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パウルス立つ(続き)
案の定である。
「もう四の五の申している時ではない。すぐに立ち上がらねばならぬ」
そう口火を切ったのは、もう一人の執政官ガイウス・テレンティウス・ウァロ。
「立ち上がる…とはどういう意味か?」
ファビウスの息子クィントゥスが険しい視線を向けた。
このテレンティウスの提案で、ミヌキウスに独裁官と同等権限が与えられ、そのため、たいそう難儀したとの記憶があったからだ。
「我ら執政官、二人とも何ゆえか、このローマの地にあったまま。パウルス殿の御深慮と存じたゆえ、今まで大人しくしていた。が、もはや執政官がこのローマに安穏とある時ではない。戦地に赴き臨機に対応できるよう、軍を率いて向かうべきだ」
勇ましい意見に、平民党の議員は大きな拍手を送った。
その様子に、パウルスはますます顔を苦いものとした。
(まずいな…)
パウルスがローマから動かない理由の一つに、このテレンティウスの存在があった。
執政官は、本国にあっては、それほど大きな権力はない。ローマ国家の建前として、政治的意思決定をなすのは元老院である、その了解が確立していたからである。
言い換えると、パウルスは、執政官の権限として元老院を招集し、そこで意思統一を図ることさえできれば、自分の意思を国家の方針となすことが出来る訳だ。現に、これまでの戦略の大半は、彼の思う通りにすることが出来た。
弱められた執政官の権限を逆手に、テレンティウスの動きを封じて来た訳だ。
(…だが、戦地に赴けば、こうは運ばぬ)
戦場では、インペリウム(命令権)を保持する執政官の独擅場となる。
パウルスと同等の権限を有する執政官テレンティウスがいるのだ。つまり、一対一。否応なく、彼の意見が大きく反映されることになってしまう。
(事の勢いに駆られ、ハンニバルの誘いに乗るようなことあらば…)
カンネー周辺は平原地帯。そこで会戦に及べば、騎兵戦力に劣るローマ軍が不利に陥るのは目に見えていた。
「よろしい」
パウルスが言った。
「今は、貴殿の言う通り、躊躇している時ではない」
「おお、それがしの意見に賛同してくださいますか」
テレンティウスは喜んだ。
「ただ…」
パウルスは釘を刺すように言った。
「先年のように、味方の内で混乱を見てはならぬ。この会議で大きな戦略の方針を決めてからにしたいと存ずる」
ここは彼の巧みな所であった。あらかた元老院で決めておいて、戦場におけるテレンティウスの独断を封じようというものであった。
それを察し、テレンティウスを支持する議員の一部に難色を示す者もいた。
だが、元老院は、まだまだ貴顕市民が多数派。
「うむ、それがよい」
「その意見に賛成だ」
パウルスの意見は速やかに採られた。
その結果、戦略の基本として持久戦を旨とすること、やむなく合戦に及ぶときにも敵の有利な平地では決して戦わないこと、それを議決した。
「そして、我が軍の陣容であるが…」
既に執政官格司令官の二人が、それぞれ二個軍団、あわせて四個軍団が戦地にあった。
「それだけでは足りぬ。新たに徴募し、我ら二人の執政官が四個軍団を率いて駆けつけたいと存ずる」
その提案に議場はざわめいた。
総勢八個軍団、すなわち約四万の兵力、それに同数の同盟国の兵が加わるから約八万。未だかつて、ローマがこのような大軍勢で敵を迎えたことはなかった。
「我らは騎兵戦力に劣る。となれば、歩兵戦力において圧倒的に優位に立つほか、ハンニバルに勝利する道はない」
会議を終わってみれば、パウルスの提案は、圧倒的多数の賛成で議決されていた。
イリュリア平定の英雄、かつてはフラミニウスの盟友でもあった彼、平民党をはじめとする民衆の期待も高かったのだ。
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