新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第7章地中海の章

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↑タラス(現ターラント)にあるギリシア神殿の遺跡です。旧市街にあります。GNU Free Documentation Licenseに基づいて掲載しています。

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 神託(続き)
「…でも、神殿のあるアクロポリスには、ローマ兵がおるぞ」
 街の聖域アクロポリスにはローマ軍が駐屯していた。
 市民は、横目でローマ兵を見ながら、アクロポリスにある神殿に参詣したり、儀式を執り行ったりすることになる。これが、市民のローマを見る目をさらに複雑にしていた。
 聖地を占領する外国軍というものは、いずれの時代も反感を買いやすい。
「なにも誓願の内容を口にして立ち入る訳ではないから問題ない。また、守将のリウィウスとは面識がある」
 フィレメノス、こともなげに言った。



 翌日の夕暮れ。
 フィレメノス、ニコン、トラギスコスの三人は、アクロポリスに向かった。
 タラスのアクロポリスは、岬に広がる市街の先端にあり、元々はここが建国時の入植地であった。ここから東の内陸へと市域を拡大していった訳だ。
 南北に城壁が連なり、これが市街地と聖域を画し、非常時の最後の防御線ともなった。
 ローマ兵が駐屯するも、政治を行う上で不可欠な供儀を執り行う神聖なる空間。ということもあり、平時は門が開放され、市民の出入りが許されていた。
 だから、フィレメノスたちがやって来たときも、咎められることはなかった。否、むしろ、気安い挨拶をローマ兵と交わすほどであった。



 そして、守備隊長リウィウスと顔を合わせると、
「今日は何の誓願ですかな」と向こうから訊いて来た。
「近頃、不思議な噂を耳にしたもので」
 フィレメノス、そこは正直に話した。
「ほほう。貴殿もその口ですか。私も、先日、祈願してみたのですが…」
 部下の手前か、声を潜めた。
「いかがでした?」
「格別なお言葉はありませんでしたよ。不思議な世界ではありましたが…」
「そうでしたか…」
「ま、わたくしはローマ人。まずはタラス市民を優先しているのですかな。ヴィーナスの女神も。我がローマ建国の祖も辿ればヴィーナスなのに」
 そう。ローマ人の祖アイネイアスの母はヴィーナスとされている。
 守備隊長は、そんなことを言って、笑いながら街の中心の方へ歩いていった。リウィウスは、夕暮れになると、将校たちと酒盛りに出ることが習慣となっていた。
 三人はそれを知っていた。だから、この時刻を選んだのだ。
 浮かれる守備隊長の足取りに、三人は顔を見合わせ、口の端を僅かに綻ばせた。



 三人は、神官の導きにより神殿の内に入っていった。ここにはローマ兵はいない。
 そう。神殿の中に入ってしまえば、監視の目は届かない。
 猪を繋ぐ縄を神官に渡すと、入れ代わりに、巫女が一人現れた。
(おや)
 ニコンが首を傾げた。
(どうした?)
 フィレメノスが訊いた。
(こんな巫女、この神殿にいたか?)
(おおかた、本土(ギリシア本土のこと)の方から来たのであろうよ)
(それにしても…艶かしいな)
 トラギスコスがぽーっと上気していた。確かに、とびっきりの『上玉』であった。
(ばか。不謹慎なことを言うな。神罰が当たるぞ)
 フィレメノスが叱った。
 とはいえ、神事として売春が行われていた時代もあったというから、巫女が美人揃いというのは当然といえば当然であった。

神託−地中海の章51

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↑アフロディーテ(ヴィーナス)の彫像です。

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 神託 
 ここタラス。
 カラーブリア最大の港湾都市であり、夕暮れになっても多くの人が行き交い、喧噪途絶えることはなかった。そう。この国は、ローマに降伏した後も繁栄は極めていたのだ。
 近頃、この街に、奇妙な噂がまことしやかに流れていた。
「おい。聞いたか」
「ああ。アフロディーテ神殿での不思議な現象のことであろう」
 それは、美の女神アフロディーテ(ラテン名ヴィーナス)を祀る神殿の内で誓願立てると、神殿の奥から麗しい音曲鳴り響き、嫋かな声で預言めいた言葉が聞こえて来るというものであった。
 もっとも、この噂を訝しむ声も少なくなかった。
「まさか…そんなことある訳ない」
「予言を授けることができるのは、デルフィのアポロンの巫女ぐらいであろう」
「いやいや」
 耳聡い人はこう講釈して見せた。
「どうやら、デルフィの巫女の一人がこちらに来たという話だ」
「それは本当か」
「だから、神託を授かることができるというのは、あながちでたらめではないぞ」



 この当時、神の声を聴こうと思えば、ギリシア本土デルフィのアポロン神殿、またはドドナのゼウス神殿に参詣するのが普通であった。神殿に仕える巫女が、一種の陶酔状態になり、神の言葉である神託−極めて曖昧な言葉であったらしい−を伝える訳だ。
 とりわけ、デルフィの神託は地中海世界に名声轟き、ギリシア世界以外の人々も神の言葉を求め、高価な寄進を捧げ、多数参詣した。



 ちなみに、著名な予言として、以下のようなものがある。
 ペルシアの攻勢に危機に瀕していたリュディア王国のクロイソス王に与えられた予言。
『ギリシア最強の国と同盟すれば、敵を破り国は大いに栄えよう』
 王は、そのためスパルタとの同盟を望んだが、スパルタ王の拒絶により果たせず、結局ペルシアの大軍の前にリュディアは滅亡した。
 また、哲学者ソクラテスは以下の言葉を授かった。
『ソクラテス以上に賢い者はいない』
 ソクラテスは、この言葉を確かめるべく、著名な学者たちに論戦を挑んだ。結果、自分が最も賢いか否かは分からなかったが、自分より賢い者を見出すことはできなかったと語っている。
 そう。理性の生き物である筈の学者ですら、この神託というものに重きを置いていたという訳である。
 ローマにまつわるものとしては、
『母に真っ先に口づけした者は、最高の支配権を得ることができよう』
 というものがあった。
 この母という言葉を大地(ガイア)と理解したブルートゥスは、すぐさま地に口づけした。彼は、帰国後、王制を打倒し、共和制ローマ初代の執政官に就任した。
 このとおり、デルフィの神託については、エピソードに事欠かないのだ。
 それが、このタラスのアフロディーテ神殿で授かることができるとあっては、人々が興奮するのも当然であった。



 この噂は、いわゆる指導階層の人々にも広がっていった。
「一度行ってみるか」
 そういったのは、狩猟好きで知られた名家の子弟フィレメノス。
 アフロディーテ神殿に、ということだ。
「何か捧げる必要があるのではなかろうか」
 応じたのは、彼の親友ニコン。
「昨日仕留めた猪がある。それを捧げよう」
「フィレメノスよ…何を授かりたいのだ?」
 そう訊いたのは、同じく親友のトラギスコス。
「知れたこと。この国の行く末のことだ」
「ふーむ。…お前、まだ憤っておるのか」
「当たり前だ。我らはローマの奴隷ではない。なのに我が国の使節が無残に処刑され、黙っておられるか」
 三人は、夜々こうやって集まり、酒席にこと寄せて様々な鬱憤を言い合っていた。
 そう。フィレアス処刑の知らせは、この通り、多くの人々を憤激させていたのだ。


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※↑現在のタルペイアの岩の様子です。ローマ市内になります。GNU Free Documentation Licenseに基づいて掲載しています。

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 タラスを望む(続き)
 だが、この長期にわたる軟禁は、フィレアスの心を反ローマへと傾かせた。トラスメネスで平民の英雄フラミニウスが、カンネーでは名将パウルスが相次いで戦死したと知ると、心の持ちようががらりと変わった。
(近頃は反撃しているというが、それでもカンパニア全域にハンニバルの勢力が席巻していることは事実。我が国も考え直さねばならぬ)
 従者の知らせにより、自分の他に、タラス市民とトゥリイ市民が、カルタゴ兵捕虜として拘禁されている事実を知った。
(彼らと共に脱走しハンニバルの許に走るのだ。そして、カルタゴとの同盟を仲立ちすれば、私は、一躍外交の大立て者となることができる)
 そんなことを夢想するに至った。
 軟禁の憤懣、妄想の膨張、それが自身の体内で複雑に反応し、ローマに対する叛心は押さえ難きものとなった。
 到頭、とある晩、彼は、ローマ兵の監視を盗み宿舎から抜け出ると、カルタゴ兵捕虜らと共にローマ市外から逃げ出した。



「なにっ、タラスのフィレアスが脱走したと!」
 報告を受けた法務官レピドゥスは怒った。
「うぬ。盟約に背く振る舞い。直ちに追跡し捕縛せよ!」
 直ちにローマ騎兵数百が追っ手に出た。なにせ、ローマ領内は、道路はもとより通報体制も完備している。そのため、脱走者の一団は、タラキナ(ラテン地方の都市)まで逃げたところを捕捉され、すぐさまローマに連れ戻された。



 彼らは法務官の前に引き出された。
「法により厳正に処断せねばならぬ」
 レピドゥスは、審理の末、全員に死刑を言い渡した。
 刑は直ちに執行された。
「命だけは助けてくれ!」
 フィレアスたちの命乞いにも、リクトル(警吏)は無慈悲に刑場となったフォルムの地に引き据えた。彼らは冷厳なる法の執行者でしかない。まず、罪人たちを裸に剥いて散々鞭打った。その後、半死半生となった罪人を、カピトリウム丘に引きずって上がり、タルペイウスの岩から突き落とした。
 極刑であった。
 法に基づいた処置ではあったが、これがタラスとトゥリイの両市に伝わると、異様な反響が巻き起こった。
「ローマが残酷な仕打ちを、我が市民に加えた」
「しかも、使節の一員として出向いた者に対し」
 急速に反ローマの気流が高まっていくことになったのである。




「…なるほど。そのようなことが」
「うむ。主力は既にタラスの西方に進めてある。そこで…」
「わたくしの出番、ということですね」
「そうだ。そなたには…」
 ハンニバルは、声を潜めて、細かに指図した。
 マニアケス、すぐさまに行動を開始した。それゆえ、彼女がティファタに帰還していたことを知らない将士も多かった。

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 タラスを望む 
「そなたを何ゆえ呼び戻したか…分かるか」
 ハンニバル、マニアケスに訊ねた。
「タラスですね」
「相変わらず勘がいい」
 ハンニバル、満足気に頷いた。



 タラス、ラテン語表記ではタレントゥム。
 ここは、スパルタ人入植者により建設されたギリシア人都市国家であるが、時を経るにつれ富裕となり、その経済力は本国スパルタを遥かに凌ぐようになり、一時、南イタリアで大きな勢力を誇った。
 やがて、南下して来たローマと対立し、独力では抗し難しとしてピュロス王の来援を乞うたのは第四章で見た通りである。その後、ローマが対ピュロス戦争に勝利した結果、紀元前273年、ローマに降伏し、以降その同盟国となっていた。



「タラスでは、ローマに対する不満が密かに広がっているという。それを利用し、タラスを奪うのだ」
「そのような動きがあるとは存じませんでした」
「そこはほれ、このハンニバル船長が嗅ぎ付けてきたのよ。…船長、マニアケスに説明してやれ」
「は。実は…」
 ハンニバル船長、朴訥な口調ながら、タラスで起こった異変を語り出した。




 タラスは、ローマとの同盟締結から六十年、泰平を享受して来た。つまり、シラクサ同様、平和の時代を過ごして来た。
 だが、この国は、シラクサとは異なり、自治こそ認められていたが対等な同盟は許されなかった。なにせ、ピュロス王を招き、徹底抗戦した過去を有する国である。
「子弟を留学生としてローマに派遣なされよ」
 ローマ元老院は、そのように言い渡した。
 名目は留学生であったが、その実、人質であることは明白だ。さらに、タラスのアクロポリスにはローマ軍が駐留していた。
 アクロポリスは、守護神を祀る神殿のある聖域で、国庫も置かれている。そこを押さえるということは、ローマがこの国の動向に神経尖らせ、充分な信を置いていないことを如実に表していた。



 その人質の一人に、フィレアスというタラス市民がいた。
 彼は、長期のローマ滞在に飽き飽きしていた。いや、我慢の限界に差し掛かっていた。
 彼は留学生ではなく、外交の使節団としてやって来ていたが、ローマ元老院より宿舎に足止めを食らっていた。
(なにゆえ、このように長きに渡り軟禁状態に置くのか。いやしくも、私は、同盟国の外交使節団の一員であるぞ)
 大いなる憤懣を抱いていた。
 が、これには理由があった。
 ローマ軍がハンニバル軍との戦いで捕虜とした兵の中に、タラス市民がいたからだ。恐らくは、貧しい市民が生活の糧を得るため傭兵として従軍していたのであろうが、ローマにとっては衝撃であった。
「まさか…タラスはカルタゴ側に寝返ろうとしているのでは…」
 疑念を抱いた元老院は、
「滞在中のタラス使節団を足止めせよ」
 ということになった。


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 待ち人来る(続き)
「総司令閣下」
 兵が入って来た。不思議なことに、顔色が僅かに上気しているように見えた。
(ははあ…)
 誰がやって来たか、すぐに察した。
 だが、敢えて素知らぬ体で訊いた。
「どうした?」
「マニアケス様がお戻りになられました」
「…そうか。すぐにこれへ」
 短く言葉を吐きながらも、ハンニバル、自分の顔もほのかに暖かになるのを自覚した。
(これが、人を待つ人の心のありようか…)
 そう考えるとおかしかった。そう。まさに、彼も待ち詫びていた一人だったのだ。
 そのマニアケス、名誉ある将軍の姿で幕舎に颯爽入って来た。彼女は、もう只の密偵ではない。ハンニバル軍の一翼を担う部将となっていた。いや、兵卒にすら帰還を待たれるような、信篤き将となっていた。



 彼女は恭しく一礼した。
「総司令。只今戻りました」
「おう、ご苦労であったな」
「閣下より早く戻るように伝令ありながら、かくも遅くなり申し訳ありませぬ」
「なんの。詫びるに及ばぬ。シラクサが大変な動乱にあったことは知っておる」
 マニアケスやらヒッポクラテスから、詳細な戦況報告が上がって来ていたからだ。
「されど、これで、ようやくシラクサは我らの掌中の物になりました」
 マニアケスも明らかに上気している。
 この報告ができることが、何ものにも代え難い喜びであった。このバルカの当主ハンニバルに勝利を報告できる時こそ、生の意味を体感できる瞬間。
 シラクサでの顛末を、彼女は詳細に報告した。



 ハンニバルは、ふんふん訊いていたが、アルキメデスに話が及ぶと、身を乗り出した。
「ほほう。あのアルキメデスを味方につけたか…大したものだ」
「お褒め頂きありがとう存じます。甚だ苦心いたしましたが…」
「さもあろう。そなたの色仕掛けで転ぶ御仁でもあるまいしの」
 ハンニバルは笑った。
 彼は、久方ぶりに、気持ちよく笑えることを自覚していた。


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