新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第7章地中海の章

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 死して敵を涙させる(さらに続き)
 グラックス以下ローマ兵の一団は敵中に突っ込んだ。
 死を覚悟した彼らの猛勇凄まじく、次々敵兵をなぎ倒した。
「ええい!囲んで一気に討ち取れ!」
 ルカニア兵を指揮するフラウスが焦って叫んだ。
 その声に、グラックスが振り向いた。既に、全身に槍と刀を浴び、血みどろだ。



「おお!そこにいたか!裏切り者め!」
 くわと睨み付けるや飛びかかった。
 悪鬼もかくやという形相に、
「ひっ」
 フラウスは腰を抜かさんばかりに仰天した。
「防げ!防げ!」
 グラックス、群がるルカニア兵を弾き飛ばし、突進した。
 そのため、たちまちフラウスの間近に迫った。
「フラウス覚悟!」
 剣を振り上げた。
「ひいい」
 フラウスは悲鳴を上げ逃げ惑った。
 が、彼の悪運は尽きていなかった。
 指揮官の危機に、無数の穂先がグラックスに襲いかかった。
 グラックス、なおも獅子奮迅に暴れたが、ついに力尽きた。
 ローマの名将グラックス、このルカニアの地に倒れたのであった。



 間もなく。火のように抵抗を続けたローマ兵は全て倒れた。
 夜の闇に凱歌が轟いた。
 検分に当たったのは、ハンニバル麾下の猛将ハシュドゥルバル、そしてマニアケス。
「これがグラックスにございます」
 フラウスは指差した。
 敵将グラックスは、剣を振り上げたままの姿で、前のめりに倒れていた。
「天晴な最期」
「まことに…」
 二人の将は、しばし身じろぎもしなかった。凄惨の中に神々しい美を感じた。
 ハシュドゥルバルは神妙な面持ちのまま命じた。
「余の椅子を持ってまいれ。それにグラックスの遺骸を乗せよ」
 兵たちは、グラックスの遺骸を椅子に座らせると、執政官(コンスル)の地位の象徴、ファスケスを肘掛けにくくり付けた。
「総司令の許に運び、御覧に入れよ」
「ははっ!」
 兵たちは、あたかも神輿のように担ぎ上げると、掛け声合わせハンニバルの本陣に向かって走り出した。
 ハシュドゥルバルの兵たちは、グラックスの『神輿』に向かい、敬礼して見送った。



 グラックスの遺骸を見たハンニバル。
 伝令から最期の様子を聴き取ると、震えんばかりの感銘を受けた。
「ああ…グラックス、汝は真の武将」
 彼は、異例なことではあるが、葬儀の挙行を命じた。
 将兵を一堂に集め、壇上、遺骸の前で追悼演説した。
「グラックスよ。生前、そなたほど疎ましい存在はなかった。それは我が軍の行く手を悉く阻んだからである。それゆえ非情の策をとり、そなたを討つことにしたもの。これも戦いの掟。ハンニバルの心に曇り一つない。されど…」
 彼は言葉を切った。
「そなたは、死して我らに涙せしめる。余は勝利と引き換えに、そなたに名声を奪われることとなった。またしても、してやられた訳だ。そなたの名は後世まで刻まれよう。ハンニバルに勝利した男として。そして、敵の心をも震わせた男として」



 将兵の多くが涙を浮かべていた。ボミルカルの子ハンノンすらも、涙をこぼしていた。彼などは、先のベネウェントゥムの戦いで敗北し切歯扼腕していたのに、今は涙していた。
「グラックスよ。安らかに眠り給え。貴君の墓は、味方からも敵からも大事にされることであろう」
 演説を終えると、ハンニバルは盛大に儀式を執り行った。
「賑やかに送ってやれ。故人の名誉を讃えよ」
 遺骸の前で、夜を徹して、兵たちは歌い踊った。
 葬儀を終えると、ハンニバル船長を呼びつけた。
「遺骨をローマにある親族に丁重に届けよ」
 火葬に付された遺骨は、宝石箱に大切に納められた。
「こう申し伝えよ。大将軍グラックス殿は、名誉ある死を遂げ、敵をも感動せしめたと」
「ははっ」



 ハンニバル船長を見送ったハンニバル、ルカニアの地を見渡す丘の上に登った。
 付き従うのは、マニアケス一人。
 難敵を倒したというのに、彼の顔は憂いに満ちていた。
「マニアケスよ」
「はい」
「ローマを破るは容易でない」
 本音を吐露した。
「…どうしてでございます?」
「きっと、グラックスのような将が幾人もローマに控えてあるに違いない。余は、彼らが出て来るたびに非情の手を打たねばならぬであろう」
 マニアケス、言葉が出なかった。彼女も、そう直感したからである。
「あと幾度、このような葬儀を執り行えば、ローマに迫ることが出来るのであろうか」
 ハンニバル、しみじみ嘆息した。

 第7章地中海の章終わり。第8章シチリア・カンパニアの章へ続く


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 死して敵を涙させる(続き)
「閣下、大丈夫でしょうか」
 ラエリウスが案じた。
「何がだ?」
「よもやとは存じますが、ハンニバルの罠ではあるまいか…と」
「ふふ」
 グラックスは笑った。
 笑みがこぼれたのは、自身も一瞬、そう疑ったからだ。
「それはあるまい。フラウスはこれまでずっと我が軍に属していた。その間に、ハンニバル方の将を何人も討ち取ってもいる。彼こそ、今更ハンニバルに降ることなどできまい」
「そう、とは存じますが…何やら気にかかります」



「はははは」
 グラックスは気持ち良さげに笑った。
「ラエリウスよ。そなたは若人。我らプレプス(平民)期待の星でもある。そのように鬱々とせぬ方が良かろう」
 不思議な人の心理である。最前、自身にも不安がよぎったのに、今は、相手の不安を払う側に回っている。そうすることで、自身の不安に根拠のないことを信じようとするかのように。



 翌日の夜。
 グラックスは、副官ラエリウスを陣に残し、フラウスの先導で、百人ばかりの兵を伴い会見場所に出向いた。
 案内されたのは、周囲を崖に取り囲まれた、見通しの利かない地形であった。
「ふうむ。ここか…」
 グラックス、辺りを見回した。
「何分、彼らは人目を気にしておりますれば…」
 フラウスはそんなことを口にして、前をてくてく歩いていく。
 平地の真ん中に着くと、フラウスは振り返った。
「ここでお待ちを。それがしは、向こうに待機しております者どもを呼んで参ります」
「うむ」
 フラウスは従者一人を連れ、前方の山林に姿を消した。



 その時。周囲に、松明が一斉に灯った。
 次の瞬間。
 ばしゃばしゃという唸りと共に、無数の矢が降り注いで来た。
「ぐわっ」「ぎゃっ」
 グラックスの周囲に立つローマ兵がばたばた倒れた。
 そして、喚声が沸き上がるや、わあと無数の兵が群がり現れた。槍を突き出し突進して来る。ルカニアの兵だ。いや、そこには明らかにガリア兵も混じっている。



「これは…」
 事は明らかだ。
「…く。ハンニバルに図られたか」
 今はグラックスも悟らざるを得ない。
 彼は将士に告げた。
「諸君。我らは敵の計に落ちた。助かる見込みはない。この上は、潔く最後まで戦い抜いてもらいたい」
 将兵らはこくと頷きを見せ合った。
 グラックスは剣をすらりと抜いた。
「いくぞ!諸君!」
「おおう!」
 ローマ兵は、この急転直下の運命を潔く受け止めると、突進を開始した。


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 死して敵を涙させる 
 神儀から数日後の深夜。
「なに。フラウス殿がやって来たと」
 グラックスは驚いた。
 フラウスは、ローマの熱烈な同盟者。グラックスのルカニアにおける作戦の一翼を担っていた。
「こんな夜更けに何事であろう?」
 少し首を傾げた。
「いかがいたします、プロコンスル閣下」
 訊いたのは、副官として付いていたラエリウス。
 この時、グラックス、なにゆえか占い師の言葉が頭によぎった。
『充分にお気を付けなされよ。さもなくば足を不意にすくわれることも…』
(まさか…これのことか)
 そう思ったのだ。
(…いや、気に掛け過ぎだな。同盟者がわざわざ会いに来てくれただけ)
 思い直したグラックス。
「無論、会おう。ここへ通すがよい」
「はっ」



 そのフラウスが現れた。恰幅良い温厚そうな顔つきであったが、注意凝らせば、油断すべからざる目つきをしている。ルカニアが戦乱の地であることの証左だ。
 その開口一番。
「絶好の機が訪れましたぞ」
「ほう…何かありましたか」
「実は…」
 彼は、ハンニバル側のルカニア人指導者たちが、昨今のローマ軍優勢の戦況に動揺していることを伝えた。うまくいけば、ローマ側に寝返る可能性大なり、と。
「ほう。それは近頃ない耳寄りな話であるな」
 グラックス、眠気も一気に覚めた。



「…ただ」
「ただ、何なのだ?」
「なかなか踏ん切りつかぬようで」
「なにゆえか?」
「はい。何分、ここ数年ローマ軍に刃を向けた事実は否みようがありませぬ。果たして、今更降伏して許されようか、と懸念しております」
 ローマ国家は寛容であったが、裏切りを許さない。鉄の団結を誇るからには、それを乱す者には容赦ない鉄槌が用意されているものだ。
「ふむ…」
「そこで、閣下より親しく言葉を賜り、今降参すればこれまでのことを赦免し、地位も認めると御墨付きくだされば、彼らも安心して降ってまいりましょう」
「なるほどの」
 グラックスは頷いた。
(彼らルカニア人全てを掌握すれば、ハンニバルはここで孤立する。いや、さらには、タラス一帯のハンニバル勢力とカンパニアを分断することも出来る)
 ルカニア人勢力との死闘で生まれる犠牲を思えば、これまでのことには目をつぶり和平することの利は明らかだ。



「いかがでしょう」
 フラウスはぐいと身を乗り出した。
「彼ら指導者と膝付き合わせ談合して頂けますまいか。ならば、わたくしも、側面から和解の取りまとめに尽力いたしましょう」
 しばし熟慮していたグラックス、顔を上げた。
「よろしいでしょう。直々出向いて、話し合うことにしましょう」
「おお」
 フラウスは喜悦の声を上げた。
「早速のお聞き届け感謝いたします。これで、ルカニアは再びローマの旗の許に団結することになりましょう」
 繰り返し礼を述べ、フラウスは暗闇の中へと去っていった。


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 肝臓占い(続き)
 その頃。プロコンスル(執政官格司令官)のグラックスの陣営。
 配下の奴隷出身兵と市民兵の和合を良く図り、しかも連戦連勝。
 先にはボミルカルの子ハンノンの軍をベネウェントゥムで撃破し、将兵の士気はすこぶる高かった。
 そんな折である。陣中では、厳かに神儀が執り行われていた。
 肝臓占いである。犠牲獣の肝臓の模様から吉凶を占うものだ。
(たまには神儀もしておかねばな)
 グラックスは、あくびを噛み殺し儀式に臨んでいた。
 彼自身それほど信仰心が篤い訳ではない。
 だが、ローマ兵の中には、迷信に近いほどの信心深い者も多数含まれる。彼らの不安を取り除くには、占いが一番であった。
(不安を払う言葉さえ、占い師に言ってもらえれば良いのだ)
 そして、神儀を重んずれば、保守派の貴顕市民(パトリキ)の受けもよいことを考慮に入れていたろう。貴顕市民の人気も高い彼のこと、そこらの配慮も抜かりはない。



 ところが。
 肝臓を見詰める占い師の顔色が優れない。
「どうなされました。何か不吉の兆しでも見えまするか?」
 グラックスは、背後から覗き込んだ。無論、彼が見ても、何も分からない。
 この肝臓占いはエトルリア人からもたらされた神儀。
「それが…どうもただならぬ不吉が」
「ほう」
 グラックス、少し目を大きくした。



 だが、別段動揺することなどなかった。これまでの合戦において、神異を感ずるところなど皆無であったからだ。
(神というのは、遥か高みにあって、人の所業を見守っているに過ぎぬ)
 そんな風にも思うようになっていた。
 だから、むしろ占い師の言葉に笑みすら見せた。
「ならば、貴殿に占っておいてもらって良かったといえよう。事前に不吉を知るは吉といえようからな」
 からからと笑った。
「そうですが…」
 占い師の顔色が一向冴えなかった。
 彼は、噛んで含めるように言葉を選び、こう告げた。
「なにとぞ…呉々も御自重を。…さもなければ、不意に足をすくわれる、ということもなきにしもありませぬ」
「分かった。心に留めておこう」
 グラックスは穏やかな笑みを見せた。


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−これまでのあらすじ−
 アルプスを越えイタリアに攻め込んだハンニバルは、カンネーの地でローマ軍を包囲撃滅(紀元前216年春)。その勢いを駆ってローマ最大の同盟国シラクサを味方に付けることに成功(紀元前215年初頭)。
 その後のシチリア島の動乱、マルケルスの攻撃にも、ヒッポクラテス兄弟、マニアケスの活躍でシラクサ確保に成功(紀元前213年)。ハンニバルは、続いて、ローマに反発するタラスの若者たちを抱き込み、タラス市街を制圧(紀元前212年初頭)。
 戦局は再びカンパニアの攻防が焦点となっていくが、タラスより反転したハンニバル、プルクルスらの軍を撃破。プルクルスは南部ルカニアに撤退。グラックス隊との合流を図るが、それを阻止するためハンニバルも軍勢を率いて追撃する。


 肝臓占い 
「余はプルクルスの軍を追撃する。後は頼む」
 ハンニバルは、カプアに対する脅威が去ったと見るや、タウレアと配下のカルタロにカプア防衛を託し、自身はプルクルス追撃のため再び南方に兵力を転じた。
 それは、ローマの主力を叩くという当然の行動であったが、ルカニアには難敵グラックスの部隊が展開している。それとの合流を恐れた。
「もし、プルクルスがグラックスと合流すれば、ルカニア人たちにどのような心変わりが生ずるか」
 ルカニア地方の大半は、今はハンニバルに服している。が、ローマの勢力が盛り返せば、たちまち寝返りかねない。そんな向背定まらぬ空気が充満していた。



 ハンニバルの大軍はルカニア地方に入った。
 ある夜。ハンニバルはハンニバル船長を自身の幕舎に呼んだ。
「船長」
「はっ」
「グラックスを討つぞ」
「えっ、グラックスを」
 船長は素っ頓狂な声を上げた。
 グラックスは、連戦の勝利により、この頃、ローマにおける声望高まり、ファビウスやマルケルスと並ぶ名将と讃えられていた。
「そうだ。グラックスは有能な将。それを討てばローマに痛打を与えることが出来る。プルクルスも、頼る相手を失い、大いに意気を阻喪しよう」
「なるほど」
 とはいったが、容易なことではない。



「策はないか。いかなる策も厭わぬ」
 少々汚い策略でも構わぬ、ということ。ルカニアの戦況はそれほど緊迫していた。
「そういうことでしたら、ないこともありませぬ」
 船長は妖しく笑った。密偵にとって狡猾は必須の素養なのだ。
「どのような策だ」
 ハンニバルは僅かに身を乗り出した。
「ルカニア人指導者フラウスを用います」
「フラウス?奴は我らの宿敵ではないか」
 フラウスは、ハンニバル勢力のルカニア進出に激しく抵抗し、これまで散々に手こずらせてきたローマ派の指導者であった。



「実は、内々連絡を寄越し、我らに味方したいと意を通じて来ておりまして…」
「ほう」
 朗報にハンニバルは隻眼を丸くした。だが、すぐにその目を厳しく細めた。
「大丈夫か?ローマ側の罠ではないのか?」
「その虞は充分にございます。それゆえ…」
 船長はある策を囁いた。
「なるほど。ならば安心。うまくいけばグラックスもおびき寄せることが出来るな」
 ハンニバル船長は、その夜、陣中を抜け出した。直ちに、謀略を張り巡らしにかかったものに違いなかった。

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