新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第7章地中海の章

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索


https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)



 名誉挽回(さらに続き)
 こうして、カプア近郊に陣取っていたローマ軍は潮が引くように退いていった。その様子は、カプアの城壁を守る兵からも望まれた。
「おおっ、ローマ軍が去って行くぞ!」
「これは敵わぬと退散していったぞ!」
 カプア城兵は抱き合って大喜びした。
 ハンニバル軍とカプア軍は、ひとまずカプア市内に帰還した。
 先頭を進むハンニバル軍将兵は歓呼で迎えられた。
「よくやったぞ!」「さすが、無敵のハンニバル軍!」
 続いてカプア軍がタウレアを先頭に進んで来た。カンパニア勢の久々の勝利に、どの顔も上気し、胸を昂然と反らせていた。
「勇者タウレア!」
「わが町の誉れ!」
 人々は、郷土の英雄に存分に喝采を送った。



 そのタウレア、ある人の顔を認めると、馬から降り立った。
「タウレア様!」
 うら若き女性が馬前に駆け寄った。
(彼の愛妻か)
 誰もがそう思った。
 が、それは妻ではなかった。愛人のミルトであった。
 タウレア、人目も憚らず、彼女をひしと抱きしめた。
「そなたの予言のとおり、余は勝利を手にすることが出来た」
 震えんばかりに感謝の言葉を口にした。
 連敗続きの絶望に、突如訪れたこの栄誉。沈着な彼の声が上ずるほどであった。
「いいえ。私の力などではありませぬ」
 ミルトは、愛する彼の瞳を真っ直ぐに見て、頭を振った。
「全てあなた様のお力。あなた様の勇気を、神々が愛で給うた結果にございます」
 その言葉に感極まったのか、タウレアは再び彼女を強く抱きしめた。
 はじめ、タウレアのあからさまな不倫に戸惑いを見せていた市民も、委細構わず拍手し始めた。
 そう。今は、清廉潔癖であるよりも、勇武勝利が全てに優先する。
 タウレアは、この弱肉強食の世界に、独善の愛を打ち立てたのだ。



 その様子を、遠く建物の影から眺める女がいた。
 ヴェールを被り人目を気にしている。その彼女は、悲しげな眉を浮かべ、タウレアとミルトの愛が賛美される様を、穴があくほどに凝視していた。
 タウレアの妻であった。
(つい前まで、あの賛美を浴びていたのは、私と夫の愛であったものを…)
 勇者タウレアとの愛に、町中の女の羨望を集め、至上の幸福の中にあった。
 それが、今は…。
 涙が溢れて来た。
 彼女は身を翻すと、歓声に背を向けいずこかへ走り去った。



 別の建物の影から、また一人の女が現れた。
 マニアケスである。
「そうだ。ミルト。そなたの愛は他の女の犠牲の上にある。その愛の力で、我らに勝利を導くのだ」


https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)



 名誉挽回(続き)
 その時である。
「コンスル閣下!」
 兵が飛び込んで来た。
「いかがいたした」
「ハンニバル率いる大軍がティファタ山を下り、この本陣を目指し進んで参ります!」
 ハンニバル、機先を制し、出撃してきたものに違いない。
 果たして、幕舎内は騒然となった。
(ち…ハンニバル現れると知っただけで何たるザマぞ…)
 だが、そんな彼も、顔から血の気が引いていく感覚は否みようもなかった。



「静まれっ!」
 プルクルス、己も含め味方の惰気を振り払うかのように怒鳴りつけた。
「ハンニバルとて軍神や魔人ではない!我が軍は優に敵の倍を越える!堂々押し出し、蹴散らしてやるのだ!」
 間もなく、ローマ軍陣営にラッパの音が鳴り響いた。



 ローマ軍とハンニバル軍は、カプアの南で衝突した。
 しばらくは歩兵同士、互角の戦いが続いたが、ローマ歩兵の戦意凄まじく、ハンニバル軍歩兵の隊列は崩れたった。
「ふははは。歩兵戦で我がローマに敵う敵は存在せぬ!」
 プルクルス、腿を叩いて喜んだ。
 やがて、ハンニバル軍は敗走に転じた。
「よーし!一気に追い詰めよ!」
 プルクルス、馬上勇躍し、かさにかかって追撃にかかった。



 だが、その時であった。
「コンスル閣下!左から敵の騎兵です!」
「なにっ」
 西方を見遣ると、ハシュドゥルバルとマニアケスを先頭にヌミディア騎兵隊数千がまっしぐらに迫って来る。
「閣下!右からも!」
「なんだと!」
 東を見ると、タウレアを先頭に、カンパニア騎兵隊がこれまた一散に駆けて来る。
「しまった!図られた!」
 騎兵に挟み撃ちされる格好となり、ローマ軍はどっと崩れたった。
 そこに、ハンニバルの本隊が、一転逆襲して来ると勝負はあった。
 三方より猛攻を受け、ローマ軍は大混乱に陥った。
「いかん!引けっ、引くのだっ!」
 誇り高きプルクルスも、今はと、馬に鞭打ち逃げ出すほかなかった。
 ローマ軍は惨敗した。



 それから幾度か交戦した。が、いずれもローマ軍は打ち破られた。
 結果、カプア包囲のため数ヶ月に渡り営々構築した柵も、ハンニバル軍将兵の手によりずたずたに寸断されてしまった。
 ローマ軍は後方に退いた。
「このままではいかん。どうしたものか」
 プルクルスは、同僚執政官フラックスと額付き合わせ、作戦を協議した。
「ここは二手に分かれ、ハンニバルをまくしかないと思う」
 思案の挙げ句、フラックスはそう提案した。
 そう。本来の、着かず離れずの作戦に戻ろうというのだ。平原でハンニバルに堂々の会戦を挑んで勝ち目のないことを、二人は改めて痛感していた。
「よろしい。貴殿はクマエに退却なされよ。余は、ルカニア方面に向かい、グラックス殿と合流しよう」
 二方面から、ハンニバル軍を牽制しようというのだ。


https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)



 名誉挽回 
 間もなく。カプアの市街が久々に沸き立つ出来事があった。
 ハンニバル軍が、南方より戻って来たとの通達があったからだ。しかも、総司令官ハンニバル以下、精鋭勢揃いした主力である。
「ようやく帰って来てくれた」
 カラヴィウスは浮き浮きし、早速手勢を引き連れティファタの総本陣に向かった。



 ハンニバルは、鎧も解かず、カプアの指導者たちを迎えた。
「おお、カラヴィウス殿。余の留守中、様々に苦労なされたとか。相すまぬ」
 そのおおどかな笑顔に、カプアの人々は、心落ち着くのを覚えた。
 ローマの両執政官プルクルス、フラックスの大軍が集結中という国家の危機に、最も頼り甲斐ある人物を目にしたのであるから。
「なんの。閣下の多忙は承知しておりますゆえ。我らが苦労などとるに足りませぬ」
 カラヴィウス、健気な言葉を口にした。
 傍らに控えていたカルタロは苦笑いした。そのカラヴィウスから、毎日のように、ハンニバルの帰還はまだかまだかと詰問されていたからだ。



「ローマの大軍が集結中と聞いて駆けつけて参った。これは好機と考えてな」
 ハンニバルは微笑んだ。
「それはどういうことです?」
 訝しげに訊いたのはタウレア。
「ローマ軍は、一つ所に兵力を集めぬよう気を配って来た。特に、老ファビウスは、そのことに細心の注意を払って来た。それは、彼らローマ人が、余が会戦を得意とすることを承知しているからこそ」
 ハンニバルは、あたかも教官の如き口ぶりで、敵の意図を説明した。
「今、彼らは、このカプアという眼前の好餌にとびつき兵を集めておる。これこそ、余の待っていた戦機」
 そう。ハンニバルは、かつて、ローマ軍相手に会戦に持ち込むため、様々に苦心した。それが、今、カプア包囲という目的からとはいえ、ローマ軍は自ら兵を一箇所に集めてくれているのだ。
「なるほど…」
   タウレアは頷いた。



「タウレア殿」
 ハンニバル、口調を改めた。
「は」
「貴殿の武勇が、ここでこそ発揮されよう。そなたにも一隊を任せる。これまでの鬱憤を存分に晴らすが良かろう」
 優渥な言葉に、タウレアは感無量となった。
「ありがたきお言葉…」
 こうして、カプアは一気に士気を高め、対ローマ戦の闘志を再び激しく燃やすようになった。



 こちら、カプア近郊のローマ軍本陣。
「なにっ、ハンニバルが戻って来たと!」
 執政官のプルクルス、大いに驚いた。
「やつはタラスにいるのではなかったか」
 アクロポリスに立て籠り抵抗するローマ軍に手こずっていると耳にしていたからだ。
(さしものハンニバルもタラスの制圧には時間がかかろう)
 そう踏んで、カプアに大挙兵を集結させていたのだ。
「それが、タラスのアクロポリスを完封するや、周辺諸国の兵を糾合し、こちらに転進して来たもの」
 伝令は、ハンニバルが、内港に閉じ込められたタラスの船舶を陸路外港に曵き出し、逆にアクロポリスのローマ軍を包囲した鮮やかな手並みを伝えた。



「うむむ」
 プルクルスは唸った。
(ハンニバル…やはり想像を超える強敵ぞ)


https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)



 ミルトとタウレア(続き)
「よくぞしてくれた。そなたの望むものは何でもとらすであろう」
 彼は、自身に尽くして呉れる者に言う決まり文句を吐いた。
 それに応じ、ミルトはすかさず申し出た。
「一つ願いがございます」
「何じゃ。遠慮なく申せ」
「はい。タウレア様のおそばに上がりたく存じます」
「なに」
 カラヴィウスは目を見開いた。
「それは無理だ。やつは妻帯者」
 タウレアは眉目秀麗な勇者。だから、慕う女たちは山ほどにいた。最近の敗北で若干人気は落ち目ではあったが。



 ミルトは首を振った。
「妻になろうという野心など毛頭ありませぬ。おそばに仕える召使いでも構いませぬ」
「それでよいのか」
「それで満足です」
 ミルトはしおらしげにいった。
「ふーむ。ならば、タウレアに話してみるとしようか」
 その後。カラヴィウスの半ば強引な口利きで、ミルトはタウレア家の奉公人となった。
 はじめ、妻の手前渋っていたタウレアであったが、最高権力者カラヴィウスのたっての頼みとあって、
「奉公人の一人ということでしたら…」
 と、最後には折れてしまった。
 そんな経緯ではあったが、
「以後、よろしく頼むぞ」
 タウレアは、笑顔で彼女を迎え入れた。
 こうなれば、マニアケス仕込みの術がものを言う。タウレアが、ミルトの色香に迷い出すのは時間の問題であった。
 しばらくして、ミルトに暇が出された。だが、それはタウレアが妻の目を避け、彼女と会うためであるという、もっぱらの噂であった。



「あなた…」
 タウレアの妻は、夫が宵の口に出かけようとするのを呼び止めた。
「なんだ?」
「また…あの女の所でございますか」
 それは嫉妬と聞こえぬよう、つとめて平静な口調であったが、後ろめたい人間には、それすらも嫉妬に響く。
「違う。公務で城内を巡察するのだ。そのような邪推は止めにせよ」
 不機嫌に言い放った。
「邪推ではございません。あなたの名誉を思えばこそ…」
 妻の眉は悲しげに曇った。
 近頃、市民の悪評は高まりつつあった。
(戦地で戦果は上げられぬが内地で戦利品を上げている)
   そんな揶揄にも似た非難であった。



「私の名誉か…そのようなもの、とうに失墜しておる」
 タウレア、自嘲気味に言った。
「いいえ」
 妻は気丈に首を振った。
「機は訪れます。そこで勝利すれば、人々は必ずや旦那様を見直すに違いありませぬ。それゆえ、日々の振る舞いが肝要…」
「黙れっ!」
「旦那様!」
「余の名誉は余が考える。よけいな口を挟むな」
 そう言い捨てると、タウレアは足音荒らかに出て行った。



 妻の見立て通り、タウレアはミルトに溺れていた。
「そなたの腕に抱かれると、心穏やかになる」
 彼はそういった。
 彼は心底疲れていた。五年に及ぶローマとの激烈なる戦い、そして立て続けの敗北。指導者の叱責、市民の誹謗中傷、罵声。
(もう…武の道を捨てたい)
 そう願うようにすらなっていた。だが、四囲の状況がそれを許さない。戦況厳しく、ローマの大軍がカプアの城を取り巻こうとしているのだ。



「なんの。ご心配には及びませぬ」
 ミルトは励ました。
「わたくしの占いによれば、旦那様は間もなく勝利を掴む、と出ています」
「ほう…そなた、占いもたしなむのか」
「はい。ヘタイラといえども、何かしら芸を身につけねばなりませぬ。それゆえ、かつて星占いの先生に色々教えを請いまして」
「ふーむ。そうか。勝利が来るか」
 タウレア、生気が蘇って来た。やはり、彼は武人だ。勝利を夢想するだけで、ふつふつと体に熱い血が駆け巡るのを覚えた。
 そして、その機会は、意外にも早く訪れることになる。


https://novel.blogmura.com/novel_historical/ にほんブログ村

ランキングに参加しています。お越しの際には応援の1クリックをお願いいたします(1日1回有効)


−これまでのあらすじ−
 アルプスを越えイタリアに攻め込んだハンニバルは、カンネーの地でローマ軍を包囲撃滅(紀元前216年春)。その勢いを駆ってローマ最大の同盟国シラクサを味方に付けることに成功する(紀元前215年初頭)。
 その後のシチリア島の動乱、マルケルスの攻撃にも、ヒッポクラテス兄弟、マニアケスの活躍でシラクサ確保に成功(紀元前213年)。ハンニバルは、続いて、ローマに反発するタラスの若者たちを抱き込み、タラス市街を制圧(紀元前212年初頭)。
 戦局は、再びカンパニアその中心都市カプアの攻防が焦点となっていく。


 ミルトとタウレア 
 女密偵ミルトがタウレアの愛人になったのは、一つの事件が契機になっていた。
 それは、指導者カラヴィウスに対する暗殺未遂事件であった。
 カラヴィウスは、ハンニバルとの同盟の大義として、建前ではカプアの独立回復を掲げる。だが、カラヴィウスが、己の権力を一層確固たるものとすべく、ハンニバルの軍事力を招き寄せた面もある。
 このことが只今の窮地の一因となっているのだから、一部市民の強い反感を勝っていたことは想像に難くない。



 とある夜。その不満がついに噴出した。
「独裁者カラヴィウス覚悟!」
 ある有力者の屋敷を忍びで訪ねての帰途、反対派の青年たちが不意に襲いかかった。
「狼藉者だ!」
 カラヴィウスは仰天した。
 彼の護衛兵も応戦したが、忍びということもあり二人しかいない。
 護衛兵をかわし、若者たちの刃はたちまちカラヴィウスに迫った。
「国賊カラヴィウス!」
「わわわ。助けてくれ」
 カラヴィウス、馬から転げ落ちると、通りを走って逃げ出した。が、肥満体の上に運動不足がたたってか、恐ろしいほどの鈍足。
「カラヴィウス、覚悟!」
 若者の一人が剣を振りかぶった。
 その時。黒い影が若者にぶつかった。
「ぎゃっ!」
 若者は魂切る叫びを発すると、どおっと仰向けに倒れた。
 見ると、短剣が胸に突き刺さっていた。
 その後も、黒い影は、短剣を巧みにふるい、若者たちを近づけなかった。
 間もなく。騒ぎを聞きつけた城兵が駆けつけると、ひとしきりの乱闘の後、若者たちを悉く捕縛した。



 カラヴィウス、ようやく落ち着きを取り戻して来た。
 ふと見ると、薄衣まとう女が、道端に畏まっている。
「閣下。お怪我はありませぬか」
 ほのかに脂粉の香りが漂って来る。
「お、お前は…」
「は。ヘタイラ(娼婦)のミルトと申します」
「そなたが助けてくれたか」
「は。短剣にて無我夢中で切り掛かりましてございます」
 その身のこなしから『無我夢中』は疑わしかったが、興奮の渦中のカラヴィウスにそんなことは見えない。しきりに頷き、手柄を褒め讃えた。


.
アバター
Dragon
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

過去の記事一覧

スマートフォンで見る

モバイル版Yahoo!ブログにアクセス!

スマートフォン版Yahoo!ブログにアクセス!

Yahoo!からのお知らせ

友だち(3)
  • ダイエット
  • JAPAN
  • 時間の流れ
友だち一覧

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事