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もう一人のハシュドゥルバル
ハンニバル軍が、アプリア地方を根拠とする理由は、大きな港こそないものの、海に開けた土地であるということにある。つまり、カルタゴ本国との連絡が可能となった。
無論、ローマ艦隊の警戒厳しく、大船団を行き来させることは困難であったが、小船隊を送り込むことは出来た。
紀元前216年6月、カルタゴの船団が物資を積んでやって来た。ハンニバル軍の中枢を担う騎兵のための、良馬が多数積まれてあった。
その船団の護衛を務めた将が、ハンニバルの前に現れた。
それは、目の覚めるような美貌の持ち主であった。
「ハシュドゥルバルにございます」
「おお、よくぞ参られた」
ハンニバル、両手を広げ、滅多に見せぬ満面の笑みをもって迎えた。
やって来たのは、かつてのイベリア総督で亡きハシュドゥルバルの実弟。年が離れていたため、これまでカルタゴ本国で過ごして来たものだ。
その彼の姿を目の当たりにして、呆然としている者が一人いた。
マニアケスだ。
(前の総督閣下に瓜二つ…)
その美貌、所作とも、あたかもハシュドゥルバルが生き返った如くだ。
「マニアケス、驚いたか」
ハンニバルは言った。
「いえ…その」
マニアケス、うつむいた。
ハンニバル、その若武者の方を見た。
「ハシュドゥルバル殿。君にはここに残ってもらい、一軍を率いてもらいたいのだが…」
「はい。無論、それを望んで来たもの。元老院の許しは得ております」
ハシュドゥルバルは目を輝かせた。
本国が彼を送り込んできたということは、ハンニバルの戦いを全面的に支援する姿勢を明確にしたということだ。
強敵ローマを相手に連戦連勝するのを見て、カルタゴ本国は熱狂興奮していたのだ。
結果、将来を嘱望される子弟たちは、こぞってハンニバルの戦いに身を投じることを望んでいた。
「して、早速、そなたに働いてもらいたいのだが」
「何なりと仰せください」
「敵の兵糧基地を攻め取ってもらいたいのだ」
「ほう。それは痛快ですな」
若武者ハシュドゥルバルは頬を紅潮させた。
「総司令。お待ちを」
マゴーネが慌てて口を挟んだ。
「ハシュドゥルバル殿は、只今、このイタリアに着いたばかり。周辺の地理に明るくはありません。そのような任務は、まだ早いのではありますまいか」
「心配無用。マニアケスがおる」
「え」
マニアケスが、総司令官の顔を見た。
「そなた、ハシュドゥルバル殿を道案内せよ」
「わ、わたくしが…ですか」
マニアケス、甚だ狼狽した。
「そなたがおれば道中安心。ならば、ハシュドゥルバル殿も存分に働けよう」
「総司令、それはいくら何でも…」
マゴーネが、また、たまりかねたように口を出した。
「それは無理にございます。両者の心中を思えば…」
今は、皆、半ば忘れているが、マニアケスは前の総督ハシュドゥルバルを弑している。目の前のハシュドゥルバルは、その実の弟。つまり、彼からすれば兄の仇なのだ。
「戦場にあって私事は全て横に置くものぞ。ハシュドゥルバル殿は心得ておる。のうハシュドゥルバル殿」
「は。閣下の手紙にて事情は伺いました。我が家の憎い仇ではありますが…」
そういって、マニアケスをちらと見た。
美貌が冷ややかの度を増すと、凄絶となり、相手を恐怖せしめる。
マニアケスも、これ以上ないほどに身を縮め、か細い声でいった。
「わたくしは…いつでも覚悟しております。前の総督様の弟君に成敗されるならば、何の異存がありましょう」
「馬鹿者」
ハンニバルが言った。
「後の言葉を聞け」
ちらとハシュドゥルバルに目配せすると、彼は頷いた。
「その罪を悔い、我が国家に大いなる働きを見せているとのこと。ならば、ローマとの戦いの後まで処断を猶予することに、喜んで同意するものです」
その言葉に、マニアケス、彼の前に跪いた。
「ありがたきお言葉。このマニアケス、カルタゴ国家のため、総司令官のため、あなた様のため、身を尽くす所存にございます」
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