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やむにやまれず(さらに続き)
「な、なりませぬ」
プブリウス、追いすがり、思わずアルキメデスの袖を掴んでいた。
(ここでこの手を離しては…)
この掴む手が、大きな運命を握っているように思えてならなかった。
だが、その手を、厳しく払う手があった。
テレクレスであった。
「なぜ止める。このまま先生が出向いては…」
「止めろっ!もう先生は決意なされたのだ!」
あまりに意外な言葉に、プブリウス、目を大きく見開いた。
この僅かな間に、掌中の珠がこぼれ落ちそうになっている。
「ば、ばかな…破滅に至る道と知ってむざむざ…」
「だから、君は名誉に生きるローマの武将なのだ」
テレクレス、寂しげな眼差しを浮かべた。
「なさねばならぬ。たとえ辿り着く地がハーデス(冥界の神)の支配する地であったとしても。それが、崇高なる使命を自覚できる人の業ではないか」
そう語る彼の瞳は澄み切っていた。
生死を超越したその姿に、プブリウスはたじろいだ。
が、何か言わずにはおれない。
「君の言うことは分かる。だが…」
「もうよい。私も先生と共に行く」
「テレクレス!」
「もう止めても無駄だ。君はすぐに退去し給え。さもなくば、我らでも救いようがないことになろう。急げ」
「テレクレス!」
「さらばだ。我が友よ。戦場で会うことになろう。甚だ残念だが…」
「テレクレス!」
アルキメデスと弟子たちは立ち去っていった。
(こ、こんなことが…この僅かな一時で、こんな暗転を見るとは…)
現実のこととは信じられなかった。
プブリウス、桟橋に立ち尽くし、呆然と見送るしか術がなかった。
アルキメデスと弟子たちがアゴラに現れると、そこには、ヒッポクラテス一派の将兵たちが数千、長槍を立て、威儀を正し整列していた。
既に、子どもたちは帰されたと見え、一人もいなかった。
子どもたちを生け贄に、というのはアルキメデスをおびき寄せる、物騒な囮であったことがここに実証された訳だ。
将兵たちの中央に、ヒッポクラテスとエピキュデスの兄弟。そして、その二人を従えるように、女が立っていた。
マニアケスである。
彼女は、カルタゴ軍の将軍であることを示す、深紅のマントに身を包んでいた。
彼女は跪いた。兄弟も他の将兵もならって跪く。
アルキメデスは静かに言った。
「セイレーンよ。やって来たぞ。…これで良いのであろうが」
「ありがとうございます、先生。これで万事旨くいくことでございましょう」
見上げたマニアケス、輝く美貌に満面の笑みを浮かべた。
周囲の将兵から、言祝ぐどよめきが一斉に上がった。
こうして、シラクサのアルキメデスは、ヒッポクラテス一派に加担することになったのであった。
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