新しいギリシア・ローマの物語2

179年、暴君フィリッポス、悪業の報いを存分に被り、死去

第7章地中海の章

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 アルキメデスひとり
「それ!縄を引っ張れ!」
 ローマ水兵は訓練を重ねていたと見え、機敏に梯子の縄を引っぱり上げていく。
「せい!」「おう!」
「せい!」「おう!」
 かけ声と共に、梯子がぎぎと音を立てながら、立ち上がっていく。
 そうはさせじと、城兵はローマ水兵目掛け矢を射かけるが、それに数倍するローマ兵の応射を浴びると、わっと城壁の陰に身を隠した。
「今だ!梯子を城壁にかけよ!」
 マルケルス、吠えるように命じた。



 サンブカの立ち上がった梯子が、城壁にがたんと掛けられた。
 が、まさにその時。
 マニアケスのサンブカの音色が止むのと同時に、アルキメデスが右手を上げた。
 途端、城壁の内から真っ黒な影が現れた。
「あっ!」「なんだ!」
 ローマ兵は仰天した。
 それは巨大な腕であった。腕の先には大きな石を掴んでいる。
 その腕は、自在に回転し、サンブカの頭上でぴたと止まった。
「ま、まずい!」
 真下にいたローマ兵は蜘蛛の子を散らすよう、四方に逃げた。
 次の瞬間、石が落下して来た。
 轟音と共に、甲板を突き破った。たちまち浸水し船内は大混乱となった。



「ええい!早くサンブカを城壁にとりつけよ!」
 マルケルスは業を煮やした。
 なんとか『腕』をかいくぐり、二隻のサンブカが城壁に辿り着いた。
「早く梯子をかけよ!」
 中隊長たちが叫ぶように命令した。
 だが、今度は、城壁の上に大きな鉄鉤のついた鎖が現れた。その鎖は城壁の上にある滑車につながり、上下自在に動くようになっている。
 鉄鉤が、がらがらと落下し、サンブカの舳先にどすんと突き刺さった。
「あっ!」
 ローマ兵は慌てて引き抜きにかかるが、深く刺さり、びくともしない。
 その鉄鉤は、なんとサンブカをぐぐっと持ち上げていく。兵や船員が多数乗っているのもなんのその、巨大な船を丸ごと引き揚げていく。



 抗い難い圧倒的な馬力に、ローマ兵は仰天した。
「わあっ!」「げえっ!」
 慌てて帆柱などにしがみつく。
 だが、その鉄鉤は、サンブカを左右にぶんぶんと振り回した。
「わああっ」「ひいいい」
 ローマ兵も、これにはたまらず、あわれ海上に転落していく。
 最後には、吊り上げたサンブカを高所より勢いよく落下させ、浅瀬や海に叩き付けた。サンブカの船体は木っ端微塵となった。


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 サンブカ(さらに続き)
 ローマ艦隊は、船列整え海岸に接近した。
 動力が風と人力頼みの船を、整然と前進させるのはなかなか難事だ。だが、ローマの水兵は、巧みに舵を操り、海岸へと近づけていく。
 その途端、城壁の上から矢の乱射が始まった。城壁を守る将はエピキュデス。
 シラクサ側も、ここを最重要の防御地域としているのだ。



「撃て!雨あられと浴びせよ!」
 シラクサ城兵は、ローマ兵の頭上に容赦なく、矢を浴びせた。
「わあっ」「ぎゃっ」
 ローマ兵は甲板の上に次々倒れた。
「負けるな!こちらも撃ち返せ!城兵をなぎ倒せ!」
 マルケルスは怒鳴るように命じた。
 ラッパが鳴り響き、船上から矢と石と槍が、城壁の上目掛けて放たれる。
「わっ」「ぎゃっ」
 今度は、シラクサ兵がばたばた倒れた。



「それっ、今だ!城壁にサンブカを取り付けよ!」
 マルケルス、躍り上がるようにして命じた。
 新兵器が後方の船列から姿を現した。
 それは不思議な格好をしている。二隻の大型軍船を一つに繋ぎ合わせ、その繋ぎ合わせた舷側の上に長大な梯子を船首に向けて寝かせてある。そして、梯子の先には縄がくくられ、二隻のそれぞれの帆柱の上の滑車へと伸びている。
 もう、お分かりであろう。要は、城壁の下に接岸して、城壁に梯子をかけそのまま駆け上がって城内へ攻め入るための、新型攻城兵器なのである。
 その『サンブカ』が四隻、荒波蹴立て、城壁の真下へと迫った。



 その光景を、遠くオルテギュアの城壁から見詰めている人物がいた。
 アルキメデスである。
 その傍らに、サンブカを奏でる、マニアケスの流麗な姿があった。


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 サンブカ(続き)
 紀元前213年早春。
 マルケルス率いるローマの大軍は、戦備万端整え、シラクサに怒濤のように迫った。
 大都市シラクサは、旧市街のオルテギュア島、その対岸の新市街アクラディナ地区、そして、北西に広がるエピポラエの台地、主に、この三つの区画で構成されている。エピポラエに住まう人はまばらであったが、台地の周囲を城壁で全て囲み、ところどころに砦が構築され、市街の防衛を一層強固にしていた。
 この大都市を完全に包囲することは、いかに大軍とて困難を極める。



「陸地と海上から挟み撃ちにすべきである」
 マルケルスは断じた。
 そこで、副官のアッピウス・クラウディウス・プルクルスに二万余の兵を与え、エピポラエに攻めかかることを命じた。
 そして、自身は艦隊を率いて、アクラディナ地区に連なる海岸一帯に攻め寄せた。
「アクラディナが市街の中枢。これを奪えば、シラクサは落ちたも同然」
 大艦隊来襲。街に鐘やラッパが鳴り響いていた。
 既に城兵が、城壁の上にびっしり集結していた。



「ふふふ。城兵め。度肝を抜いてくれようぞ」
 執政官マルケルス、旗艦の上にあって城壁を望んでいた。
 海からの城攻めに当たり、彼は用意周到に準備していた。
 まずは、弓兵と投石兵を同盟国から大量に動員した。もともと、ローマは飛び道具を軽視しており、投槍を除き、扱いに熟達していない。とはいえ、城攻めに飛び道具は欠かせないからだ。
 そして、この日のためにマルケルスはある工夫をしていた。新たな攻城兵器を考案していたのだ。
 メッシーナにある頃、船大工に命じて製作に当たらせた。



 その異様な姿に、副官プルクルスが目を丸くして訊ねた。
「コンスル閣下…これは何でありますか?」
「サンブカ(古代の竪琴)だ」
「サンブカ…?あの楽器の?」
「そうじゃ。あれが持ち上げられると、三角のサンブカにそっくりになるのだ」
 それから、執政官は自慢げに、自身の工夫になる兵器の詳細を説明し出した。
「はあ…なるほど」
 プルクルス、ぽかんとした。
 マルケルスといえば、ガエサティ族の王を一騎打ちで仕留めるなど、生粋の武人として勇名轟いている。そんな彼が、兵器の名前とはいえ、そんな洒落を利かせるとは意外であったのだ。


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−これまでのあらすじ−
 アルプスを越えイタリアに攻め込んだハンニバルは、カンネーの地でローマ軍を包囲撃滅(紀元前216年春)。その勢いを駆ってローマ最大の同盟国シラクサを味方に付けることに成功する(紀元前215年初頭)。
 が、そのシラクサで政変が起き親ローマ派政府が樹立されると、ハンニバルが送り込んだヒッポクラテス、エピキュデス兄弟は、傭兵を味方につけシラクサ本市に攻め込みローマ派政府を打倒。
 さらに、マニアケスが非常の策を用い、天才科学者アルキメデスを味方に付けることに成功。
 ローマとシラクサ、対決の時が刻々迫っていた。



 サンブカ
 プブリウスとラエリウスは、海路シラクサを脱出すると、レオンティニにあるローマ軍陣営に駆け込んだ。
「なにっ、シラクサのアルキメデスが、ヒッポクラテス一派に身を投じたと!」
 総司令官マルケルスは驚いた。
 間もなく執政官の任期満了を迎えるが、そのまま執政官格司令官(プロコンスル)として指揮権の延長あることが決まっていた。
「申し訳ございませぬ」
 プブリウスは、執政官ファビウスに内命されたこと、そして、説得工作が不調に終わったことを全て明かした。つまり、詫びは、前線に出て来ているマルケルスに知らせずに、という点も含まれている。



「…そうか。それはご苦労なことであったな」
 マルケルス、別段気分を害することなく、プブリウスを労った。
「だが、それほど案ずることはない」
「しかし…敵に当代随一の学者アルキメデス先生が付いては、味方は大いに不利かと」
 プブリウス、落胆の色をありありに見せている。
 彼にとって、これは大いなる挫折であったのだ。
(私の言葉は先生に届かなかった。あまつさえ、親友テレクレスさえも敵方に走ってしまった…)
 事態の思わぬ逆流に、非常な衝撃を受けていた。



「ふふ。いかに当代随一であっても、当の先生は渋々向かわれたのであろう。大した戦力にはなるまいよ」
 どうやら、マルケルスは、アルキメデスの動向をさほど重視していないようであった。
「しかも、敵兵はヒエロン公の下で泰平に慣れきったシラクサの弱兵ども。対する我が軍は総勢五万余。先にノラでハンニバルを破り、いずれも士気旺盛じゃぞ。既に、プルクルス殿に命じ、陸地より攻撃するよう伝えてある」
「はい…」
「はは。そのように気を落とされるな、プブリウス殿。いつもの自信に満ちたそなたらしくもない。なあに。勝利した暁には、アルキメデス先生をすぐにお助けし、元の静かなる学究生活に戻ってもらうさ」
 マルケルス、磊落に笑った。
 歴戦の猛者。そして勝利を重ねて来ている。まさに自信の塊であった。


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 やむにやまれず(さらに続き)
「な、なりませぬ」
 プブリウス、追いすがり、思わずアルキメデスの袖を掴んでいた。
(ここでこの手を離しては…)
 この掴む手が、大きな運命を握っているように思えてならなかった。
 だが、その手を、厳しく払う手があった。
 テレクレスであった。



「なぜ止める。このまま先生が出向いては…」
「止めろっ!もう先生は決意なされたのだ!」
 あまりに意外な言葉に、プブリウス、目を大きく見開いた。
 この僅かな間に、掌中の珠がこぼれ落ちそうになっている。
「ば、ばかな…破滅に至る道と知ってむざむざ…」
「だから、君は名誉に生きるローマの武将なのだ」
 テレクレス、寂しげな眼差しを浮かべた。
「なさねばならぬ。たとえ辿り着く地がハーデス(冥界の神)の支配する地であったとしても。それが、崇高なる使命を自覚できる人の業ではないか」
 そう語る彼の瞳は澄み切っていた。
 生死を超越したその姿に、プブリウスはたじろいだ。
 が、何か言わずにはおれない。



「君の言うことは分かる。だが…」
「もうよい。私も先生と共に行く」
「テレクレス!」
「もう止めても無駄だ。君はすぐに退去し給え。さもなくば、我らでも救いようがないことになろう。急げ」
「テレクレス!」
「さらばだ。我が友よ。戦場で会うことになろう。甚だ残念だが…」
「テレクレス!」
 アルキメデスと弟子たちは立ち去っていった。
(こ、こんなことが…この僅かな一時で、こんな暗転を見るとは…)
 現実のこととは信じられなかった。
 プブリウス、桟橋に立ち尽くし、呆然と見送るしか術がなかった。



 アルキメデスと弟子たちがアゴラに現れると、そこには、ヒッポクラテス一派の将兵たちが数千、長槍を立て、威儀を正し整列していた。
 既に、子どもたちは帰されたと見え、一人もいなかった。
 子どもたちを生け贄に、というのはアルキメデスをおびき寄せる、物騒な囮であったことがここに実証された訳だ。
 将兵たちの中央に、ヒッポクラテスとエピキュデスの兄弟。そして、その二人を従えるように、女が立っていた。
 マニアケスである。
 彼女は、カルタゴ軍の将軍であることを示す、深紅のマントに身を包んでいた。
 彼女は跪いた。兄弟も他の将兵もならって跪く。



 アルキメデスは静かに言った。
「セイレーンよ。やって来たぞ。…これで良いのであろうが」
「ありがとうございます、先生。これで万事旨くいくことでございましょう」
 見上げたマニアケス、輝く美貌に満面の笑みを浮かべた。
 周囲の将兵から、言祝ぐどよめきが一斉に上がった。
 こうして、シラクサのアルキメデスは、ヒッポクラテス一派に加担することになったのであった。


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