする人物。あの険しい山並み連なるイリュリアを半月ほどで平定してしまったほどにございます」
 マニアケスら密偵たちは、敵将の過去の事績、その性格や気性、本国での政治基盤などを詳細に調べ上げていた。
「そのような人物であるならば、防御と思わせ、我らをおびき寄せ、ここぞと打って出ることも充分に考えられます」
 遠征の初めから従軍し、偵察のため先頭に立って敵中に潜入して来た彼女。ハンニバルの戦略の要諦も理解し、今や参謀の一人の風格を見せていた。



「なるほどの」
 ハンニバルは素直に頷いたが、「ただ」と付け加えた。
「逆にこうも言えるの」
「は?」
「味方に攻撃の布陣といって得心させ、その実、防御を固める策だとも」
「あ…なるほど。確かに」
 この頃、早くも、マニアケスらカルタゴ側の密偵たちは、パウルスとテレンティウス、二人の執政官の不和を嗅ぎ取っていた。



「仰せの通り。パウルスが、もう一人の執政官テレンティウスを抑えるためには、攻撃の姿勢を強調しなければなりませんな」
「ということは、その通りに動いてやりさえすれば、会戦に持ち込むことが出来る、ということになるな」
 ハンニバル、僅かに唇の端を上げた。
「え、その通り…とは?」
「敵が我らを攻撃するとすれば、どのような局面を予想していると思うか」
「それは…敵の待ち構える戦場に我らがやって来た時…」
「それだけでは足りるまい。敵の前で、我らが慌てる何かが必要であろうが」
「あ…」
 彼女は、改めて主人の凄みを見た思いがした。
(我が主は、敵の筋立てを、ほぼ見透かしておられる…)



「ふふ。そなたも勘付いたか」
「は…恐らくは」
 とはいったものの、マニアケス、おぼろげな展開が見えるに過ぎなかった。
「まずは、大挙して西岸に移らねばならん」
「なるほど!」
 ここで、マニアケス、思わず手を叩いた。ようやく腑に落ちたようだ。
「それを見たテレンティウスは、逆に東岸へと兵力を渡らせまするな!」
「そういうことだ。我が兵糧は、何せ東岸のカンネーにあるのだからな」
「その時に…」
「そう。我らも東岸に戻る。慌てて追いかけるかの如き体でな」
「ということは…素早く戻れるように手配しておくことが肝要」
「そうだ。早速、軍議を開く。諸将を集めよ」
 その夜。ハンニバルの幕舎では、夜更けまで、作戦行動の詳細の詰めがなされた。
 ハンニバル、地図の上で、繰り返し繰り返し、あり得べき展開とその際に取るべき行動を示して見せ、諸将の頭に徹底的に叩き込んだ。


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