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※タラス市街の地図については11月28日掲載分を御覧下さい。岬の先端の「城山」と記載ある地点がアクロポリスのことです。
出来る
その後、ハンニバルは、ローマ軍の度重なる反撃を退けると、アクロポリスの前に長大な柵を連ね、さらに柵に並行して堀を掘削した。アクロポリスは完全に封鎖され、陸の孤島と化した。
「これでローマ兵どもも迂闊に打って出ることはできまい」
だが、ローマ兵も負けてはいない。隊長リウィウスは伝令を派し、近隣の都市メタポントゥムより海路兵糧をアクロポリスの内へ運び入れ、断固抗戦の意思を鮮明にした。
「ふふ。むしろ、困窮するのはハンニバルとタラス市民の方よ」
リウィウスはほくそ笑んでいた。
そう。タラスにとって困ったことは、港が岬の北側の内にあることであった。つまり、船を出すにはアクロポリスの鼻先の狭い水路を抜けるしかない。
だが、水路の幅は1スタディオン(約177m)にも満たない。タラスの船が通過を試みれば、攻撃されるに違いない。つまり、水路はローマ軍に扼されていた訳だ。
タラスは、船を外海に曳航することができなくなっていたのだ。
「これでは我らが兵糧攻めにあっているようなもの」
フィレメノス一派は、市民の突き上げがあったものであろう、困った顔を抱えてハンニバルの本営に窮状を訴え出た。タラスは交易により成り立っている国。船が使い物にならなくては国家の存亡に関わる。
「急ぎお国の艦隊をこちらに回して頂きたい」
フィレメノス、切迫した面持ちで要望した。
アクロポリスをカルタゴの軍艦で牽制し、その間に、タラスの船舶を外海に引き出そうというのだ。
「さもないと、市民の反感が閣下に向けられることにもなりかねませぬ」
市民の豹変の可能性にも言及し、半ば脅すような口調であった。
だが、それに対するハンニバルの反応は、案外なものであった。
「慌てる必要はない」
総司令官は柔和な笑みを見せた。
「我が艦隊など必要ない。諸君らは、すぐに制海権を得ることができよう」
「えっ」「それは一体…」
「要は船を南側に出せば良いのであろう。ならば、立派な道があるではないか」
ハンニバルが事も無げに言った。
「それはどういうことで…」
ニコンが訊いた。
「アゴラの大通りが南北に走っているではないか。そこに台車を置き、船を引っ張り出せば足りるではないか」
「あっ!」
タラスの若者たちは思わず声を上げた。
閃きの意外、そして、単純明快な解決策が提示されたことに驚愕したのだ。
「ならば、南岸に出すぐらい造作もなかろう。人手は我らも出そう」
「なるほど!」
フィレメノスは腹から声を出した。
「恐れ入りました。確かに…出来そうですな」
「出来そう、ではない。出来るのだ」
ハンニバル、確信を語気に込めた。
「ならば、船を自在に用いることが出来、なおかつ、してやったりと思っているローマ軍を、逆に封鎖することが出来よう」
「さすが…」
タラスの若者たちは、今更のように、この隻眼の武将に畏敬の眼差しを向けた。
ハンニバル軍の兵士とタラス市民は、すぐに作業に取りかかった。
総司令官ハンニバル自ら、この大規模な運搬作戦の指揮を執った。
「まず、道を平らにきれいにならすのだ」
大通りの道の上から、石が取り除かれ、でこぼこが削られた。
他方、港では大きな台車の製作にかかっていた。アルプス越えを経験しているハンニバル軍将兵。これしきの工作活動は何でもない。瞬く間に、堂々たる台車が出来上がった。
「さあ、船を乗せよ」
船の舳先に縄をくくりつけ、水中から滑らせるように台車の上に乗せていく。
「ようし!台車を引っ張れ!」
台車には五十頭の牛が繋がれ、それにカルタゴ兵が鞭打った。すると、大通りを台車がゆっくりと動きだし、南の岸へ向かって曵いていく。
沿道に集まった市民は、鮮やかな手際に歓声を上げた。
予期とは異なり極めて容易に成し遂げることができた。
半日で、数十隻もの船を南岸に引き出し得たのである。
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