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死して敵を涙させる(さらに続き)
グラックス以下ローマ兵の一団は敵中に突っ込んだ。
死を覚悟した彼らの猛勇凄まじく、次々敵兵をなぎ倒した。
「ええい!囲んで一気に討ち取れ!」
ルカニア兵を指揮するフラウスが焦って叫んだ。
その声に、グラックスが振り向いた。既に、全身に槍と刀を浴び、血みどろだ。
「おお!そこにいたか!裏切り者め!」
くわと睨み付けるや飛びかかった。
悪鬼もかくやという形相に、
「ひっ」
フラウスは腰を抜かさんばかりに仰天した。
「防げ!防げ!」
グラックス、群がるルカニア兵を弾き飛ばし、突進した。
そのため、たちまちフラウスの間近に迫った。
「フラウス覚悟!」
剣を振り上げた。
「ひいい」
フラウスは悲鳴を上げ逃げ惑った。
が、彼の悪運は尽きていなかった。
指揮官の危機に、無数の穂先がグラックスに襲いかかった。
グラックス、なおも獅子奮迅に暴れたが、ついに力尽きた。
ローマの名将グラックス、このルカニアの地に倒れたのであった。
間もなく。火のように抵抗を続けたローマ兵は全て倒れた。
夜の闇に凱歌が轟いた。
検分に当たったのは、ハンニバル麾下の猛将ハシュドゥルバル、そしてマニアケス。
「これがグラックスにございます」
フラウスは指差した。
敵将グラックスは、剣を振り上げたままの姿で、前のめりに倒れていた。
「天晴な最期」
「まことに…」
二人の将は、しばし身じろぎもしなかった。凄惨の中に神々しい美を感じた。
ハシュドゥルバルは神妙な面持ちのまま命じた。
「余の椅子を持ってまいれ。それにグラックスの遺骸を乗せよ」
兵たちは、グラックスの遺骸を椅子に座らせると、執政官(コンスル)の地位の象徴、ファスケスを肘掛けにくくり付けた。
「総司令の許に運び、御覧に入れよ」
「ははっ!」
兵たちは、あたかも神輿のように担ぎ上げると、掛け声合わせハンニバルの本陣に向かって走り出した。
ハシュドゥルバルの兵たちは、グラックスの『神輿』に向かい、敬礼して見送った。
グラックスの遺骸を見たハンニバル。
伝令から最期の様子を聴き取ると、震えんばかりの感銘を受けた。
「ああ…グラックス、汝は真の武将」
彼は、異例なことではあるが、葬儀の挙行を命じた。
将兵を一堂に集め、壇上、遺骸の前で追悼演説した。
「グラックスよ。生前、そなたほど疎ましい存在はなかった。それは我が軍の行く手を悉く阻んだからである。それゆえ非情の策をとり、そなたを討つことにしたもの。これも戦いの掟。ハンニバルの心に曇り一つない。されど…」
彼は言葉を切った。
「そなたは、死して我らに涙せしめる。余は勝利と引き換えに、そなたに名声を奪われることとなった。またしても、してやられた訳だ。そなたの名は後世まで刻まれよう。ハンニバルに勝利した男として。そして、敵の心をも震わせた男として」
将兵の多くが涙を浮かべていた。ボミルカルの子ハンノンすらも、涙をこぼしていた。彼などは、先のベネウェントゥムの戦いで敗北し切歯扼腕していたのに、今は涙していた。
「グラックスよ。安らかに眠り給え。貴君の墓は、味方からも敵からも大事にされることであろう」
演説を終えると、ハンニバルは盛大に儀式を執り行った。
「賑やかに送ってやれ。故人の名誉を讃えよ」
遺骸の前で、夜を徹して、兵たちは歌い踊った。
葬儀を終えると、ハンニバル船長を呼びつけた。
「遺骨をローマにある親族に丁重に届けよ」
火葬に付された遺骨は、宝石箱に大切に納められた。
「こう申し伝えよ。大将軍グラックス殿は、名誉ある死を遂げ、敵をも感動せしめたと」
「ははっ」
ハンニバル船長を見送ったハンニバル、ルカニアの地を見渡す丘の上に登った。
付き従うのは、マニアケス一人。
難敵を倒したというのに、彼の顔は憂いに満ちていた。
「マニアケスよ」
「はい」
「ローマを破るは容易でない」
本音を吐露した。
「…どうしてでございます?」
「きっと、グラックスのような将が幾人もローマに控えてあるに違いない。余は、彼らが出て来るたびに非情の手を打たねばならぬであろう」
マニアケス、言葉が出なかった。彼女も、そう直感したからである。
「あと幾度、このような葬儀を執り行えば、ローマに迫ることが出来るのであろうか」
ハンニバル、しみじみ嘆息した。
第7章地中海の章終わり。第8章シチリア・カンパニアの章へ続く
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