新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第7章地中海の章

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 待ち人来る 
 ここで、舞台はイタリアのカンパニアに戻る。
 カンパニアでは、ハンニバル軍とローマ軍の激しい攻防が展開されていた。
 カプアの北郊、ティファタ山頂のハンニバル軍総本陣。
「…そうか。ローマはいよいよ大軍を催しておるか」
 ハンニバル、いつもの静けさの中、同名のハンニバル船長の報告に耳を傾けていた。
 この年(紀元前213年)、ローマでは大動員令を発し、同盟諸国から兵を掻き集めていた。その大軍の第一の標的が、カプアであることは疑いの余地はなかった。
「は。カプアのカラヴィウスをはじめとする指導者連は大いに怯え、援軍をもっと増強されたしと、頻繁に使者を寄越しております」
 城が落ちれば、ローマに反旗を翻した彼ら指導者たちは只では済まない。恐怖するのも無理なかった。
「援軍…か」
 ハンニバル、渋い色になった。
(そんな余裕はない)



 確かに、ハンニバルの勢力はカンパニアの広範な地域に拡大した。加えて、南のルカニア、ブルッティウム、カラーブリアといった地域に勢力を伸ばしていた。
 だが、戦線拡大と共に、必然、兵力も分散することとなった。配下の有能な将たちも、各地を転戦している。ボミルカルの子ハンノン、ハシュドゥルバル、ヒミルコ、全て南方各地に馳せ向かっていた。また、ヒッポクラテスとエピキュデスの兄弟は、シチリアで忙殺されている。
 そのため、先頃、ハンニバルは、カンパニア諸国に独自の軍事作戦を命じた。
 これに対して、兵力提供義務の免除を謳った同盟条約の規定に触れると異を唱える向きも、カプアにはあった。



 だが、ハンニバルは一蹴した。
「兵力提供の義務免除の規定は、余が指揮権を有する我が軍への提供の問題。自国の防衛については、当然、自身働いてもらわねば困る。まさか、己の国を守るのも、全て人に委ねんという浅ましい考えではあるまい」
 全てをハンニバルに任せて、などと虫のよいことを思っていたカプアの指導者たちは、ぐうの音も出ない。
 そこで、カプアは、勇者の誉れ高いタウレアを先頭に、カンパニア諸国の大軍を率い、ローマに戦いを挑んだ。
 が、ファビウス率いる軍に散々打ち破られてしまった。肝心のタウレアが、ローマ騎兵の一騎打ちの挑戦に逃げ回る始末で、まさに大惨敗であった。
「勇者とは真っ赤な偽り。とんだ恥さらしよな」
 ハンニバルは憫笑を浮かべた。
 大敗に自信喪失したカプアの軍は、要害を頼み、籠城を決め込んだ。
 勢い駆ってローマ軍が包囲にかかるのは、事の当然の流れであった。



「しばし踏ん張れ、そう伝えよ。間もなく大軍率いて駆けつける、とな」
 ハンニバルはそう言った。
「は…」
 答えたものの、ハンニバル船長は動かなかった。
「どうした?」
「はい。そのような軍勢がどこにあるのか、いささか不思議に思いましたので」
 素は漁師の出。疑問に思うことを率直に口にする。
「無論、方便だ」
 ハンニバルは苦笑した。
「方便ですか」
「今は、嘘でも何でも、利用できるものは何でも利用せねばならぬ。我が大軍の到来近しと思えば、カプアの臆病者たちも多少は奮い立とう」
 そう。足りないのだ。兵も、兵を指揮する将も、さらには兵糧も。



「されど…」
 ハンニバル船長は言った。
「閣下が、カプアに参れば、もっと市民は奮い立つのではありますまいか」
「今、城の内に入るのはよくない」
「確かに」
 そう。少数の兵力で城内に入ることは、籠城戦になって戦況不利に陥れば、と考えると危険であった。ローマに寝返ろうという輩が必ず出て来て、その手みやげにハンニバルを捕らえよう、そういう動きが必ず出て来る。
 このことを、二人のハンニバルは短い掛け合いで理解した。


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−これまでのあらすじ−
 アルプスを越えイタリアに攻め込んだハンニバルは、カンネーの地でローマ軍を包囲撃滅(紀元前216年春)。その勢いを駆ってローマ最大の同盟国シラクサを味方に付けることに成功する(紀元前215年初頭)。
 が、そのシラクサで政変が起き親ローマ派政府が樹立されると、ハンニバルが送り込んだヒッポクラテス、エピキュデス兄弟は、傭兵を味方につけシラクサ本市に攻め込みローマ派政府を打倒。
 さらに、マニアケスが非常の策を用い、天才科学者アルキメデスを味方に付けることに成功。
 ローマの名将マルケルス、大軍を率いて海陸から自信満々シラクサに迫ったが、アルキメデス考案の新兵器に手痛い打撃を受け、撤退のやむなきに至った。


 マニアケス帰る(さらに続き)
 だから、彼女はこう言った。
「先生の働きの御蔭で、我ら、何の不安もなく敵を追い払うことができたのだ」
「分かっている。だから、随分気を遣っているつもりぞ」
 ヒッポクラテスは、少し口を尖らせた。
 弟子と共に、オルテギュアの内に広い宿舎を与え、書物を運び容れることにも便宜を与え、食事やら何やらにも細心の配慮を与えていた。無論、将軍の位も授けてある。



「これからもそうせよ」
 マニアケスはそう言った。
「先生、ご健在である限り、このシラクサは安泰。そなたらも、悠々采配を取ることができるのだから」
「お前…どこかへ行くつもりか?」
「ここは、ほぼ片がついた。あとはそなたらで何とかなるであろう」
 彼女は、本来あるべき地、即ち、総本陣のハンニバルの許に帰ると言っているのだ。
 ハンニバルから書状が届き、シラクサの始末を速やかに終え、早く帰還せよとの指令が届いていた。
「戻るのか?」
 兄弟は少し寂しそうな色を浮かべた。
 彼女が果たした役割を思えば無理もない。参謀兼密偵兼…、一人何役もこなし、ついにはシラクサを掌中に収めることに成功した。アルキメデスを取り込む難事も、荒技を繰り出し、成し遂げた。
 いや、そればかりではなかった。危機に現れ、兄弟を励まし鼓舞し続けた。
 深い友情を彼女に感じざるを得ない。いや、それは、淡い恋情にも似たものかもしれなかった。



「ははは」
 そんな兄弟の心を知ってか知らずか、マニアケスは美しい笑みを見せた。
「私は、常にあちこちを飛び回っている。このように、一つの所に居たのは、生まれて初めて。ここはそなたらの故郷。あとはそなたらで大丈夫だ」
 連戦連勝で、ヒッポクラテス兄弟に対する市民の支持も、日々高まっていた。
「お前が居なくなったら…先生も寂しがるぞ」
 エピキュデスが、しきりにそんなことを言う。
「またすぐに戻ってくる。そのように先生には伝えておいてくれ」
 その日、彼女の姿は、風の如く消えていた。ただ、彼女の宿舎の一室には、あのサンブカが置かれたままであった。


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 マニアケス帰る(続き)
 ローマ軍が矛先を転じたことは、シラクサ側にもすぐに伝わった。
「おお、あのマルケルスが、ついに退却していったか」
 ヒッポクラテス、エピキュデスの兄弟は喜悦した。
 なんといっても、マルケルスの勇猛は轟いている。それを見事退け得たのだ。
「これも先生の御蔭です。我ら、深く感謝申し上げます」
 エピキュデスが、傍らのアルキメデスに声をかけた。
 まさに、アルキメデス一人に、ローマ軍は翻弄されたといってよい。この間、シラクサ側の被害はほとんどなかった。いくら感謝しても足りぬであろう。



 だが、アルキメデス、別段ありがたがる色も見せない。
「いや…感謝には及ばぬ」
 ぼそりといっただけであった。
 そして、ふらと立ち上がった。
「先生、どちらへ?」
「時間ができたのであろう。わしは学問に戻らせてもらうよ」
「…でも、これから勝利の宴を開こうと…。是非ともご臨席ありたいのですが…」
「わしに褒美というならば、時を与え給え。それ以上のものはないのであるから」
 そういうと、老学者は退出していった。
 末席に控えていた弟子たちも、彼に従ってぞろぞろ出て行く。



「ふーむ。取っ付きにくい御仁よな」
 ヒッポクラテスは苦笑した。
 学究の人アルキメデスと、彼ら野心に燃える人々とは、所詮、水と油。
「不満を言うな」
 そう言ったのは、マニアケス。
 彼女だけはアルキメデスに気に入られ、度々、宿舎を訪れていた。その都度、決まってサンブカの嫋かな音色が流れていたが。
 シラクサの口さがない人々は噂した。
「アルキメデス先生も、セイレーンの誘惑には勝てなかったのであろうよ」
 だが、そんな色恋にも似た事実は微塵もなかった。アルキメデスは、彼女の音色を聞くととても穏やかな面持ちになる。そのため、彼女が伺候し、戦闘の合間のつかの間の余暇を慰めていただけ。



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 マニアケス帰る 
「我が軍は…どうだ」
 マルケルスは、シラクサ北郊の陣地に戻ると、味方の被害を副官たちに調べさせた。
「は…残念ながら、軍船の多くが沈没し、閣下御工夫の『サンブカ』も全て大破。戦死者も甚大な数に上る模様…」
 逃げ帰った者たちも多くが負傷し、うめき声が執政官の幕舎にも届くほどであった。
 何分、治療法の限られた時代のこと。矢を引き抜いたり、傷を酒で消毒したりする程度だ。想像するだけで、その激痛に目がくらみそうだ。



「そうか…『サンブカ』は全て駄目になったか…」
 あらん限りの知恵を絞り作らせた海上攻城兵器が海の藻屑になったとあり、悔しげな色ありありであったが、やがて自嘲気味にこういった。
「アルキメデスめ。我が『サンブカ』を柄杓代わりに海の水を汲み、最後に、まずいサンブカ奏者の如く、叩きのめして追い払いおった」
 招かれず訪れたサンブカ奏者が、まずい演奏ゆえに宴席の人々に追い出される様子に、味方の敗北を例えたものだ。
 武骨な彼にしては、なかなか巧みな表現で、幕僚の中には苦笑を浮かべる者もいたが、沈鬱な空気を一掃するには足りなかった。



 その後、幾度か、海陸より城攻めが試みられたが、全て惨憺たる結果に終わった。
 即ち、城を遠巻きにし始めた途端、投石兵器の乱射が始まり、無数の石が頭上に降り注ぐ。船体をぶち破り、また、攻城用の防護壁を木っ端微塵にした。
 なんとか石の雨をかいくぐり、城壁の下に辿り着いたら着いたで、巨大な腕が伸び石をどすんと落とされる。また、鉄鉤が落下し、軍船やら破城鎚が持ち上げられ、容赦なく海や地に叩き付けられ、めちゃくちゃに破壊されてしまう。



「これでは埒が明かぬ」
 さしものマルケルスも、音を上げてしまった。
 また、安穏と包囲陣を構えてもいられなくなりつつあった。シラクサ軍優勢の報が島内に伝わると、次々と叛乱の呼応を見せ始めたからだ。
「アクラガスが離反しました!」
「メガラが反旗を翻しました!」
 島内の主要な都市が続々カルタゴ側に寝返り始めたのだ。



「閣下、このままでは背後より敵の襲撃を招きます。別の手立てを講じなければ…」
 プブリウスが進言した。
 特に、メガラに敵の手が迫っていることは看過できなかった。ここは、シラクサより北二十キロの至近。しかもローマ側の拠点レオンティニを脅かす格好の位置にある。放置すれば糧道を断たれてしまうであろう。
「確かに、このままではいかん」
 そこで、マルケルスは、海からの攻撃を諦め艦隊を撤収させ、陸からの攻撃もしばらく中止させた。プルクルスに一軍を委ねて残し、こう命じた。
「城に攻めかかってはならぬ。主要な道筋に兵を配し、睨みを利かせていよ」
「はっ」
「離反した諸都市を片付けて戻って来る。それまでしっかり守りを固めておいてくれ」
 こうしてマルケルスは、シラクサ攻めを諦め、反旗を翻したメガラの攻略に向かったのであった。


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−これまでのあらすじ−
 アルプスを越えイタリアに攻め込んだハンニバルは、カンネーの地でローマ軍を包囲撃滅(紀元前216年春)。その勢いを駆ってローマ最大の同盟国シラクサを味方に付けることに成功する(紀元前215年初頭)。
 が、そのシラクサで政変が起き親ローマ派政府が樹立されると、ハンニバルが送り込んだヒッポクラテス、エピキュデス兄弟は、傭兵を味方につけシラクサ本市に攻め込みローマ派政府を打倒。
 さらに、マニアケスが非常の策を用い、天才科学者アルキメデスを味方に付けることに成功。
 敵対を鮮明にしたシラクサに、ローマの名将マルケルス、大軍を率いて海陸から自信満々迫ったが…。


 アルキメデスひとり(続き)
「な、なんたること…」
 想像を絶する新兵器の出現に、さしもの猛将マルケルスも茫然自失となった。
「コンスル閣下」
 プブリウスがいった。
「このままでは被害が甚大となるばかり。一度ご退却あるべきかと」
「うぬぬ…アルキメデス一人に…」
 マルケルス、歯ぎしりした。確かに、アルキメデス一人にしてやられた格好。
 が、味方は見たこともない兵器の出現と、巨大な威力に大混乱に陥っていた。
「引け!引き揚げるのだ!」
 旗艦の合図に、ローマ艦隊は船首を返し、退却を始めた。



 だが、それにもアルキメデスは、容赦なく攻撃を加えた。
 城壁の上に、今度は投石兵器が現れた。これまで諸国に普及している型ではない。てこの原理を活かした、何百メートルもの射程を有するもの。
 猛烈に射撃を開始した。
「うわっ!」「げっ!」
 石は的確に船体をずどんずどんと打ち抜いた。
 船内に海水がどっと流れ込む。
「わあっ、沈むぞ!」「逃げろ!」
 ローマの多くの艦船があちこちで沈み始めた。
 マルケルスの艦隊は、ほうほうの体で北の方角へ退散するしかなかった。



 同じ頃。
 北西のヘクサピュラの大門の方角から、エピポラエの台地に攻めかかったアッピウス・プルクルスの軍勢も手痛い目に遭っていた。
 当初、プルクルスは自信満々であった。
 なにせ彼には野望がある。
(戦果を挙げ、近くコンスル選出選挙に立候補せねばならぬ)
 名門クラウディウス家の当主の彼、栄達を絶対の義務とされていた。
 だから、初めから猛烈な戦意の下、采配を振るった。



「それっ、攻めかかれ!」
 陸上における攻城戦はローマ軍の大いに得意とするところ。
 防護壁を進めながら、城壁の真下まで道路を伸ばし、攻城塔を前進させ、最後には大きな破城槌をもって城壁を打ち砕く。
 だが、ここにもアルキメデスの新兵器が威力を発揮した。
 彼の弟子たちの指図により、エピポラエの台地に最新鋭の投石兵器をずらりと並べた。
「撃て!」
 城壁から遠く離れたローマ軍陣地に、石がぶんぶん落下して来た。
「ば、ばかなっ、こんな遠くまで」
 ローマ兵は仰天した。
 さしもの勇猛なローマ兵も血しぶき上げ倒れていく。
 プルクルスの本陣にも、容赦なく石が落下して来る。
 兵は悲鳴を上げ逃げ惑う。



「ええい、射程が長いということは、城壁の近くは射程の外ということ!一気に城壁の下に押し寄せ取り付くのだ!」
 明敏なプルクルス。新型投石兵器の弱点を即座に見抜いた。
 だが、それについても、アルキメデスは抜かりがなかった。
 ローマ兵が接近すると、かたんと城壁に穴が無数に開いた。
 シラクサ兵が弓を構えているのが、視界に飛び込んで来た。
「あっ!」
 身を隠す間もない。無数の矢が飛び出した。
 至近からの一斉射撃である。悉く命中した。
「わあっ」「ぎゃあっ」



 城壁に取り付くどころではない。ローマ兵は、ばたばた倒れるだけであった。
 遠くには石が天高くから落下し、近くには矢が土砂降りとばかりに降り注ぐ。
「引け!引け!」
 プルクルスは退却を命じるよりほかなかった。
 その背後には、無数の犠牲が放置されていた。
 この緒戦に、マルケルス率いるローマ軍は大打撃を被ったのであった。


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